【三番組組長道中記 18】





-------------- 一年後、京。


朝食後、新選組幹部のさらに内輪だけの朝会では、平助が手紙を読み上げる声が響いていた。


『……と、いうわけでこのたびまた京に引っ越すことになってしまいました。一年前にわざわざ送っていただいた道を、もう一度上ることとなります。桜のつぼみが色づくころにはきっと京についていると思いますので、ご挨拶に伺いますね。それではみなさん、お体にお気をつけて……』

「だってさ!もうそろそろ着いてんじゃね!?千鶴」
平助が顔を上げて皆を見た。開け放した部屋から見える屯所の庭には、ピンク色に色づいた桜のつぼみがちらほらと見える。
「へえ、ちょっと見せてよ」
総司が平助の手から千鶴の文をとると、はらりとほどいて流し見た。
「家老の娘の花嫁道中ね……。西国藩の京藩邸にいる上級武士に嫁いでくるのか。で、千鶴ちゃんはそれの付き添いってことか。話し相手みたいなものかな」
総司の手紙を今度は左之が取り上げる。
「お姫様も年が近い話し相手が欲しいだろうしな。殿様付きの蘭方医の娘なら、身分的にも問題ないだろうし」
平助がそわそわと庭を見る。
「俺、今日これから非番だしちょっとその藩邸見てこようかな。家老の娘の一行ってんなら到着してたら雰囲気でわかんじゃねえの?」
最後に千鶴からの手紙を読んでいた土方が、眉間にしわをよせて言った。
「平助、行くなら隊服は脱いで目立たねえようにしていけよ」
「なんで?」
キョトンとしている平助に、土方はうなるように返事をした。
「あそこの藩は最近きなくせえ。藩邸にいる若い武士どもがいろいろと動いてやがる。見張らせてるが、木材を大量に運び込んだり米やみそも買い込んでるようだ。今すぐにどうとかはねえだろうが、俺たちの動きにも神経質になってるだろうよ。そこへ去年来た新入りの娘の知り合いだって新選組が訪ねてきてみろ」
「……藩の中で千鶴の立場が悪くなるな」
左之が後半をひきとった。
「そっか……」
平助は一瞬しょんぼりとしたが、すぐに気持ちを切り替えたようだ。パッと立ち上がる。
「じゃあ目立たないように行ってくる!総司も行く?」
「いや、僕はこれから組下の鍛錬があるからね」
「俺も巡察だなあ」と左之。
「一君は?」
平助はそういうと、部屋の隅でずっと黙ったままの斎藤を見た。
「一君も午後は非番だよな。一緒に行こうぜ」
「……」
斎藤は立ち上がった。
「いや、俺も午後は少々やることがある」
「やることって?」
「局長にたのまれていた蔵の整理をせねばならん」
平助の口が大きく「へ」の字に曲がった。
「そんなん別に今日じゃなくてもいいじゃん」
斎藤はそれには答えず「すまん」というと、そのまま廊下へ出て歩いて行ってしまった。

「……」
後に残された皆の間には、奇妙な空気が漂う。お互い顔をみあわせて、所在なさげに立ったままの平助を見て、そして去って行った斎藤の方を見る。
「なんか……へんだよね、斎藤君」
「なあ」
「普通なら『会うのは久しぶりだな』とか言って会いに行くよな、あいつ」
「そうそう、意外に情に厚いよね」
「そういえばさ……」そこで総司が思い出すように視線を泳がせた。
「斎藤君、前も変だったよね。あの、千鶴ちゃんを送ってから帰ってきたとき。『どんなところだった?』とか『道中はどうだった?』とか『千鶴ちゃん何か言ってた?』とかいろいろ聞いたのに、生返事ばっかでなにも教えてくれなかったんだよね」
平助は再び胡坐をかいて座って、うなずいた。
「あーほんと。あのあと千鶴の話とか少ししたけどまったく乗ってこなかったよな」
左之と土方は、話し合っている平助と総司の横で視線を交わした。

千鶴が屯所を離れる前、斎藤を護衛としてつけると発表した後に、左之と土方で話した内容。

あの二人はお互い好きあってるんじゃねえか?

