総司
両親には時差のこともあるし、とりあえずメールを送った。
『向かいの千鶴ちゃん』については両親もよく知っているし大のお気に入りだし、変わり者だから総司が説明すれば今の時期での結婚についても多分OKしてくれるだろう。大学卒業までの学費と総司の分だけの生活費についても、結婚しなくてももともと払う予定だったのだろうから交渉すればOKだと思う。
千鶴の両親だって、正攻法でいけば娘を無理矢理他の男と結婚させることなんてできないんだし、総司にとっては組みしやすい相手だ。千鶴の双子の兄の薫は、まあやっかいといえばやっかいだが、しかし兄は妹とは結婚できないのだし何とかなるとも思う。
唯一問題なのが千鶴なのだ。
流されそうでなかなか流されない千鶴ちゃん。小さいころから大好きなお姉ちゃんで初恋の人で。
結局今も好きな女性。
あの紫陽花の公園で会えて話を聞けたのは本当に幸運だった。
『総司はとにかく勝負強いな!』
とは、お世話になっている近藤道場の道場主、近藤の言葉だ。
剣道においてもともとの身体能力と鍛錬、練習、センスもそれぞれずばぬけていたが、勝負勘とでもいうのか、ここぞと言うタイミングを外さず攻めきる試合運びの上手さが総司にはあった。
そして、千鶴との関係においては今が攻め時だと総司は天性のカンでわかっていた。
このままのんべんだらりと近所の幼馴染が高校卒業して、大学生になって、社会人になって千鶴に告白したとしても『ふふっ総司君今更何を言ってるの?』と笑われて終りだろう。デートに誘ったり散々モーションかけたとしても、あの鈍い隣人は『またお姉ちゃんと遊んでくれるようになって嬉しいな』としか思わない確率が高い。
『弟的幼馴染』から一気に『オトコ』として認識をかえてもらうには、今回の結婚はものすごくいいネタだ。
どっちにしろいつかは千鶴と結婚しようと思っていたのだ。変な虫が付く前に自分のモノにしておくのは安心だし、自分が社会に出るまで千鶴に養ってもらうことについても、総司としては特に抵抗もない。
千鶴のお見合い話を断ることとセットで総司との結婚について、強引に進めてしまおうと総司は考えていた。
千鶴の両親と自分の両親という外堀を埋めて。
千鶴については、あの紫陽花公園でのキスはいい感触だったからそっちで攻める。総司のことを好きかどうかとかを真剣に考え出すと、きっとあの常識人には迷いが出るだろうが、あのキスはどうやら気に入ってくれたようだ。汚い手だが、総司も楽しいし、攻めて攻めて……
攻め落とす
総司にロックオンされた恐ろしさを、千鶴はまだ知らなかった。
『向かいの千鶴ちゃんにプロポーズした』と言ったら、姉のミツは目を見開いて総司を見た。
開けていた冷蔵庫のドアを閉めて、缶ビールの蓋をプシッと音をさせて開ける。そして開口一番言った言葉は。
「こっわーい」
だった。
「怖い?何が」
総司がソファに座ってリモコンを操作しながら聞くと、ミツはビールをごくごくと飲んでから答えた。
「あんたの執念深さが。で?千鶴ちゃんに断られたの?」
「なんでさ。オッケーしてくれたよ」
「そりゃよかった。断られてたらストーカー化してたね、あんたは」
総司のすっきりとした額に皺がよる。
「別に断られたからってストーカー化なんてしないよ」
「もう今が既にストーカーなのよ。朝だって時間あわせて行ってるの知ってるし、千鶴ちゃんがコンビニ行くと自分も行くし。千鶴ちゃんの交友関係、特に男についてチェックしてるし。そういうのをストーカーっていうの。千鶴ちゃんがあんたに好意を持ってくれていたらそれは『嬉しい束縛』で、好意を持っていなかったら『キモい変態』。よかったわね、犯罪者にならなくて」
「血をわけた弟に対して言う言う」
総司はあきれたようにそう言うと、テレビに向き直った。ミツはぐびぐびと立ったまま一缶あけると、ざっと洗って捨て、もう一本取り出して蓋を開けた。
「千鶴ちゃんには内緒にしてた方がいいわよ、アンタの執念深さ。子どもの時から『千鶴ちゃん』『千鶴ちゃん』だったけど、とうとう本当に実行に移すとはねえ」
「一途と言って欲しいな」
「ストーカーと一途って紙一重よね」
「祝福してくれてるの、それとも反対してるわけ?」」
総司が横目で姉を見ると、彼女は缶ビールを持ったままリビングへやってきた。そして総司の前のソファにどっかりと座る。
「やーねー!祝福してるのにきまってるじゃない!あんたみたいなのをひきとってくれるなんて、千鶴ちゃんにはお礼を言わないと。私も昔はよく遊んだわ〜。イイコよね、ほんと。あんたにはもったいないくらい。で?今結婚するの?それともあんたが大学卒業してから?……ってそれまで待つのはあんたには無理よね」
さすがに姉だけあって、総司のことをよくわかっている。そして、いわゆる一般常識にとらわれないのは沖田家の性質なのだろうか、ミツも高校生の総司が結婚することについて特になんとも思っていないようだった。
プロポーズした経緯の説明を受けたミツは、ふんふんとうなずいた。
「ま、姉としてひと肌脱いでやりますか。こういうのはトントンと間を空けずに攻めた方がいいのよ、明日の夜私とあんたで千鶴ちゃんのおうちにご挨拶に行きましょう。それからについては、相手の出方次第ってことで。あんたはちゃんと千鶴ちゃんの心をつかんどくのよ。流されるままに流されてく子じゃないのはわかってるでしょう?がっつり惚れさせんのよ、わかった?」
さすがな総司の姉、もちろん攻め時が今だということはわかっているようだ。
さらにその上を行く具体的なアドバイスに、総司といえども頷くのみだった。
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