帰り道



電車は混んでいた。
金曜の夜だから当然かもしれない。千鶴は金属の棒に掴まりながらあてどもなく視線を彷徨わせる。
『おくるよ』と言った総司に、千鶴は頷くことしかできなかった。聞きたいことや言いたいことはたくさんあるのだが、何から聞けばいいのかわからない。せっかく二人で帰り道に話をする時間ができたのに、千鶴は何も言いだせずにいた。
ちらりと総司を見ると、彼は電車のドアの所に背中をあずけ、進行方向を見るとはなしに見ている。近くから見上げる総司の顔の輪郭は端正で、ついつい見惚れてしまう自分に千鶴は赤くなって俯いた。

 何を考えているのかな……。さっきの言葉はどういう意味だったんだろう。
 これからつきあうってこと?沖田さんは……でも私のこと好きなのかな?

聞きたいことで頭がいっぱいだが、二人で一緒にいるというこの状況に胸もいっぱいで。
総司のことが分からなくて、自分の気持ちも持て余している千鶴は、恥ずかしそうに視線を彼から外して、棒に掴まっている自分の指をじっと見ていたのだった。

一方その時の総司が考えていたことは。

左之さんの話じゃあ千鶴ちゃんは僕の事好きだってことだったし(←そこまで言ってない)、きっとおくってったら家の前とかで『あの、あがってお茶でも……』とか誘われるよね。さて……どうしようかな。いきなり『それじゃ遠慮なく』っていってあがるとガッついてるみたいだし、一回断っておくか。『え、でも……ぜひ』とか言われたら、しょうがないって感じで『じゃあちょっとだけ』……
うん、これでいいな。あ、ゴムがないな〜。でも帰りにコンビニに寄って買うとあからさますぎるしな。うーん……もう後戻りできないところまでいってから、『ちょっと買ってくるよ』かな……でもその間に気が変われたらいやだしな……



そんな二人を乗せた電車は、ようやく千鶴の家の最寄駅に到着した。
千鶴は定期で、総司は切符で改札をでる。小さな駅で、駅の光がとどかないどころは街灯の灯りしかなかった。三々五々自分の家の方に歩いて行く他の乗客たちの流れの中で、総司は立ち止まる。
どうしたのかと一歩遅れて立ち止まった千鶴に、総司は手のひらを上にして手を伸ばした。
「ん」
一目見ればわかる『手をつなごう』のポーズ。
千鶴は大きな目をさらに零れ落ちるのではないかと思うくらい大きく開けて、総司の手を見た。そして総司の顔を見上げる。
何をそんなに驚いてるのか、という総司の表情を見て、千鶴はようやく総司の意図を悟ったようだった。と同時に……。

ぽっぽぽ〜

薄暗闇でもはっきりわかるくらい頬を染めていく千鶴を見て、総司はびっくりした。何もそこまで、というくらい真っ赤になっていく千鶴に、いったいどこまで赤くなるのか妙な興味が湧きついつい彼女の顔を凝視してしまう。
それに気が付いた千鶴は、ぱっと顔を俯ける。
そしてしばらくためらった後、白く細い手をそろそろと伸ばして総司の手にそっと触れた。

……きゅん……

自分の胸の方からした音に、総司は下を向いた。

 あれ?今の音なに?

一瞬そう思いはしたものの、総司の意識はすぐに千鶴の柔らかな手の方に行ってしまった。
彼女の手は小さく震えていた。
なんだか胸の辺りが痛いようなつらいようなくすぐったいような気持ちになりながらも、総司は千鶴の震える手をそっと握る。
暖かくて小さくて細くて、緊張してるのか少し湿っている千鶴の手。
乱暴に扱うといろんな意味で壊れてしまいそうで、総司は彼女の手を包む様につないだ後、ゆっくりと歩き出した。
隣についてきている千鶴は下をむいたままで顔は見られない。が髪の間からちらちら見える耳は真っ赤だ。
千鶴の緊張がうつったのか何故か総司も言葉が出なくて。

二人は無言のままで歩いて行ったのだった。


「ここ?」
6階建てくらいの小さなマンションの前で立ち止まった千鶴に、総司は聞いた。こくん、とうなずいた千鶴に総司はマンションを見上げた。
「何階?」
「4階です」
「ふーん……」

沈黙

「あの……こんなところまで送っていただいてすいませんでした。ありがとうございました」
ぺこっとお辞儀した千鶴に総司は言う。
「いいよ別に。ちゃんと帰ったか心配してる方が面倒だし」
総司の言葉に千鶴はにっこりと笑った。見ている方も笑顔になってしまうような幸せな笑顔。総司も思わず微笑み返す。
「……ありがとうございます。沖田さんも気を付けて帰ってくださいね」
「うん。……え?」
「また来週会社で会えますよね?」
「……ああ、うん。もちろん」
ぱちぱちと目を瞬いている総司に、千鶴は再びにっこり笑う。
「おやすみなさい。……ありがとうございました」
「……」
沈黙したまま千鶴を見ている総司を、彼女は不思議そうに見上げる。しばらくして総司は釈然としないまま踵を返した。
「……じゃ」
「はい!」

 あれ?『あがってお茶でも』は?僕好かれていない?

首をかしげながら駅へ向かう総司の背中を千鶴が呼び止めた。
「沖田さん!」
総司が振り向くと千鶴は真っ赤になって言う。
「あ、あの!あの嬉しかったです。……いろいろと」

千鶴の様子と言葉に、総司はまたもや自分の胸の方からきゅんきゅんという音が聞こえてくるのを感じた。
総司は、今度は心からの微笑みになって千鶴に頷くと、軽く手を挙げて千鶴に挨拶をしてから、足取りも軽く駅へと向かったのだった。









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