担当飲み会
金曜日のもうすぐ夜の9時。
例のごとく残業していた総司は、隣でこれまた例のごとく残業している左之に聞いた。
「なんか人が少なくありません?いつもはもっと残業している人がいるような……」
左之はパソコンから顔をあげてフロアを見渡した。
「ああ、第二担当が飲み会っつってたな。課長がかわるからその歓送迎会するって言ってたぜ」
左之の言葉に、総司は少し前の出来事を思い出した。
そう言えば給湯室で、あの例の賭けに参加したがってた既婚者のあいつと千鶴ちゃんが話してたっけ……
「……」
眉間に皺をよせて考え込んでいる総司には気づかず、左之が書類を見せながら話しかける。
「総司、この資料のここんとこだがよ、納期までに2週間って書いてあるぜ。間に合わねーんじゃないか?この提案書を今日仕上げて客におくっとかねぇと……総司?」
ぼんやりと心ここに非ずの様子の総司の顔を、左之が覗き込む。
総司はハッと気が付いて左之に視線を戻した。
「あ、すいません。そうですね。この週末にメール添付で送っておいて、月曜すぐに返事をもらえるようにしておいた方がいいですね」
そう言いつつも総司はポケットから携帯を取り出した。
不審そうな顔で総司を見ている左之の事は気にせずに、総司は携帯を打ち始める。
そ、総司がメール打ってるぜ……!
左之はどうしても気になって、プリンターに行くふりをして総司の後ろを通り、メールの画面をちらりと覗き込む。
そこにはシンプルな文が書いてあるだけだった。
『沖田です。飲み会終わったらメールして』
宛名は、登録済みなのでもちろん雪村千鶴だ。
おっしゃあ!!こりゃあ来たか?ようやく!?
左之がワクワクして総司を見ていると、総司はメールの送信をし終わりパチンと携帯を閉じて仕事に戻ってしまった。
しかし左之は気が付いていた。
一見仕事に集中しているように見える総司だが、いつもならすぐできる資料の見直しを何度も何度も何度もしていること。
プリントアウトの設定を間違い、何度も何度も何度も紙を無駄にしていること。
そして机の上においてある携帯を何度も何度も何度もちらちらと見ていること。
くくくくっ!おもしれー!あの総司が……!
左之が心の中で踊りだしそうに楽しんでいることも知らず、総司は必死に仕事に集中しようとしていた。
今週中に仕上げなくてはいけない提案書について考えようとしているのに、頭には千鶴が例の既婚者に強引に酒を飲まされ肩を抱かれている光景やら、飲み会終了後『雪村君、酔っぱらっちゃってるから俺が送って行きますよ』とか言ってる既婚者の顔やら、ほとんど倒れそうになっている千鶴を抱きかかえて、飲み屋の裏にあるラブホテル街へと去っていく例の既婚者と千鶴の後姿やらが浮かんできて、全く集中できないでいた。
ったく……‼メールが遅いよ……!7時から飲み始めたとして、たいてい店の予約は2時間で、そろそろ終わるのがふつうだよね。あ、もしかして飲み会の席は騒がしいからメールに気が付かなかったとか……
総司の持っていたボールペンは、ぱたりと机の上に落ちた。
あり得るね……すごくあり得る。電話した方が……
その時ピピピッというデフォルト設定のメール着信音が聞こえて、総司は自分の携帯に飛びついた。
もどかしい思いで受信メールボックスをひらくと……
『今終わりました。なんでしたでしょうか?』
千鶴からのメールだった。総司は無言で返信ボタンを押し、返信メールを打ち始める。
『今からそこ行くから場所教えて』
送信し終わるや否や、総司はパソコンの電源を落とし始めた。机の上の資料もまとめ始める。
「左之さん、申し訳ないんですがちょっと用事ができてしまって……明日休日出勤して提案書……」
「いーっていーって!!ゆっくりしてこい!これは俺が全部作っておくからよ!千鶴ちゃんだろ?」
左之の指摘に、総司はほんのりと赤くなって沈黙した。
左之は小声でからかうように言う。
「……お持ち帰りもOKだからよ。週末はゆっくりしろ」
「……大きなお世話ですよ。じゃ、申し訳ないんですが後はよろしく頼みます」
コートを手に持って踵を返し、大股でドアへと歩いて行く総司の後姿を、左之は満足そうに見つめていたのだった。
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