お泊り4






カーテン越しに部屋に漏れてくる朝日の中で、総司は千鶴を起こさないように寝たままで枕元の自分の携帯を手に取った。
土曜日の朝9時5分。
時間を確かめると、隣に置いてある千鶴の携帯を勝手にとりあげて何やら操作をする。千鶴の携帯の操作をし終わると、総司はそれを枕元に戻して、隣で寝ている千鶴の顔を覗き込んだ。
昨夜の疲れからか、彼女が向こう側をむいたままよく寝ているのを確認すると、総司はそのまま自分の携帯でメールを打ち始めた。

「好きな花……紫陽花。好きな食べ物……スパゲッティ。犬か猫か……猫。それからパンツの色……今はいてない、と。
これでよし。送信先は南雲薫で……送信っと」
ポチッとボタンを押し画面が『送信しました』となったのを確認して、総司は自分の携帯の電源を落とし、ついでに千鶴の携帯の電源も落とした。
「ん……」
タイミングよくちょうどその時千鶴が寝返りを打ち総司の方を向く。可愛い寝顔にちょっかいをかけたくなり、総司は千鶴の頬に唇を寄せた。
「千鶴ちゃん」
「んん……」
くすぐったそうに眉をしかめて顔をそむける彼女がかわいくて、総司はさらに顔をうなじにうずめた。そしてその暖かさと香りに刺激されて、総司は体を起こして本格的に彼女にのしかかった。うなじにゆっくりと唇を這わせて、空いている方の手で彼女の滑らかなウエストへとまわす。
「ん……え?」
さすがに目が覚めた様で、千鶴は今の自分の置かれている状態が理解できず目を見開いて固まった。
「おはよ」
忙しく鎖骨辺りにキスの嵐を振らせながら、総司は言う。
「あっ……お、沖田さ…!」
一気に昨夜のことを思い出したようで、千鶴は顔を赤く染め体に力を入れた。千鶴の部屋のカーテンは遮光性ではないようで、昨夜は真っ暗だったが今はある程度見えてしまう。総司が裸で……自分も裸だ。
「きゃあっ…ちょっ…服を……!」
「どうせ脱ぐんだから今日は着なくていいよ」
「いいよって…あっ……お、沖……あんっ……!」
「昨日はちょっと僕余裕がなくて申し訳なかったから、今日はゆっくり千鶴ちゃんを楽しませてあげたいんだよね」
「あ…っ……」

そこから会話らしい会話が再びあったのはずいぶん時間が経った後の事だった。



すっかり二度寝を決め込んでいる総司を起こさないように気を付けて、千鶴はベッドからでた。部屋着を着て上からパーカーをはおり、顔を洗ったりの朝の身支度をする。
ベッドの上でリラックスして寝ている総司を、千鶴はまじまじと見た。
何故か顔がにやけてしまう。

彫りが深いなぁ……あ、睫長い…っていうかたくさん。ふふ…かわいい。

寝顔は当然ながら無邪気で、千鶴はにやけてしまう口元を隠しながら総司の寝顔を覗き込んでいた。

ピンポーン

呼び鈴の音が部屋に響き、千鶴はぴょんと体を起こした。
また鳴らされて総司が起こされてしまったら可哀そうだ。千鶴は急いで玄関へと走り、ドアを開けた。
「どちらさまですか?」



呼び鈴の音で、総司は夢からゆっくりと引き戻された。パタパタという軽い足音がして、「どちらさまですか?」と言う声とともにドアの開く音がする。
総司は眉をしかめた。
昨日も思ったが、何故チェーンをしないのだろうか?その上相手を確認しないでドアをあけている。昨日実家から送られてきた荷物から、千鶴は田舎で育ったのだろうと推測できるが、ここは都会だ。気を付けないと何があるのかわからないというのに……。
総司はベッドの中で寝返りをうちながら、千鶴が戻ってくるのを待った。
しかしいつまでたっても彼女は戻ってこない。
総司は誰が来ているのかと、ベッドの上で肘をついて体を起こし聞き耳を立てた。

男の声?

