宣言
創作和風居酒屋を出て、担当のみんなと歩きながら、千鶴は考え込んでした。
今から来るって……なんでだろう?沖田さん、きっと残業中だよね?私、何かやったっけ……?
いや、特に記憶にない。仕事で総司との絡みはないし、メール交換をしてから結構日にちが経っているが、すれ違えば挨拶をする程度でそんなにしつこく誘ったりもしていない。そこまで考えて千鶴はハッとし、携帯を操作しだした。
保存用メールボックスと送信済みメールボックスを何度も確認する。
よ、よかった……。送ろうと思って送れなかった沖田さんへのメール、間違って送っちゃってたのかと思った……
保存用メールボックスには16件の総司宛てのメールが……挨拶程度のものから、気軽な質問や、ランチのお誘い等々……溜まっていて、送信済みメールボックスには総司宛てのメールはゼロだった。
千鶴の物思いは、千の声で途切れた。
「千鶴ちゃん!この後みんなでもう一軒行こうかって話してるんだけど行くよね?」
「ご、ごめん。私……」
総司が何の用かはわからないが、もしかしたら時間がかかるものかもしれない。時間がかからなかったとしてもこの飲み屋街なら、残業中で夕飯を食べていないだろう総司を食事に誘いやすいかもしれない。
自分の下心に赤くなりながら千鶴は言った。
「私、その、ちょっと用があるんで、ここで別れるね」
千たちはぶーぶーいいながらも、千鶴が重ねて断ったため諦めて去って行く。
千鶴は千たちを見送った後、総司に教えた居酒屋の近くにあるコンビニへ向かった。
「千鶴ちゃん!」
突然呼ばれて千鶴は振り返った。
人ごみの中から薄手の黒のコートを羽織った総司が駆けてくるのが見える。自分のすぐそばまで来た総司を見上げて千鶴は少し驚いた。
ずっと走ってきたらしく総司の息は荒く、肌寒い季節なのに頬が紅潮している。あー熱い、と言って総司は薄いピンクのYシャツの喉元のボタンを一つはずし、ネクタイの結び目に人差し指を入れて緩めた。
「沖田さん……すいませんでした。あの、何かあったんですか?」
総司は、ふぅっと息を吐いてからあたりを見渡しす。そして茶色の柔らかそうな髪をかき上げながら言った。
「それはこっちの台詞だよ。何かあった?」
「は????」
「何もなかったみたいだね」
「はぁ……」
総司が何を言っているのかわからず、千鶴は首をかしげる。
「じゃ、行こうか」
もう話は終わったとばかりに歩き出す総司に、ぼんやりしていた千鶴は我に返って後を追いかけた。
「あの……あの、何かあったって……、何があったんですか?」
かみ合っていない会話に千鶴が再度総司に尋ねた時、彼女が手に持っていたパールホワイトの携帯が鳴った。
目線で総司に、スイマセンと謝り携帯に出てみると、それは同じ担当の例の既婚者からだった。
『俺、先に二次会の店行って席取ってたからしらなかったんだけどさー、雪村さんなんで来てないの?』
「す、すいません……!」
『前に聞いた時、この店なら大丈夫です、って言ってたよね?』
「あ、給湯室で……そうですよね、すいません。でもお千ちゃんたちはその店大好きだって言ってたんで、大丈夫ですよ」
『雪村さんが来なけりゃ意味ないんだよ。用事が済むまで待ってるからさ、おいでよ』
「いえ、あの……用事は……」
千鶴は言葉に詰まった。
隣を歩いている総司をちらっと見る。
用事はすんだ……のだろうか?と、言うより何の用だったのだろう?しかしもちろん総司と担当のみんなを天秤に計れば、計る間もなく総司の勝ちだ。
千鶴が口ごもっていると携帯の向こうの例の既婚者が畳み掛けるように続ける。
『ね?なんだったら迎えに行ってもいいしさ。今どこ?今から俺……』
話の途中でスッと携帯を取り上げられて、千鶴は驚いて総司を見上げた。総司は不機嫌そうな顔で携帯を耳にあてる。
そのまましばらく電話先の既婚者(千鶴だと思ってぺらぺらしゃぺっている)の言葉を黙って聞いていたが、おもむろに口を開いた。
「……もう千鶴ちゃんの携帯に電話するのやめてもらえますか?誘うのもやめてほしいんですけど」
丁寧な言葉づかいの後ろに冷ややかな響きがある総司の言葉に、千鶴は立ち止まってあんぐりと口を開けた。
「お、沖田さん、何を……」
慌てる千鶴を冷たい目で見て、総司は携帯の向こうの声に耳を傾ける。
「沖田ですよ。第一担当の。……ええ、そうです」
千鶴の場所からでも携帯の向こうで例の既婚者が驚いて何か大声で言っているのが聞こえた。担当飲み会の二次会を断って総司と会っていたことがバレたら担当の皆に気まずい……千鶴がそんなことを考えていると総司が続けた。
「なんでって、僕と千鶴ちゃんはつきあうことにしたからです」
……え?
「そうです。だからもうちょっかいかけないでもらえますか。……はい。じゃあいいですね?切りますよ」
通話を切った携帯電話を、総司は千鶴に差し出した。
「何か言いたいことある?」
挑むような総司の表情に、千鶴は口をポカンと開けたまま首を横に振った。
「そ、ならいいよ。あいつの番号携帯に登録してあるの?」
千鶴はぼんやりと頷く。
総司は、ピピピピッと千鶴の携帯を操作すると、よし、削除っと、とつぶやいた。そして携帯を千鶴に返す。
「はい、削除しておいたから。ついでにもう二度とあいつからの電話に出られないように着信拒否もしておいた」
「……はぁ……」
「お礼は?」
「あ、すいません。ありがとうございます……??」
「じゃあ帰ろっか?駅こっちだよね?」
そう言って駅の方を指差す総司に、千鶴は頷くことしかできなかった。
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