【三番組組長道中記 1】





始まりは雨の朝だった。

朝餉のあと、集会室で幹部の中のさらに内輪の者が集まり、連絡事項の伝達を行なう。
斎藤は片づけに手間取り少し遅くなってしまったため、速足で集会室へと向かっていた。
三寒四温という言葉がびったりの時期。この雨があがればまた少しあたたくなるだろう。
斎藤はそんなことを思いながら集会室のふすまを開けた。
そこにはすでに皆がそろって座っている。近藤、土方をはじめとして新八に左之、総司に平助。
ここまではいつものメンツなのだが、部屋の隅にいた千鶴に斎藤は目をとめた。
新選組隊士ではない彼女が朝の幹部会に参加することは稀だ。今日は通常の幹部の朝の集会ではないようだと斎藤は思いながら、遅れてきた詫びを入れてあいている場所に座る。
「皆そろったな」
土方はそういうと、懐中から分厚い文を二つ取り出した。どこからか届いた書簡らしい。皆の注目を集める中、土方は一方の文を軽く持ち上げた。

「これは昨日届いた。………綱道さんからの文だ」

ざわっと皆が驚いた気配が部屋の空気を震わせた。
斎藤はふと気になり千鶴のほうをちらりと見た。千鶴は、当然ながら大きな瞳をさらに見開いている。彼女も聞かされていなかったらしい。
土方は困ったように首筋を手で撫で、頭をかいた。
「まあ要は、今は綱道さんは西国藩の一つで世話になってると。一人娘の千鶴がそちらに――俺たち新選組に世話になってると風の便りに聞いたと。娘の面倒をみてもらってありがてえが、そろそろ返してくれねえかと。そういう内容だった」
「おいおい……」
左之が呆れたように声をあげる。
「何言ってんだ。幕府裏切って娘ほっぽって姿消したのはてめえだろうが。何をいまさら……」
土方もうなずいたが、もう一方の文を持ちあげる。
「俺も同じことを思ったよ。だが、幕府からも文が届いた。西国が変若水研究の資金援助を申し出て、綱道さんが幕府の承認を得ずにそれに飛びついたのはけしからん。だが、その西国の藩も綱道さんも幕府に恭順の姿勢を示しているし研究結果についてはウソ偽りなく幕府に提示すると言っている。ゆえに、今後もその姿勢を続けるのならば、綱道さんが勝手に京を出たことについては不問にする、とさ」
「つまり、綱道さんはその西国の藩でこれからも研究を続けるってことですか?この京に戻ってくるんじゃなくて?」
総司がそう聞くと、今度は近藤が腕を組みながら難しい顔をしてうなずいた。
「そうなんだ。京で研究するよりも西国でのほうが……その、いい研究ができるらしくてな」
「金ってことですか」
察しのいい総司がそういうと、近藤は苦虫を噛み潰したような顔をして、土方も顔をしかめた。
「……まあそういうこった。幕府も自分の懐は傷めずに研究結果だけもらえるとくりゃあそりゃあ話にのるだろう。ってわけで、千鶴」
ふいに名前を呼ばれた千鶴は、「は、はい!」と思わず大きな声で返事をして背筋を伸ばした。
「よかったな。親父さんは無事だ」
やさしくそういわれて、千鶴は張りつめていたものがふっとゆるんだように座り込んだ。
「はい……はい。ありがとうございました」
深々と頭を下げて礼を言われて、土方は苦笑いをする。
「俺たちは何にもしてねえよ。それでだ、千鶴。お前の今後だが……」
ああ、そういわれてみればそうだと、左之や平助は顔を見合わせた。
千鶴はどうするのだろう?父親を探しに京に来て、不幸な偶然から新選組に軟禁されていたが、建前上は綱道さんを捜すためにここにいるのだ。見つかった以上もうここにいる必要もないし、新選組としても父親の綱道から返せと言われ、幕府からも綱道の罪については不問にするといわれている現状では、彼女を新選組にとどめ置いておくこともできないしその必要もないだろう。
「私……」
千鶴は言葉につまった。
京に来てから三年近く。
最初は人斬り集団の中にいることが怖くもあったが、皆の人となりを知るにつれ打ち解け、今ではもうすっかり慣れ親しんでいる。綱道はずっと探し続けていたが、こんなに急に見つかりここから出ていくことになるとは思ってもみなかった。
しかしここで京の町に放り出されても、千鶴には頼る人もいなければお金もない。綱道のいる西国にいくにしても路銀もないし手形もない。近藤あたりに口をきいてもらってどこかで住み込みで働いてお金をため、綱道のもとへ行くしかないのだろうか。
千鶴が考え込んでいると、土方が続けた。
「幕府からの要請もあるし、綱道さんの意向もある。お前は俺たちが綱道さんの元まで無事に送り届けるから安心しろ」
近藤も口を添えた。
「その件については内々ではあるが幕府からも融通をきかせるといわれているんだ。長い間こんなむさくるしいところに閉じ込めてしまって申し訳なかったな。綱道さんのところまでは我々が責任をもって送らせてくれ」
「そんな……私こそ、長い間住まわせていただいて食事もいただいて、良くしていただいたと思っています。ありがとうございます」
千鶴が頭を下げると、平助が「ええ〜」と不満の声をあげた。
「ほんとに千鶴、行っちまうの?なんか寂しいんだけど」
新八もうなずく。
「だよなあ。もう千鶴ちゃんがお茶出してくれたりするのが当然っていうか……」
左之が二人をいさめた。
「ばーか。寂しいのはわかるけどよ、千鶴にとってはこの方がいいに決まってんだろーが。年頃の娘を男装させてこんなとこに置いとくよりは、親父さんのもとで娘として暮らしたほうがいいだろうに」
そりゃわかってるけどさあ……とぶちぶち言っている皆を土方は苦笑いをしながら見ていた。
皆の気持ちもわからないでもない。千鶴はそれほど幹部の中になじんでいたのだ。最初はおどおどして半年も持たないだろうと思っていたが、意外な逞しさと明るさで、今では逆に幹部のほうが彼女の手のひらの上で転がされているときもあるくらいだ。
寂しいのは皆同じだが、左之の言う通り千鶴にとっては親元にいたほうがいい。
土方は一度ゴホンと咳払いをして皆の注意を集めると、再び口を開いた。

