【夏と海と冒険と 11】














ホテルで千鶴をひろい、『きらきら青い海』事務所までドキドキ号を飛ばす。
運転しながら総司と千鶴はお互いの情報交換をした。
「そっか、あの外人逃げ出したのか…。警察が捕まえてくれるといいけどね」
「はい。そこまで確認したかったんですが、あの外国の人はすごくすばやくて。ホテルの反対側の入口を出て行ってしまったのでどうなったのかわからないです。沖田さんは危なかったですね……」
「威嚇とはいえ銃をぶっ放したからなあ、あいつ。あっちもあっちで騒ぎになってると思うよ。僕がどこの誰かはわからないと思うけど」
あの外国人の集団が日本の警察になんらかの容疑で確保されたら、総司たちは、海上でわけもわからず襲われたこと、千鶴のホテルが荒らされたことを警察に説明しに行くつもりだった。持っているだけで違法の拳銃を二丁も持ったままでいるのはまずいし、容疑不十分で例の外国の奴らが釈放されてしまうとマズイ。だが、変若水の存在が明るみに出るのは避けたいと言う千鶴の祖父の意向もあるし、警察に第二次世界大戦のドイツ軍と日本軍の話をしても、頭がおかしいと思われるのがオチだ。だからそこは総司達にも、何故狙われるのかわからないと警察には言うつもりだった。
そして本物の変若水と製造マニュアルは総司達で捨て、適当な液体と適当なマニュアルを入れた例の鉄の箱を警察に渡す。
外人の奴らも、変若水が日本の警察の手に渡ったとなれば諦めざるを得ないし千鶴を狙う意味も無くなる。

総司は、『きらきら青い海』事務所のある方向へハンドルを右に切り、軽トラのエンジンをふかした。
早く帰るにこしたことはない。
「事務所に帰ったら斎藤君たちに事情を話して、警察に状況を確認しよう」
「はい」
目の前に海が見えてきた。ビーチの脇にある草ぼうぼうの側道の先にあるのが『きらきら青い海』の事務所だ。
もう少し先を右に曲がると、管理されたビーチで、そこは観光客もいるし左之のカフェもあり結構にぎわっているが、このあたりは民家もなくさびれた地域た。
総司が側道にはいると、海の方でキラリと何かが反射したのが見えた。
千鶴も気づいたようで、体を乗り出して後ろを見る。
「お、沖田さん、あれ……!」
「何?」
「船です。あれは多分例の外国人の……!!」
「マジで!?」

どうやら警察の手から逃れ、船に飛び乗ったのだろう。そして変若水の箱を手に入れることが出来ず、鍵も取られたことを知り……
取り返しに来たのにきまっている。
「千鶴ちゃん、しっかりつかまってて!」
総司はそう言うと、ハンドルを思いっきりきって側道から外れ、ビーチへと『ドキドキ号』をまわした。下が舗装されていないためガタガタと激しく揺れる中、総司は思いっきり飛ばしていく。
事務所にあいつらの船が先についてしまったら斎藤達が危険だ。
平助自慢のドキドキ号のエアロ部分が、ビーチのでこぼこにあたりガリガリと音をたてる。総司は気にせずにドキドキ号でビーチを最短距離で突っ切り、桟橋と事務所の間にドキドキ号と止めた。
キキッという音と同時に、総司と千鶴は車から飛び出して事務所へ走る。海から聞こえてくる船のエンジン音で外人たちが迫ってきているのがわかる。

