【斎藤課長の新婚生活 23】
自分でも驚くほど夢中になってしまった。
千鶴の経験は多分、あの過ちの一夜だけで、ほとんど初体験に違いない。にもかかわらず、どうにもこうにも理性が効かず、二度目のプロポーズの後彼女も望んでくれているのをいいことにそれまでの全ての思いを延々と注ぎ込んでしまった。
そして合間にたくさん話をした。弁当からスポーツクラブについて、そして斎藤の実家と会社をやめることまで、全部。
斎藤はこう思っていて、千鶴は違う風にとっていたことがたくさんあった。お互いにお互いがそんなことを考えていたなんて、と驚き、笑い、そしてまた体を重ねる。
この先どれだけ幸せな夜があるかはわからないが、とりあえずこれまで斎藤が生きてきた中では、この夜は最高に幸せな夜であることは間違いなかった。
うっすらと部屋が明るくなってきて、ほとんど寝ないまま朝を迎えたことに気づく。
「……研修に行かないと。斎藤さんは……」
「まあ、休みだろうな、当然」
斎藤の職場からはるか遠い場所にこんな早朝にいるのだ。業務が詰まっており、総司と平助の怒り狂った顔がちらりと浮かぶが、目の前の千鶴のなだらかな曲線にすぐに消し飛んだ。その曲線に腕を回し、一晩ですっかり慣れた仕草で抱き寄せる。
「お前は行くのか?寝てないだろう」
まぶたにキスをしながらそう言うと、千鶴は笑った。
「一さんは私が研修に行った後たっぷり寝れますね」
斎藤も笑う。「そうだな」
そしてしばらく考えて言った。
「俺は明日も休むか」
「え!?」
千鶴の驚きも無理はない。斎藤はほとんど会社を休まないので有名だったのだ。よく風邪をひく総司や、遊びで週末に無茶しすぎて月曜に休む平助からは、マシーンだとからかわれていた。やすまないどころか仕事があれば休日も出社する仕事人間だったのだが。
「明日でお前の研修は終わりだろう?」
「え?それまでいるんですか?このホテルに?」
「ああ、シングルからツインに料金を変更してもらうか」
「いえ、そうじゃなくて……いえ、それもそうですけど……私が研修に行っている間、一さんはどうするんですか?」
「そうだな……この辺りをぶらぶらするか。昼は一緒に食べれるか?」
「え!?ひ、昼ですか?」
何をそんなに驚いているのかと斎藤は千鶴の驚き具合が不思議だった。こうなった以上いつも一緒にいたいのは当然だと思うのだが。
「そうだ。研修しているところに食堂でもあるのか?」
「ありますけど……でも社員ばっかりですよ?本社の斎藤さんのこと知ってる人もいっぱいいると思いますけど……」
「俺はお前の夫だ。何か問題あるか?」
「だって斎藤さん、会社休んでるじゃないですか?」
言われて、なるほど、と斎藤は納得した。確かに会社に休みの連絡をするときは『体調不良で』とかなんとかいうのに、その当人が妻の研修先でどうどうと妻と一緒にランチを取っていたら言わずもがなだろう。同じ社内だ、話はすぐに本社に伝わるに違いない。
どうせ辞めるのだから自分は何を言われても気にならないが、千鶴は困るだろう。
「沖田さんや土方さんは、斎藤さんが休んで困るんじゃないですか?」
「まあ、一日二日くらいなんとかなるだろう」
などと話しているうちに、話はどんどんずれていき、さらに裸の千鶴がすぐそばに横たわっていれば意識もどんどんずれていく。
結局斎藤の口は言葉を発するより千鶴の滑らかな肌にキスをする方に夢中になってしまい、全てが終わって時計を見た千鶴は遅刻しそうな時間にびっくりして慌てて出ていくことになった。
昼は結局、サンドイッチを千鶴が買ってきてくれて、二人で海の近くにある公園を散歩して食べた。
天気はうす曇りだったがそんなことはどうでもいい。海を見て喜ぶ千鶴にキスをして、食後は手をつないで海辺を歩いて、千鶴が仕事に戻る前にキスをして。
なるほど、これがカップルのいちゃいちゃというものかと、斎藤は理解した。
町中だろうとどこだろうと人目をはばかることなく手をつなぎ―の腕を組み―の腰に手をまわしーのキスをしーの、の男女を見て、なぜあのように人から見える場所でそのようなことをするのか、見せつけたいのか??と疑問に思っていたが、答えが分かった。
相手のこと以外どうでもいいのだ。
周囲の視線(今回は平日昼間の海だったので誰もいなかったが)よりも、目の前の恋人がかわいくて愛らしくて触れたくてどうしようもない気持ち。押し倒さなかっただけで褒めてもらいたいくらいだ。
こういう気持ちも千鶴と両想いになって初めて知った。今後、もっともっとこれまで知らなかった感情を彼女と一緒に知っていけるかと思うと、どうしようもないくらいの幸福感が斎藤を包む。
傍から見たらどうしようもないバカップルだったが、斎藤はそんなことどうてもいいくらい幸せだった。
そしてその夜も当然ながら千鶴を思う存分楽しませてもらった。
昨夜は、なんというかあわただしくて自分の感情をぶつけるだけで精一杯で余裕がなかった反省から、斎藤は今夜は千鶴を楽しませることをメインと決めて臨む。
そしてそれがまた自分にとっても最高の快楽であることを知った。達した時の千鶴の紅潮した頬や我を忘れた喘ぎ声。震えて時折痙攣する体を誰よりも近くに感じること。自分が男であることを体の芯から理解し楽しみ、どこまでも千鶴の体に溶け込んでいく感覚。
さすがに二日連続はきつかったのか、何度目かの達した後に千鶴は眠り込んでしまったが、そんな千鶴を抱きしめながら眠るのも、幸せだった。というかもう夢中だ。自分でも自覚があるくらいおぼれていたが、別にそれをまずいとも思わない。
自分の妻なのだから、窒息するくらいおぼれたとて誰に責められることがあるだろうか。
次の日の千鶴の研修は昼過ぎに終わり、二人で電車に乗り、帰る。
あの時、別れの時、一人で電車に乗らなくて本当によかったと、斎藤は隣に座っている千鶴を見て思った。あの時、駅のホームで電車に乗ろうと思っていた時に思い描いていたこれからの人生と、今はまるで違う。
一人で対処するつもりだった実家の問題も、昨夜(お互いの体を調べ合う合間に)話し合って千鶴と二人で対処することにした。それは斎藤にとっては嬉しい誤算だった。
『いいのか?会社は辞めたくなかったのではないのか?』
『それは、辞めたくはないですけど、一さんとのことはそれよりももっと大事です』
昨夜の会話を電車の中で思い出して、斎藤の頬は自然と緩む。俺はなんという幸せ者なのか。
「家につくのは夕方前ですね。夕飯どうしましょうか?」
千鶴に聞かれて、斎藤は答えた。
「一度、社に寄ってもいいだろうか。千鶴も一緒に。近藤社長と土方さんに、二人が退社することをきちんと説明したい」
※次回で最終回です!長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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