映画2
お祭りは暖かな晴天にめぐまれて、かなりにぎわっていた。
公園の中央にあるステージではアマチュアバンドやアマチュアダンスチームの発表があり、周囲には青空市場やフリーマーケット、露店が立ち並んでいる。
小さな子供からカップル、老人まで楽しんでいる。
総司と千鶴は市場とフリーマーケットを冷やかしながら、映画館への方向へ向かって公園の中をゆっくりと歩いていた。会社の人はもちろん来ているだろうし、総司と二人で手をつないでいる所を見られてしまうだろうが、総司は全く気にしていないようで楽しそうにフリマの店の人と値段交渉をしている。
「買ったんですか?」
「うん、安かったしね」
総司が買ったのは柔らかそうな皮のキーケースだった。
「車も欲しいし、これからは鍵が増えていくかな〜と思ってさ」
意味ありげな緑の瞳で見つめられて、千鶴は目を瞬いた。
「??そうなんですか?」
千鶴の反応に、総司は苦笑いをして手を取る。
「ま、いっか。千鶴ちゃんは何も買わないの?」
「あの、あそこに植木市があってかわいい鉢がたくさんあるんです。見に行ってもいいですか?」
千鶴の買った鉢は、手のひらサイズで温かみのある陶器でできていた。紙袋に入れてもらったそれを総司がもち、二人は映画館へと向かう。結局見るのは話題になっているハリウッドのシリーズもので、並ぶかもしれないので早めに行くことにしたのだ。
「7階はどうですか?」
最近仕事場所を移動した総司に、千鶴が聞いた。
「狭いね。あと暖房がききすぎて暑いよ。でも女の子は寒がりだからちょうどいいみたいで喜んでるけど」
千鶴は、例のサービス部の女性を思い浮かべてチクンと胸が痛んだ。
彼女は今日一人で仕事をしているのだろうか、祭りも一人で?あてつけのように総司を誘ってしまった千鶴のことをきっと憎んでいるだろうし寂しい思いもしていると思う。
でも譲るのは……
千鶴が悶々としていることには気づかず、総司が続ける。
「仕事はしやすいよね、確かに。まぁでもそろそろ最後の締めだけどね。あとは2月にもう一回長期で客の所に行って、通常運転にもどれるよ。それまであんまり会えなくてごめんね?」
優しい瞳でみつめられ、繋いだ手にぎゅっと力を込められて、千鶴は嬉しくて幸せで爆発しそうだった。
片思いでこっそり総司を見ていたころとは雲泥の差だ。総司とこれから会えるかどうかを気にしているのが自分だけでなくて、彼も気にしてくれているなんて。
「…大丈夫です。今日はわがまま言ってすいませんでした」
「いや、言ってくれた方が助かるよ。わがまま嬉しいし」
「長期出張はいつごろなんですか?」
総司は、う〜んと考え込んで、気にするようにちらりと千鶴を見た。
「2月の…2週か3週ごろ。千鶴ちゃんイベントとか気にするほう?多分バレンタインとかにばっちりかぶっちゃうと思うんだけど」
千鶴は慌てて総司を見た。
「あのっ気にしないでください!チョコはそれは……渡したいですけど、そんな仕事の最中に無理やりとか思ってません」
「チョコくれるの?」
ぶんぶんと頭を振って頷いている千鶴に、総司はおかしそうに「楽しみにしてるよ」と笑った。
後ろの方の席で千鶴を通路側に座らせると、総司は千鶴の手をとった。
いちゃいちゃするって……
千鶴はドトールでの総司の言葉を思い出して、赤くなる。
総司は千鶴の手を両手でもち、もてあそぶように指の一本一本をつまんだり、爪をなでたりしている。
「きれいな手だね」
今はまだ上映前だから大きな声を出してもいいはずなのに、総司は千鶴の耳元に唇を寄せて囁くように言った。
「……」
なんと返事を返せばいいのかわからず千鶴は赤くなったまま沈黙した。二人の手の大きさを比べている総司に言う。
「……沖田さんの手は大きいですね」
「君の手が小さいんじゃないの?細いし」