「斎藤君!平助!奴らが来た!」
「逃げてください!」

事務所のドアを開けると同時に叫んだ総司と千鶴に、斎藤と平助は驚いたように立ち上がった。
ビーチを走ってくる総司達のドキドキ号を見て、何かあったと思っていたのだろう。二人は素早く行動を開始する。
平助がソファの背を飛び越えて出口へと走る。斎藤は買ったばかりのノートパソコンを抱えて事務所を飛び出した。
「そんなの持ってくの!?」
総司が驚いてそう聞くと、斎藤は真顔でうなずいた。
「去年までのデータも全て投入したからな。当然だ」
「でも『どきどき号』で逃げるんだよ?あれ定員二名なのに……ああ、もういいや!とにかく『どきどき』に早く乗って!!」
皆が『どきどき』に乗ろうとしたのと、外国人たちの船が桟橋の先端に着くのとがほぼ同時だった。
「ちょっと平助!もっとつめて!これじゃあ運転できないよ!」
「わ!総司押すなって…!」
「千鶴、お前は足元に丸くなってくれ。平助!俺の膝にのれ!」
「うげえ!」
「四の五の言うな!」
てんやわんやで運転席と助手席しかない軽トラに皆を詰め込むと、総司はエンジンをかけた。
「行くよ!」
ちらっとバックミラーを見ると、既にバケモノが一番に桟橋に下り立っているではないか。
「やばいやばいやばい〜!!逃げるよ!」
ギアをいれて総司がアクセルを踏んだのだが、『ドキドキ号』はウォン!というエンジンの回転数が上がった音だけで先に進まない。
「何だよ総司!早く出せって!」
「出してるよ!アクセル踏んでるんだけど!!」
ウォンウォン!というエンジンの音だけが響き、ガクンガクンと車体は揺れるものの、まるで何かに掴まっているかのようにドキドキ号は前へと進まないのだ。
――『何かに掴まっている…?』
皆で顔を見合わせて、そして軽トラの背後にある窓から後ろを見る。

「う、うわあああああ!」
そこには化け物がばっちり映っていた。
軽トラの荷台の部分を持ち、掴まえているのだ。
「総司!総司!まずいよ!早く出せよ!」
「そうは言っても、こいつの馬力が……!」
「いいからアクセルを踏みまくれ!!」
狂ったようにエンジン音が大きく響くが、ドキドキ号は動かない。さらにまずいことに、外国人たちの船から、例の外国人二人も降りてくるのが見えた。千鶴が叫んだ。
「沖田さん!銃を貸してください!銃でバケモノを撃って、一瞬でも手をはなしてもらわないと…!」
「そうだ!千鶴あったまいい!」
平助がそういうと、ハンドルとギアを握っていて手を離せない総司の腹から銃を取り出した。
「一君、場所代わって!」
平助がそう言って助手席側の窓へ行こうとしたとたん、『チュイーン!』と甲高い音がしてドキドキ号の後ろの窓が割れた。
「きゃあああ!」
外国人のうちの背の低い方が『ドキドキ号』に向けて銃を撃ったのだ。
「け、警察だ!警察を呼べ!」
「斎藤君、間に合わないって!」
総司は舌打ちをした。これはまずい。このままではあいつらの標的になってしまう。何かいい手はないかとバックミラーを覗いた時、総司はふと荷台に積んでいるものに気づいた。
「まずい!斎藤君たち皆降りて!」
「はあ!?降りたら死ぬぞ!」
平助が怒鳴り返したのを、総司は更に怒鳴り返した。
「大丈夫だから!僕に考えがある!それにこのまま乗ってて銃が荷台のガソリンにあたったら僕達おわりだよ!」
「ガソリン?」
斎藤は驚いて後ろを見た。そんな可燃性の液体に銃弾があたれば、たしかに総司の言うとおりだ。
軽トラの背後にある窓から荷台を見ると、確かにオレンジのガソリンタンクが運転席のすぐ近くに積んである。
「なぜあんなものが『ドキドキ』に!?中にガソリンは入っているのか!?」
「千鶴ちゃんののレンタカーのガソリンがなかった時に、買って来たヤツだよ!ガソリンも入ってる!降ろすの忘れてた!」
総司がそう叫び返すと、斎藤が助手席のドアを開けて、自分の膝の上にいた平助を蹴り出した。
「逃げろ!」
斎藤が降りた後、千鶴もおりようとして総司を振り返る。
「沖田さんは?沖田さんはどうするんですか?」
「大丈夫、考えがあるって言ったでしょ?降りたら離れてて!」
千鶴が総司を気にしながらも斎藤に手を引っ張られて横に落ちるのを確認して、総司は「よし」と深呼吸をした。
バックミラーを一度見て、クラッチを入れてギアを一気にバックにする。
ギュギュギュギュッ!とタイヤが音をたて、一瞬後に『ドキドキ号』はすごい勢いで後ろに走り出した。バケモノがドキドキ号の荷台に押されて桟橋を逆戻りしていく。
バックミラーからは、外国人の男二人が慌てたように船に戻るのが見えた。
「逃がさないよ…!」
総司はそういうと、左手でハンドルを持ったまま右手でジーンズの背中側に差してあった銃をとりだし、安全装置を外した。
『ドキドキ号』はそのまま桟橋をバックで走って行き、外国人たちの船にみるみるうちに近づいていく。
総司はハンドルから手を離して運転席側のドアを開けると、外に飛び出す直前に、運転席のすぐ後ろにある荷台のガソリンタンクに向けて銃を撃った。