もし左之の読みがあたっていたら、そりゃあ長い二人きりの道中。ナニカ、は当然あったに違いない。
あの斎藤といえどもいい年した男だ。好きな女子と心が通い合えば、そういうことになることも不思議ではない。いや、心が通い合わなくても、旅というのは生活を共にするのだ。状況によっては夜も一緒にいることもあるだろうし、そういう……いわゆるラッキースケベ的なアクシデントから、深みにはまっていくということも考えられる。
そして斎藤の性格からすれば、手を出してしまえば当然ながら思い悩むだろう。かといって娶るのも、状況的に難しい。
千鶴だってそうだ。一見おとなしそうに見えるが、好きでもない男と同衾したりなぞ決してしない芯の強さがある。そんな彼女が好いた相手と寝食を共にしお互いに盛り上がったら……。
千鶴からのこれまでの手紙には、不自然なほどまったく斎藤については触れられていなかった。

(これは……何かあったか?)
土方の目線に、左之もうなずく。

(あった、だろうな。千鶴の今回の京への引っ越しも、もしかしたら斎藤に会いたくて自分からついていくって言ったのかもしれねえな)
左之の瞳の色に、土方は首を傾げ、斎藤が立ち去った方向を見た。

(に、しては斎藤の態度は冷たくねえか? )

左之は肩をすくめた。

(確かにな。会いたくねえって感じだったな。……まさかとおもうが、その、無体なことをしたわけじゃないだろうな?)
気まずそうに首筋に手をやった左之に、土方は苦笑いをして首を横に振った。

(いやいや、それはねえだろ、斎藤に限って)
(じゃあなんでだよ?)
(そうだなあ……)
二人は腕を組んで、廊下の方を見る。
まさか手をつないだのが最高潮だったとは想像すらしない、女慣れした二人だった。




「すっっっっっげえ、かわいくなってた!!!」
夕飯時、集まった幹部たちに平助は目を見開いたままそう報告した。
西国藩の藩邸の通用門あたりでうろちょろしていたら、下働きの男が何か用かと聞いてきたらしい。そこで、身分は明かさずに『平助』とだけ名乗り千鶴の名を告げると、あっさり千鶴が出てきた。

「それで?いつ着いたんだって?綱道さんもこっちきてるのか?」
珍しく一緒に夕飯を食べていた土方が聞くと、平助はうなずいた。
「いや、千鶴だけだって。それで……」
そこまで言ってふっと言葉を切った平助に、左之が首を傾げる。
「それで?なんだよ」
「いや!なんでもない!ってか、マジでかわいくなってたんだよ!屯所にいた時もかわいかったけどなんていうのか、オンナノコっつーか!俺、正直目を見てはなせなかったもんな!」
「女姿で過ごしたからしぐさやらなんやらが色っぽくなってきたんだろうな。いいな、俺も行きてえな」
左之が目を輝かせてそういうと総司も参加する。
「あ、僕も行きますよ。一緒に行きましょうよ」
「そういうと思ってさ、明日、ほらあそこの団子屋で会おうぜって約束してきた。昼時、ちょっとだけならぬけられるだろ?」
「いいですか?土方さん」
土方は苦笑いをしつつもうなずいた。
「まあ……いいだろ。あんま目立つなよ」
そして「千鶴によろしく言っといてくれ」と気遣いも忘れない。新八も行くと言い出してみんなでワイワイ盛り上がっている端で、斎藤は一人で静かに食事をしていた。
「斎藤君も行くよね?」
総司が聞くと、斎藤は首を横に振った。
「いや、おれは……」
「おれは、何?昼時に蔵の整理なんか別にしなくていいし、巡察の時間でもないし、さっき近藤さんにきいたら明日は斎藤君に特に何も頼んでないって言ってたし?」
「……」
猫がネズミをいたぶるように逃げ道をすべてなくした質問をする総司に、斎藤は口をつぐんだ。土方が慌てて口をはさむ。
「いやっ斎藤は……斎藤には、明日はあさから他行を頼んでんだ。ちょっと奉行所に行ってもらう用があってな」
総司のいぶかしげな視線と斎藤の驚いた視線を受けて、土方は冷や汗を流しながら無駄にぼりぼりとたくあんをほおばった。
斎藤は一瞬感謝するように目を伏せる。
「……というわけだ。総司、皆も、悪いな。楽しんでくるといい」
斎藤はそういうと一足先に立ち上がり膳を下げて出て行ってしまった。

「土方さん……」
総司が睨むように横目で土方を見る。
「なんだよ、なんか俺らの知らないことがあんの?」
平助も不満そうに頬を膨らませている。
「いやあ……別になにもねえがな。もしかしてあるのかもしれねえな、とか、そんな感じだな」
しどろもどろの土方に、総司がさらにつっこむ。
「そんな感じってどんな感じですか?千鶴ちゃんと斎藤君が何か……」
「総司」
見かねた左之が割って入った。
「男と女のことだ。寝食を共にして苦労を分かち合った旅をして、なんとも思わないってことはないだろ?それにあいつらもともと仲もよかったしよ。普通ならすぐに会いに行くような性格の斎藤が、ああまでこじつけて行かないって事実だけで、なんかあったんじゃねえかって推測できるだろ」
平助がのけぞるようにして驚きの声をあげる。

