忘年会 




「ビンゴ〜!!」
部長の楽しそうな声にかぶって、あ〜……という溜息のような声が飲み屋の大部屋に響いた。

「ちっ」
隣の千が舌打ちをする。千鶴は残念そうに自分のビンゴ表を眺めた。
「はずれちゃったね……」
忘年会係りの権限で、千が無理矢理ねじ込んだ景品『ディモイスチャーナノケア』は、宝の持ち腐れでしかありえない50代のおっさんがあてた。千は忌々しそうにビンゴカードをくしゃっと丸めた。
「全く意味が分からないわ。あんな油ギッシュの肌には必要ないのに……!」
「せ、千ちゃん……!しーっ」
周りの同僚が千の口をふさぐ。千鶴は、部屋の反対側の端で左之とビンゴカードを見ながら楽しそうに笑っている総司を、ちらっと見た。

沖田さん……もしあたってたらホントにくれたのかな。でも沖田さんがあてたのを私が会社で使ってたら、みんななんて思うかな……

総司と千鶴がつきあいだしたことは、担当飲み会に参加していた第二担当の一部の社員達しか知らなかった。しかしその後も全く普通の同僚と変わらない態度の総司と千鶴に、付き合いだしたことを知っている社員たちでさえ、あれは何かの冗談だったのかと思い始めている所だった。
「千鶴ちゃん、私ちょっと会計しに行くから……」
腰を浮かせた千に、千鶴は言った。
「手伝うよ、私も行く」
そう?悪いわね、と千は言い二人でにぎやかな忘年会会場をでて居酒屋の廊下を通り会計場所へと向かった。
「あら」
そこにはもうすでに第一担当の左之と総司が立っており、左之が店の人と何かを話している。
「ごめんなさい、遅くなって」
千が慌ててレジへと向かい、左之と店の人と清算について何事か話し出した。手持無沙汰な総司と千鶴は、一歩下がってお互いに顔を見合わせた。
「……残念だったね。あの超音波」
総司の言葉に千鶴はクスリと笑う。
「そうですね。あてた人が有効に活用してくださることを願ってます」
「えー?明日あの人がつやっつやの肌で出社されてもなんか困るんだけど」
そう言って笑い出した総司に、千鶴も吹き出した。二人で笑っていると清算を終えた千と左之がやってくる。
「お、楽しそうだな」
「もう終わったんですか?」
千鶴が聞くと左之がうなずいた。
「これで忘年会も終わり!今年も終わり!本年はいろいろとお世話になりましたってとこだな」
ふざけて言う左之に千が言う。
「まだ終わってないわよ!恋人たちの一大イベント、クリスマスが残ってるじゃない」
「ああ…そういえばそうだな。総司はどうすんだよ?」
左之が何気なく聞くと、総司は肩をすくめてこれまた何気なく答える。
「左之さん知ってるじゃないですか。あの大型案件の開始は年末年始の休みですよ。お客さんはサービス業だから土日なんかないし、12月は19日の週からずっとお客さんところで仕事です」

クリスマスは特に何の予定もなかった千鶴は、密かに総司と夕飯でも食べれたらいいな、と思っていた。
しかし仕事ならしょうがない。しかも千鶴も知っている今年度の営業部売上の目玉である大型案件だ。クリスマスどころではないのは当然だろう。
浮かれていた自分が少しだけ恥ずかしく、千鶴はうつむいた。

千はそんな千鶴を気遣わしげにちらりと見て、総司に聞いた。
「……お客さんのとこって……あそこでしょ?新幹線で……」
左之が引き取る。
「2時間ちょっとくらいかかるな。年明けまでなら三週間の長期出張か……。ホテルはとったのか?」
「はい。でもまだリモート端末の申請をしてなくて……」
そこから仕事の話になった総司と左之に、じゃあ、と軽く会釈をして、千と千鶴は忘年会会場へと戻る。