桟橋の横の草むらに転がって、千鶴達はすごい速さでバックする『ドキドキ号』を見ていた。
荷台には例のバケモノが掴まったままだ。
「お、沖田さん!」
このままでは桟橋の先にとまっているあいつらの船にぶつかってしまう。運転席にはまだ総司が乗っているのに…!と、千鶴が叫んだ瞬間、ぼっと『ドキドキ号』の荷台から炎があがった。
「あっ!!」
最初は小さかったその炎は一瞬後には爆発のようなまぶしさで立ち上る。そしてボッという音とともにワンテンポ遅れて熱い爆風が千鶴たちのところにまで押し寄せてきた。爆風に巻き上げられた細かな砂や石が千鶴達にぶつかってくる。そしてグワン!という激しい音と共に、『どきどき号』は船に突っ込んで行った。

「沖田さん!」

千鶴が悲鳴のように叫んで立ち上がろうとすると、斎藤が彼女の手首を掴んで止めた。
「……大丈夫だ。ぶつかる直前に運転席のドアが開いたのが見えた。多分総司は海に……」
千鶴は思わず斎藤の手を振り払って、桟橋の反対側へと走る。
はたして、海の真ん中あたりに総司の茶色い頭が浮かんでいるのが見えた。
「……沖田さん……」
よかった……と千鶴は滲む視界の中で、炎上する船を海の中から浮きながら見ている総司を見つめた。
千鶴は脚の力が抜けるのを感じた。それと同時に全身からも力が抜けて、へなへなと地面に座り込む。

遠くでパトカーのサイレンの音がいくつも聞こえてきた。

「……ようやく来たようだな」
ホテルで外国人を逃して、警察が応援要請をしたのだろう。先程の爆発はかなりの大きな火柱があがったし、音も大きかったからパトカーの目を引いたに違いない。
千鶴の後ろには、斎藤と平助が来ており、二人は燃え上がる外人たちの船とドキドキ号を見ていた。
「ああ〜……俺のドキドキが……。サスも変えたばっかだし、エアロも特注でつくったばっかだった……」
斎藤も遠い目をして、まだ時々小さな爆発を起こして炎上しているドキドキ号を見た。
「俺のノートパソコンも持ち出せなかった……。昨年度までの経理上のデータを全て入力したばかりだったのだが……」
千鶴も、全て終わったという妙に力が抜けた感覚に浸されて立ち上がれないままだ。

パトカーのサイレンの音がいよいよ大きくなり、ビーチで茫然としている千鶴達の近くまで何台もやってきた。
船は相変わらず燃え上がり、外国人の男たちは、怪我をしたのか死んだのかはわからない。
が、もう逃げることはできないのだ。

全ては終わった。






中に入っていたのは、透明に輝くネオンブルーの石だった。
千鶴はゆっくりとそれを取り出すと、大きく輝く夕日にかざす。
それはキラキラと複雑に反射して、輝いていた。
「……きれいです……」
「それがおじいさんの婚約指輪?なんだっけ…なんとかトルマリンだっけ?」
隣で総司が指輪を覗き込む。千鶴は頷いた。夕べ調べたのだ。
「パライバトルマリン、だそうです。『沖縄の海の色』って祖父は言っていました」
かなり緑がかっているこの婚約指輪の石は、総司の瞳のようだと千鶴はこっそり思った。
中から発光するような美しさ。
「見つかってよかったね」
総司の言葉に千鶴は微笑みながらうなずいた。


