【シンデレラの指輪 15】








―――二年後


金曜日の夜9時。幹部の皆が集まる居酒屋には、斎藤と総司、平助の姿があった。
平助が机の上に何かを投げだし「あ〜あ」とぼやく。
総司がカチンと硬質な音を立てて投げ出されたものをつまみあげた。
「これ……指輪?ああ、今日のあれ?土方さんから拒否くらった?」
「そーだよ『シンデレラの指輪』。せっかく二年もかけてようやくできたのに『だめだな』でポイだぜ?」
斎藤が総司の手の中の指輪をつまみあげる。それは輪の一か所だけつながった三連の輪だった。細い二つのリングに挟まれて、真ん中に太いリングのある形だ。今は、細い二つのリングがそれぞれ、真ん中の太いリングの輪の部分を塞ぐような形で固まっている。
「今は平助の声でキー解除されるように登録されているのだろう?やってみてくれないか」
斎藤が指輪を平助の方に向けると、平助は指輪に向かって言った。
「『テスト』」
途端に固まっていた指輪がゆるく解けるように動く。
「お、動いたね」
自由に動くようになった三連リングを、総司は斎藤から受け取って自分の人さし指にはめた。9号サイズのそれは、総司の人差し指の第一関節で止まっている。
「指にはめてる間は緩んでるんだよ。で、指から外して12時間するとまた固まっちまうってワケ」
平助が説明すると、総司は頷いた。
「発想は面白かったと思うんだけどね〜。それを実現させた平助のアイディアと技術もさ。問題は値段とデザインだね」
斎藤も焼酎を一口飲んでから言う。
「そうだな。これ一つに50万だすのなら、宝石の付いた指輪を買うのが普通だろう。少しトリックのあるおもちゃのようなものだからな」
「そうなんだよねー。男が女の子に贈るわけだから、やっぱり見栄えとかあるしさ。見た目がキラキラしてたり繊細だったりとはとてもいえないからね。女の子がつけるっていうよりは、男がつけるシルバーアクセって感じ」
皆の突込みに平助が頬を膨らませてビールをあおった。
「そうはいうけどさあ、その大きさに認証技術をつめこんだってすごいことなんだぜ?限界まで細く小さくしたし、そりゃそれ相応の値段がしちまうよ」
「わかってるって。商品化が難しいってだけで作品としてはいい出来だと僕は思ってるよ」

その時後ろから左之の声がする。
「あれ?斎藤も来てたのか、めずらしいな」
遅れてやってきて席につきながらそう言う左之に、斎藤は考える様に首をかしげる。
「そんなに来ていなかっただろうか」
左之ではなく総司が答えた。
「滅多に来ないね。いつからっていえば千鶴ちゃんにフラれてから」
気を使うことも無くずばずば言う総司に、逆に周りにいる左之と平助がオイオイと総司をこづく。総司はうるさそうにそれを払いのけた。
「なんですか、左之さんもそう思うでしょ?もう二年も前のことなのに未だにひきずってるって斎藤君どんだけねちっこいの」
辛辣な総司の言葉は、裏返せばそれだけ心配しているということを表している。そしてそれが充分にわかるほど、斎藤を含め皆は長く深いつきあいだ。
「…いや、もうひきずってなど……」
「そう?じゃあ明日合コンあるから斎藤君も来なよ」
「いや、結構だ」
キッパリと即答した斎藤に、総司はほらねというように肩をすくめた。左之もさすがに呆れたように苦笑いをする。
「いやはや、すっかり修道僧みたいになっちまったな」
「一君、その気になればモテモテなのになあ」
左之と平助にも言われて、斎藤は黙り込んだ。別に彼女に操をたてているわけではない。……わけではないが、どうも他の女性と会ったり話したりする気にはなれない。たとえどんなかわいい子だとしても、自分はあの時のように夢中にはなれないだろうと思うのだ。

やってきた店員に「とりあえずビール」と左之が頼む。
まだ言い足りないのか総司が続けた。
「もうキッパリ諦めるかもう一回行ってみるか決めたら?傍から見てるこっちがイライラするよ」
「おい、総司」
左之がたしなめた。斎藤は総司の態度にはなれているため、顔色一つ変えずに受け流す。
「キッパリ諦めるも何も、既に俺はキッパリ二度もフラれている。諦めざるを得ないだろう」
そう言った斎藤の横顔には、まだ千鶴を思う気持ちがありありとあらわれていた。
左之が溜息をつく。
「総司じゃねえけどよ、もう一回連絡取って見たらどうだ?あれから二年もたつんだし千鶴ちゃんも考えが変わってるかもしれねえだろ?それに……まあこういうとお前には酷だが、二年もたってんだから新しい男でもできてるかもしれねえ。そいつと仲良く幸せそうにやってるところを見たら、さすがに諦めが付くんじゃねえか?」

もう諦めていると何度も言っているだろう――と言おうと口を開け、斎藤は止まった。
『他の男と仲良く幸せに』
自分に見せた千鶴のあの笑顔を見る男が他に居る……?あの艶やかな黒髪に指を差し入れる男が?潤んだ瞳で見上げられる男が?
そう考えただけで、焼けつくような痛みに胸が熱くなる。
ギリッと音が出るほど奥歯を噛みしめて、斎藤は気づいた。

