【今度いつ会える? 7】









 


 
 土曜日の朝、9時。
待ち合わせの場所で緊張しながら婚約者を待っていた千鶴の前に現れたのは、婚約者ではなく、その兄だった。
「お、お兄さん……!?」
婚約者と面差しは似ているが、彼よりも背が高い兄を見上げて千鶴は驚いた。どうしたのか、と聞く千鶴に、婚約者の兄は説明した。

 マニラで、婚約者がインフルエンザにかかってしまったこと。ずっと高熱が下がらないこと。
病院に行きたいのだが熱のせいでとても出歩けなく、そうこうしているうちにタミフルが効く期間をすぎてしまい、あと最低でも2,3日は家で誰とも会わずに闘病しなくてはいけないこと……。
黙り込んでしまった千鶴に、兄はその場で携帯からマニラの弟に電話をかける。

 「あの……大丈夫ですか?」
熱でつらそうに咳き込みながらも、マニラの彼は千鶴に申し訳ない、と謝っていた。
「……式場は……」
千鶴は、一人でインフルエンザで闘病している婚約者よりも、日本に来ないこと、話が出来ないことの方が気にかかっている自分に嫌気がさしながらも、彼に聞いた。
彼が言うところによると、彼の兄にすべて事情を話してあり、式の決めなくてはいけない細々としたことで千鶴が決められないことは彼の好みを知り尽くしている兄が決めてくれるよう依頼してあるとのことだった。熱でつらそうに咳き込みながらも、申し訳ないけど式場との打ち合わせは兄と行ってきてくれないか、という彼に、千鶴はそれ以上言う言葉もなく了承するしかなかった。

 

 役不足で申し訳ないけど、じゃあ行こうか?という兄に微笑んで、千鶴は歩き出した。

思うことは総司のこと。あんなにすべてのかたがつくことを楽しみにしていたのに、また変に期待だけもたせて飼い殺しのような日々が続くのかと思うと、千鶴は暗くなった。千鶴自身も、明日からは正々堂々と総司の胸に飛び込めると思っていた分、余計につらい。

 千鶴は重い気持ちをかかえたまま、婚約者の兄と式場の人と打ち合わせをした。式の準備のために必要な物の発注については、伸ばしてもらう。決めなくてはいけないことについては、迷っているふりをして後日連絡することにしてもらう。式場の人も兄も、そろそろ決めて発注しておかないと間に合わないと心配していたが、式自体を取りやめるつもりの千鶴は、あくまでも決められないというフリで先延ばしをした。
式場の後は二次会のためのパーティスペースがある飲食店だった。行く必要がない、と兄に言うわけにも行かず、二人で店へと向かう。


 全ての打ち合わせが終わったのは、もう16時を過ぎていた。決められない、とは言ってももう時期的にこれだけはしなくてはいけない、と式場と二次会の飲食店から渡された大量の紙袋の中は、まだ総司と会う前にすでに発注していた、式と二次会への招待状だった。確かに2か月後……いや、もう1か月半後の式ならばとっくに出していなくてはいけない。
千鶴は疲れ切ったのと、心労と、紙袋の重さとでよろよろとしながら家路についた。


 自分からの連絡を待っているだろう総司を思うと溜息が口をついてでる。
電車を乗り継いで自分のマンションのある駅につくころにはすっかり暗くなっていた。

 家についたら総司さんに電話しよう……。

そう思いながら鍵を開けていると、廊下の向こうの影がゆらりと動いた。千鶴がビクリとしてそちらを見ると、グレイのシャツにブラックジーンズをはいた総司がいた。
「……一人?」
冷たい声と視線に、千鶴は立ちすくむ。
「後ろにいるの?……婚約者は」
千鶴の傍へと歩み寄り、後ろを覗き込むようにする総司に、千鶴は、わ、私だけです。と小さな声で言った。その声に総司は柔らかく微笑みながら千鶴と視線を合わせる。
「なんで?仲良く式場に行ってたのに帰るのは別々なんだ?あ、そういう夫婦が理想なの?お互いのプライベートは大事にするっていう?」
総司の皮肉めいた言葉に、千鶴は息を呑んだ。