漏れ聞こえてくるのは千鶴の声と男の声。かなり仲が良いようで話し込んでいる。
「……」
総司はむくりと起き上った。


「いつもすいません。わぁ〜!きれい……!」
「早く渡した方が長く楽しめると思って昨日の夜来たんだけどね。寝ちゃってたみたいだったね」
同じ階に住んでいるお花屋さんだった。別の場所で花屋をやっており、もう売り物にならない花や、売れ残ってしまった鉢植えなどを処分していたのだが、千鶴と植物の話で盛り上がり時々処分せずに持ってきてくれるのだ。
20代後半で植物好きが高じて店を持つまでにいたっただけあり、知識が豊富で植物への愛も豊富だ。ついでに千鶴への愛もかなり豊富そうだ。
「もうチューリップがでてるんですね」
「そうなんだよ。これは足が速いからまた売れ残ったら持ってきてあげるよ」
今日の捧げものはチューリップのようだった。赤色のチューリップが3本。
「いいんですか?春ですね♪嬉しいです。ワイヤープランツも言われた通り切って見たら元気な芽がでてきて……」
「それはよかった。部屋の鉢植えもそろそろ植え替えた方がいいかもよ。よかったら今度一緒に……」

「お客さん?」

後ろから聞こえてきた気だるげな声に、花屋と千鶴は後ろを見た。
後ろにいたのはYシャツの胸ボタンを上から4つくらいまで外して、スーツのズボンをはいた総司だった。廊下の壁に手をついて上から二人を見下ろしている。
一目で親密な仲だとわかる総司の様子に、花屋の男性は固まった。一方千鶴は寝起きの総司の気だるげな様子に思わず赤くなる。
「お、沖田さん……」
「何かトラブル?」
仲良く話しているのはわかっていたはずなのに、あまりに長い時間客と話しているから心配で、という体で総司は千鶴の後ろに立った。
こいつは当然千鶴狙いに決まっている。下心もなく女性にプレゼントを贈る男はこの世に皆無だ、というのが総司の持論だった。

ぐるるるるる……。
犬が縄張り争いをしているように、睨み合っている花屋と総司を、そんなことには全く気付いていない千鶴はどうしたのかと見た。
そして当然ながら勝ったのは、優位のオス……総司だ。

「じゃ……俺はこれで」
にっこりとほほ笑んだ花屋の顔は、『男が出来たのか……!』という衝撃と傷心でかなりひきつっていた。千鶴は気づかずに「ありがとうございます、いつも!」とにこやかに返事を返す。
総司は無言で勝ち誇った微笑で見送ったのだった。


「あれが噂の花屋さん?」
部屋に入ると総司が千鶴に聞いた。チューリップをかざる花瓶を探しにキッチンに歩いて行った千鶴は、うなずく。
「いろいろ教えてくださったり、売り物にはならないけど綺麗なお花をくださったり、親切な方なんです」
それが千鶴限定の『親切』であることは、わざわざ言うことはないだろう。
水の中で茎を切っている千鶴の手つきを、総司は傍で見ていた。花瓶に水を入れチューリップをその中に入れ終えたとき、総司は後ろから千鶴のウエストに両手を回して抱き寄せる。
「あっ…」
赤くなった千鶴の頬に、総司は屈んで顔を寄せた。
「……おはよ」
「……おはようございます……」
頬を染めて恥ずかしそうに挨拶をする千鶴は、最強に可愛かった。
「どこか痛いところとかない?」
総司の質問に、千鶴は更に真っ赤になる。大丈夫です……と小さな声で答える千鶴を、総司は幸せな思いで眺めた。
「朝ごはん、どこかに食べに行こうか?ついでにいろいろ買い物とかして……」
「あの、パンとサラダくらいなら作れますけど」
千鶴の提案に、総司は彼女の顔を見てにっこり笑った。
「ありがとう。君の手作り料理食べたいな。でもとりあえず僕のスーツじゃない服が欲しいんだよね。あと月曜日のYシャツとか……」
??という顔でこちらを見上げている千鶴を見て、総司は悪戯っぽく笑った。
「今週末はもう帰るつもりはないからってこと。今日の夕飯とか明日の朝ごはんとか千鶴ちゃんの手作りをたべさせてよ。それから僕の日用品とか着替えを2、3枚千鶴ちゃんに置かせて?」
すっかり居つくつもりの総司の言葉。
しかし千鶴は、はじけてしまいそうなくらい嬉しくて幸せだった。

そして二人で「土曜日の朝からデート」をしながら、千鶴は総司に『チェーンをかけるように』『誰が来たかを確かめてからドアを開けるように』と、説教をされたのだった。





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