新年早々
『あけましておめでとうございます。お仕事頑張ってください』
『あけましておめでとう。1月は11日からそっちに出社するよ』
『お正月休みの代休はないんですか?』
『うん。まとめては無理かな〜。様子見て1日か2日くらい単独で休むくらい』
『そうですか……風邪ひかないようにしてくださいね』
『うん、ありがとう。千鶴ちゃんね』
なんてメールを新年に交わして以降千鶴は、総司と特に会うことも電話もしてなかった。
こっちは雪が降った、とかあちらは雨だとかの他愛もないメールは何度かかわして、それで十分幸せな気分になっていた。
確かに寂しい。クリスマスイブに初めてデートして、キ……キスをして……一度目の写真の時のキスは全く覚えていないが、二度目、マンションの前でのキスは……すごくドキドキして素敵だった。総司の長い睫が伏せられてすぐ近くにあって、彼の体温が空気をとおして伝わってきて、そして優しく……ほんとに優しく何度も唇を合わせてくれた。千鶴の事を気遣ってくれているのがよく分かる触れ方で。
もう一度したい……
そこまで考えて千鶴は、ぼんっと音がするくらい顔が一気に赤くなった。
わ、私ってなんか……エッチだよね……
千鶴は汗をかきながら、キスのことを忘れようとする。
時間は1月10日(火曜日)の12時20分。場所は礼のごとく社員食堂。同僚の女子のみんなと食事をしている最中である。
「……」
明日になれば総司と会社で会える。会いたい気持ちは強いが、どんな顔をして会えばいいのだろうか。また自分の顔が赤くなってしまう気がして、千鶴は、今からイメージトレーニングをしなくては、と気を引き締めた。
うん、と自らに頷いてお弁当の肉じゃがに端を伸ばしたとき、後ろの席の別の課の女の子たちの声が聞こえてきた。
「ええっ!じゃあ沖田さんと二人で?」
「そういうことになるよね」
「それってまずくない?」
後ろの女子達は小さい声で話そうとしているらしいが、興奮のあまり少し大きくなってしまっており、すぐ後ろに座っている千鶴には結構聞こえてしまう。『沖田さん』『まずくない?』と言う言葉に、千鶴は悪いと思いながらも聞き耳を立ててしまった。
「でも仕事だし、部屋だってもちろん別でしょ?」
「でも……4日から今日までずっと一緒ってことだよね。朝も昼も…夜もさあ。普通なんかあるんじゃないの?もともとあの人沖田さんのこと狙ってるの隠そうともしてなかったし」
千鶴は最初、自分とのことが社内での噂になってしまったのかとドキリとしたが、話を聞いて行くにつれ別の意味でドキドキしてきた。後ろの席の噂話を要約すると、どうやら総司の出張先で想定外のトラブルが起きた様で、急遽同じチームのサービス部のあの女性……総司が社員食堂でお昼を一緒に食べていたスラッとした女性がサポートのために出張先に行ったらしいのだ。
それが1月の4日。それから今日までずっと総司と二人きりで出張先で仕事をしているらしい。もちろんホテルの部屋は別だとは思うが、当然一日中一緒に行動しているだろう。休憩も夜ご飯も……夜遅くまで二人で飲んだり、部屋に行き来したり…してたりして……
千鶴は、どんどん気持ちが沈んでいく。
一日に一回程度だが、メールをやりとりしていたのに総司はそんなことは一言も言っていなかった。いや別に夫婦ではないのだし浮気をしているわけではないのだから報告する義務もないのだが……いや逆に浮気をしてたら報告するはずはない。
あのサービス部の女性は、千鶴の眼の前だけでも寿司屋に誘ったりかなり積極的だった。総司はさらりとかわしていたが一日中一緒にいたら、あんなきれいな大人っぽい人だしそりゃあ少しはぐらっと来るのではないのだろうか。当然朝ごはんも昼ごはんも夕ご飯も一緒に食べるに違いない。いろんな話もしてお互いの事をよく知って仲良くなって……
彼女はさっぱりした感じで性格もよさそうで、二人で話しているときは総司も楽しそうだった。
「ねぇ?千鶴。そうでしょ?」
後ろの話が聞こえてしまったのは千鶴だけのようで、同じ担当の女子同僚や千が別の話をふってきた。千鶴はぎこちない笑顔をを浮かべながら「ごめんなさい。何が?」と答え、話に入って行ったのだった。
1月11日の朝10時。
総司は鼻歌を歌いながら歩いていた。
途中の給湯室をチラリとのぞくと、さんさんと太陽の光があたっている冷蔵庫の上に、小さな緑色の観葉植物が置いてあるのが見える。
あれがワイヤーなんとかっていう千鶴ちゃんの植物かな……
総司はその時の千鶴の幸せそうな顔を思い出し、にっこりとほほ笑むとそのまま休憩室へと向かった。いちごオーレを買って休憩室の入口に寄りかかり、廊下を見ながらストローで飲む。
先程出て行った千鶴が、総務の方から戻ってくるのが見えた。
「千鶴ちゃん」
総司が声をかけると、浮かない顔をしていた千鶴はぱっと顔をあげた。
……が、嬉しそうな顔になるかと思いきや意外に微妙な顔をしている。
「沖田さん…。お帰りなさい。おつかれさまでした」
どこか影のある笑顔でそう言われて、総司はストローをくわえながら首をかしげた。
「どうしたの?」
「何がですか?」
「何か元気ないみたいだからさ」
総司の言葉に千鶴は視線を泳がせた。しばらくためらってからピンク色のやわらかそうな唇を開く。
「あの、沖田さん……沖田さんと左之さんが仕事する場所を移動するって聞いたんですけど……」
千鶴の言葉に総司はうなずいた。
「ああ、聞いた?2月中旬まで1階下の階の空き部屋に移るんだよね。今の案件担当してる各部署の奴ら集めてプロジェクトチームにするとかでさ」
「……担当している各部署の人達……」
千鶴の頭には、当然サービス部のあの女性……1月4日から出張先でずっと一緒にいた女性が浮かんでいたが、もちろん彼女がいるかどうか、なんて聞けるわけもない。
「さびしい?」
総司の言葉に、千鶴は赤くなって俯いた。さびしいのもあるが……やきもち、心配、不安。
忘年会の次の日、会社の2階で千鶴は総司のことをどう思っているか伝えたが、総司が自分のことをどう思っているかは、そう言えば聞いていない。つきあっているという認識でいてくれてるし、キスもしたし、好いてくれてるとは思うが……でも自分よりもスタイルがよくて美人なあのサービス部の女性の方がよくならないともかぎらないし……
千鶴が悶々としていると、後ろからさわやかに総司を呼ぶ声がした。
「沖田君!」
嫌な予感と共に千鶴が顔をあげると、それはやっぱりサービス部の例の女性だった。オフィスの方から小走りにこちらへやってくる。
「部長が呼んでるの。例のトラブルの件で説明してほしいみたいで……」
ちらり、と千鶴を見て、その女性は総司に視線を移した。
「今いい?お邪魔だった?」
千鶴はその言葉に少しだけカチンときたが、総司は全く気にならないようでにっこりほほ笑んだ。
「いや、いいよ。行こうか」
そう言うと壁から腕を離してサービス部の彼女と歩き出そうとした。そしてふと気が付いたように千鶴を見る。
「あ、これあげる」
そう言って飲みかけのいちごオーレを千鶴に渡すと、そのまま歩いて行ってしまった。
もちろん総司の行動に顔をひきつらせたサービス部の女性には気づかないまま。
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