報告 (総司)
「はあ〜!?」
「何言ってんのお前!」
小学生のころから通っている道場の仲間に、婚約を話した反応はこんな感じだった。
既に社会人で自分の店を持っている20代後半の左之。総司と同じ高校に通う同級生平助。高校は違うが同じく高三の斎藤。この道場主で会社を経営している近藤と、道場でも会社でもその右腕として実質運営をしている土方。
特に土方は驚いたらしく、飲んでいたコーヒーを噴き出していた。
「汚いなあ、土方さん。ちゃんと拭いてくださいよ」
「だっておま……!おまえまだ高校生だろう!」
道場のピカピカに磨かれた板張りの床に足を延ばして座りながら、総司は背筋をのばす。
「まあそうですけど、なんか話の流れで結婚することになったんです。両家の挨拶は済んだし簡単な結納も終わったし。僕の進学も落ち着いたんで、多分年明けくらいには式をあげようかって話してるんですよ。あ、親戚だけでやるんで皆さんはおよびできないんですけどね、残念だなあ」
「……」
皆はあまりの驚きでポカンと口を開けたまま総司を見ていた。どうせいつもの突拍子もないホラ話だろうと思っていたらいやに詳細がリアルだ。これはもしかして……?土方は口の周りのコーヒーを手でぬぐい、ついでに自分が立っていた棚の辺りもティッシュで拭いた。
「…本当なのか」
「もちろん」
左之が手に持っていた竹刀を壁にかけて総司の方へと歩いてきた。
「相手は誰なんだよ。しかもお前高校生で結婚してどうやって暮らしてくんだ?あ、まさかガキができたとかそういう……」
「相手は千鶴ちゃんですよ。みんなも知ってますよね、あの薫の双子のお姉ちゃんの」
「ええーーー!!!!」
今度はさらなる衝撃だったようで皆は驚愕の表情で固まった。
薫は子供の頃ここの道場に通っていたのだ。今も一応在籍はしており、新年の初稽古や体を動かしたい時などにたまに顔をだす。試合や試験の送り迎えなどに千鶴も当然きており、千鶴が高校生のころは定期的に手伝いに来てくれていたほどで、今ここにいる面々は当然千鶴の事を知っているのだ。知っているどころか、内心かなりショックをうけているのが表情からうかがえる。
「なんだ千鶴の奴…。今度飲みに行こうぜって誘ったら『はい!ぜひ!』って言ってたのによ……」
左之ががっくりと肩を落とした。平助も茫然としたまま言う。
「彼氏いないって言ってたのに……」
斎藤は一言「そうか……」と言ったきり遠い目になってしまった。
土方はひきつりながら総司に聞いた。
「おまえ、まさかほんと千鶴とガキを……」
「違います、変な想像しないでください。僕と千鶴ちゃんは長年愛を育んできて、それが今ようやく花開いたんです」
皆の反応はだいたい予想していたものの、正直総司は面白くなかった。
千鶴はやはり、道場のいわゆるアイドルにだったのだ。千鶴が来ると皆がちやほやするから「そうなのかな」とは思っていたが、皆が狙っていたとわかると穏やかではいられない。特に左之や土方の「やられた!」という表情にいらいらするのは、年齢的に自分よりも左之達の方が千鶴にあっているとわかっているからだろう。
これは千鶴ちゃんに道場立ち入り禁止令をだしとかないと……
「まあ、そういうわけなんで、みなさん千鶴ちゃんに変なちょっかいを出さないでください」
笑顔で、しかし笑っていない目で皆を見てそう言うと、道場にはしらじらとした沈黙が流れた。
左之が諦めたように溜息をついて、大人の余裕で総司の肩を叩いた。
「まあ、驚いたけどよ。おめでとう。幸せしてやれよ」
平助がぼやく。
「なんだよー。大学決まって彼女もできてしかも結婚してそれが千鶴とか…ずるすぎだろー。俺なんかこれから必死で受験だってのに……」
総司は肩をすくめた。
「まあ日頃の行いだね。でも僕もこれから必死にバイトしなきゃ」
「そうだなあ、いろいろ物入りだもんな。まずは婚約指輪だな。どうすんだ?」
左之の言葉に総司は目を見開いた。
……婚約指輪…!そうだそれがあった。
結婚式に関わる費用や新居については総司の実家がとりあえず出してくれることになっていたので、総司は千鶴とのデート代をかせぐためだけにバイトをしようと思っていたのだが。結納の時にも本当は指輪を交換するとか千鶴の義母が聞こえよがしに言っていたような気がする。千鶴は『これからゆっくりそろえるんで』とかなんとか言ってごまかしていたが。
総司は髪をかき上げた。
「そうか、婚約指輪…。すっかり忘れてました。やっぱり女の子は欲しいですよね」
「そりゃあそうなんじゃねえか?女はそういう約束事みてえなのは好きだろ」
土方が答える。総司は親指の爪を噛みながら考えた。
実は千鶴の誕生日も近いのだ。最初の考えではバイトでまとまった金をためて、豪華なデートと誕生日プレゼントと考えていた。それプラス婚約指輪となるとかなりの金がいる。婚約指輪はやはりかなり高いものを買うのだろうし……
「てっとりばやくかせげるもの……」
総司が呟くと、左之が頭を掻きながら答えた。
「そうだな〜、やっぱガテン系は金はいいぜ。おまえ体格いいからイケんじゃねえ?」
「ガテン系……工事とか引っ越しとかですかね」
真剣に考え出した総司を見て、皆は顔を合わせた。
働くのが嫌いな怠け者。これが皆の考える総司像だったのだが、その総司が自ら進んでバイトを、しかもキツい肉体労働系のバイトをするとは……
「…女ってすげえな…」
平助がポツンそそう言うと、皆も考え込んでいる総司を見ながらうなずいたのだった。
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