新婚の心得〜その1 料理





「え?料理ですか?」
週末の昼下がり、千鶴は昼食をつくろうとエプロンをつけようとした手を止めて、リビングから後ろについてきていた総司にそう聞いた。
「うん。平日の帰りは僕の方が帰りが早いから料理が出来た方がいいでしょ」
「総司君…!ありがとうございます。助かります」
さすが若いだけあって柔軟だ。家事は女がするものなどという妙な固定観念など総司にはないのだろう。まだ一緒に暮らし始めて一週間もたっていないから誰がどこまでやるかを日々の生活の中で探っている状態の中で、自分からやろうとしてくれる総司の姿勢が嬉しい。千鶴は何から頼もうかと考えて、とりあえず総司の現在の料理の腕について聞くことにした。
「総司君はどれぐらい料理ができるんですか?」
「学校で習ったくらいかな?普段の食事は姉さんが作るかお手伝いの人が作ってくれておいたのを食べるだけだったからね」
千鶴は腰に手を当てて考えた。
「じゃあー…一年生からはじめましょうか」
千鶴は冷蔵庫からハムと卵を取り出す。ハムエッグだ。
「まずフライパンをだして……こうやってハムを置いてださい」
「油とかは?ひかなくていいの?」
「テフロンなんで大丈夫ですよ。ひいてもいいですけど」
「油がはねるの怖いからひかないほうがいいな」
恐々とフライパンの上にハムを乗せている総司を、千鶴はほのぼのとしながら見ていた。次は卵だ。卵を渡しながら千鶴は聞く。
「わったことありますか?」
総司は卵を受け取りながら答える。
「ない」
そしてそのまま卵をコンロにコンコンと叩いた。
「こうやってやるんでしょ?テレビとかで見たことあるよ」
「あ、もうちょっと強くやらないとひびが全然入ってないですよ」
総司は卵をフライパンの上にかざす。
「そう?あれ?われないよ?」
「だからもうちょっと強くやらないと…」
「こうやって指で…っと!」
フライパンの上で総司の指で無理矢理割られた卵は、当然のことながらぐしゃりと殻ごとフライパンの上に落ちた。
「……」
「…これどうすればいいの?」
細かな殻が隅々までまじっている卵は、熱し過ぎたフライパンの上で焼くというよりは沸騰している。
「えーっと……、とりあえずもう少し火を弱めて殻を取ってみましょうか」
「え?フライパンで焼かれている状態で殻をとるの?熱いよ?」
「でも焼け終えた後はもう固まっちゃって中のはとれなくなっちゃうんじゃないかと……」
二人が話し合っているうちに卵はあっという間にフライパンの上で黒くなってしまったのだった。


「じゃあゆで卵です!これは簡単で失敗しようがないので安心です」
千鶴が気を取り直して冷蔵庫からもう一度卵を取り出した。総司はうなずく。
「ああ、それは作り方知ってるよ。学校でやった気がする」
「本当ですか?じゃあおまかせしますね。私は昼ごはんのスパゲッティをつくります。ゆで卵はサラダの上にかざりましょうか」
そうして千鶴はてきぱきとサラダと明太子スパゲッティをつくる。総司はじっとコンロの前でゆで卵が茹で上がるのを監視していた。
しばらくして……
「ねえ、千鶴ちゃん。なんだか卵が爆発してるんだけど……」
総司に言われて千鶴が鍋の中を覗いてみると。
「こ、これは……」
卵というのは楕円形の存在なのだがそこにあったのはぼこぼことあちらこちらがまるで爆発したように膨れた見たことのない物体だった。
「……殻が割れて白身がでてきちゃったんですね……」
そして白身が熱湯で固まり卵の殻の周りにこびりついてしまったのだろう。千鶴は茫然として呟いた。
「……総司君、卵はそっといれないと割れちゃいますよ……」
「でも熱いじゃない?」
「熱い?ゆで卵は水から……」
千鶴がそう言いかけると、総司はパチンと指を鳴らした。
「そうか!そういえばそうだった!僕熱湯に卵をぶち込んじゃったんだよね」
ぶち込んだ……
千鶴は頭を抑えた。頭痛はしないけれど頭が痛くなりそうな発言だ。
ゆで卵を失敗する人を千鶴は初めて見た。薫でもここまでではなかったのに。
「……総司君、わかりました」
鍋の取っ手を持ったまま総司は「何が?」と頭をかしげる。
「総司君は一年生じゃなくて幼稚園ですね。とりあえずはシリアルをお皿に入れて牛乳をかけるところからはじめましょう」
総司は憮然とした顔をする。
「なんかバカにしてない?ちゃんと教えてくれれば次からはゆで卵だってできるよ」
どうだか……と千鶴は内心思ったがそれは言わなかった。
結婚というのは何でも本音をいえばいいというものではないということを、もうすでに千鶴は学んでいたのだった。 


 




料理が壊滅的に下手で千鶴ちゃんに呆れられながら教えてもらっている沖田さん(総司君)とか萌えます


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