次の朝
よく眠れないまま,、朝に家を出た千鶴は、総司がもしかして待っているのではないかときょろきょろとあたりを見渡した。
総司はいなくて、千鶴はほっと肩の力を抜く。
まだいろいろと混乱しているので、今は一人で考えたいのだ。
あの後千鶴はゆっくり頭の中を整理した。
要は自分がちゃんとお見合いを断ればいい話なのだ。一時は義母に説得されて『お見合いして結婚した方がいいかも…』とも思ったが総司に説得されてやはり初めて会ったよく知らない人と結婚するのは自分には無理だと考え直した。
自分のことを心配してくれる義母には申し訳ないが、そう言ってちゃんと断って。じゃあ将来はどうするのかと聞かれたら……義母たちには迷惑をかけないと、ちゃんと言えるようにいろいろ考えないと。あの家ももう出た方が良いのかもしれない。一人暮らしなんてしたことは無いが、会社から補助もでるし実際一人暮らしをしている同期もいるし……。そう、昨日総司が行ったとおり、奥さんを養っている同期だっているのだ。
だから、結婚して総司君を養うこともできなくもない……けど……
そこまで考えて千鶴は首を思いっきり振った。
違う違う。
昨日散々考えて、それとこれとは話が別なのだとわかったのだ。
自分の見合いと将来は、それはそれでちゃんと考える。
総司との結婚は……それはそれで、考える……というか、やはり義母にも一笑にふされたようにやはり現実的に考えて無理だろう。意味が分からないと言うか。結婚までしなくても別に普通につきあえばいいのだし。
じゃあ6歳年下の高校生とつきあうかと言われると……やはり『もうちょっと大人になってから』としか答えようがない。
だから総司には次に会った時にやんわりと断ろう、と昨夜千鶴は考えたのだった。
問題はいつ言うか。
昨日別に次にいつ会うかなんて話はしなかったし、携帯の番号もメールアドレスもお互い知らない。思い立ったらすぐいけるくらいの近さに住んではいるが……
千鶴はそんなことを考えながら、昨日の紫陽花の公園にさしかかる。
紫陽花でも眺めようと顔を上げた千鶴の視線は、こちらを見ていた緑の瞳とばっちりあった。
公園の柵に浅く腰かけて、総司がいた。
千鶴と目があい立ち上がったところから見て、千鶴を待っていたのだろう。
少しムスッとしたような照れたような表情をしている。茶色の髪が朝日にきらきらとかがやいてきれいだ。
「……総司君」
「おはよ」
自然に千鶴の隣に並んで歩き出した総司に、千鶴は妙に動揺して赤くなった。場所が場所だし、どうしても昨日のこの公園での出来事を思い出してしまう。
わ、私そういえばキス、キスしちゃったんだよね…総司君と
近所の弟みたいな幼馴染の男の子と……
真っ赤になって黙り込んでいる千鶴を、総司が面白そうに覗き込んだ。
「なんで赤くなってるの?」
「いっいえ!なんでも……!」
「思い出しちゃった?昨日のキス」
「!!!」
顔面崩壊状態の千鶴を見て、総司は吹き出す。
「男として意識してくれてる?」
ブンブンと首を横に振る千鶴に、総司は首をかしげて言った。
「僕はすごく女として千鶴ちゃんを見てるのにな」
「……え?」
「……またキスしたいよ」
甘えるような表情に熱っぽく潤んだ緑の瞳。
千鶴はポカンと口を開けたまま固まった。こういうとき大人の女としてはどう返せばいいのか。まったくわからない。
「……いい?」
切なそうな顔のまま、総司の手が千鶴の頬に伸ばされて、端正な顔が斜め45度の角度で……
「だっダダダダダダダメですっ!朝っぱらから!何やってるんですか!」
周りに通勤客がわんさといる中で、何をやっているのかと千鶴は総司の口を手のひらで押さえた。と、総司の舌が千鶴の手のひらをペロリとなめる。
「ひゃあ!」
思わず手を引いた千鶴に、総司は今度は頬にちゅっと軽くキスをした。
「じゃあ朝はこれで我慢しておくよ。今夜姉さんと僕で千鶴ちゃんちにご挨拶におじゃまするからね。じゃ、遅刻するから」
総司はそう言うと、パッと踵を返して駅の方へと走って行ってしまった。
後に残されたのはぼんやりと頬に手をやって、真っ赤な顔のまま立ちすくんでいる千鶴だった。
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