【三番組組長道中記 2】
「それにしても千鶴がいなくなるなんてなあ」
「邪魔者のお荷物でしかなかったのに、いざいなくなるとなると寂しいよね」
「総司はが一番千鶴に甘えてたんだろーが!」
幹部会が終わった後皆が千鶴の周りに集まり、自然と別れを惜しむ会となる。
「わたしも……わたしも寂しいです。まさかこんな急に、なんて思っていなかったんで、隊服の繕い物もまだ残ってるし庭の草むしりと離れのお掃除がまだ途中で……」
まだ実感がない千鶴は、日常でやり残したことが気になっているようだ。
「そんなん、本来は平隊士や通いの下働きどもの仕事だ。これまで甘えてたぶんきっちりやらさねえとな」
土方が話に入ってくる。そして千鶴を見ると、柄にもなくしんみりと言った。
「……茶をいれてもらうことももうなくなるな」
総司が相変わらず沈黙したままの斎藤をからかうように見た。
「一君は?特に何の感想もないの?」
斎藤はしばらく考えてから口を開いた。
「俺は千鶴を送って行く分、皆より別れが遅いからな。千鶴のいなくなった後の屯所のことより、道中についていろいろと考えていた」
「道中?」
平助の問いに斎藤はうなずく。
「そうだ。俺一人の旅や男と一緒の旅は何度もしたことがある。物騒な目にあったことも一度や二度ではないし、宿が取れなければ野宿も普通にしていた。だが女子との旅は初めてなのだ。旅籠は同のようにしたらいいのか、次の宿場町にたどり着く前に日が暮れたら?雨の日は俺一人の時は普通に歩いたが女子の場合はどうすればいいのか……千鶴も江戸からここまで来たときは男のふりをしていたし世間一般の女子の旅の仕方は知らんだろう。非常識なことをして怪しまれたり、千鶴に無理をさせたりしないかと」
土方はうなずいた。さすが斎藤だ、仕事がきっちりしている。
「確かにな。一応関所は大目に見てもらえるよう幕府側から話は通してもらっているが、一般の旅人の目はそうはいかねえからな」
新八はぼりぼりと頭をかいた。
「だーいじょうぶだって!旅は道連れ世は情けってんだろ?なんとかなんだろ!」
新八の言葉に斎藤は首をかしげる。
「そうだろうか。だが、例えば宿の部屋だが、俺と千鶴の部屋はあまり離れすぎていても都合が悪いが、かといって隣だとしたら俺も一人部屋をとることになる。そうなると路銀が余計にかかる。かといって俺がほかと相部屋になると多分部屋はかなり遠くなるし……」
グダグダと悩む斎藤の背中を、新八はバンバンとたたいた。
「ま、そーいうのは臨機応変にいけばいいんじゃねえか?あ!そうだ斎藤、お前、旅先だからって旅籠女を買ったりすんじゃねえぞ、変な病気うつされるぞ」
「……」
いつも通り無表情の斎藤だが、青い瞳がすっと細められ空気が冷たくなる。それに気づかず新八はぺらぺらtとしゃべり続けている。
「旅にでると開放的になるからなあ。お前は島原でも付き合い悪いしよ、いつも抑えてる分ばーっとやったりするんじゃねえぞ。千鶴ちゃんを連れていることを忘れずにな。あ、そうか、千鶴ちゃんを送った帰りにぱーっと……」
「言いたいことはそれだけか」
斎藤の冷たい声が、調子に乗った新八の言葉を遮った。その声に新八はようやく斎藤の様子に気づいた。
「い、いやっ!今のは…今のは一般論だ。な?斎藤が仕事中にそんなことするわけねえよなあ!」
必死に自分でフォローしている新八を冷たい目で見ている斎藤。総司がそれをからかう。
「意外に図星なんじゃないの?うっとおしいお目付け役もいないし、一君、お楽しみだね」
「くだらん。自分と同じに考えられるのは迷惑だ」
「またまた〜!いいよ隠さなくても。千鶴ちゃんも大目に見てあげてね」
きわどい話を突然ふられて、千鶴は真っ赤になって「え、えっと……」とどもる。
「いい加減にしろ!」
斎藤がとうとう本気で怒り、新八が慌て、総司がさらにからかい、平助が笑い……にぎやかな皆の様子を見て、土方はやれやれと苦笑いをして席を立った。
それに気づいた左之も、「次の巡察の用意してくるわ」と断りを入れて土方に続いて部屋を出た。
「土方さん!」
「おお、原田か」
廊下を二人で並んで歩く。
「ちょっと聞きたかったんだがよ、なんで用心棒に斎藤を選んだんだ?」
その質問に土方は少し驚いたように左之の顔を見た。
「斎藤か?……まあ、あいつは今のところ空いていたしこういう特命には慣れてるしな。若いころに旅も結構してるようだし用心棒としては適任だと思ったからだが」
