千鶴
「……え?沖田さんとこの総司君と?」
家に帰ってお見合いの日取りを決めましょうと言われた時に、千鶴はおそるおそる義母に『他に結婚しようと思っている人がいる』と告げた。
当然のことながらどこの誰かとしつこく追及されて千鶴が総司の名前を言うと。
義母は、これが『ハトが豆鉄砲を食らった』顔なのだな、という顔をして黙り込んだ。
隣にいた父も同じような顔をしている。
無理もない。
実際、彼からプロポーズされた時千鶴も同じような顔をしたのだから。
気まずい沈黙の中、千鶴はじっと膝の上にある自分の手を見る。頬が熱くなるのを感じるし、この沈黙を何とかしたいとは思う物の何を言えばいいかもわからず、千鶴は口を噤んだままだった。
しばらくして母親の呆れたような声がした。
「…何を言ってるのかわからないわ。あの子まだ中学生くらいでしょ?」
「いや、さすがに中学は卒業してるはずだ。千鶴と6つくらい違うはずだから…高校三年生かな?」
父親の綱道が訂正する。いやしかし中学生だろうと高校生だろうとどっちもどっちだ、と千鶴は思う。
「中学生だろうと高校生だろうとどっちもどっちでしょ」
いつもは考え方の全く合わない義母だが、このセリフについては千鶴もウンウンと心の中でうなずいた。
「いずれにしても結婚云々いえる年齢じゃないな」
父の言葉にも、千鶴は心の中で頷く。本当にその通りだ。
「どういうことなんだい?千鶴は…その、総司君とつきあっていたのか?まったく気づかなかったが……」
綱道の質問を、義母が笑い飛ばした。
「やだ、あなた。つきあうって…!!6歳もこの子の方が年上なのよ?高校生からしたらおばさんもいいところじゃないの」
千鶴の頬はさらにかあっと熱くなった。傍から見たら全くその通りだろう。千鶴はしかし、正直に問いに応える。
「その…つきあっていたわけじゃなくて……プロポーズされたんです。総司君から」
それもついさっき。
突然。
千鶴は自分で言いながらも、説得力のない話だとひしひしと感じていた。
自分でもそうなのだから、父と義母には、さらにお見合いを断るためだけに千鶴が適当なことをでっちあげた話に聞こえるだろう。
綱道ももちろんそう思ったらしく……
「……千鶴、お見合いが嫌なのか?だからそんな話を作ったのかい?お前が嫌なら無理にとは……」
「何を言ってるんですかあなたは!散々説明して納得したんじゃなかったんですか?千鶴!さっき充分言って聞かせたでしょう?これからのあなたの人生について考えたら、今このお見合いの相手の方はもう二度とない位のいいお話だって!」
義母がヒステリックに主張するのを、千鶴は片目をつぶりながら聞いていた。
義母は続ける。
「何も今すぐ嫁に行けと言ってるわけじゃないのよ。とりあえず会うだけ会ってみてってお願いしてるの。これはお父様のお仕事にもメリットがあるしこれからの雪村家にとってもいいお話なのよ。ね?わかったわね?」
千鶴は自分の部屋の扉を後ろ手で閉めると、溜息をついた。
ベッドに腰掛けて、ふと自分の手を見る。
あの紫陽花の公園で初めてキスをして。
そして手をつないで帰った。
小さいころからずっと一緒に遊んで来た公園を通って、虫を探したりかくれんぼをした空き地の横を歩いて。
最近新しい家が建って知らない人達が増えたとはいえ、やはり近所の人は顔見知りが多い。千鶴は総司と手をつないでいる所を見られたらどうしようかと冷や冷やしていた。
しかし、総司は全然気にし無いようで、千鶴が手を引こうとするとギュッとつかんでくる。
『……僕とつきあってるっていうのがばれるといやなの?』
大きな手と強い力とは裏腹に、甘えた声に少し傷ついたような緑の瞳。
『そ、そんな…そんなことは……』
無くも無い…とは言えない雰囲気だ。千鶴は言葉にはせずに黙る。