「……普通だと、思います」
指と指の間を愛撫するように撫でられて千鶴は恥ずかしくて俯いた。
いちゃいちゃするって……こういうことなんだ……
赤くなりながらそんなことを考えている千鶴に、総司が楽しそうに言った。
「これがいちゃいちゃだと思ってる?」
言い当てられて驚く千鶴に、総司は続けた。
「電気が明るいうちにイチャイチャなんてしないよ。イチャイチャは暗くなってから…と」
総司の言葉にかぶせるように上映開始を告げるブザーがなった。
「…これからだよ」
千鶴の耳元で、総司が再び囁いた。
予告が始まると周囲が静かになった。
スクリーンの明かりで隣の総司をチラリとみると、総司は椅子にもたれて画面を見ている。千鶴の片手は相変わらず総司の両手の中に包み込まれてもてあそばれている。
暗くなったら何をされるのかとドキドキしていたのだが、総司は特にそれ以上は何もしないようで千鶴はほっとした。
しかしその瞬間、総司が千鶴に体を寄せてくる。
「これ、面白そうだね」
小さなひそひそ声で千鶴の耳元でささやく。別の映画の予告について総司は言っていたのだが、千鶴は総司の近さに全く頭に入っていなかった。
「そ、そうですね…っ」
「ちゃんと内容観て言ってる?これホラーだよ?」
笑みを含んだ声で再びそう囁かれて、千鶴は思わず総司の方を見た。と、総司の顔がびっくりするくらい近くにあって……
悪戯っぽく輝く総司の瞳を見ているうちに、そっと唇が重なった。
千鶴の唇の端に一回、反対側の端に一回。頬に一回。
総司の唇はそのまま横に滑って、千鶴の耳たぶに一回。
「っん…」
くすぐったくて千鶴は思わず小さな声をあげた。総司が千鶴の声を出さないように再び唇をふさぐ。
「しーっ。声出しちゃだめだよ。映画観てる人の邪魔になっちゃうでしょ」
おでこを合わせて総司が言う。返事をしようとした千鶴の唇は、ふたたび総司にふさがれた。
今度はついばむ様に何度も優しくキスをする。
千鶴が頭が真っ白になってキスされるがままになっていると、総司がふっと唇を離した。
「あ、始まったみたいだよ」
千鶴はぼんやりと総司を見て、そして促されるまま画面を観る。
当然ながら物語はまったく頭に入ってこなかった。
それからも、総司は千鶴の手をもてあそんでいた。指と指を絡めるように握られて、握り返すと総司の顔がこちらを見たのがわかった。スクリーンの光に照らされて、総司と目が合う。
総司は再び体を寄せてきて唇を塞いだ。
今度は千鶴も心の準備ができていて、柔らかく受け入れる。
合わせた唇の中で総司の舌がからかうように千鶴の唇をなぞった。
びくんと反応した千鶴をなだめるように、総司は唇をあわせたまま千鶴の手を優しく握る。
「君もやって」
熱い吐息と共にささやかれ、千鶴はもう何も考えられなかった。
総司に促されるまま、彼がやったように彼の唇に恐る恐る舌で触れる。
ようやくキスから解放された時には映画はかなり進んでいて、千鶴は何がどうなって主人公がピンチになっているのかさっぱりわからなかった。
そんなこんなが映画の上映中ずっと続き、千鶴は総司が言った「映画を観るのが目的じゃない」という言葉の意味が身にしみて分かったのだった。
映画が終わって二人で外に出た時、総司が楽しそうに聞いた。
「あー楽しかった。満喫した。千鶴ちゃんは?」
「……」
意地悪な質問に返事が出来ず、千鶴は赤くなったままうつむく。総司はさらに追及してきた。
「映画の感想だよ?どうだった?」
千鶴は総司を少し睨むと答える。
「……18禁の指定をつけるべきだと思います」
千鶴の返事に、総司はお腹をかかえて大笑いをしたのだった。
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