「いや、そりゃそうなんだがよ。そうじゃなくて……その、千鶴と二人で旅をするわけじゃねえか」
「ああ?だからこそ斎藤は適任だと思ったんだが……何かまずかったか?」
左之は首筋をかいて視線をさまよわせた。
「うーん……まずいってか逆っていうか……あいつら、仲いいだろ?」
「ああ、だから……って待てよ?お前まさかあいつらが恋仲とかそういう……」
土方は真剣な表情になり立ち止まった。そうなると話は別だ。
斎藤のことだからそのまま道行→駆け落ちなどとはならないだろうが、思いあった二人を二人きりにして何か間違いが起こったりしたらコトだ。千鶴は何といっても嫁入り前の娘。一応千鶴の安全のために新選組があずかっていたという建前なのだから、綱道に送り届けるまでに傷物にするわけにはいかない。斎藤がそんなことをするとは思えないが……
土方の表情をみて、左之は気まずそうに眼をそらした。
「いや、俺も確信があるわけじゃねえし、あいつら自身も多分気づいていねえと思うがよ……どうなんだろうなあ、普通だったらこう、なんとかするというかなるというかしたいと思うというか、そういう感じだと思うんだが、進展しねえとこみると違うのか?って思ったり」
「なるほど……」
土方は腕を組んで、まだきゃいきゃいした話し声が聞こえてくる集会室を見た。
用心棒を代えるか?だがすでに幕府には斎藤が護衛につくことを伝えてしまった。関所や西国の藩にはすでに知れてしまっているだろう。代えても問題はないかもしれないが、じゃあ斎藤の代わりにだれをつける?
土方は忙しいから当然無理だし、総司ではいらないケンカを買って問題を起こしそうだし、平助は道中のめずらしいものや祭りやらに寄り道をして時間を食いそうだし、左之は……左之は女にやさしすぎるところが心配だ。
土方はそれらを秤にかけて検討し、結論を出した。
「……まあ大丈夫だろ。なんてたって斎藤だからな」
出発は吉日大安。
天気も冬の合間のポカポカ日和で晴天だ。
斎藤は屯所の門の近くで、すっかり旅支度を終えた姿で立っていた。あとは町娘姿の鶴が屯所に来るのを待つだけだ。
まわりには千鶴との別れと見送りのために、土方をはじめ総司、平助、左之、新八、源さん、山崎、島田がそろっている。
千鶴は町娘のふりをしているから大っぴらに別れは告げられないが、長年一緒に暮らしてきた仲だ。せめて見送りはしたいという皆の気持ちだった。
「千鶴は駕籠?」
平助が聞くと、総司がうなずいた。
「多分そうだろうね。京の町を出るまでは人目につくし。ずっと駕籠でもいいんだろうけど」
新八が横から口を出す。
「歩かねえから駕籠のほうが楽だって思うやつもいるだろうが、駕籠に乗ってるほうが俺はきついな。揺れるし狭いし変な恰好でじっとしてないといけねえから体中が痛くてまいったぜ」
「まあ歩いたりかごに乗ったり……だな。そこらへんは斎藤がうまくやってくれるだろ」
土方がそういったとき、角の向こうから籠がやってきた。
「千鶴だ!」
平助が飛び出す。籠がとまり、平助が言う通り千鶴が降りてきた……が、当然ながら昨日まで屯所にいた男装の千鶴ではない。
ポカン……
という擬音がぴったりな表情で、皆は固まったまま降りてきた女性を見た。もちろん斎藤も。
結い上げた髪が新鮮で、恥ずかしそうにうつむいた姿が初々しい。薄い桃色の着物ももちろん袴ではない。からげた裾の下は脚絆に草履。手に持った菅笠が勇ましい。
千鶴は皆の反応に少し驚いたように立ち止まって、注目を浴びているのが恥ずかしいのか頬を染めてうつむいた。
一番さきに我に返ったのは平助だった。
「す、すげーよ、千鶴!かわいい!」
「え、そ、そうですか?」
千鶴が驚いたように自分の頬に手をあてた。
左之と総司もそれに続く。
「いかにも町娘って感じだ。似合うぜ」
「当然だけど男装とかよりはそういう恰好のほうが似合うね。ね?斎藤君」
いきなり話を振られて、斎藤はうろたえた。ぼんやりと見惚れた突っ立っていたのだ。
「あ、ああ。いや、似合う似合わないはよくわからんが、旅をするうえで適切な恰好ではある」
そう、似合うか似合わないかはわからないが、とてつもなく……なんというのか、その……キラキラしている。というか、眩しすぎてどこを見ればいいのかわからない。
斎藤は動揺していた。
今、目の前にいるのは屯所で一緒に暮らしてきた見慣れた千鶴……のはずなのに。
これでは……これではまるで女子ではないか……!
