好き
「部屋に上がる?」
もらってきたパンフレットを一緒に見ながらよさげな式場とコースを決めようと、千鶴と総司は一緒に総司の家に来ていた。
リビングのソファで千鶴の隣に座った総司は、アイスティーを千鶴に渡しながらにっこりと微笑んでそう言った。
千鶴はあわてて首を振る。
部屋に上がるとどういうこといなるのか、この前総司に身をもって教えてもらったのだ。今日は日曜だからミツもこの家のどこかに(多分自分の部屋だろう)いるはずだし、総司の家のリビングで差支えない。
千鶴の返事に総司は片眉をあげて面白そうな顔をした。
「あの……それに、総司君…ち、近いです」
沖田家のソファはとても広くて、向かい側にも一人掛けようのソファもある。にもかかわらず総司はびったりと千鶴にくっつくようにして座っているのだ。
「だって一つのパンフレットを二人で見るんだから近い方がいいでしょ?」
総司の言うことはもっともなのだが、千鶴はドキドキがとまらなかった。
かけっこの競争をした時から何か変なのだ。隣に座っている総司はいつもの「総司君」なのにそうじゃないみたいで。まるで初めて見る男の人のように妙に意識してしまう。
きれいな緑の瞳で覗き込むようにしてくる総司から、千鶴は必死に目をそらした。総司は何か考えているような目で千鶴を見ている。
「……何かへんだな。千鶴ちゃんなんで僕の顔を見ないの?」
総司にズバリと指摘されて、千鶴はむやみやたらと手に持っているアイスティーのグラスにストローを突き刺した。
「べ、別に顔を見ていないわけじゃ……。だってほら、今はパンフレットを見なきゃいけないですし!」
「そうかな。なんか挙動不審というか…。じゃあほら、僕の顔見てみてよ」
「えっ」
総司の大きな手が二つ伸びてきて千鶴の頬を包み強引に総司の方に向かせる。千鶴は動揺して思わず両手で総司の手を払おうをした。そのせいで千鶴が持っていたアイスティーのグラスが総司の方に倒れる。
「わっ!」
「きゃあ!」
アイスティーを総司のTシャッツにまき散らし、空になったグラスは床に落ちた。
「ご、ごめんなさい、総司君!私が倒して……」
「いや、僕のせいでバランスが崩れちゃったんだよ。ごめんね、濡れなかった?」
「私は全然……。でも総司君の洋服が濡れちゃって……。本当にごめんなさい、アイスティーの色がついちゃわないといいんですけど…」
「濃い色だしだいじょうぶじゃない?あーあびちょびちょ」
総司はそう言うと立ち上がり、Tシャツの裾を掴むと一気に引き上げた。
その下は当然ながら裸だ。
一瞬ポカンと総司の裸を見上げた千鶴は、次の瞬間叫び声をあげた。
「きゃーーーーーーーーーー!!!」
突然叫ばれて、今度は総司が驚く。
「な、何。どうしたのさ?」
「ふ、服!いきなり脱がないでください!はやく……はやく何か着て……!」
高校の部活で汗びっしょりになったTシャツを脱ぐのは、普通の事だった。体育館や運動場には女子もいるが彼女達も慣れているのか全く気にするふうでもない。総司を含め、他の男子たちは皆堂々とTシャツをぬいで新しいTシャツに着替えていた。
だからそれに慣れてしまっていたのだが。
こんなに驚かれると逆に新鮮だ。
総司はニヤリと笑うと、濡れたTシャツをポイッと床に放ると、再び千鶴にびったりと体をよせて座った。
「ねえ、千鶴ちゃん。僕の顔を見てよ」
「ふっ服を着てください!そんな恰好で……!」
ソファの端に顔を隠すようにして丸まっている千鶴を、総司は後ろから抱きしめた。
これはもしかすると……
「……意識してくれてるの?」
「そ、総司君!」
「…こっち向いてよ」
妙に甘く滑らかになった彼の声に、千鶴は体を硬くした。こんなにドキドキしている状態で、裸の彼に抱きしめられていて、さらに彼の顔をみてしまったりしたら……!
か、隠せなくなっちゃう……!!