「……残念だったね、初めてのクリスマスだったのにね……」
千が慰めるように言うと、千鶴は困ったように微笑んだ。
「うん、ちょっとね。でもしょうがないよね、仕事だし」
健気に微笑む千鶴に、千が元気づけるように言った。
「よし!じゃあクリスマス寂しい者で過ごそうか!寂しそうな人に声かけてさ!」
千がそう言った時、後ろから男性の声がした。
「何々〜?クリスマス寂しい者同士って何の話?俺もクリスマスは寂しんだよ〜」
千と千鶴が振り向くと、同じ第二担当の例の既婚者が通路の向こうから歩いてくるところだった。
「あら……寂しいわけないじゃないですか?奥さんと子供さんがいらっしゃるんでしょ?」
千が言うと、その既婚者は答える。
「いや、みんな一足先に実家に帰っちゃうんだって。だからクリスマスは俺一人。独身ってわけなんだよね〜」
「嬉しそうですね」
千がからかうように言うと、その既婚者は笑った。
「わかる〜?オールナイトでオッケーだからさ、雪村さん寂しいなら一緒にクリスマスすごそうよ」



一方、その少し前、レジで話していた左之と総司は……。
千と千鶴の背中を見ながら、左之は総司を小突きながら小さい声で言った。
「おい、お前あれはねーよ。もうちょっと気ぃ使えよ。初めてのクリスマスだろ〜?」
「え?」
分かっていない様子の総司に、左之が畳み掛けるように続ける。
「だからクリスマスだよ!普通女ってのはすげー楽しみにしてんだぜ!出張で会えないのはしょうがないにしても、その前にデートでもしようか、とか電話するよ、とかプレゼント買いに行こう、だの、いろいろフォローの仕方はあるじゃねぇか」
「あ!」
そこまで言われてようやく総司は気が付いた。そういえば自分には最近彼女ができて、クリスマスと言えば彼女と過ごすのが日本の伝統だったのだ。
「……ここ最近まったくそういうイベントごとがなかったから……すっかり忘れてました」
そういえば3人目……4人目だったか?の彼女と別れた原因も、クリスマスをすっかり忘れて平助たちとスキーに行く約束をしてしまったことだったような……。
総司は少し慌てて左之を見る。左之は心得たもので、すぐに頷くと総司の肩をたたいた。
「ほら、早く行って来い。今ならまだ廊下にいるんじゃねぇか?」
走っていく総司の背中を見ながら、左之は全く手間かけさせやがって……と溜息をついたのだった。



「一緒にクリスマス過ごそうよ」
廊下の曲がり角の向こうから男性のそんな声が聞こえる。総司が気にせず足を速めると今度は千の声が聞こえてきた。
「いいですよ。じゃあみんなでどこか飲みに行きますか?」
「この前のあの店行こうよ。結局雪村さん来なかったしさ。結構メシもうまかったよ」
男性の声が『雪村』というのを聞いて、総司は足を緩めた。角をちょうど曲がる時に千鶴の声が聞こえてくる。
「そうですね。すいませんでした。じゃあその店で……」

角を曲がった総司の視界には言って来たのは、千と千鶴。
そして例の既婚者。
「あ、沖田さん?」
総司の表情から何かを感じたらしく、千鶴は少し驚いたようにそう言った。
隣で千が、しまった〜!!という顔をして、とりなすように総司に言う。
「あ、あの……沖田さん、これは私が千鶴ちゃんを無理やり誘って……」
「……いいんじゃないの?」
総司のびっくりするくらい冷たい声に、千鶴はビクンと震えた。
総司のきれいな若草色の瞳が今は透き通るくらい薄い緑になり、表情は笑っているのに視線が凍えそうなくらいに冷たい。

「結構なクリスマスの予定で、千鶴ちゃんも楽しそうで、よかったね」
とても『よかった』とは思っているようには思えない口調でそう言う総司に、千鶴は初めて何かまずかったかと気が付いた。

そういえばこの既婚者からの電話の時も、総司はひどく機嫌が悪かった。担当のみんなと一緒でも、彼と飲みに行くのはまずかったのだろうか……
「あ、あの沖田さん……」
千鶴が言いかけると、総司は冷たくさえぎった。
「千鶴ちゃんは彼氏がいるわけじゃないんだ?いいよ、それならそれで僕もそういうつもりで今後から気を付けるからさ」
突然の言葉と総司の怒りでまともに頭が働かない千鶴は、目を見開いたまま固まっている。
何も言わない千鶴に、総司は冷たい目を向けると、一言「じゃあね」と言って背を向けた。

後に残されたのは、固まったままの千鶴に、『まずった!』という表情で顔を見合わせている千と例の既婚者……










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