外国人たちはつかまり、バケモノは焼死体で発見された。
あの鉄の箱は中身を偽物にすり替えて警察に渡した。
正体不明の外国人に理由もわからず襲われたということで、千鶴は無罪放免。総司達も正当防衛で詳細な取り調べは受けたが、自由の身となった。外国人たちは調査をし本国へ身柄をひきわたすかどうか、警察の方で調整中だ。
結局奴らも変若水のこともバケモノについても話さなかったため、世間的には事件は肝心の部分は謎のままで終結を迎えた。
そして今、すり替えた中身――本物の変若水とマニュアルを持って、『きらきら青い海』は最後の顧客サービスとして船をだしている。
海を滑るように進む船には、斎藤、平助、総司、千鶴が乗り、目的地は例の沈没船のあった場所。
そこで変若水の中身を海に捨て、製造マニュアルを灰にするのだ。

夕日でオレンジ色に染まっている海に、ほんの数滴の変若水が落ちる。そして総司が、製造マニュアルにライターで火をつけた。
音もなく燃え上がる紙は粉々の灰になり、海風に飛ばされ存在すらなくなった。
総司たちは、夕日に照らされながら50年以上前の遺物の埋葬を終える。

ドドドドドというエンジン音のなかで、船は夕日を背にして海岸へと戻っていた。
甲板の船首でパライバトルマリンを見ていた総司と千鶴に、後ろから平助が声をかける。
「あと10分くらいで着くぜ〜」
こちらに来た平助に、千鶴は微笑む。
「平助君、ありがとう。わざわざ船を出してくれてごめんね」
「いっーっていーって。あれだけの経験を一緒にしたわけだし、俺たちもこう…なんていうか感慨深いもんがあるっつーか」
そう言って深呼吸をして夕日を見る平助に、千鶴も風になびく髪を耳にかけて大きな夕日を見る。
そしてふと疑問に思っていたことを聞いた。
「車には『どきどき号』って名前がついていましたが、この船には名前はついていないんですか?」
千鶴がそう言うと、総司は顔をしかめ、平助は待ってましたと言うようにニヤリと笑った。総司が嫌そうに言う。
「つけられてるんだよ、この船もセンスの悪い名前がさ」
平助が総司を小突く。
「センス悪くねーよ!」
「どんな名前なんですか?」
首をかしげた千鶴に、平助は胸をはると自慢げに言った。

「『海と冒険』号!」

総司が溜息をついて腰に手をあてた。
「……ね?びみょーな名前でしょ。ってかなんでもかんでも『号』をつければいいってもんじゃ……」
総司は文句を言っていたが、千鶴は平助から聞いた名前に柔らかく微笑んだ。
そして船と、総司、平助、そして夕日に染まる海と空を見る。
「……ぴったりだと思います」

本当にこの船にびったりだ。

初めてこの島に降り立った時のまとわりつくような暑さと湿気。
総司と、そして名前も知らない人達と浜辺で見た大きな夕日。
抜けるような空にのびのびと広がる雲。
千鶴がこれまで見たことのない、地球の内面から発色しているような碧の海。

千鶴は沖縄に来てからの出会いや起こったこと、見たこと、感動したこと、驚いたことを思い出す。
総司が、千鶴の「ぴったり」という言葉にびっくりして目を見開いた。
「本気で言ってる?」
千鶴は頷いた。
「ええ、でももう一つ何か……そう。『夏』をいれたらどうでしょう?」
「夏?」
平助の問いかけに千鶴はもう一度頷く。
「そうです。『夏と海と冒険』号。どうですか?」

「おお!いーじゃんいーじゃん!それにしようぜ!」とのりのりで話している千鶴と平助を見て、総司は溜息をついた。
まさか千鶴のネーミングセンスが平助と同レベルだったとは。




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