実録!オカズをめぐる仁義なき戦い(風間VS千鶴編 2)







千鶴が千と君菊に家での風間との経緯を説明している間中、後ろで不知火が大笑いしながら腹を抱えて床を転がっていた。
「まずい、マジで笑い死ぬ……!」
ひぃひぃと呼吸困難になりながらもなおも笑い続ける不知火を、千鶴はムッとして見る。
傍から見れば面白いのかもしれないが、自分は真剣なのだ。それに夫が笑われるのは妻としてあまりおもしろくはない。
「……笑ってますけど、不知火さんだってそういうヘンな性癖があるんじゃないですか?」
千鶴がそう言うと、不知火は涙を拭きながら立ち上がった。
「知らねえな。もしそんな性癖があったとしてもあんたに言うつもりはこれっぽっちもねーよ」
「……」
「あんたもあんただぜ?いくら夫婦とは言っても立ち入れないところがあんだろうが。立ち入れないっつーか『立ち入らない』だな。そもそもなんで風間とあんたでそんな話になったんだよ」
千鶴は事の起こりを思い出す。確か……
「薫が千景さんに渡した紙袋が気になって……」
千鶴がその時の顛末を話すと、不知火は『ホラな?』とでもいうように肩をすくめた。
「風間が自分からおおっぴらに言って来たわけじゃねぇんだろ?あんたがこっそり覗き見してわかったんだろ?それが『ぷらいばしーのしんがい』ってやつなんだよ」
「え、AVはプライバシーなんですか!?」
「男にとっちゃあかなりデリケートで個人的な部分だな。同じ男同士でもそのことについちゃあそれほど深くは話さねえし入り込まねえ。風間も見つかった後はあっさりとあんたには関係ないって言ったんだろ?それを食い下がって会社の男どもにそんなプライバシーを聞きまくったアンタが馬鹿だよ。風間いきなり飼い犬にかまれたようなもんだ」
最後の一言がツボだったらしく、不知火は自分の言葉に自分で吹き出した。
「不知火!あんたうるさいわよ。どうしても同席したいっていうから部屋に入れてやってんのに千鶴ちゃんの傷口に塩を塗りこむような事言うんじゃないわよ!これ以上勝手にしゃべったら外に放りだすからね!」
千が不知火をどなりつけ、千鶴の手をとり心配そうな顔で覗き込む。
「千鶴ちゃん?不知火のバカの言う事なんて気にしなくていいのよ。風間のアホのところに帰りたくないんだったら好きなだけ私の家にいていいから」
「うん……ありがとう、お千ちゃん」
千には礼を言ったものの、千鶴は不知火の言葉に目を覚まされたような気持ちだった。

そうなのだ。この年まで生きてきて結婚までして、それなのに男性のそういう性癖について自分は知らなかったのだ。不知火や会社で総司が言っていたことを考えると、男性は皆そういうエッチなものを見るのが普通らしくそれぞれ趣味嗜好も細分化しているらしい。それを自分が知らなかったということは、それはあからさまに話すような内容ではないのだ。
薫と風間や新八と平助がAVを貸し借りしているように、男性同士では全く話さないというわけではない。なのに千鶴が知らないということは、女性にはそういうことを話さないように男性たちが気を配って来ていたのだろう。
それを、自分は引っ張り出して太陽のもとにさらけだしてしまった。その上自分でやったことなのに、そのさらけ出されたものにショックをうけて……

千鶴の頬を自己嫌悪の涙がポロリとつたう。
「ちっ千鶴ちゃん!?不知火!あんたのせいよ!!」
慌てる千を見て、千鶴は涙をぬぐった。
「違うの、自分のバカさに泣いてるの。不知火さんの言うとおりだと思う。千景さんと知り合って随分になるのに千景さんは自分からそんなこと言ったりしなかったのに、私の方から……千ちゃん、どうすればいいと思う?」
「え?どうすればって?」
涙にぬれた目で訴える様に見つめられて、千はしどろもどろになった。
「頭では不知火さんの言う通りだって思うし、これまで悟らせないようにしてくれてたみんなに感謝の気持ちもあるの。でも……千景さんのそういう面を知っちゃってちょっとまだ……」
言いよどむ千鶴に、隣の君菊が助け船をだした。
「抵抗がある?」
千鶴はこくんと頷く。
「なんだか……知らない人みたいでちょっと怖い…です」
千と君菊、不知火は顔を見合わせた。頭では理解できても心がついて行かないのだろう。しかしそれはもう千達にはどうしようもできない。
千が優しく千鶴の手を握った。
「そうね。とりあえずはまず風間と会ってみたら?それであいつといっしょに家に帰りたくないっていうんならうちに泊まりに来ればいいんだし。時間が解決してくれるんじゃないかしら。風間には事情を話せば、待ってくれるわよ」
「そうかな……」
千鶴の想像では、いっしょに家に帰らないなどと言えば風間は怒り狂いそうだ。想像して青ざめている千鶴に、君菊は苦笑いをした。

「千鶴さん。先ほど千鶴さんは風間のことを『怖い』とおっしゃってましたが、多分怖がっているのは風間の方だと思いますよ」
君菊の意外な言葉に、千鶴は目を見開いた。どういう意味だろう?
「想像ですが、男性にとって好きな女性から嫌われる……しかもこういうことで生理的に嫌われると言うのはかなりショックだと思います。どんな性癖を持った怖いものなどないような男性でも、好きな女性だけは怖いものですからね」
そう言って君菊は不知火を見た。不知火はそっけない顔をしつつも同意の意味を含めてうなずく。
「千景さんが……私の事を怖い……?」
いつもエラそうで俺様でわがままばかりのあの風間が、自分の事を怖がっているというのは、千鶴にとっては初めての発想だった。
「そんなふうには見えないですけど……」
不知火が肩をすくめて口をはさむ。
「哀れなプライドがそうさせてんだろ。おまえに家出までされて、あいつ内心は相当へこんでると思うぜ。まあ一番へこむのはセックス拒否だけどそれはしてねえみたいだし、まだなんとかなるだろ」
「……」
微妙な顔になった千鶴の顔をみて、不知火は組んでいた腕を解いた。
「まさか……拒否ったのか?」
「……」
頷いた千鶴を見て、不知火は沈黙した。それを見て千鶴は、自分のしたことがどれだけ風間を傷つけたかと思い青くなる。
「……そ、そんなに傷つくものなのでしょうか……」
「いやあ……まあ、うん」
不知火が肯定して、千鶴はいてもたってもいられなくなった。千景の性癖はショックと言えばショックなのだが夫なのだ。惚れた相手で大事にしたい人であることには変わりはない。
「ふつうは立ち直れねえと思うけど、あいつなら大丈夫だろ。まー、仲直りして優しくしてやってくれ」
「……」
千鶴はごくりと唾を飲んだ。
傷つけたことは謝りたいしなぐさめもしたい。しかし傷つけた理由が理由だけに『なぐさめる』というのは当然、夫婦生活をするということとイコールだろう。
……できるのだろうか。
千鶴の頭に手足が触手になったタコ風間が浮かぶ。
怖いと自分が思うよりももっと風間の方が自分を怖がっているというのは、少しだけ安心材料だが。
「……と、とにかく、会ってみます。会って……」
言いかけた時に、千の携帯が鳴った。
表示を見た千が千鶴に目線で合図する。
「噂をすれば……よ。どうする?ここにいるって言って来てもらう?」
千鶴はぎゅっと自分の着ているスカートを握った。そして頷く。
「うん。お願い、千ちゃん」











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