スペイン料理1




遅刻するってありえないよね……

一階受付で、受付嬢や帰る社員たちみんなの注目の的になりながら、総司は黒い笑みを浮かべていた。
ホールの時計を確認すると18時45分。
いい加減そうに見えて意外にきっちりしている総司は、もちろん待ち合わせの5分前、18時25分には一階受付前に立っていた。
顔見知りの受付嬢から、待ち合わせですか?と興味深々に聞かれ適当に返事をしているもののそろそろ意味不明な注目がうっとおしくなってきている。なぜあの秘書課の女子社員3人は、帰るために正面玄関を出て行ったというのに外の壁にへばりついてこちらをうかがっているのか。なぜ18時半には受付を閉めて終了していい受付嬢はいつまでも残っているのか(しかもチラチラとこちらを見ている)。
顔見知りの男性社員たちも、珍獣を見るような目で総司を見てから帰っていくのはなぜなのか。

全部あの子のせいだよね。夕飯はもう会社の向かいにあるドトールに決定。ジャーマンドッグでも食べてればいいよあの子は。まぁ土下座して謝ったらミルクレープくらいはつけてあげてもいいけと。

仕事中に原田からしつこく『千鶴をどこにつれていくつもりなのか』と聞かれ、まぁ適当にそのへんの居酒屋で、と総司が答えると、すごい勢いで人格全否定された。
曰く、初めてのデートで居酒屋に連れて行くバカはいない。曰く下調べする気もないアホはもうだめだ。等々。
そして勝手に店のホームページをプリントアウトして、ここに行け、と総司に渡してきた。
会社から歩いて行けるが結構奥まった路地にある、おしゃれなスペイン料理店だった。ここなら『それほどかしこまってねーし、適度に雰囲気いいし、料理もうまいし、場所も近いし、まぁいいだろ』とのことだった。


スペイン料理なんか分不相応。ドトールか吉野家だね

総司が心の中でうなずいていると、あの……と遠慮がちな声が後ろから聞こえてきた。
「あのっ……!ほんとにすいません……!準備してたら思ったより時間がかかってしまって。お待たせしてしまってすいませんでした」
ぺこっと勢いよくお辞儀をして謝ってきたのは、待ち人の千鶴だった。
お辞儀の上からイヤミの一つか二つを言ってやろうとしていた総司は、体を起こしてこちらを見上げる千鶴と目があい、開いていた口を閉じるのを忘れた。

緩く右側に寄せた黒い髪はピンク色の大輪の花がついたゴムで一つにまとめられていた。その花の色が千鶴の肌の白さを際立たせている。ほんのり染まった頬が、肌に透明感を与えていた。
そして髪が寄せられているためむき出しになっている左側のうなじがなんだかヤケに色っぽくて、総司は思わずつばをのむ。広く開いた襟ぐり。鎖骨のあたりには華奢なネックレスが光り、ピンクのつやつやした大きな石が一つぶらさがっている。
シンプルな服は、千鶴の線の柔らかさを際立たせており、膝丈のスカートから伸びている脚はスラリとなめらかだった。

一瞬にして上から下まで見てしまった総司は、空いていた口を閉じ、言おうと思っていた言葉も飲みこむ。
「あの……お食事、どこに行きましょうか?いくつかお店、聞いてきたんですが……」
千鶴がおずおずと言うと、総司は、あー……、と言い、手で顎の辺りをなでるように覆った。

「いい店があるんだ。スペイン料理なんだけど大丈夫?」





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