「寂しいのは皆同じだ。が、千鶴を無事に親父さんのところまで送り届ける仕事がまだ残っている」
「仕事って……そんなたいそうなものでもないでしょう?西国街道をいけば治安だってそんなに悪くないでしょうし」
総司の言葉に土方は首を横に振った。
「まあ、通常の男同志の旅ならそうだが、さすがに今の千鶴を男装のままで新選組隊士として旅に出すのは無理があるだろう」
土方がそこで言葉を切り千鶴のほうを見る。
皆もつられて、部屋の隅にちょこんと座っている彼女を見た。
出会ってから三年。女の子が一番変わる時期だ。
たとえ男装していても、白い耳たぶやうなじ細い腰に柔らかそうな頬など、明らかに同じ年齢の男にしてはおかしい。少年のふりをさせるにしても体の線がそれをもう許さないようになりつつある。ましてや皆におそれられている人斬り集団の中の男だと言われれば首をかしげる人も多いだろう。
毎日の少しづつの変化のせいで気づかなかったが、改めて千鶴を見てみると、まあ、ほぼ9割の人は千鶴のことを女の子ではないかと疑いそうな姿かたちだった。
皆の視線が集まり千鶴が居心地悪そうに身じろぎをすると、土方が咳払いをした。
「……だから今回は千鶴は西国の藩の家老の妾腹の娘ということにした。産まれてからお家の問題でずっと京の商人に世話になって町方で育ってきたが、ようやく呼び戻せるようになったんでこのたびめでたく京から西国へと行くことになりました、基本は町娘として育っているし大っぴらに迎えに行くこともできないとその家老が幕府に相談したところ、用心棒として新選組を紹介されたってえ筋書きだ。手形もそれでとってる。女の脚だしそうも急げないだろうし変に急いで怪しまれるのもやっかいだしな」
土方はそう言うと、皆を見渡した。

「そういうわけで、用心棒を一人つける。千鶴を無事に綱道さんのもとにまで送って行ってもらいてえんだが……」
土方はそういうと、部屋の中の面々をぐるりと見渡した。
「斎藤。お前、行ってくれるか」

これまで無言だった斎藤は、土方の言葉に目線を上げた。
「承知しました」





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