近所にはあまり子供がいなかったせいで、千鶴と薫、そして総司は結構大きくなるまで一緒に遊んでいた。特に千鶴は、なついてくる総司が可愛くて、遊び相手というよりはお姉さんのようなつもりでいつも自分の遊びに連れて行ったり総司の遊びにつきあったりしてきたのだ。小学校高学年ごろになると、もう薫は兄弟や6歳年下の幼馴染などとは遊ばなくなり、千鶴と総司は二人で遊んでいた。その時も、千鶴はよく転ぶ総司のためにいつも手をつないでいた。
千鶴はその頃のことを思い出し、ふふっと小さく笑った。
『…なに?』
目ざとく隣を歩く総司が気付き、聞いてくる。千鶴は彼を見上げながらにっこりと微笑んだ。
『……総司君と手をつなぐのって久しぶりだなって思って』
千鶴がそう言うと、総司は微妙な顔をした。
千鶴は気づかずに続ける。
『何歳くらいからでしたかね。総司君、急に遊んでくれなくなって……。今日は遊ばないの?って聞いても学校の友達と遊ぶからって断られちゃって。私すごーく寂しかったの覚えています』
『……』
返事がないので千鶴が見上げると、総司は妙に白けた顔をしていた。
『総司君?』
『……まあ、今の千鶴ちゃんの雰囲気じゃあ、手をつないでるのを近所の人が見たとしてもつきあってるとは思われないだろうね』
視線を合わせず皮肉な様子の総司の言葉がどういう意味か分からず、千鶴は首をかしげた。
総司は溜息をつく。
『思い出話も楽しいけどね、僕はこれからの話がしたいな。千鶴ちゃんもちろんご両親に僕を紹介してくれるんだよね?』
『え?』
『その、例のお見合い話も断るんでしょ?僕も今日親に話すよ。親は海外だから無理だけど姉さんは家にいるし。それから…両家顔合わせかな?でももう散々近所であわせてるからね』
今更だよね、と吹き出している総司を、千鶴は唖然と見た。先ほどの公園でも思ったが……展開が早い。早すぎる。
『ま、待って、総司君。その……つきあうとかそういうのはなくて、いきなり、なの?』
総司はキョトンと綺麗な緑の瞳を見開いた。
『…だってお見合いで結婚するつもりだったんでしょ?つきあったりとかじゃなくて』
『そ、そうですけど……』
なぜ自分が総司と結婚することになっているのか、千鶴はまたわからなくなった。整理するためにももう一度口にしてみる。
『えーと、私は今来ているお見合いの話を断った方がよくて……』
総司が続きを言う。
『でも千鶴ちゃんの義母が強力プッシュしてくるから断りにくくて』
千鶴はうなずきながら続けた。
『……で、総司君と結婚するから、って言ってお見合いを断る』
『そうそう。で僕と結婚する』
……?
首をかしげている千鶴にはかまわずに、総司はキッパリと言った。
『僕はもう一世一代のプロポーズをしちゃったんだからね。千鶴ちゃんもあの紫陽花の公園でOKって言ってくれたんだし。今更無し、はダメだよ?とにかくお見合いの話は早く断って。それからぼくが挨拶に行くからそれについても話しといてね』
強引にそう言うと、総司はじゃ、と片手をあげて自分の家へと入って行った。
なんだかいろいろやることがある、……らしい。しかもどれもかなりの義母からの文句が多そうな議題ばかりだ。
総司の言うがままにしていいのかどうかじっくり考えたいが、時間がない。お見合いの日取りと決めて先方と連絡を取られてしまったら、千鶴の性格からしてキャンセルやお断りはしにくくなってしまう。
ここは総司の言うとおりに、とにかくプロポーズをされたことを話して……と思い、勇気を出して義母と綱道に言ったのだが……
あっさり千鶴の作り話にされてしまった。
お見合いの日取りも、義母の猛攻をなんとか耐えてうなずかなかったため未だ保留にはなっているが、近日中に答えを出せと言われるだろう。
いったいどうすればいいの……
混沌としだした自分の状況に、千鶴は再び溜息をついたのだった。
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