鳥鍋飲み会






「あの、総司君、ちょっともうそれ以上は……」
「んー?何が?」
スルリと千鶴の肩からブラの肩ヒモを滑らせて、なだらかな肩にキスをしながら総司は分からないふりをする。
柔らかくて滑らかでいい匂いがして……なんて甘くておいしいのか。冷静に考えたら味などするはずがないのだがしかし甘いのだ。例えるならピンク色の味。
もっともっと舐めて探りたいのに。
総司がブラのホックに伸ばした手は、千鶴の手に抑えられた。
「総司君!ここ、私の家ですし、両親もいつ帰って来るかわからないですし……」

日曜日の昼下がり、バイトも減らして時間が出来た総司は、千鶴の部屋に上がりこんでいた。
もちろん結婚式の話し合いが名目だが、二人きりの家で千鶴の部屋でベッドがすぐそばにあって……となると当然このような展開になってしまう。
「じゃあ僕の部屋に行こうよ。姉さん、今日も遅いし」
「いえ、そういう問題じゃなくてですね……」
年齢のせいなのか性別のせいなのか、千鶴は周りの状況が気になりすぎてしまうのだ。いい年をした大人が、自宅の自分の部屋で婚約者とそういうことをしているのを家族に見られる事を想像しただけで身がすくむ。
総司はそんなことまで考えずに迫ってくるのだが、千鶴はどうしても考えてしまうのだ。
千鶴の微妙な表情に、総司も何となく彼女の考えていることに気づく。
「じゃあホテル行こう」
「ホッホテルですかっ……!」
それもなんだか抵抗がある。そんな世間をしのぶような間柄ではないのだし(婚約者だ)、その……それだけが目的でそういうところに行くというのが千鶴にとってはハードルが高い。
旅先で、とかならともかく、家を一緒に出ててくてく歩いて駅まで行って電車にのって繁華街に行ってホテルを探して……と、この間どのような顔をして何を話せばいいのか!
何度も経験をしてある程度慣れていればいいのかもしれないが(それでも恥ずかしいが)、初めてで(総司とも他の人とも)いきなり最初がそれ、というのは……
千鶴のくるくる変わる表情を見て、総司は茶色の髪をかき上げた。
そして溜息を一つつくと体を離す。
「……僕ってなめられてるのかなあ。普通の男はこんなおいしい状況だったら千鶴ちゃんが何を言ってもやめないよ」
欲求不満をあからさまに表情にだしてむくれている総司を見て、千鶴はほっと溜息をついてブラを直しノースリーブのブラウスのボタンをはめる。
「総司君が普通の男じゃなくてよかったです」
乱れた髪で紅潮した頬のままボタンを留めている千鶴を見て、総司はまた溜息をついた。
「……僕ってさ、好きな物は一番最初に食べるタイプなんだよね。残しておいて後で食べようって思っても、その時になったらお腹いっぱいになっちゃってたり、地震が来て食べられなくなっちゃうかもしれないし。最初に食べるのも最後に食べるのも、結局は結果が同じなんだとしたらメリットデメリットを考えれば早いうちに食べちゃった方がメリットが大きいと思うんだよね。どうせ僕たちは結婚するわけだし、結婚したらエッチし放題なわけでしょ?なら今からしたって何も変わらないよね。逆に早くから楽しいことをたくさんできるから人生の中で何回エッチできるか、っていう観点から考えたら得なんだよ。それにエッチしてこれまで知らなかった面を式の前にお互い知ることが出来るし」
理詰めで攻めてくる総司に、千鶴はたじたじとなりながら曖昧に微笑んだ。
「でもほら、総司君も言ってたみたいにもし地震があったとしたら、経験していないと心残りじゃないですか?だから絶対生き残る!って思えたりするかもしれないですよ」
「……」
千鶴ののんきなポジティブ思考に、総司はガマンしようと思っていたのについつい吹き出してしまった。
それとともに張りつめていたいろんなところが緩むのも感じる。
そして千鶴のこういうところも好きだな、とも思う。

