喫茶室



「嫌ですよ、何で僕が?喫茶室に一人で行くのも、は?って感じだしなんで夕飯なんて誘わなくちゃいけないんですか?」
もっともな疑問を言う総司に、原田はうなずいた。
「そうだよな。じゃ、俺が誘うかな」
「え?」
総司が驚いた時、原田の肩にポンと手をかけて後ろからにゅっと同僚が顔をだした。
「何何?何の話〜?」
調子のいいそいつの問いかけに原田はひらめくものがあり、なんともない顔をしてそいつに答える。
「いや、雪村さんっているだろ?お前と同じ第二担当のさ。彼女を一か月かけて誰がおとすかって話してんだよ」
「えー?雪村さんってあの清純派でかわいい子だろ?おれおれ!俺も入れて!」
手をあげて自薦してきた同僚に原田は言う。
「だから順番だって。挑戦者一番は総司に譲ってやろうと思ったけど、総司がいいって言うからさ。俺がいこうかな〜と話してたんだよ」
「じゃ、原田の次俺な」

原田と同僚の話をきいているうちに、総司の眉間のしわがどんどん深くなる。盛り上がっている二人をおいて、とうとう総司は立ち上がった。原田が聞く。
「ん?どうした総司?」
「喫茶室。待ってるんでしょ、あの子」
「え?沖田も参加するの?」
同僚の言葉に、総司は冷たい視線を返した。
「あんたは結婚してるだろ。参加資格自体ないよ」
そう言い残して喫茶室へと向かう総司を見ながら、原田は声を出さすに笑ったのだった。





喫茶室で千鶴は緊張しながら紙コップのミルクティーを両手で包み込んでいた。
すみっこの机の、端の椅子にちょこんと座っている。
愛想のいい原田とは、何度か喫茶室であってお茶を飲んだことはあるが、総司とは初めてだ。
とにかく仕事ができて、にもかかわずどんどん社外資格をとって、いろんなプロジェクトに顔をだして、勉強して人脈を作って……。
総司は社内の有名人だった。
社長である近藤の知り合いとのことだったので、当初は縁故採用かと思われていたのだが、しばらく総司の仕事ぶりを見ていて、皆その考えは変わった。とにかく頭がいい。理解が早い。要領もいい上に前向きで真剣な仕事ぶりは、社内でもかなりの高評価だった。
そしてあのルックス。
女性社員たちが色めき立つのも当然なのだが、当の総司は全く興味が無いようで、コンパの誘いもすげなく断り、バレンタインもプレゼントもすべてそっけなく受け取るだけか拒絶するだけだった。
夜も遅くまで残業しているし休日出勤もざら。昼も食べたらさっさと仕事に戻り、ほとんど休憩をとらない総司には隙がなく、特定の女性と仲良く話している所など誰も見たことがない。
ご多分に漏れず総司にあこがれている千鶴にとっては、今回の喫茶室での一緒の休憩はかなり緊張するものだった。
先程総司側の通路ばかりを通ることを叱られてしまったし、原田と一緒とはいえ、何を話せばいいのかどこを見ればいいのか千鶴は頭が爆発しそうだった。

「何飲んでるの」
そっけない声に、千鶴が跳ねるように顔をあげるとそこには総司が立っていた。
「あ、あの…ミルクティー…です」
「ふーん」
興味がなさそうに言い、総司はとなりの自販機のスイッチを押す。
「いちごオーレ……」
総司の買ったものを見て、千鶴は目が点になった。これまでのイメージだと、コーヒーとか水とか…そういう硬質なイメージだったのだが……。
「何?」
文句ある?というような顔で見られて、千鶴はぱっと目をそらした。
「いえ、あの別に…」
総司は何も言わずに千鶴の前の椅子に座る。
「あの……原田さんは?」
後から行くから、と言っていた原田が来ないので、千鶴はきょろきょろとあたりを見渡した。
広い喫茶室には、打ち合わせの人や休憩の人たちがぽつりぽつりといるが、原田の姿は見当たらない。と、何故か総司の眉が機嫌悪そうに歪められた。
「左之さんがよかった?」
総司の質問の意味がわからず、千鶴は「え?」と聞き返した。
総司はそれには答えずに大きなため息をつく。なんだか不況をかってしまった様子に、千鶴は縮こまった。
あこがれてはいたが、何を話せばいいのかわからない。総司は自分にいらいらしているようだし、原田は来ないし……
どうしよう……
と、泣きそうになっている千鶴にかまわず、総司は言った。

「今夜空いてる?」
総司の質問の意味がわからず、千鶴は無表情のまま総司を見つめた。総司はそんな千鶴にいらっとしたように、いちごオーレの紙パックにブスッとストローを刺した。
「今夜。空いてるの?空いてないの?」
「あ、空いてます……けど…」
「じゃあ夕飯食べに行こう」
「……」
「聞いてるの?」
「あの…私と沖田さんが…ですか?」
「他に誰がいるっていうのさ」
「……はぁ…」

な、何がどうなっているのか話が見えない……
で、でも、これって沖田さんと一緒に二人で夕飯を食べに行けるってこと…だよね…?

そこまで考えて、千鶴は自然と頬が染まり笑顔になってしまった。
「あ、あの…嬉しいです」
千鶴が笑顔でおずおずと返事をすると、何故か沖田の眉間の皺はさらに深くなり、不機嫌そうな顔もひどくなる。
「……君さ、そんなだから既婚者とかにもつけこまれるんだよ」
「え?」
目を見開いて首をかしげてる千鶴に、総司いはいちごオーレを飲みながら言った。
「そうやって嬉しそうにするからバカな男が誤解するってこと」

「でも……嬉しい、ですから…。沖田さんに誘っていただいて」
千鶴が赤くなりながらもそう言うと、総司は一瞬キョトンとして……
次にズズッと勢いよくいちごオーレを飲み干すと急いで席を立った。
「あー…、そう。じゃ僕は仕事があるから」
そう言って去ろうとする総司に、千鶴は慌てて声をかけた。
「あの、あの、今日は何時にどこに行けば…?」
「6時半に一階受付で」
顔も見ずにそう言い残すと、総司はそそくさと喫茶室から出て行ったのだった。





BACK   NEXT




戻る