お泊り3




「……もうあの店行けません……」
コンビニを出た後、千鶴は茫然としていたが、総司は満足だった。
もう売約済みだということをあらゆる男たちに教えておく必要がある。犬の縄張り意識のようなものだ。
必要な物も買ったし、あとはメインディッシュをいただくだけ。
総司は憔悴した様子で隣を歩いている千鶴の手をとり、指を絡めた。千鶴が気が付き総司を見上げる。
「……好きだよ」
ポカンと口を開けて立ち止まった千鶴を、総司は楽しそうに見下ろした。
「知ってた?」
「……」
なんと答えたらいいのだろう。つきあってくれているのだからもちろん好意は持ってもらえてるとは思っていた。だけどこうして言葉で聞くと、とても嬉しい。
なんだか世界中から、ここに居ていいんだよ、と認めてもらえたような幸福感が千鶴を襲う。
「……知らなかったです…」
幸せそうに頬を染めて言う千鶴に、総司は優しく微笑む。
「そう?これからは忘れる暇がないくらい伝えるよ」
二人で手をつないでマンションのエレベーターに乗り込む。千鶴が4階のボタンを押すと、総司が後ろから抱きしめてきた。もちろん小さなエレベーターで他に乗っている人はいないが、親密なスキンシップに千鶴のドキドキが高まる。後ろから頬にキスをしてくる総司に、千鶴はどう返したらいいのかわからずソワソワと両手を動かした。
チンと言う音がして扉が開く。
千鶴が家の鍵を開けるのを総司が待っているのが、また緊張する。

へ、部屋に入ったらどうすればいいのかな。まず脱ぎっぱなしのパジャマを隠さないと……

そう思いながら扉をあけ、玄関に入り、いつものようにカバンを下駄箱の上に置いて、電気のスイッチに伸ばした千鶴の手は、上から総司に抑えられた。
え?と思って振り向いた千鶴の上に、かぶさるように総司の唇が降りてくる。
壁にある手を握られたまま、玄関で千鶴は総司にキスをされた。



後ろ手に扉を閉めて鍵をかけて、総司はその腕を千鶴のウエストにまわした。振り向いた千鶴の唇を、今度は一気に深く味わう。千鶴の体を自分の腕のなかでゆっくりとこちら向きにして総司はゆっくりとそのまま彼女を壁に押し付けた。
千鶴の後頭部が壁に固定されたため、キスが更にしやすくなる。我ながらタガが外れそうな感覚が頭の隅にあるが、総司はもう考えていられなかった。これまでにないくらい熱く性急に彼女の唇を求める。自分の体を押し付けて、華奢な彼女の体を全身で感じる。絡めた彼女の指が、ぎゅっと自分の手を握って来るのを感じると、もう耐えられなくなった。
「…っ千鶴ちゃん……部屋に……」
 
ピンポーン

切迫した状況に似合わない間延びした呼び出し音が、二人のすぐそばで響いた。思いもしなかった音に、二人で思わず暗闇の中で顔を見合わせる。

ピンポーン

再びした呼び出し音。今度はそこからドンドンと扉を叩く音と、声も聞こえてきた。
「千鶴ねーちゃーん?いないの?母ちゃんが鍋返しといでって!ついでに田舎からデコポン送ってきたから、それもどーぞ、だってさー!!」
子どもの声が廊下に響く。再びドンドンと言う音。
「あ、あの……同じ階の子です…」
「……」
無言の総司を押すようにして、千鶴は申し訳なさそうに言った。
「あの、お鍋受け取ってすぐに終わるので……お部屋にあがっておいていただいていいですか?」
ぐいぐいと隠すように総司を部屋へと押し込むと、千鶴は外の子供に返事をした。
「はーい!ちょっと待っててね」

総司が部屋に入りベッドに腰掛けると、千鶴が玄関を開ける音がした。
「ねーちゃんこれ。それからこっちがデコポン。『お好きだといいですけど』って母ちゃんが言ってたけど」
「わぁ!ありがとう!デコポン大好きだよ。嬉しい。この前もクルミいただいちゃって……あっそうだ!ちょっと待っててね……」
トタトタトタ…という音が近づいてきて、総司の座っている前を通り抜けて、千鶴はキッチンらしきスペースへ入っていくと、今度はビンらしきものを持って再び玄関へと走って行った。そしてまた声が聞こえる。
「これね、いただいたクルミをいれてやいたクッキーなの。もしよかったらご家族で食べてくれる?」
「やりー!クッキー大好き!!」
「ほんと?アレルギーとかない?」
「うん!このビン、また洗って返しにくるよ!月曜日でいい?」
続きそうな会話に、総司は溜息をついて手を後ろに着くと薄暗い部屋の中を見渡した。
雰囲気台無しだが、まあいい。夜は長い。
千鶴の部屋は、どこをとっても千鶴らしかった。白を基調として緑や茶色のアースカラーのクッションや棚が置いてあり、落ち着く感じだ。窓際には総司の送ったスノーフレークをはじめいろんな種類の観葉植物が置いてある。そして棚の上には花瓶にさした切り花。
植物が好きなのが感じられる部屋だった。
気にしていた部屋の汚れは、全然たいしたことはなかった。パジャマもベッドも人が居た気配が分かる程度には乱れているが、そんな「ぐちゃぐちゃ」という程ではない。
それよりも総司が気になるのはベッドのサイズだった。

