次の日の夜
にこにこと微笑んでいる沖田姉弟に、困った顔の綱道。ひきつった笑顔の義母。
義母は、本当なら沖田姉弟を家から追い出したいところなのだろうが、近所づきあいもあるため我慢しているのだろう。義母の怒りのオーラをひしひしと感じて、千鶴は気まずさから俯く。
「……千鶴さんあなた、高校生の方をそそのかせて何をさせているんですか。こんなこと…恥ずかしいと思わないんですか?」
義母の冷たい言葉に、千鶴の心臓はドキンと跳ねた。その通りだ。高校生の総司が勢いや知識不足から思わず言ったプロポーズでも、社会人としての常識のある自分が断らなくてはいけなかった。
義母のもっともな言葉に、千鶴は謝ろうと顔を上げる。しかし即座に総司の姉のミツが小首をかしげて質問した。
「あら?何故『恥しい』なんですか?うちは前から仲良くさせていただいている雪村さんとの今回の御縁、とても喜んでいたんですが。海外出張中の両親もです。……まさかとは思いますが沖田家が恥ずかしいとか…そういうわけでは…?」
「まっまさかそんな…!そんなことあるわけないじゃないですか!いえ、でもね、普通その……結婚には適齢期というものがありますから、やはりその適齢期の男性を見つけてくることができずに、まだ未成年のお子さんを結婚相手と言い出したうちの娘が、お恥ずかしいと思いまして」
もてなさすぎて子供に手を出した変質者のように義母から言われて、千鶴は赤くなって俯いた。
しかし結婚という行為に適した年齢の相手だとは、千鶴にも胸をはって言えない。
「……沖田家では」
ミツは膝を組むとおもむろに身を乗り出して義母に言った。
「若いころから独立独歩を教え込んでいますの。18歳なら自分の将来には責任もてるだろうという考えです。適齢期についても自分がそうだと思えばその時が適齢期だと考えております。もちろん家族として若い二人をバックアップする準備は充分ございます。そちらは?」
「え?」
虚をつかれた義母に、ミツは畳み掛ける様に問う。
「若い二人をバックアップする準備はおありですか?」
「も、もちろんです。でも…」
「それなら大丈夫ですね!これからも近所同士、さらに御縁が深まって、仲良く二人を見守っていきましょう。うれしいわ、雪村さんと親戚になれて。両親もこの話をつたえたら海外から帰って来ると思います。結納はその時でよろしいかしら?」
あっというまにミツのペースに巻き込まれた雪村家は、その後『はい』しか答えることができなかった。
総司とミツが雪村家から帰る時。
玄関で総司が千鶴を手招きした。
「ちょっといい?」
外で話したい、というような仕草をした総司に、千鶴は目線で両親の了解をもらい(ミツの台風の影響でまだ茫然としていた)、ミュールをつっかけて外へ出る。
ミツはそのまま「ごゆっくり〜」と言い置いて、沖田家へ帰って行ってしまった。
雪村家の門の灯りの下で、総司が千鶴を見る。
「携帯のアドレス交換しない?」
総司の提案に、千鶴はあわててうなずいた。ちょうど手には携帯を持っている。
「そ、そうですよね。私もそう思ってて…」
アドレス交換をしながら、千鶴はまたふと我に返る。
……やはりおかしいのではないか?結婚が決まって結納の話までしてるのにお互いの携帯のアドレスも知らない。
いや、しかし総司の事を何も知らないという訳ではない。総司の事は子供の頃からよく知っている。お風呂にも夏のプールも一緒にいったし、どこにホクロがあるかも知ってる。だからお見合いで全く知らない人と結婚するのとはまた違うのだが……だがしかし。
ほんとうにこれでいいのか…!?
と、千鶴の脳内で妙に冷静な小人が聞いてくるのだ。
良くない気がする。
すごく。
でもどこがどうよくないから、どうすればいいのかがわからない。総司に言ってもうまく言いくるめられて、このままでいいような気がしてきてしまうのだ。
登録された総司のアドレスをぼんやり見ていた千鶴は、ふとすぐそばに総司の顔があるのに気が付き、顔をあげた。
「そ、総司君?」
「ん?」
「ち、近いです…顔!顔が……」
「…だってキスしたいし」
「!!」
真っ赤になって目を見開いた千鶴に、総司の悪戯っぽい緑の瞳がきらめく。
「せっかく千鶴ちゃんをお嫁さんにできることが決まったんだよ?キスくらいさせてよ」
「ダ…」
ダメ…と言おうとした千鶴のピンク色の唇に、総司の薄い唇が柔らかく重なった。
……二回目だ……
千鶴はぼんやりとそう思う。
紫陽花の公園で一回目。家の前で……・。6歳も年下の。高校生の。幼馴染の。総司君と。
でも、キス…上手……
千鶴はもちろんキス自体始めてだった。でも総司のキスがうまいということはわかる。技巧云々ではなく優しいのだ。
千鶴の反応を全身全霊で気にしてくれているのが分かる。千鶴がこうしてほしいと思うことを敏感に感じ取ってキスしてくれる。
そろりと探るように総司の舌が千鶴の唇を割り、千鶴はビクンと背中をそらせた。
総司の手が優しく宥める様に千鶴の肩を撫で、背中にまわされる。そっと体を引き寄せられると同時に、総司の舌がゆっくりと入ってくる。
「…ん…」
敏感な部分を撫でられて、千鶴は鼻にかかった声をだした。途端に総司の体に力が入るのを感じる。
「あっ…」
貪る様なキスにかわり、千鶴はもうここがどこだかを気にする余裕がなくなった。角度をつけて深く入ってくる総司のことしか考えられない……
「発情中のとこ悪いんだけど」
後ろから冷静な声がして、千鶴は飛び上がった。
総司が気にせず続けようとするキスを、千鶴が手で押さえて必死で振り向くと、沖田家の玄関にミツが立ってこちらを見ていた。
「あっミッミツさん……!こ、これはですね…!」
なぜだか言い訳をしなくてはいけない気になって慌てて言いだした千鶴に、総司は溜息をついた。
「わかってんなら遠慮してよ、姉さん」
「海外から電話よ。父さんから。千鶴ちゃんのことだから出た方がいいんじゃないの?」
「あ、電話かかってきた?なんて言ってた?」
じゃね、と千鶴をあっさり離して軽く手を挙げて挨拶すると、総司はミツの差し出している携帯電話を受け取る。
「別に昨日と一緒よ。喜んでた。我が親ながらのんきよね〜あの人達」
「僕が信用されてるんだよ」
「どこがよ」
言い合いながら沖田家に入っていく姉と弟を見ながら、千鶴は高校生にすっかり翻弄されている自分を「これでいいのだろうか」とまたもや考えていたのだった。
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