千鶴ちゃんの七つのリスト 2




 

 

千鶴はまず、一番上にリストのタイトルを書いた。

 

『やったことのないことでやりたいことリスト』

 

千に言われた言葉だ。

薫だって単身しらない場所と会社に行き、もうそこで趣味の話をする友人ができているのだ。その上その人と多分テニスをしたりするのだろう。千鶴とはすごい違いではないか。同じ双子なのだから千鶴だってできるはずだ。

ほうじ茶を一口飲んでから空を見つめて考える。

ちゃんと落ち着いて考えよう。

とりあえず合コンは『やったことはない』けど『やりたいこと』ではなかった。

これまで家の事が最優先で自分を後回しにしていたのだから、これからはやりたいことだけで埋め尽くすのだ。

千鶴はしばらく考えて、一番最初の行にボールペンを走らせた。

 

1.高いお店でゆっくり食事する(フルコースとか)

2.朝帰りをする。

3.夕飯をポテトチップスですます。

4.ハンモックを買う。

5.夜の散歩をする。

6.

 

ここでボールペンが止まる。日々の生活についてはすぐに浮かぶ。

薫が独立して経済的にも時間的にも余裕ができたから、ここまではすぐできてしまうだろう。

朝帰りについては、以前仕事の関係で早朝に電車に乗った時に、朝帰りらしき人をちらほら見かけて憧れがあった。

眠そうだったり幸せそうにスマホを見てたり。

眠るよりも遊びたいこと、会いたい人と一晩中過ごすのってどんな感じなんだろう。きっとすごく楽しんだろうなと、羨ましく思いながら、会社に向かったっけ。

そんな風に時間を忘れて楽しめる事や人。友人や恋人が欲しい。

 

恋人……は作ったことがないけど……

 

そろそろ周りも結婚の話がでているし、自分も漠然といつかは結婚するのかなとは思ってる。

それならリストの六番目は『恋人を作る』にしようか……

千鶴はボールペンの先を6.の横に置いたが、その先を書くのはためらった。

過去、それらしきことはあったが、どれも心躍るようなものではなくどちらかと言えば苦痛の部類にはいる出来事だったのだ。男性とは話もノリも合わないし、無理やりキスをされて怖くて逃げ帰ったことや、汗ばんだ手で手を握られて気持ち悪かったことしか記憶にない。前のコンパで肩を抱かれて耳元にささやかれた時の嫌悪感たるやトラウマレベルだ。

ドラマや小説、歌などで恋愛が素晴らしいものだと言うのはさんざん聞いてきている。彼氏ができたと報告する友人たちは皆幸せそうだったし、あんな嫌悪感を感じる自分はどこかおかしいのかも

 

私……男性嫌いなのかもしれないな。

 

恋しくて眠れない夜や会えただけで舞い上がる感情を味わってみたいし、唯一の人として大事にしてもらうことや、彼のためにあれこれしてあげることにも憧れる。憧れるけど、あの合コンで会ったような人と、そんなことを楽しんでできるような気がしないのだ。

薫がいなくなった穴を埋めようと、千に誘われるがまま合コンに行ったが、その穴を埋めるのは千鶴にとっては彼氏ではないほうがよさそうだ。

千鶴はしばらく考えて、6番目の項目を埋めた。

 

6.猫を飼う。

 

そうだ、それがいい。猫だ。

もともと猫好きの千鶴はずっと飼いたかったのだが、薫が猫アレルギーで飼えなかったのだ。

書いた途端、欲しくて欲しくてたまらなくなってきた。冬はこたつを出して一緒に本を読んだり寝転んだりして、夏はクーラーを入れてアイスノンにタオルを巻いて寝床を作ってあげるのだ。かわいい水飲み場とごはん用のお皿を買って……猫と暮らせるのなら彼氏も結婚もいらない。

持ち家はあるし、ずっと続けていける安定した仕事もある。誰にも迷惑をかけず税金を払っていれば、どうしても結婚しなくてはいけないというわけではし。

一人で生きていくことの寂しさはネコチャンと友達が埋めてくれる。

今から合コンをしたり男友達を作って、知り合い→友達→彼氏→夫と進化させていくより、ネコチャンの待つ家に帰る方がはるかに心が躍る。

 

そう、これからの人生はやりたいことしかしないって決めたんだし。

 

行きたくもない合コンに行くよりも猫シェルターやペットショップだ。

これから先の人生について、具体的にそこまで考えて、千鶴はふとあることを思いついた。

「……」

自分の頭をよぎったことを改めて考えて、千鶴は赤くなる。

「でも……でも、本音だもんね。こんなところで嘘をついても意味がないし」

千鶴はボールペンを持つと、一瞬ためらったのち素早く書いた。

 

7.セックスを経験する。

 

は、恥ずかしい……

誰に見られているわけでもないが、千鶴は真っ赤になってうつむいた。

だがこれはまごうことなき本音だ。

この年で処女といえども適齢期の女子。性欲でもんもん……とまではいかないが好奇心はある。

それもすっごく。

一体全体、具体的にはどんなことをするのか? 

