携帯
サーロインステーキ200g(サラダ、パンつき)………6,500円
食後のコーヒー………450円
これが総司の選んだメニューだった。
本当はオードブルとスープのついたコースを頼んだのだが、コース終了までかかる時間が昼休みを超えてしまうことが分かり、こちらにしたのだ。(ちなみにコースだど一万越え)
「千鶴ちゃん、ほんとにサラダだけでよかったの?」
満足そうにコーヒーを飲む総司の前で、千鶴は涙目でうなずいた。
グリーンサラダ………800円
サラダとはいえかなりのボリュームで、寂しいものの千鶴のお腹は結構いっぱいになった。紅茶は頼まず水を飲んでいる千鶴に、総司はにっこりとほほ笑んだ。
「ごちそうさま」
その至近距離の笑顔があまりにも魅力的で、千鶴は一瞬すべてを忘れて見惚れた。
やっぱりかっこいい……
やさしくはない。
意地悪だ。今日のステーキだって、鈍くて高額な食事をおごらせているのではなく、ちゃんと千鶴が涙目なのをわかってやっているのだと思う。そしてサラダを食べている千鶴を、ニヤニヤと楽しそうに見ながら、自分はサーロインをぱくついていた。
途中で「食べる?」とフォークでさしたお肉を一切れ差し出してくれたが、そんな『あ〜ん』なんてプレイを人前でできない千鶴にわざとやり、楽しんでいたのだろう。
知らず知らず頬が膨れてきてしまうが、でもそんなところも千鶴にとっては総司の魅力の一つだった。
やっぱり聞こう……!周りに人がいないチャンスなんて今度いつくるか……!
「あのっ沖田さん!!」
小さいバックの中に入っている携帯電話を握りしめながら、千鶴は思い切ってコーヒーを飲んでいる総司を見た。
言う前から顔が真っ赤になっているのが分かりきまりが悪いが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「ん?」
「け、携帯電話のメールアドレス、教えてもらえませんか?」
千鶴が決死の覚悟で言った言葉は、あっさりと返された。
「僕自分の携帯のメールアドレス知らない。使ってないし。それに今持ってきてないし」
千鶴は固まった。
このセリフは……前に同僚から聞いた、他のメールアドレスを聞いた女の子への断り文句と全く同じだ。
ショックのあまり黙り込んでしまった千鶴を気にせず、総司は言う。
「携帯買った時になんか設定したけどね。携帯メールってうちにくくない?スマートフォンとかにすればキー配列がPCと同じっていうから今度変えようかとは思ってるんだよね〜。だいだい携帯をお守りみたいに肌身離さず持ってて、ピロリロリ〜ン♪って鳴るたびに飛びついてるのってさ〜、女の子ならまあいいけど男だとどうかと思わない?」
総司の言葉に千鶴は目を見開いた。
断り文句じゃない……・。ほんとに自分のメールアドレス知らないんだ……。
「緊急の話なら電話ですればいいし、そうでないなら会社のPCか家のPCからメールすればいいからさ」
結局メールアドレスは聞けなかった。
メールアドレスを聞いて、ちょっとしたことをお話しできるようになれれば……と思っていたのだが、そもそも使わないのなら聞いてもしょうがない。
千鶴は気負っていた分、妙な脱力を味わいながら総司のあとについて会計をすませ、会社に戻って行ったのだった。
「で?」
「だから、メールアドレスのお話は本当に沖田さん、携帯メールを使わない人みたいだったの」
昼食後の仕事中に、千がこっそりと千鶴に首尾を聞いてきて、また反省会になっていた。
千鶴の言葉に、隣の女子社員が言う。
「そんな人いるんだ〜」
「メールをPCでやる方に慣れてる人は、結構そう言う人多いみたいよ。特に男の人とかって女の子としかメールはしないって人結構多いから」
千の言葉に、もう一人の女子社員が千鶴を励ますように言った。
「じゃあ考え様にはよかったんじゃない?携帯メールを交わすような女の子が、沖田さんにはいないってことなんだからさ」
「うん……」
励ましてくれるみんなの気持ちが嬉しくて、千鶴は微笑んだ。
と、目の前の千の顔が大きく目と口を開いた驚愕の顔になり、千鶴の肩越しに後ろを見ている。
「?」
千鶴が振り向いてみると、パーテーションに寄りかかって総司が立っていた。
「お、沖田さん……あの…?」
総司のことを話していたことを聞かれてしまったのかと千鶴は冷や汗をかいたが、内緒話で話していたためどうやら内容までは聞こえていないようだった。総司は平静な顔で言う。
「もう話は終わった?」
総司の言葉に、千鶴はこくこくとうなずいた。
「あの、何か……?」
おずおずと尋ねる千鶴に、総司は何をいまさら、という顔をして黒いシンプルな携帯を差し出す。
「君が聞いてきたんでしょ?メールアドレス。僕わからないから君が調べて送ってよ。赤外線で交換とかできるんでしょ?」
千鶴は背中越しに後ろの同僚たちが息を呑む音が聞こえた。
千鶴自身は想像もしていなかったことに茫然としすぎて固まっている。
「ほら、どうやるの?君の携帯はださなくていいの?」
はっと我に返り、千鶴は慌てて自分の携帯を取り出した。
まわりの同僚たちは不自然なほど黙り込み、自分の仕事に没頭しているふりをしている。が、全神経が千鶴と総司の会話にむかっているのをひしひしと感じた。
「あの、ここを押して……こうすると出てくるんで…」
「へぇ〜、これが僕のメールアドレスなんだ。で、どうやって君に渡すの?」
「あの、ここをこう向けて……」
二人で携帯を覗き込んで操作をする。総司の体温が感じられるほど近くて、茶色の柔らかそうな髪が触れるほど傍に会って、千鶴は心臓が爆発しそうだった。
「よし、これでメールアドレス交換終了ってことだね?」
頷く千鶴に微笑んで、総司は片手をあげて自分の担当に戻って行った。
「ちょっと千鶴ちゃん……!」
「この世で沖田さんのメアド知ってる唯一の女の子よっ」
「これって脈ありなんじゃないの!?わざわざあっちから来てくれるなんて!……ってあれ?千鶴?」
これだけ騒いでも無反応な千鶴に、千が顔を覗き込む。そして呆れたようにみんなを見て言った。
「だめだ、この子。魂ぬけちゃってる」
千鶴は総司のメアドが入った自分の携帯を握りしめながら、まだ夢の中を彷徨っていたのだった。
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