バレンタイン
2月14日 19時
バレンタイン 雨 気温7度
総司は憮然とした表情で、待ち合わせのモニュメントの下に立っていた。
かろうじて屋根はあるもののそこは吹きさらしで、湿気を含んだ冷たい風が吹き抜けている。
『今日、近藤さんに急に呼ばれて僕だけ午後からそっちに帰ることになったんだ。夜にはまた出張先に戻らないといけないんだけど、夕飯とか一緒に食べれる?』
今日の朝10時に社長の近藤から連絡があり、もうすぐ終わるこの大型案件の状況とユーザについて報告しに帰って来るようにとの指示があった。出張先での仕事は、今回は左之も一緒に出張しているため半日程度なら総司が留守にしても大丈夫だし、どちらにしろ明日の朝からまた出張先での仕事があるので、夜にとんぼ返りになる。そのためほとんど影響はなかった。
仕事とはいえ14日に帰ってこれるなんてラッキーだったな。千鶴ちゃん喜ぶよね
午前中、移動の新幹線の中から、総司は機嫌よく千鶴にメールをした。
千鶴は仕事中は携帯をカバンにいれているため、返事は昼にあった。もちろんOKだ。
18時半に駅の近くのモニュメントでの待ち合わせにしたのだが、例のごとく千鶴は遅刻の様だった。
総司の眉間のしわが深くなった時、コートのポケットに入れてある携帯がなった。千鶴からの連絡かと急いで取り出す。表示されている名前を見て、総司は溜息をついて通話ボタンを押した。
「……何の用ですか」
『おい、いきなり冷てぇな。社長報告はどうだったかと思ってよ』
「ああ……、別に普通です。『最後まで気を抜かず、お客様に満足してもらえるようがんばってくれ』だそうですよ」
そっけない総司の返事に、左之は逆に好奇心がわいたようだ。
『なんでお前そんなに機嫌わるいんだよ?バレンタインデーに彼女んとこに行けてラッキーだろ?一緒に夕飯でも食ってくんのか?』
「……誘いましたけどね。彼女は遅刻中です。僕は寒空の下30分放置ですよ」
電話の向こうから、左之の艶のある笑い声が聞こえてきた。
『お前が大人しく30分またされてるなんてなぁ……。ま、もうすぐ来んだろ。ところでどこで食べるか決めてるのか?』
総司が「いいえ」と言うと、左之は推薦の店をいくつか教えてくれた。
『まぁゆっくりしてこいよ。ゆっくりしすぎて新幹線の最終に乗り遅れないようにな。俺は一人寂しくこっちでいるよ』
左之の哀れっぽい言葉に、総司はにやりとした。
「何言ってるんですか。お客さんとこの女子社員にモテモテのくせに。今日も夕飯左之さんと食べに行くって女子グループが朝から騒いでるの知ってるんですよ」
左之は謙遜するでもなく悪びれずに能天気に笑った。
『あーそうなんだよな。なんか『サンタさんにお願いした理想そのもの』らしいぜ、俺が。ここいいところだよな〜俺もうそっち帰りたくねぇな』
「ほら、どこが一人さびしくなんですか」
総司は笑い、左之と一言二言話してから電話を切った。携帯をコートのポケットにしまったとたん、視界の隅に勢いよく千鶴が飛び込んでくる。
「ごめんなさい!」
前の遅刻と同じように勢いよくぴょこん!と千鶴は頭を下げた。
「帰りがけにお客様から電話があって長引いてしまって……ほんとうにすいません!」
走ってきたのと焦っているのとで、この寒空の下千鶴の頬は真っ赤だった。マフラーも慌てて巻いたらしくほどけてしまっている。
全身全霊で好きな子から謝られるのは楽しい。
総司はニヤリと笑うと、千鶴のマフラーの両端を握るとちゃんと巻き直してやった。
「どーしようかな〜。寒くて寒くて凍えそうだったしね〜」
「すっすいません!あの、これもしよければ……」
慌てて謝りながら自分のベビーピンクのマフラーを渡そうとする千鶴を、総司はガバッと抱きしめた。
「あっためて♪」
「きゃっきゃああああああ!」
ものすごい悲鳴に、一瞬あたりの時が止まった。
かなり通行人の多い広場だったが、千鶴の叫び声のせいで皆が立ち止まってこっちを見ている。
注目の的になっている自分たちに、総司と千鶴は固まる。不審げに総司を見ながら再び歩き出す周りの人に、「あの……すいません」と千鶴は茹蛸になり下を向きながらぶつぶつと謝っていた。
誓っていうが、単純なハグだった。ウエストに手を回したりおしりを触ったりなんてしていない。
そりゃまあ……からかい半分下心半分だったけれども……だが、その下心は行動には現れていないはずだ。
総司は憮然とした顔で一歩距離を開けた。
「そんなに嫌がられるとショックだなぁ」
「いっイヤって言うか…あの驚いて…いえ……」
そういいつつも後ずさりしている千鶴と見て、総司は心の中で溜息をついた。
キスは慣れてくれたかと思ったけど、まだまだ先は長いな…
「手をつなぐのは大丈夫?」
「え?は、はい!もちろんです!」
総司が差し出した手に、千鶴は迷うことなく自分の手を乗せた。今日は急いでいたせいか手袋はしていない。
指を絡めて軽く引っ張ると、千鶴は隣に寄り添うようにして歩き出した。
最初に手をつなごうとしたときから考えれば、これもたいした進歩かな
総司はそう自分を慰めながら、左之に教えられた店へと向かったのだった。
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