男性の体のあれこれや自分の体のあれこれ。

セックスを実際にしてみないとわからないことはいっぱいある。世の中のほとんどの人がしたことがあるソレを、自分は一度も経験しないまま死んでいくのかと思うと残念すぎる。一度だけ、体の関係だけでいいから経験してみたい。

「……そんなことできるのかな」

男性に触れれると嫌悪感が沸き上がってしまうのに、体の関係なんでできるのだろうか。

気持ち悪さを抑えて……とか、ガチガチに緊張したまま無理やり……とか、そんな経験がしたいわけじゃない。歌や物語にあるような、めくるめく快感、理性が吹っ飛ぶような体験、知らなかった世界を味わってみたいのだ。そのためには千鶴自身がリラックスできる相手でないとだめだ。

 

初対面じゃなくて、……あとは優しい人がいいな。

 

初めてなのだから、あんまりガツガツした人や乱暴な人は嫌だ。そのうえで千鶴がそれほど気を遣わず言いたいことを伝えられる人。もちろん触られて嫌悪感を持つような男性は論外だ。

「そんな人いるのかな……」

あの嫌悪感が出ない男性はいるのだろうか。薫にはでなかったけど、薫に肩を抱かれたり手をつながれたりされたことはなかったし。

千鶴は今更ながら、自分の書いた七番目の大胆な『やってみたいこと』をまじまじと見た。

「……無理そうだなあ……」

小さくため息をついて、七番目に傍線を引こうとボールペンの先を持って行ったが、そのペン先は止まった。

何も今から除外することはない。しばらく考えてみよう。なにかいい案がうまれるかもしれないし。

 

 

 

次の日の午前中。

営業部に資料を渡しに行った帰りの廊下で、千鶴はふと足を止めた。

そこの壁には大きな掲示板が置いてあって、仕事に関係のない社内での連絡事項や宣伝などの紙が貼られている。

社内サークルのメンバー募集や、ピアノなどの不用品を欲しい人はいないかなどのポスターなど、大会社なのにもかかわらずアットホームな内容で、通りかかるたびにいつも見ているのだ。今日はそこに写真付きのA4サイズの紙が一枚貼ってあった。

 

『猫を貰ってください』

 

そんな文字の下に写真をプリントしたものが三枚貼られている。生まれたての猫の赤ちゃんが母ネコの腹の所でうにゃうにゃしている写真や、満足そうに眠ってる顔、お澄ましして座っている写真などだ。

 

か、かわいい……

 

その中の真っ黒な子に千鶴の目は釘付けだった。きっと傍から見たらハート目になっていたに違いない。

先週の金曜日のこの掲示板を見た時には、このポスターは無かったはず。ネコを飼おうと思い立った次の日にこのポスターを見つけるなんて、これはもう運命だ。すぐ連絡しよう。

千鶴はポスターの下の方に書いてある連絡先を確認した。

 

第三営業部 斎藤 一

 内線:4403

 

「斎藤さん……」

有名人だ。営業部のモテ男。クールビューティとして有名な彼は、それはもうモテる。いろんな女子社員から斎藤の名前を聞かない日はないくらいだ。千鶴は仕事では何度か話したことがある。あまり口数は多くはないが面倒見が良く優しかった。誰もやりたがらない地味な仕事を千鶴が押し付けられそうになったときに、斎藤に助けてもらった記憶がある。責任感があり、後々まで千鶴を気にかけてくれてフォローしてくれた。真面目な仕事の仕方には定評があり、皆が頼りにしている出世頭でもある。

この猫もおそらく、斎藤と接点を持ちたい女子枠ですぐにもらわれて行ってしまうだろう。すぐ連絡をとらなくては、と千鶴が焦って営業部へ戻ろうとしたとき、ふと隣に貼ってある紙に気が付いた。

 

『不用品無料であげます。すべて未使用。受け取りに来れる人のみ

 

その下には、デジタルピアノ、コーヒーメーカー、ホワイトボード……とあって、その次に、

 

『ハンモック』

 

千鶴は紙に目を近づけた。ま、まさかリストを作った次の日に二つも該当するものがでてくるなんて。これはもう運命に違いない。神様があのリストを達成する後押しをしてくれているのだ。ハンモックをくれる優しい人は誰だろう、と貼られたポスターの下の方を見てみると。

 

第一営業部 沖田 総司

 内線:2119

 

「沖田さん……」

こちらも有名人だ。営業部もて男ツートップのもう一人ではないか。色素の薄そうな髪の色に瞳の色。背が高くスタイルがいい彼はどこにいても目立ち、当然ながら女性社員からの人気も高い。飲み会や合コンでは常連だし女性の扱いも上手い。女性関係の華やかな噂も何度か耳にしたことがある。しかし、表面的な笑顔は優しいけれどなかなか仲良くはなれないという嘆きをトイレで聞いたことがある。千鶴はこちらとも何度か仕事で一緒になったことがあり、最初は冷たくきついことをよく言われて落ち込んだものだったが、今ではある程度友好的な関係になれている……と思っている。からかわれて遊ばれているだけのような気もするけれど。仕事もできて、確か去年の営業トップだったはずだ。

 

ど、どうしよう、どっちに先に連絡しよう。

 

早く連絡しないと猫もハンモックもなくなってしまうかも。

右、左とポスターをにらむように見て。

 

……よし、決めた!

 

 

 

<選択肢>

沖田さんに連絡する。

斎藤さんに連絡する。





沖千サイトへ戻る
斎千サイトへ戻る