千鶴と一緒に旅をすると思っていたのだが、女子と旅をするなんて……いや、それは最初からわかっていたが、まさか千鶴がここまで女子だとは思わず……というか普通の女子ならまだよかったのだが、この女子は……千鶴は……なぜこんなに眩しいのだろうか。
直視ができん……!
千鶴が近寄って、「斎藤さん、よろしくお願いします」と深々を頭を下げてくれたがそのしぐさがもう女っぽいというか柳腰というのか、これはいったいどうしたことか。一夜にして千鶴が女子になるなどと……!
へどもどしている斎藤をみて、左之はため息をついて助け舟を出した。
「ほら、斎藤。のんびりしてあまり人目に付くのもなんだしよ。俺らは別れも惜しいが、一応千鶴が行くのは幕府側の藩なんだしまた会えるだろ。午後からは天気も崩れそうだしとっとと行った方がいいぜ」
斎藤はほっとした顔で左之を見て、千鶴を……というより千鶴の後ろの駕籠を見ながら言った。
「そ、そうだな。左之の言う通りだ。駕籠に乗るといいい」
そうだ、天岩戸のように姿が見えなくなればこの眩しさも消えるはず。
妙にせわしなくせかすように駕籠へと促す斎藤をちらりと見てから、千鶴は屯所の前にズラリと並んでいる見慣れた面々を見た。
「は、はい。あのみなさん……今まで、今まで本当にお世話になりました」
千鶴が丁寧に頭をさげて挨拶をする。
言葉の途中でこみ上げるものがあるのか、皆の顔をみながら千鶴は涙声になってしまった。
それを聞いた皆の目もあたたかくうるむ。
「いいってことよ!こっちこそ最初のころは脅したり怖い思いをさせて悪かったな」
「僕は親切にしてあげたけどね。ま、いつか恩を返してもらうのを楽しみにしてるよ」
「総司はひねくれてんなあ!『また会おうな』って素直に言えばいいだろ。また会おうな、千鶴!」
口々に明るく返してくれる別れの言葉に、千鶴はうなずいた。
そして最後にもう一度だけ会釈をして駕籠に入る。
「じゃあ、斎藤。頼むぞ」
土方が言うと、眩しさがなくなりほっとした斎藤はなんとか自制心を取り戻した顔でうなずいた。
「お任せください。では」
そうだ、これからは俺が千鶴を守って送っていかねばならんのだ。二人きりなのだからあれこれと気にしてやらねばならぬことも……ん?二人っきり?
今の、ろくに千鶴の顔も見れない状態で二人きり……
これはまずい。
急にぎくしゃくとぎこちなく歩いていく斎藤の背中とその横の千鶴の乗った駕籠を、土方は腕組みをしながら見送っていた。
千鶴の顔をみただけであんなに動揺していた斎藤を、千鶴と二人きりで何日も過ごさせるのは不安だが……
まあ、設定上は斎藤はと千鶴は初めて会った護衛と町娘ってだけなんだし、斎藤がぎこちないほうがいいかもしれんな。
斎藤は隠密行動には慣れているかもしれんが、女には慣れてなかったのかもしれねえなあ。
土方は肩をすくめると、なおも名残惜しそうに去って行った千鶴の後を見ている皆に、「仕事にもどるぞ!」と声をかけた。
BACK NEXT