ランチ1
総司は、午前中に左之と二人で打ち合わせから戻る時、廊下で秘書課の女の子二人に声をかけられた。
総司は、その二人について顔を見たことがある程度しか知らなかったが、左之は知り合いだったようで笑顔で立ち止まる。
「あ〜!ごめん!忘れてた!」
左之が秘書課の女性に謝る。総司は長くなるのなら自分は先に帰る旨を伝えようと口を開いた。
「総司、コンパのお誘いが来てんだよ。この子たちと。お前を誘っておいてくれって言われてたんだけど忘れてた。明日の金曜日なんだけどいいよな?」
総司は片眉をあげて、その秘書課の女の子二人を見た。スタイルもいいしキレイな子達だとは思うが、あいにく……
「明日は残業しないと。締め切りに間に合わない案件が一つあるから」
総司のそっけない言葉に左之が眉をしかめた。
「またかよ。アムールと遺伝子の話してやったろ?仕事は土日に休日出勤でもすりゃいいじゃねーか。俺もつきあってやるしよ」
「いや、別に……」
言葉を続けようとして、総司は廊下の反対側にある給湯室に千鶴がいるのに気が付いた。誰か男と二人で楽しそうに話している。総司が少し頭をそらして男の顔を見ると、それは例の、賭けに参加したいと言って来た調子のいい既婚者だった。そして、そちらに意識を向けると、会話の内容も聞こえてきて……
「じゃあ、飲むのはあの店でいいかな?」
「はい。素敵なお店だと思います」
「千鶴ちゃん、結構飲む方?」
「いえ、私はあんまり飲めなくて……」
「そうなの?それはいいこと聞いたな〜」
総司はそのまま左之たちを置いて、つかつかと給湯室の中へ入って行った。そして話している千鶴の手首を無言でつかむと、強引に引っ張り給湯室を出る。
「えっ…?沖田さん?あ、あの……?」
「おい、沖田なんだよ?」
慌てたような二人の言葉を無視して、総司はそのまま千鶴を引っ張っていく。途中で左之と秘書課の女性たちの横も通り抜け、彼らの唖然とした顔も無視をする。
そうしてずんずんと進み、喫茶室の前まで千鶴を連れてくると、総司はそこでようやく千鶴の手首を離した。
「あ、あの……?」
後ろに残してきた既婚者の男を気にしつつ、総司の尋常でない素振りに驚いて、千鶴は戸惑ったように総司を見上げた。総司はとても冷たい目をしていて……怒っているようだ。
何が悪かったのかと、千鶴が汗をかきながら困惑していると、総司が口を開く。
「君ってバカなの?」
辛辣な言葉に、千鶴は目を見開いた。
「……」
「既婚者に誘われて何喜んでるのさ。狙われてるのわかってないの?」
千鶴には、総司が何を言っているのか、何を怒っているのか、まっったくわからなかった。
「ね、狙われる……?」
まるで暗殺とかスパイ映画のような言葉に感じられて、千鶴は聞き返す。
「だから、ちょっとしたお楽しみに見られてるんだよ。どうせ酔わせられて、どっかホテルにお持ち帰りされて、しばらくあいつが楽しんだらポイってわかりきってるじゃない?」
総司の怒っている意味がわかって、千鶴は驚いた。
「ええっ!?だってあの方結婚してるんですよ?」
総司は髪をかき上げて溜息をつく。
「……だから何?結婚してればかわいい子を見てもなんとも思わなくなるとでも?」
かわいい子……
『そこじゃない!!』という全力のつっこみが聞こえてきそうだったが、千鶴がすくい上げたのはその単語だった。
沖田さんが……かわいいって言ってくれた……
足がふわふわ浮いてしまいそうなのを我慢して、千鶴は総司の言葉に応えようと思考をそちらに頑張って向ける。
「えっと……。あれは私が誘われていたのではなくて……今度の課長の送別会のお店の話なんです。あの方が予約してくださって、それでさっきは、担当の女の子たちはこの店で大丈夫かな?って聞かれてて……」
総司は髪をかき上げていた手を止めて千鶴を見た。
「担当の?」
千鶴が頷くのを見て、総司はもう一度溜息をついた。
「そうなんだ……。でもあいつは要注意だから、酔わないように気を付けた方がいいよ」
「でももう結婚してらっしゃるじゃないですか」
キョトンとした顔で首をかしげている千鶴をみて、総司はさらにもう一度溜息をついた。
「あのさ……」
その時、総司の言葉をさえぎるように昼休憩を知らせるチャイムが鳴った。
その途端、千鶴は脈絡もなく、『今だ!!』と強く思った。
そしてそのまま勇気をだして行動に移す。
「あ、あの!沖田さん!一緒にお昼いかがですか!?」
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