次の日
忘年会の後の総司の携帯電話は、電源がずっと切られたままだった。
メールは送れるものの、返事は返ってこない。
最後に自分を見た総司の冷たい瞳。
あんな表情で見られるのは初めてだった。
千鶴はあの時の自分のバカさ加減を泣きたいほど後悔していた。
担当飲み会の後、あの既婚者からの電話を総司が嫌がっていたのを知っていたのに……。千や皆と一緒に飲みに行くのなら別に構わないかと思ってしまっていた。逆に自分だったら……総司が左之やみんなと一緒に、例えばあのサービス部の女性(何度か一緒に社員食堂で昼ごはんを食べていた女性)とクリスマスに飲みに行っていたら……イヤな気持ちになると思う。
とにかく謝って……飲みには行かないって言って……
どうすればいいのだろうか?
『千鶴ちゃんは彼氏がいるわけじゃないんだ?いいよ、それならそれで僕もそういうつもりで今後から気を付けるからさ』
つきあっているのかも定かじゃ無なくて。それなのにもう終わりなのだろうか?
総司はちゃんと千鶴のことを『彼女』として考えてくれていたのだ。それなのに千鶴はそれに気が付かずにふらふらとしてばかりで……
千鶴はその夜よく眠れなかった。
朝早く起きると重い気持ちのまま急いで身支度をして、いつもよりも一時間早く会社に行く。総司は朝はいつも早めに来て会社の前のドトールでコーヒーを買う。仕事が始まる前に話して忘年会の時の自分の態度を謝りたかった。
そして、愛想を尽かされていなければなんとか……もう一度『彼女』にしてもらえないかと頼みたい。自分勝手なのかもしれないけれど、千鶴は総司のことがまだ好き……いや、前よりももっと好きになってしまっていた。
会社の前の道を千鶴が歩いていると、ちょうどドトールから見慣れた背中か出てくるのが見えた。
「お…沖田さん……!」
思わず声をかける。総司はちらりと振り向いたが、軽く会釈をするとそのままコーヒーを持って会社へと歩き出した。
「あの、沖田さん、あの……お話が……」
大股で歩いて行ってしまう総司に、千鶴は取りすがるうようにして訴える。
「あの、聞いてください。昨日の……断りました。ご、ごめんなさい。もう…もうあの人とは飲みに行かないので……」
半分泣きそうになりながら追いかけてくる千鶴に、総司は溜息をついた。
「……朝っぱらからそういう話?」
冷たい言葉に千鶴は立ちすくむ。
「……」
「ちょっとちょっと……!泣かないでよこんなところで。ったく……、場所をかえよう」
潤みだした千鶴の瞳を見て、総司は会社に入り倉庫になっている2階へと向かった。千鶴も涙をこらえながらついて行く。
「……で、何。飲みに行くのを止めましたっていう報告?」
薄暗い廊下の片隅で、総司は壁に寄りかかりながら千鶴を見た。
相変わらず刺のある総司の言葉に、千鶴はひるみながらもうなずいた。総司は壁に寄りかかりながら、手に持っていたコーヒーを一口飲む。
「別によかったのに。誰とどこへいこうがもう千鶴ちゃんの自由だよ」
「そ、それが……それを、ごめんなさいって言いたかったんです。あの、もうあの人からのメールも電話も飲みの誘いもうけません。一対一でないのなら担当飲み会みたいなものかって思ってしまって……。すいません。ほんとうにもうしないので、だから……」
言いながら千鶴はぽろぽろと涙をこぼしてしまった。
泣くつもりなどなかったのだが、総司の冷たい目、自分の愚かな行動、失ってしまった信頼……等々について考えているとこらえようと思っていても鼻の奥がつんと痛くなって視界がにじんできてしまう。みっともないとかずるいとか考えている余裕も、もう千鶴にはなかった。
総司は無言で千鶴を見ていたが、しばらくして口を開いた。
「あのさ、千鶴ちゃんって僕の事どう思ってるの?」
唐突な質問に千鶴はぱっと顔をあげる。
「す、好きです。ずっと好きで……」
いつもなら真っ赤になってしまうような言葉だが、必死の千鶴は恥ずかしさなど感じなかった。
「の、飲み会とかで酔っぱらった男性が苦手で、隅にいるとたいてい沖田さんもいて、すごく話しやすくて普通に話せて楽しくておかしい話をたくさんしてくださって、それなのに仕事については真面目で真剣で素敵だなってずっと前から思ってたんです。いつから好きになったのかはわからないんですけど、目があったりお話しできたりするのが嬉しくて、それで前に怒られちゃったんですけど、沖田さんの机の横の通路をいつも通るようになっちゃってて、うまく話しかけられないんで見てるだけで、でもとってもとっても好きなんです!」
かわいい女の子に涙を流しながらこんな熱烈な告白をされて、いつまでも怒っていられる男はそうそういないだろう。
総司ももちろんそうだった。
千鶴の告白を面と向かって聞いて、イラついていた心がかなり宥められる。
「……そっか。じゃああいつと飲みに行くってのも深い意味はないんだね?」
「もっもちろんです!それにもう飲みに行くのはやめました」
千鶴の涙にぬれた睫が重そうで、紅潮した頬がきれいで、総司はここが会社だということを忘れて思わず手を伸ばした。
目じりに残っている涙を、指でそっとぬぐう。
「わかったよ。……わかったからもう泣き止んで。ごめんね、僕も意地悪だった」
優しい言葉に千鶴の涙は再びあふれ出した。
「ほんとに……ごめんなさい……」