 式場に行ったのを知っている……。

「……どうして……?」
目を見開いたまま呟く千鶴に、総司はギリッと奥歯を噛みしめた。

 やりようのない怒りをどうすればいいのかわからずに、拳に力を込めて千鶴の部屋のドアを強く叩く。その音にビクッとした千鶴を見て、総司は泣き笑いのような顔で絞り出すように言った。
「……君がわからないよ。その困ったような悲しそうな顔はホントなのかウソなのか。僕が見てる君は優しくて誠実で……。ホントの君はどこにいるの?『ちゃんとしたい』っていう君の言葉を簡単に信じた僕を笑ってた?」
「そんな……!そんなこと……!誤解です!聞いて……」
「もういいよ。言葉はいらない……!!」
総司は紙袋を持ったままの千鶴を抱きかかえるようにして部屋に投げ入れる。勢いがついたまま部屋に倒れこんだ千鶴を見ながら、総司は後ろ手に玄関のドアを閉め、鍵をかけた。

 


 暗い室内、玄関から廊下にかけて一面に散らばった招待状の上で後ずさる千鶴に、総司は何も言わずに覆いかぶさった。押しのけようとする千鶴の細い手首を片手でつかみ、頭の上で固定する。かみつくように、千鶴の悲鳴をさえぎるように総司は深くキスをした。のけぞり腕に力を入れて抵抗する千鶴を軽々と押さえて、総司は何度も何度も角度を変えて千鶴を貪る。

 もう一方の手で千鶴のブラウスのボタンをはずそうとするが、小さなボタンがいくつもついていてなかなかはずせない。総司は苛立ち、舌打ちをした。抑えていた手を外して、両手で千鶴のブラウスを掴む。
何をしようとしているのか察した千鶴は小さな悲鳴をあげた。
「!……総司さん……!!」
千鶴が叫ぶのと、バチッバチッと音がしてボタンがいくつもはじけ飛ぶのとが同時だった。
暴力の匂いがする総司の行為に、千鶴は逃げようと体をひねる。近づいてくる総司の顔を抑えようとする千鶴の手を、総司は冷静な顔でまたあっさりと頭の上で固定した。唇は今度は千鶴の首筋を辿り、もう一方の手ははだけたブラウスの下から背中にまわりあっけなくブラのホックをはずす。

 「…い、嫌……!総司さん……!怖い…!!」
うろたえたように叫ぶ千鶴にかまわず、総司の口は千鶴の胸を包む。
「怖がってくれていいよ」
だって、怖がらせたいから……。

総司の言葉に千鶴は固まった。総司の手がスカートの中に入り太ももを撫で上げて行く。下着の上から敏感な部分を何度も撫でられ、千鶴は唇をかんだ。
「や、やめて……。お願い…!」
「でも濡れてきてるよ。下着越しでもわかる」
恥ずかしさで千鶴の顔が赤くなった。
胸の先端を転がすようにしゃぶっている唇と、何度も何度も優しく撫で上げる指と、この狂ったような状況に、千鶴の頭は朦朧としてくる。
「前と違うね……。乱暴にされるのが好きなの?」
静かな室内に響く総司の囁きに、千鶴は、聞きたくない、というように顔を背ける。
「婚約者の彼は知ってるの?千鶴は……ココが好きだってこと」
千鶴はぎゅっと目をつぶったが、総司の指の動きのせいで、あっと叫んで目を開けた。
「知るわけないか。千鶴ちゃんの最初は僕がもらったんだしね。血もでてたし、とってもキツかったし『初めて』ってのはほんとだったよね」
指の動きのたびに、千鶴の唇から小さな声がもれる。こんな状況でこんな声を出したくなくて、千鶴は自分の指をかんでこらえた。総司はその指を外させて、唇にキスをする。
「この唇から出る言葉よりも……。ウソのつけない体の言うことを聞いた方がいいね、これからも……」