そうか、総司達の言うとおりだ。
俺はまだあきらめきれていないのか……

「……別れた後も、一度名前を明かして連絡をとろうとしたことがあるのだ。しかし、断られた。別れたのは単なる行き違いや誤解ではないと。それに今ではもう彼女がどこにいるのかもわからない」
斎藤が淡々と言うのがまた、総司達に余計につらさを感じさせる。左之がフォローするように言った。
「まあ…学生と社会人とかビルの清掃バイトと幹部とか、千鶴にとっちゃあいろいろハードルが高かったんだとは思うがな」
腕組みをして斎藤を見ていた総司が、その時身を乗り出した。
「ねえ、僕に考えがあるんだけど」
そう言った総司の瞳は、キラキラといたずらっ子のように輝いている。総司がこういう表情をするときは、常識はずれのアイディアを出す時だ。それが吉と出るか凶とでるかによって左之達に降りかかる不幸が変わってくる。
左之は少し警戒しながら総司を見た。
「……一応聞いてやる。なんだよ?」

「『アリ地獄作戦』」


作戦名もアレだが、作戦内容もかなりアレなものだった。しかし意外なことに左之と平助は面白がった。
「いいんじゃねえか?会社の宣伝としてもおもしれえし、平助の開発の努力も無駄にはならねえし?」
「じゃー斎藤君が王子様ってわけか!ウケる!」
二人が賛成したため総司もノリノリになる。
「でしょ?もともとセンタータワー1階の展示ブースを借りて宣伝も兼ねた商品のフェアをやろうと思ってたんだしさ。お堅いビジネス系の話題だけじゃいつまでたっても同じだよ。このアイディアをマスコミに流してもらえば、一般の人も興味を持ってくれるだろうし」
「そういやそうだな!今日の会議でも土方さんが言ってたもんな。もっと認証技術を一般に身近なものにしてそこでのしシェアとうちがとりたいって。いいんじゃねえか?」
「うおー!楽しそう!他にどんな商品展示する?」
盛り上がりだした三人に、斎藤は慌てて口をはさんだ。
「ま、待ってくれ。ちょっと待ってくれないか。それで千鶴を見つけたとしても俺がうまく説得できなければ同じではないか?」
総司がバンと斎藤を叩いた。
「とーぜん!そりゃもちろんそうだよ。僕たちは『押してダメなら引いてみろ』ならぬ『押してダメなら罠をかけて待ち受けて捕まえろ』作戦なんだからさ。だから『アリ地獄』。千鶴ちゃんの身柄を確保したら、後は斎藤君ががんばらないと。諦めきれなくてもう一度彼女と付き合いたいならそれくらいできるでしょ?」
「で、できるかどうかわからん。どうすれば……」
困ったように周りを見る斎藤に、左之が言う。
「思った通りの事をいえばいいんだよ。お前も千鶴ちゃんも周りのこととか気にし過ぎ。『好きだ。一緒にいたい』ってことだけ伝えりゃあ、思いあってれば後は何とかなるもんだぜ」
「し、しかし、俺は考えてみれば出会いから数えるとかなり何度もフラれていてさすがにこれ以上は、彼女に迷惑なのでは……」
「あーーーー!もう!」
ぐだぐだと煮え切らない斎藤に、総司が切れた。
「背中押してあげるよ、斎藤君。この『アリ地獄作戦』のキモは、千鶴ちゃんの声での声紋認証だよね?あらかじめこの指輪に千鶴ちゃんの声でキー解除のパスワードを登録しておいて、それをエサに千鶴ちゃんをおびき寄せて掴まえる。わかるよね?」
ギラリと睨む様にこちらを見る総司の眼差しに、斎藤は頷いた。そして気づく。
「……と、いうことは千鶴の声をその指輪に登録しておく必要があるのだな?それはどうやって……?」
斎藤は思い出した。
そう言えば前に、総司がプロトタイプの声紋認証は、発案者の千鶴に登録してもらおうと言っていたことを。しかし、そのことを斎藤に依頼してきたとき、千鶴はひどい風邪で斎藤は断った。結局録音はできていないのでは……
斎藤がそう言うと、総司は首を横に振った。
「僕が頼んでおいたんだよ。千鶴ちゃんの声で『好きな言葉』をレコーダーに登録してって。僕も、それから平助も知ってるけど、千鶴ちゃんなんて登録したか知ってる?『好きな言葉』だよ?」
全く想像がつかずに斎藤は首を横に振る。総司は更に身を乗り出して、斎藤の深い蒼い瞳を覗きこんだ。

「『斎藤さん』だってさ。あきれちゃうくらいのバカップル具合じゃない?正直登録されたのを聞いた時は生ぬるい気持ちになっちゃったよ」

「……」
「斎藤君、聞いてる?『好きな言葉』に『斎藤さん』って録音してたんだよ、あの子。僕のカンだけど、千鶴ちゃんはそんなに器用に見えないし多分いまだに斎藤君の事好きだと思うよ。とっとと心を決めて行動に移せば二人とも幸せになれると思うけどね。早くくっついて周りをイライラハラハラさせないようにしてほしいよ、まったく」

二年越しで聞いた愛しい女性からの告白に、斎藤は熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
耳が熱い。気恥ずかしい。
多分自分の顔は真っ赤になっているだろう。
しかし心が浮き立つように軽くなったのも事実だ。

総司の勘違いかもしれない。千鶴はもうとっくに斎藤の事に興味を亡くしている可能性もある。
レコーダーに登録した時は、千鶴は斎藤は好きだったかもしれないがその後のあれやこれやで嫌いになってしまった可能性も。
『アリ地獄作戦』で千鶴を捕まえることができない可能性も高い。
なんとか彼女を捕まえて再び会うことができても、斎藤の告白が上手くいかずにまたフラれてしまうかも。

しかし全て逆の可能性もあるのだ。
その可能性が、ほぼ同確率だから動くのではない。

彼女がまだ好きだから。
もう一度会って自分の気持ちを伝えたいから動くのだ。


「……ありがとう。もう一度やってみようと思う」

心を決めた斎藤の視線と言葉に、皆は満足気にうなずいた。






BACK   NEXT



戻る