カコバナ 




その日の夜、例のごとく左之と総司は残業していた。
ひと段落ついて飽きたのか、左之が伸びをしながら総司に言う。

「で?今日の買い出しはどうだったんだよ?」
パソコンで資料を作っていた総司は、溜息をつく。
「どうって別に普通に買い出ししただけですよ」
「裏のホテルには?」
「……行くわけないじゃないですか」
冷たい目で見る総司に、左之は大げさに溜息をつく。
「なんだよ。寄ってきていいって言ったのによー」
総司はマウスを握っていた手を離して左之に向き直った。
「……前にも言ったんですけどなんでそんなに人の恋愛に興味があるんですか。適当にやるんで放っておいてください。そもそも左之さんの口車に乗ったせいで今何故かこんなことになってるんですよ。『仕事に集中できるようになる』って言ってたくせに全然ですよ。全然!それどころか仕事あるのに残業切り上げたり買い出しに行かされたり……逆効果じゃないですか」
総司の見幕に左之は頭をかいた。
「まぁそう言うなよ。楽しいだろ?」
「楽しくありません」
本当に楽しくなさそうな総司の表情に、左之は目を瞬いた。
「……うまくいってんだろ?」
心配そうに聞く左之に、総司は黙り込んだ。
手に持っていたボールペンで机の上の紙にぐるぐるといたずら書きをする。しばらくしてから口を開いた。


「……なんだか……やりにくいんですよね。いつも通りにいかないというか……。手をつなぐだけで真っ赤になったりとか」
総司の言葉に左之はうなずいた。
「そうだな。鈴鹿の話じゃあ男とつきあったことねぇって話だし手ぇつなぐのも初めてなんじゃねえか?」
「そうなんですか?」
初耳だと総司は驚いた。どうりでそれならあの初心な様子もわかる。
自分が彼女のすべてのハジメテ……
総司はくすぐったいような嬉しさで胸が熱くなるのを感じた。
しかし……
「手をつなぐだけであれじゃあ、キスとかその先なんて遙かかなたですよ」
総司がそうぼやくと左之がさらりと答えた。
「あ、キスはしたことあるらしいぜ」
え!?という顔で左之を見た総司には気づかず、左之は頭の後ろで腕を組みながら伸びをする。そのまま天井を見て左之は続けた。
「なんか昔飲み会で、ずーずーしい男に無理やりキスされたんだと。結構ショックだったみたいで……」

ボキッ!!

何か固いものが折れた音がして、左之は言葉を止めた。腕をほどいて音がした総司の方を見る。
総司の持っていたプラスチックのボールペンは真ん中からぼっきりと折れていた。
「おま……!それ……」
「あれ、古かったのかな」
棒読みでそう言い、デスクの横のゴミ箱に折れたボールペンを投げ捨てた総司を、左之は唖然として見ていた。

 いや、ボールペンだし……古くても折れはしねーだろ……

とは思うものの、笑顔が張り付いていて黒いオーラを発してる総司にはとてもそうは言えない。
総司は淡々とデスクの引き出しを開けて新しいボールペンを出していた。
「で?」
新しいボールペンを持った総司が左之の方を向く。左之は何故かヤバいことになりそうな予感がして目を泳がせて言った。
「で?って……別にそれしか聞いて……ってちょっ!ちょっ……ちょっと待て!それボールペンの持ち方じゃないから!アイスピック!武器の持ち方ああああっちょっと!なんでこっちむけてんだよ!無理矢理キスしたのは俺じゃねえって!!」

静かにものすごく怒っている総司をなだめて、ボールペンを置かせて、左之はようやく一息ついた。
「ふぅ、気持ちはわからんでもねぇが落ち着けよ。まぁそんなわけだからよ、お前が手を出しにくいのはいいんじゃねぇか?お互いに」
「別に僕は嫌がるあの子に無理やりあれやこれやしようなんて思ってませんよ」
そう言った総司は本格的に機嫌を悪くしていた。彼女の柔らかな唇を強引に奪い、彼女を傷つけた男の事を考えると、もう殺すしか選択肢はないように思える。そいつを知らないのは本当に残念だ。
今日の昼、自分の隣で幸せそうに笑っていた彼女を想いだすと、総司の怒りはさらに強くなる。

「もともと隙があるんですよ、あの子は」
第二担当の既婚者の顔が浮かぶ。

「でももう僕のですから」

彼女を守る権利は僕にある。
傍にいる権利も。

少し前の総司からは想像できないような様子の総司を見て、左之はにんまりと笑った。

アムールの国へようこそ












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