何を?と自分でも思ったが、今この状況で『何を隠せなくなるのか。なにを隠さないといけないのか』について冷静には考えられない。これは後で考えるとしてとりあえず今は。
千鶴はぎゅっと目をつぶったまま後ろを振り向いた。
「な、なんでしょう?」
こうすれば総司のあの魅力的な緑の瞳も、ドキドキしてしまう裸も目に入らない。なかなかのアイディアではないだろうか。
総司は、腕の中に囲っている目をつぶった千鶴を見て、にやりと笑った。
「…千鶴ちゃん、なんかドヤ顔してるけどさ、この状況で目をつぶるってマズイってわかってる?」
……え?
と千鶴が思った瞬間、唇を塞がれた。
唇が触れた瞬間、千鶴は頭の中がとろけるように溶けるのを感じた。これまではキスのたびにしていた形ばかりの抵抗ももうできない。全身が総司に向かって甘く熱くとろける。
囲い込む様に抱きしめられている腕ががっしりして心地よくて、千鶴はくたりと力が抜けていく。
「ん…」
驚いた千鶴があげた小さな声を無視して、総司は千鶴をさらに強く、自分の体をおしつけるようにして抱きしめた。
これまでとは千鶴の反応が明らかに違う。
反応というより、彼女の空気というか匂いというか……
セックスにつながる濃厚なオーラ。
裸の胸に千鶴の着ている麻のワンピースの感触がダイレクトに伝わってくる。こんな布の感触より千鶴の素肌の方が気持ちがいいに決まっている。
素肌を触りたくて総司の手は千鶴の体を彷徨った。
しかしワンピースなので触るには全部脱がさなくてはいけない。
くそっ
総司は胸の中で舌打ちすると、千鶴に体重をかけてゆっくりとソファに押し倒した。その瞬間、千鶴が我に返ったのか濃厚な雰囲気がパチンと壊れた。
「ちょっと……!そ、総司君ダメ!」
「なんで?結婚するんだかからいいでしょ?」
「だって……!だってミツさんが…」
「姉さんは今日は外出中だよ」
「そ、そんな……!」
千鶴は総司の腕に閉じ込められて頭に血が上るのを感じていた。むせ返るような濃密な空気に総司の素肌。
総司の事を意識しだした感情と相まって流されてしまいそうだ。事実彼のキスはとても甘くてやめられないし、太ももをゆっくり撫でている彼の手は気持ちいい。うっとりととろけるような彼の眼差しが心地よくてドキドキして、もう何も考えられない。
千鶴はのけぞるように顎をあげて、何度も何度も総司のキスを受け止める。ゆっくりと絡められる彼の舌が、千鶴の下腹から不思議な感覚を呼び起こす。
「だ、だめ……」
だんだん言葉に力がなくなってきた千鶴の拒否を、総司は軽く受け流した。
「千鶴ちゃんいい匂い……柔らかい…たまんないよ…」
深くキスされて、総司を押し返そうと彼の肩を押していた千鶴の手の力が抜けた。「ん……」という鼻にかかった声がもれる。
総司は千鶴のワンピースのジッパーに手をかけた。
「ま、待って総司君。お願い……」
総司は千鶴を見た。彼女の顔は興奮で目が潤み頬が紅潮している。完全にOKのサインだとは思うが、しかし彼女の瞳の色が真剣だった。
「いろんなことが一度にありすぎて、いろんなことを考えて、まだ心がぐちゃぐちゃなの。その……キスも、総司君も好きなんだけどもうちょっと時間を……」
キスも、総司君も好き
思いもよらない千鶴の言葉に、総司は目を見開いた。ほんの今の今まで千鶴を抱きたくて気が狂いそうになっていたのだが、その言葉を聞いて一瞬すべての煩悩が吹き飛ぶ。
腹の奥からじんわりとした喜びが全身を駆け巡るような気がする。
千鶴の言葉は総司にとってそれくらい嬉しかった。
もちろん彼女を抱きたくてたまらないのは今も変わらないが、なんというか……片思いから強引な両想いにもっていった思いを、彼女からも返してもらったような嬉しさだ。
「……うん。ごめんね、がっついてて」
こんな言葉も素直にでる。ついでにこんな甘えも。
「じゃあさ、これ以上はしないから千鶴ちゃんからキスしてくれない?」
「え?」
自分の下の千鶴が驚いて目を見開く。総司はにやけそうになる顔を隠して、甘えるようにもう一度言った。
「千鶴ちゃんにキスしてほしい。好きなんでしょ?」
「……」
そして総司は、服を着てきた後ソファに座り、千鶴にたっぷりキスをしてもらったのだった。
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