 そう言うと、すぅっと唇を下げて行く。お腹にキスをして、さらに下がる唇に千鶴は怯えた声をあげた。
「嫌っ……!総司さん……!やめて……!!」
総司はかまわず千鶴の足を広げると、そこに唇をよせた。


 「あっ…!ぁあっ…!」
「イキそう?いいよ、イって。婚約者がいるのに乱暴に襲われて、こんな場所でイッちゃうなんてね」
そう言いながら、敏感なところを強くこすり上げてくる総司の指に、千鶴は頭が真っ白になる様な感覚とともに高い切れ切れの声をあげて、全身を硬直させた。その瞬間総司が力強く入ってくる。高みに上り詰めていた千鶴は、さらなる高みに運ばれた。
激しく動く総司につかまり、千鶴は何も考えられずに体の感覚に身を任せた。軽い絶頂感が何度も続き、最後に大きな波に飲み込まれ、千鶴はとうとう意識を飛ばした。

 最後の最後で総司は千鶴の真っ白な下腹に、自分の欲望をぶちまけた。ナカでだしてやろうかと心が揺らいだが、その結果の妊娠が幸せに続くとは思えない。それになりより千鶴に嫌われるのが怖かった。

 

 ……こんなことしておいて、『嫌われるのが怖い』なんてね…。

 

総司は目の前の光景を見て自嘲気味に笑った。
薄暗い廊下、散らばった招待状やら案内状、引きちぎられたピンクのブラウスに、汚された体……。

 


 式場に入って行く幸せそうな二人を見て。
待っても待ってもかかってこない携帯をずっと握っていて。
帰ってこない千鶴に、婚約者の家に一緒に行ったのかと胸をえぐるような思いに焦がされて。 
焦りや怒りや嫉妬や切なさや……いろんな感情が限界を突破して爆発してしまった。

 千鶴のことは信じている。彼女という人間の本質を知っているという自負はある。だけど微笑みながら式場に入って行った二人が頭を離れない。千鶴がその男に言えないのなら自分がぶちまけてもいい。そんなつもりで今日は、もしかしたら二人で帰って来るかもしれないと千鶴の家で待っていたのだった。

 総司はすべてを片付け、きれいにした後、千鶴と一緒にベッドに横になった。自分の肩を彼女の枕にして両腕を彼女にまわす。
総司はまじまじと千鶴の顔を見つめた。
きめの細かい真っ白な肌。真っ黒な長い睫に、艶やかな黒髪。先ほどの行為の余韻なのか、頬と唇がうっすらと色づいていて色っぽく美しい。

 

 彼女を失うことは、自分は受け入れられないだろうと総司は改めて思った。

もし今日、婚約者と話し合った結果、彼女の回答が自分との別れなのだとしたら、頷くことはできない。勝手でもなんでも婚約者に電話して、会って、彼女と先週からさんざんしてきたことを全部ばらして、ぶち壊してやる。
そう思う一方で、彼女が今後少しでも自分との時間を作ってくれる気があるのなら、他の男からのおこぼれでもなんでも甘んじて受けてもいい、と思う気持ちも心の奥底であった。

 少し前から続いている嫌な咳が、また喉の奥からこみあげてきて、総司は千鶴にかからないように顔をそむけてゴホッゴホッと咳き込んだ。
胸からその振動を感じたのか千鶴が身じろぎをする。ゆっくりと重たげな睫があがり焦点のあわない瞳がぼんやりと総司を見た。

 「総司さん……」
「目が覚めた…?」
総司の言葉に千鶴は朦朧としたままうなずいて、そしてしばらく総司の緑の瞳を見つめていた。
だんだんと思い出したのか、表情がこわばっていく。
体を離そうとする千鶴を、総司は腕の力を込めて引き寄せた。
「怖がらないで……。もうあんなことしないよ。悪かった。ごめん」
総司の言葉に、胸の中で千鶴は大人しくなった。
「……総司さんに説明したいんです。全部ホントの事なんです。……信じてくれますか?」

 総司と視線を合わせずに、総司の胸に向かって囁くように怯えるように言う千鶴に、総司は悲しそうに笑った。

「……信じるよ。もう、千鶴の言うことならどんなことでも」

 





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