あーあ、こうなったらもう千鶴ちゃんのペースなんだよね。

諦めの混じった苦笑いをして、総司は本日の千鶴襲撃を諦めたのだった。





金曜日の夜、千鶴は会社の課の送別会に参加していた。
転勤していく社員の挨拶も済み、鳥鍋屋の借切った大部屋で皆日頃の憂さを晴らすように飲んだり食べたりしている。
千鶴は店員に空きグラスなどを渡しやすい入口辺りに、同僚の千と一緒に座っていた。
鳥鍋が美味しくて有名な居酒屋だけあり、野菜たっぷりヘルシーなのにコクもあっておいしい。鳥からの出汁もよくでていておいしくて、千鶴と千はパクパクと食べていた。
その時ふと、千が千鶴の胸元を見て目を丸くする。
「……それ、指輪とおそろい?スワロフスキー?」
千鶴は自分のVネックのニットの胸元を見た。
そこにはシンプルな二連の革紐に、指輪と同じ大きさの透明とピンクのクリスタルのベンダントトップのネックレスが光っている。どこか男性的な匂いのするそのネックレスはセンスもよく、千鶴の胸の上で妙に色っぽい存在だった。
千鶴は少し照れたような表情になり、人差し指でクリスタルを触りながら答えた。
「これは……総司君が作ってくれたの。お店にクリスタルだけっていうのもあってね、で革紐とかいろいろそろえてくれて……」
「いやーーーーーーー!!」
話の途中でいきなり叫びだした千に、千鶴はびっくりして言葉を止めた。千は両手を握り合わせ目をきらきらさせている。
「つくってくれたの!?コーコーセー男子が!?婚約者のために……っ!!!いやああああ!かわいい!かわいすぎる!年上冥利につきるわ!」
ゼーハーと肩で息をしている千に驚きつつ、千鶴も図らずも頬が緩むのを感じた。
そうなのだ。
指輪を買った後しばらくして、何の包装もされていないこのペンダントをぷらんと目の前に下げられた。そして、『本物は買ってあげられないからね。気持ちだけだけど』と言われてこれをくれたのだ。
手作りしてくれたと聞いて、今の千のように千鶴も胸の奥でこっそりと悶えた。ビーズアクセを趣味としている人なら、このスワロフスキーでネックレスを作るのは簡単だろう。しかし総司にはもちろんそんな趣味は無い。
ということはどこかでいろいろ調べて、組み合わせとかを考えて、大きな手で作ってくれたのだろう。もともと器用だし、節ばった長い指で作ってくれているのを想像すると、いくら千鶴といえどもなんだかにやけてしまうのだ。

……これってノロケかな……

千鶴は頬を赤く染めながらビールの入ったグラスに唇をあてる。

千鶴が千に冷やかされていると、向かいに座っていたおじさんが会話に入ってきた。
「なんだなんだ、雪村君の婚約者の話か〜?高校生なんだってな!」
すでにすっかりできあがっているのかそのおじさんの顔は真っ赤だ。酔っぱらいの嫌いな千はあからさまに眉をしかめて顔をそむけ、鳥鍋をつつきはじめる。
千鶴は、無下にもできなくて愛想笑いをしておじさんを見た。いい気分のおじさんは、千が会話から外れたことに気づきもせずにご機嫌で言葉を続ける。
「いや〜最初は驚いたけど、しかし高校生の男が結婚ってのはいいかもしれんな。昔は18歳で結婚なんてあたりまえだったし、その年頃はホラ、あれだろ?」
おじさんはそういうと、『今から面白いことを言うぞ〜』というドヤ顔をした。そして一拍溜めた後。
「やりたいさかり!もう四六時中その事ばっかり考えて悶々としてるもんだからな。溜めこみすぎて犯罪に走るような奴もいるくらいだから、そういうときに奥さんがいて欲求を解消できるってのはいいことだ!それにだな〜、なんというかそういうことをしたいっていう気持ちと恋愛をごちゃまぜにしがちな時期なんだ。そういうことがしたいからその女の子とつきあうのか、その女の子が好きだからそういうことがしたいのか、わからなくなるんだな!そしていざそういうことをしたら妙に醒めて、その女の子の事を別に好きじゃなかったと気づいたり。そういうことはあの年齢にはよくあるんだよ。あ、いやいや!雪村君のところはもちろんちがうけどな!雪村君ならおじさんだって立候補したいくらいだよ〜!え?おじさんなんかごめんだって?そうだなあ!こりゃ一本とられた!がははははっは!」
勝手に一人でノリ突込みしてるおじさんを、千は嫌そうに見て、次に千鶴の顔を見る。そして彼女の表情に気づき慌てたように千鶴の瞳を覗き込んだ。
「やだ、大丈夫?」
そして、千はおじさんの方を睨む。
「もう!生々しい話をするから千鶴ちゃん引いちゃったじゃないですか!飲みの席とはいえ職場の女性に何を言うんですか!」
おじさんは千の言葉に「あーごめんごめん。し〜か〜ら〜れ〜た〜」と言いながら全然気にしていない様子で去って行った。
「ほんっと飲むと下品になるヤツっていやね!」
隣でプンプンしている千とは対照的に、千鶴の表情はまだ暗いままだった。

『そういうことがしたいからその女の子とつきあうのか、その女の子が好きだからそういうことがしたいのか、わからなくなるんだな!そしていざそういうことをしたら妙に醒めて、その女の子の事を別に好きじゃなかったと気づいたり。そういうことはあの年齢にはよくあるんだよ』


よくあることなのか……
すごく……その、求めてくれるから、嬉しいというか恥ずかしというか照れくさく感じてはいたのだが、妙な抵抗があって(場所とか時間とか)、今までそういうことにはならなかったのだが……
結婚というのは一生続くものだ。もし、もしも総司が、その…肉体的な欲望のせいで生涯の伴侶の選び方を間違えてしまっていたとしたら、千鶴も総司も双方不幸になるのではないだろうか。
何処かで聞いたのだが、結婚前に一度一緒に暮らした方がうまくいくかどうかわかる、という話も聞いたことがある。
一緒に暮らすということは、要は夜をともにすることも含まれているだろう。そちらの相性という意味もあるかもしれないが、総司の年齢ならそれよりも先程のおじさんの言ったことの方が重要なのでは……

思春期男子の性欲について考えたことも無かった千鶴は、鳥鍋をつつきながら今真剣にそのことについて考えていた。








 

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