「ええーーー!?ち、千鶴と一君が、その……恋仲とかそういうこと?」
「斎藤君が?しかも会いにいかないってことはフラれたかフッたか、なにかそういう感じでうまくいかなかったってことですか?」

興奮して詰め寄ってくる平助と総司を、左之は両手で押さえて困ったように赤い髪をかいた。
「いや、俺たちも知らねーよ、その辺の詳しいところは。あいつもなんも話さねえし、全部推測だって。な?土方さん」
「ま、そういうことだ。こういうことに首を突っ込むのは野暮だからな。この話はもうこれで終わりだ」
ぴしゃりとそう言って土方はも席を立つ。
平助は昼間会った時の千鶴の言葉を思い出して、慌てて席を立った。
「お、俺も!ごちそうさん!」

ばたばたと屯所の廊下を走り回り、平助は斎藤を探した。
部屋に戻ったのかと行ってみたがいない。井戸の周りにもいないし……。もしかして、と思い武道場へ行ってみると、閉められた扉から灯りが漏れているのを見つけた。
「一君……?」
そっと平助が扉を開けると、果たして暗い中にぼんやりと浮かぶ蝋燭の光の中に、木刀を持った斎藤が浮かび上がる。
「平助。どうした」
静かな瞳で見られて、平助は「えーっと……」と言葉を濁しながら武道場へと入った。
「その、千鶴から伝言があるんだ」
「伝言?」
「そう、一君に」
「……」
斎藤が構えていた木刀を下す。
「……伝言、言ってもいい、かな?」
二人の間になにかあったか知らずでもたぶん何かあったこの状態でなんで俺がこんな微妙な空気の中の伝言役なんだろうと、伝言を気やすく受けてしまったことを激しく後悔しながら、平助はこわごわと斎藤の顔を下から見上げた。
斎藤はしばらく無言だった。
蝋燭の明りが斎藤の右側だけを闇に浮かび上がらせる。墨を溶かしたような静かな闇は、斎藤のすっきりとした美しい造作を引き立たせていた。
「あの……無理にとは……」
「聞こう」
斎藤の一言に平助はほっと息をついた。

「えーっと……」
平助は何からどういえばいいか頭を掻いた。
伝言を聞いたときは、斎藤と千鶴の間にそういうことがあったなんて想像もしていなかったから、屯所時代や西国藩への道中世話になった斎藤に報告したいだけなのかと思っていたが、先ほどの土方と左之の話を聞けば別の意味があるのではないか。
と、いうか、これはその『別の意味』の伝言だろう。
平助は責任の重大さに冷や汗を流しながら口を開いた。

「明日の茶屋の待ち合わせに、千鶴、一君に来てほしいんだって」
「俺はいけないと先ほど……」
「いや、そうなんだけどさ、その、えーと……」
平助は言葉を探そうと黙り込んだが、結局見つけられずそのままストレートに言った。

「千鶴、京に来たのは輿入れする家老のお姫さんの付き添いってだけでなくて、別の用事もあったんだって。それが、千鶴の縁談話らしいんだ」
「……」
暗闇の中で斎藤の蒼い瞳がきらりと光ったように感じた。
「京の藩邸につとめてる若手の武士との縁談が持ち上がってて、結構上の人からの斡旋で、城の人たちも綱道さんも乗り気らしくてさ。それの顔合わせと……まあ、でも向こうは地元に帰った時に千鶴のことを見染めたらしいから、顔合わせってのももう形式的なもので……つまり、要は千鶴も嫁に行かなきゃいけないらしいんだよ」
最後の言葉は、平助にすれば思い切って言った言葉だったが、斎藤は微動だにしなかった。
しばらくの沈黙の後。
「……そうか。千鶴ももうふさわしい歳でもあるし、めでたいこと……」
視線をそらせて吐かれる言葉は明らかに感情がこもっておらず、平助は顔をしかめた。斎藤が動揺し傷ついているのはまるわかりだ。それに今思い返してみると千鶴の表情も必死だった。

なんでそんなに逃げ腰なんだよ!

斎藤の言葉をさえぎって、平助が言った。

「それで、嫁に行く前に一君にどうしても会いたいって。一君、明日一緒に行こう!」













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