俯いて泣き出した千鶴に、総司は腕をまわそうか迷った。いくら誰も来ない倉庫前でも会社で抱きしめるのはさすがにまずい。
総司はそっと肩に手を置くのでがまんする。
「ほら、ほんとに泣き止んで。抱きしめてなぐさめたくなっちゃうでしょ。そんなとこ誰かに見られたらかなりまずいことになるからさ」
「は、はい、すいません……」
ひっく、と言いながら泣き止もうと努力をしている千鶴を、総司は優しい目で見た。
ほんとうにかわいいと思う。
中身も外見も。
強く抱き寄せて、抱きしめて、彼女を腕の中に閉じ込めてしまいたい。そしたら彼女は驚くだろうか。また頬を真っ赤にするのだろうか……
総司のそんな妄想は千鶴の次の言葉で破られた。
「じゃあ、クリスマスイブは左之さんと過ごします」
「……は?」
千鶴の肩に手をおいたまま総司は固まり、目を瞬かせた。
「昨日忘年会の後に、事情を知って心配してくださった左之さんからメールが来たんです。あの人(既婚者)と飲むと沖田さんが心配するから左之さんとクリスマスは過ごそうって」
総司の心象風景: 味方に背後からバッサリ袈裟懸け斬り
「左之さん!」
朝、始業前のひと時を喫茶室で平助と新八と過ごしていた左之は、ものすごい剣幕で喫茶室には言って来た総司の声に呑気に振り向いた。
「あー?総司か。おはよーさん」
そして総司に後ろから慌てながらついてくる千鶴にも、よっ、と言って片手をあげる。
総司は返事もせずにつかつかと左之の前まで来るとおもむろに聞いた。
「千鶴ちゃんをクリスマスイブに誘ったって本当ですか?クリスマスイブは左之さんは女の子たちと予定があるって散々自慢してたじゃないですか!」
「あー、それか」
左之はそう言うとがりがりと頭をかいた。
「俺って女には優しいからよ、女たちの要望どおりクリスマスイブは一緒に過ごそうと思ってたんだが、三人いるんだよ」
「「「……は?」」」
総司、新八、平助は左之の堂々とした答えにポカンと口を開けた。
「あ、勘違いするなよ。彼女じゃねーぞ。三マタかけてるわけじゃなくてだな。仲が良くてたまにメシを一緒に食いにいったりする女の子が、何人かいてだな。その子達の3人からそれぞれクリスマスを一緒に過ごしたいとのご要望をいただいたわけだ。俺は優しいから、午前、午後、夜にふりわけて会おうとおもってたんだがよ。まぁお察しのとおり……」
そう言って左之は、外国人のように肩をすくめた。
「ばれた。で、三つともおじゃん」
唖然としている三人を気にせずに、左之は続けた。
「だから、クリスマスイブはさびしい者同士一緒に飲んで過ごそうかと思ってるんだよな。総司もそれなら安心だろ?」
「ちょっとちょっと!俺も入れて!左之さんだけずりぃ!」
平助が身を乗り出して立候補をした。新八も机をドン!とたたく。
「おいおい、舐めてもらっちゃ困るぜ。クリスマスイブに寂しい男って言ったら俺を置いていないだろーが!俺もよべ!」
「あ、一君とかも来るんじゃね?誘ってみっか!おー!楽しくなりそ!」
平助がウキウキと携帯を取り出してメールを斎藤に打ち始めた。
「あー!もうわかった!!」
突然叫んだ総司に、皆が一斉にふりむく。総司はイライラと髪をかき上げながら言った。
「僕帰って来るから、千鶴ちゃんはその飲み会には行かない」
総司の言葉に左之が驚いた。
「帰って来るってお前……あそこは場所は……」
「新幹線で片道2時間」
総司が答える。左之が続ける。
「それに、お前24日は土曜だけど出張先で仕事あんだろ?それに25日だって……」
総司はうなずいた。
「朝から仕事。でもお客さんの会社は定時で終わるし駅から近いから、17時に終わって19時にこっちで千鶴ちゃんに会って、最終の新幹線が23時半くらいだから4時間くらい一緒に過ごせるからね」
総司の話を聞いていて、千鶴は慌てた。
「お、沖田さん、そんなに無理しなくても私大丈夫です。そんなクリスマスイブにどうしても会いたい!なんて我儘言いませんし、仕事だってわかってますし……」
「そうだよ。お前それに終電で帰ったら向こうに着くの、何時だよ?」
平助が心配そうに言う。
「こっち泊まって始発で行った方が楽なんじゃねぇか?」
新八も言った。
総司はちらりと新八を見て、千鶴を見て聞く。
「泊めてくれる?」
おおおおっ!!
と男たちは心の中で叫んだ。(特に左之)
それに対して千鶴は戸惑ったように答えた。
「でもうち、余分なお布団が無くて……」
総司の心象風景: 部屋のすみで壁に向かって体育座り
「ちょっとやめてくれる。その痛々しい人を見るような目つき」
生暖かいの視線で自分を見てくる新八と平助、左之に、総司はムスッとして言った。
「あの……何か……?」
自分の言ったことが何かへんだったかと心配するように千鶴が言う。総司は千鶴の方を見るとにっこりとほほ笑んだ。
「いいんだよ。もう少し時間が経ったらみっちりいろいろ教えてあげるからね」
「は、はぁ……??」
総司は続ける。
「まぁそう言うわけだから、日帰りで帰るとして……千鶴ちゃん!」
気を取り直したようにビシッと言った総司に、千鶴は思わず背筋を伸ばして、ハイッと答えた。
「クリスマスイブの夜は僕とデート。いい?」
もちろんよくない筈などない。
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