社員食堂
「千鶴ちゃんお昼どうする?」
千の声に千鶴はパソコンから目を離した。
「これ、急ぎだから今やっちゃう。先に行っててくれる?ありがとう」
千たちはガタガタを席を立った。
「千鶴は今日もお弁当?」
「うん」
千が苦笑いして言う。
「あれのせいでしょ?ステーキ。あと少しで給料日だからそれまでの我慢だね」
キーボードを叩いていた千鶴の手が止まった。
「ん?どうしたの?」
靴を貸してくれた同僚が千鶴を覗き込んだ。千鶴は気まずそうな顔をして言う。
「……私、お給料がでたらまた沖田さんをおごりで誘おうかと思って……」
「「「ええっ!!」」」
社員食堂へ向かいかけてい女友達四人がみんな立ち止まって戻ってきた。
「ちょっとちょっと、またステーキ?いい加減に…」
「ううん!違うの」
焦って否定する千鶴に、同僚達は少しほっとする。しかし……
「次はお寿司にしようと思って」
「……」
千鶴の言葉に彼女達は言葉を失くした。千鶴は顔を真っ赤にして、どうかな?うけてくれるかな?などとつぶやいている。
千がみんなの視線を代表して口を開いた。
「千鶴ちゃん……それはどうかと思うわよ」
「でも、そうでもしないと沖田さんと二人きりになれないし、お寿司おごれば会ってくれるんならそれでもって思うの」
「いえ、それは……そんなの恋愛とかじゃ全然ないじゃない?そこまでする必要は……」
必死に説得している千を見ながら、他の同僚はひそひそと話した。
「千鶴って貢ぐタイプなのかも……」
「まるっきりホストとかヒモよねぇ」
「おごれば沖田さんがついてくるって、他の部署でもうわさになってるみたいよ」
「沖田さん、悪ノリして便乗しそうなところが怖いんだけど」
「「「借金まではしないように気を付けてあげようね」」」
その後千鶴は一人で社員食堂でお弁当を食べていた。
もうそろそろお昼休憩も終わりの時間のため、人はまばらだ。千鶴の座っている長い机にも、端の方におじさんが一人座っているだけだ。
午後の仕事に間に合うように千鶴が急いで食べていると、後ろから声が聞こえてきた。
「あれ、千鶴ちゃん今頃お昼?」
千鶴が驚いて振り向くと、総司がトレイの上にカレーライスを載せて立っていた。
「沖田さん……」
「ここ、空いてる?」
千鶴の一つ空けた隣の椅子に手をかけながら総司が言う。千鶴はコクコクとうなずいた。
「じゃあ失礼してー……と、千鶴ちゃんお弁当なんだ?」
総司が千鶴のお弁当を覗き込みながら言った。
「………」
沖田さんにステーキをおごったせいでピンチなんです……
という台詞が千鶴の頭を渦巻いたが、かろうじて外に発するのは我慢した。
なぜなら総司の瞳は、猫がネズミをいたぶるときのようなキラキラした星がいくつも浮かんでいたから。
絶対沖田さん、ステーキのおかげで私がお弁当なのに気が付いてる……
それなのにここでそんなことを言おうものなら、どれだけいたぶられるかわからない。千鶴は賢明にも何も言わずにコクリとうなずくだけにとどめた。
総司はにやにや笑いながら言った。
「ふーん、えらいね。一人暮らし?」
「はい、そうです。沖田さんは?」
「僕もそう」
その後は他愛もない話をつづけながら二人で昼食を食べていると、今度は前から女性の声が聞こえてくる。
「あれ?沖田君じゃない。ここ、いい?」
それは前にも千鶴が見かけた、サービス部の女性だった。長い茶色の髪を後ろで一つに結び、すらりとしたパンツスーツのその女性は、総司が返事をする前に総司の向かい側に座った。
座る際にちらりと千鶴を見て会釈をする。千鶴も顔だけは知っている女性なので、卵焼きを食べながら会釈を返した。
「生姜焼き定食にミニうどん〜?オトコマエな昼メシだね」
総司がサービス部の女性にからかうように言うと、その女性は笑った。
「最近食欲がすごくて。沖田君は単品だけ?サラダとかつけないと」
にこやかに二人は話だし、千鶴は沈黙してお弁当のご飯をつつく。二人は最近手がけた案件の話をはじめてしまい、仕事の中身が分からない千鶴には言葉をはさむ隙もなかった。
「まぁとにかくあれが受注できたのは沖田君のおかげです。どうもありがとう」
「どういたしまして。僕のっていうよりチームのおかげでしょ」
「そんなことないわよ。あれだけ詳しい資料揃えてくれなかったら無理だったと思うし。……そうだ!お礼がしたいから今度お寿司でもおごらせて」
サービス部の女性の言葉に、千鶴は呑みこんでいた卵焼きを喉に詰まらせた。
ドキドキしながら総司を見ると、総司は千鶴の方は見もせずにカレーを食べながらあっさり返事をした。
「いいよそんなの。悪いし」
………
ぽかーんとしている千鶴をスルーして、総司とサービス部の女性は会話を続ける。
「悪くないわよ。お礼なんだから。会社の裏の『高級寿司』でもいいわよ?」
「いや、ほんとにいいよ。気持ちだけで十分。ありがとう」
そう言って、サービス部の女性ににっこり笑う総司を千鶴は目を見開いたまま見つめる。
サービス部の女性はくじけなかった。
「……じゃあ、ワリカンで今度そこに食べにいかない?夜でも昼でもいいから」
総司は食べ終わったカレー皿にスプーンを置くと、トレイを持って席を立った。
「残念だけど遠慮しておくよ。あんな高いところで食べるほど高給取りじゃないんでね。じゃ、また」
総司はそう言って椅子をひき、こちらを見ている千鶴の顔を初めて見た。
あんぐりと口を開けている千鶴を面白そうに眺めてから、総司はバチッ!ときれいにウィンクをする。
「じゃあね」
後に残されたのは千鶴とサービス部の女性。
視線も合わさず会話も交わさずもくもくと二人で昼食を食べる。
千鶴は、総司に腹を立てていいのか喜んでいいのかわからず、複雑な気持ちのままで最後のウィンナーを呑みこんだのだった。
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