小さいなあ…

これは総司が寝たら足が出てしまうのではないだろうか。
そんなことを考えていたら、ようやく別れの挨拶を済ませて千鶴が部屋に戻ってきた。パチリと部屋の明かりをつける。
「すいませんでした。その……」
「いや、別にいいよ」
「……」
「……」
部屋の入口に立ったままの千鶴に、総司は声をかけた。
「座ったら?」
「は、はい…!」
ビクン!と姿勢をただして敬礼までしそうな勢いで返事をすると、千鶴はおそるおそるベッドの傍まで来た。そしてベッドには座らず。その下の白いラグの上においてあるピンクの大きなビーズクッションの上にチョコンと座る。
「あ、あの、何か飲みますか?」
「いらない。それよりこっちにおいでよ」
そう言って総司は手を伸ばすと、千鶴の手首を掴み引き寄せた。
「は、はい?」
声は裏返り、顔は真っ赤。驚きのあまり仰け反るようになったものの、千鶴は引っ張られて総司の目の前に膝をついた。目の前には満足そうに輝く緑の瞳……。
「えー…えーっと……」
泳ぐ千鶴の視線を無視して、総司はゆっくりと千鶴の頬に顔を寄せた。
触れるか触れないかくらいの軽いキスを頬にすると、千鶴は顔を真っ赤にして総司を見た。そんな千鶴を総司も甘く見つめ返す。そしてゆっくりとお互いの唇が近づき……

ピンポーン

「……」
固まる二人に追い打ちをかけるように、ピンポーンピンポーンと連続でチャイムが鳴る。
「あの……」
言いよどむ千鶴に、総司は掴んでいた彼女の手首を離して溜息をついた。
「……どーぞ」
「すいません」
千鶴は頬を染めて謝り立ち上がると玄関へ向かった。
「はい、どなたですか?」
声とともに扉を開ける音がして、総司は眉をしかめた。チェーンもしていないようだし、相手も確かめずに開けている。いつもそうなのだろうか。一人暮らしであの不用心さは危ないのではないか?
おあずけを食らっているイライラをぶつけているだけのような気もするが、しかし実際無防備すぎる。
客はどうやら宅配のようで、サインをして受け取りのやりとりをしている声が聞こえる。
「重いですよ。中まで運びましょうか?どこに置きます?台所?」
「あ、いえ、いいです。大丈夫……」
あがりこんできそうな宅配の様子に、総司は立ち上がって玄関まで行った。実際靴を脱いで上がりこもうとしていた宅配のにーちゃんに冷たい視線を投げると、総司はつかつかと近寄って無言のまま大きい段ボール箱を宅配の男の腕からひきとった。
総司の態度から何かを感じらしく、宅配の男はうってかわって大人しくなった。こそこそと靴をはくと小さい声で「ありがとうございましたー」というと、そそくさと出て行く。
「……」
ポカンとして出て行く宅配の人を見ている千鶴に、総司は声をかけた。
「どこに置くの?」
「は、はい!えーっとスイマセン。台所の棚の下に……実家から野菜とかお米とか送ってきてくれたんだと……」
指示された場所にダンポールを置いた総司は、言った。
「確かにかなり重いねこれ。コメがはいってるなら納得だな」
「多分入ってると……ああ、ほら。やっぱり入ってますね」
送り状を確かめながら、千鶴はビリビリとガムテープを破く。中からはまず大きな袋。多分これにコメがはいっているのだろう。そしてあらゆる種類を網羅した缶詰類。キャベツに白菜。人参玉ねぎ……
「うわ、すごいね。これ一人で食べきれないでしょ」
驚く総司に、千鶴も困ったように言った。
「そうなんです。送ってこなくていいって言ってるのに……。悪くなっちゃうものも多いし。それで近所の方におすそ分けをするようになったら、お返しをいただいたりして、それでさっきの子みたいな感じで仲良くしていただくようになったんです」
「そういえば鍋を返すとか言ってたね」
「そうなんです。ジャガイモと人参をあげたらりんごをたくさんいただいて。それでりんごのワイン煮をつくってさしあげたんです」
「へぇ〜。近所づきあいしてるんだ」

しかしこの粉々に壊れきった雰囲気を元に戻すにはどうすればいいのか、さすがの総司でもわからなかった。
彼女の家の台所の床に二人して座り込んで、野菜やらコメやらを前に会話がはずむ。
いや、嫌なわけではない。楽しいし知らない彼女の一面が知れて、それもかわいいなと思う。
しかし貴重な時間をつかってしたいことは、こんなことではない。
どうすればいいかと総司が次の手を考えていると、ふと千鶴が黙って自分を見ているのに気が付いた。
「何?」
千鶴は幸せそうな笑顔だった。
「……なんだか沖田さんがこの部屋にいてこうやってお話してるのが不思議だなって」
「僕もここで何をしてるんだろうって今思ってたところだよ」
千鶴は可笑しそうに小さく笑った。
「でも、嬉しいです。とっても」
千鶴の表情と言葉がとても素直に彼女の気持ちを表しているのが伝わってきて、総司も笑顔になった。そして二人で見つめあう。
不思議なことに、同じ気持ちだという事が二人にはわかった。
二人でこうやって過ごしていることが嬉しい。
傍に相手を感じられることが幸せ。
そして……

触れ合いたい。

ゆっくりと二人の唇が近づく。唇が柔らかく重なったときに、またもや『ピンポーン』と呼び鈴が部屋に響いたが、もう二人には聞こえなかった。









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