お泊り 




千鶴が喫茶室の自販機で、紙コップに入ったミルクティーを飲んでいると、前の廊下を総司がとおりかかった。
ちらりと喫茶室を見た総司は、千鶴が一人で座っているのに気が付き中に入ってくる。手にはファイルとノート、筆記具を持っているから、打ち合わせの帰りなのだろう。
総司はにっこりとほほ笑んで千鶴の向かい側の席にファイルを置いた。
「休憩?」
「はい、ちょうど一区切りついたんで」
総司もいちごミルクを買うと椅子をひいて座る。

「お兄さん、帰った?」
パックにストローをさしながら総司は聞いた。千鶴は一瞬目をぱちくりさせたものの、コクリと頷く。
「はい。一昨日に帰りました」
「じゃあ、もう僕千鶴ちゃんの家に行ってもいいよね?」
千鶴なんのことかと首をかしげる。にっこり微笑んでいる総司を見て、最近総司と話したことを思い出して……そして思い至った。
「ああ、スノーフレークを見にくるっていう…?」
「そうそう。今日は?」
さくさくと話をすすめる総司に、千鶴は驚いた。
「ええっ?今日ですか?」
総司はストローを口にくわえながら頷く。
「うん。それから泊まっていってもいい?」
「……」
千鶴は、カチーンと音がしそうなくらい固まった。笑顔も張り付いている。総司はそれにはかまわずにつづけた。
「あ、布団の余分がないとか気にしないでいいから。一緒の布団に寝るし。……これで言ってる意味わかる?もうちょっと具体的に言った方がいい?」
そのまま続けようとする総司を、千鶴は慌てて止めた。顔が真っ赤になっている。
「いっいいです…!わかります大丈夫ですそれより、もうちょっと声を小さく……っていうかこんなところで…」
辺りを見渡してみるが、昼の遅い時間なので部屋の反対の場所で携帯で通話しながら座っている社員が一人いるだけだった。
総司は全然気にしていないようで、椅子の背もたれによりかかってゆったりといちごミルクを飲んでいる。
「で?いいの?ダメなの?」
「……いいっていうか…ダメって言うか……その、突然そんな…」
「突然じゃないじゃない。今予告してるでしょ?つきあってからもう……四か月くらいたってるし十分だと思うけど?」

パクパク……
あからさますぎる総司の言葉に、千鶴は顔を真っ赤にして口を開けたり閉じたりしていた。

そ、そういうことは……そのこんな風に宣言して実行にうつすことじゃないんじゃないかな……
よくわからないけど、二人が自然にそういう雰囲気になってするものだと……

千鶴はごくりと唾を飲み、念のためもう一度辺りに人がいないかを確認する。そして机に身を乗り出してナイショ話をするように手で口を隠した。
千鶴の仕草を見て、総司も内緒の話かと耳を寄せる。千鶴はひそひそ声で総司に言った。
「あの……沖田さんは私とそういうことをしたいんでしょうか?」

思いもよらなかった千鶴の言葉に、総司は体をひいてまじまじと千鶴を見る。
「……真面目に答える質問?」
頷く千鶴に、総司は溜息をついて髪をかき上げた。

「……したいよ」


ドキン!!

ストレートな言葉に、千鶴の心臓が鳴った。ドキドキドキドキとうるさい位心臓の音が響き、顔が真っ赤になっていくのが分かる。
嬉しい、恥ずかしい、びっくりした、怖い、でも……嬉しい……嬉しい…とっても。どうしよう……
「……」
真っ赤になって黙り込んでいる千鶴に、総司も聞き返す。
「千鶴ちゃんは?僕とそういうことしたくないの?」
総司の問いを千鶴はしばらく考えた。そして素直に口にする。
「よく……わからないです。でも、沖田さんともっと仲良くなれたらいいな……とは思います」
「〜〜〜〜!」
千鶴の言葉を聞いた途端、頭を抱えて机に伏せてしまった総司を見て、千鶴は驚いた。
「あ、あの私何か変なこと……?」
総司は手のひらを千鶴に向けて、ストップの意味の仕草をすると、深呼吸をする。
「ほんっとに君は……!ここが会社じゃなけりゃ襲ってたよ。あんまり公共の場でかわいいことを言わないこと!」
指をさされて指導をされて、千鶴はわけがわからないままうなずいた。総司が続ける。
「仲良くなれるよ……とってもね。じゃあ今日は一緒に君んちに帰ろう。それでもっと仲良くなる。いいね?」

正直千鶴には心の準備がまったくできていなかった。しかし断る理由もないし、会社の後も総司と一緒に居られるのは、少しドキドキするが嬉しい。
そりゃあ、あれだけ濃厚なキスをしたのだ。千鶴だっていつかは総司と……と思わないでもない。
自分ももう大人だし、総司だってそうだし、二人はつきあっているのだし……。でもまさか今日、今すぐ決めなくてはいけないとは思ってもいなかった。
頭が混乱してよくわからない。わからないけど……いいよね?

誰にだかわからないが千鶴は許可をもらい、そして総司に向かって恥ずかしそうにうなずく。
しかし千鶴の頭はフル回転していた。

帰るまでに千ちゃんにいろいろ聞こう……!
知らないせいで何か変なことしたり沖田さんが困ったりしたら申し訳ないし……あとお風呂とかいつはいればいいの?
帰っていきなり『ちょっとお風呂に…』なんてすごいやる気みたいで言えないし、でもお風呂入らないでそんなこと……!ってああああああ!お風呂!沖田さんも入るんじゃない?洗ってはあるけどそんな綺麗には……そうだ、部屋も!!明日休みだから明日掃除しようと思って……どうしよう!今朝寝坊したから、パジャマも脱ぎっぱなしだしベッドも寝起きのままだし、朝食べたパンのお皿も洗ってないし……!!!ああっ掃除したい〜!!!でももう断れない〜!

ものすごく嬉しそうにほほえでいる総司の顔を見て、千鶴は言葉を呑みこんだのだった。










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