実録!オカズをめぐる仁義なき戦い(風間VS千鶴編 1)
「いや……だと……?」
風間の伸ばした手は空に浮いたままだった。その手から身を隠すように自分の腕で自分を抱いて、千鶴は風間を見る。
場所は二人の寝室。寝る時間。
土方の下劣性を懇切丁寧に千鶴に教えて、〆は風間による千鶴への愛ある夫婦生活……と風間が勝手に描いていた脳内妄想は、今、可愛い妻の拒否によりもろくも崩れ去った。
結婚してから……いや結婚する前だとて恥ずかしがりはしても『拒否』はなかった。『拒否』は……。
風間は正直自分でもなぜこんなにショックを受けているのかわからないほどショックを受けていた。『拒否』ということはつまり風間とそういう行為をしたくないということだ。そういう行為をしたくないということはつまり風間に触れられたくないということで、それはつまり風間のことをもう愛していないと……
たらりと頬を伝ってたれる冷や汗に気づかないふりをし、動揺している内心を隠して風間は千鶴に聞いた。
「……何故だ」
「なんだか……わからなくなりました。千景さんの事も土方さんの事も……他の男性のことも。私と接しているときはみなさん優しくて、女性をそんな風に扱うのが好きな人だなんて思えなかったんです。なのに実際はみなさんいろんな趣味があって、それは女性の意志とかを無視して自分の好きなようにするような内容で……。私の皆さんの笑顔の後ろにそんな思いがあるなんて思ってもみませんでした」
「………」
これはマズイ。千鶴はどうやら本気で男性不信に陥ってしまったようだ。
土方憎しで言いすぎたかもしれん、と風間は内心焦る。
「いや、先ほど言った土方の話はあれはあいつが異常なだけだ。他の男は俺をはじめ現実とAVの区別はきちんとついている。現実の女に対してそんなことはしない」
「でもしたいんでしょう?」
すぐに切りかえされて、風間は言葉に詰まった。
「……なんだと?」
「風間さんも土方さんも沖田さんも斎藤さんも……みなさん、ああいうことが現実で許される状況だったらしたいんじゃないんですか?」
「……む……」
「許される状況でも現実ではしないんですか?」
「……」
ここで、しない!と言いきってしまえばいいのだろうが、あいにく風間は意外にも誠実だったせいで返事ができなかった。
現実で……
ということは、千鶴が触手に手足を掴まれるわけだ。風間以外の他の男(触手)が千鶴にあれやこれやをするのは腹が立つから、この場合は風間が触手使いということになる。手足を拘束して身動きできない千鶴のスカートの下に、風間の触手がゆっくりと潜り込み秘部へ進む。嫌がる千鶴が首を左右に振って涙を流すが、引き起こされた快感にだんだんとその涙が快楽の涙に……
……なかなかいいな……
思わずそう思ってしまったのが表情にでてしまったのだろう。千鶴はそれを目ざとくとらえ体をこわばらせた。
「いやっ!千景さんおかしいです!わ、私はリビングのソファで寝ます!」
「おい、待て。あんなところで寝たら風邪を……」
風間が引き留めようと伸ばした手を、千鶴はパシッとはたき返した。あからさまな拒絶と、『キ・モ・い』と顔に書いてある千鶴の表情を見て、風間はショックで再び固まった。
「……すいません。お布団はちゃんと掛けるので大丈夫です。しばらく……あっちで寝させてください」
「しばらくとはいつまでだ」
千鶴は自分の枕と、シングルベッド用の布団を押し入れから出すと暗い瞳で風間を見た。
「……わかりません」
千鶴はそう言うと、軽く会釈をして寝室を出て行った。
パタン
閉められた寝室のドアの向こう側とこちら側で、アホな夫婦が思い悩んでいたのだった。
次の次の日。
近藤と土方が社長室で話していると、受付から連絡が入った。
「なんだ?」
土方が聞くと、電話の向こうでは動揺したような声がする。
『あ、土方副社長でいらっしゃいますか。あの今受付にお客様がいらしていて、土方副社長に面会を……あっお待ちください!お客様!勝手に社に入られては困ります……!』
後半は電話口ではなく遠くから聞こえてくる受付嬢の声に、土方は首をひねった。近藤が聞く。
「なんだ?」
「いや、わからん。誰かが会いに来ているらしいが。まあ外の秘書室で千鶴が相手をしてくれるだろう」
怒り狂った来客や気難しいクライアントでも難なくあしらうのが千鶴だ。土方がそう言うと近藤が言った。
「雪村君は昨日から休みなんだろう?」
「ああ!そうだったか」
昨日の朝と今朝、千鶴から電話で風邪のために出社できないとの連絡がきたのだ。普段めったに風邪をひかない千鶴が珍しいなと昨日も近藤と話していた。
「まあでも警備員にでもとめられるだろう……」
言いかけた土方の言葉は、派手な音と共に開けられた扉で途切れた。
「ここにいたのか、土方」
後ろに警備員二人と受付嬢一人をくっつけて、真白なスーツをすっきりと着こなした風間が立っていた。風間は後ろの警備員と受付嬢を見て手で払う。
「ここまででいいぞ、さがれ」
横柄に言った風間の言葉を無視して、警備員が帽子を脱いで近藤と土方に頭を下げる。
「あの、申し訳ございません、近藤社長、土方副社長。こちらのお客様が、ご自分は風間グループの社長で土方副社長のお知り合いとおっしゃり制止もきいていただけず……」
「あーいい、いい。制止をきくようなタマじゃねえのはわかってるよ。それに風間グループの社長で俺と知り合いってのも本当だ。不審者じゃねえから大丈夫だ。悪かったな。もう仕事に戻ってくれ」
土方がそう言うと、警備員と受付嬢は疲れ切った様子で下がって行った。
「で?こんなとこまで社長サマ自ら乗り込んで何の用だ?」
土方が風間に向き直りそう言うと、風間はつかつかと部屋へと入り、来客用の黒の革のソファにどっかりと横柄に座った。
「……千鶴が出て行った」
唐突な風間の言葉に、近藤と土方は目をぱちくりさせた。風間はあいかわらず視線を前に向けたまま続ける。
「お前のせいだぞ、土方。なんとかしろ」
「はあ?なんで俺のせいなんだよ。っていうか夫婦喧嘩を職場に持ち込むんじゃねえ!しかもてめえの職場じゃねえじゃねえか!こっちだって忙しんだよ。朝から秘書の亭主のわけわからん愚痴に……」
「俺が暇だとでも思っているのか」
低く静かにそういう風間は、かなりの迫力だった。思わず土方と近藤は顔を見合わせ風間を見る。
よく見るといつもはきらきらとキューティクルが光っている風間の金色の髪はこころなしかくすんでおりポサポサしている。目も、もとから赤いが今は白目部分がまるで完徹明けのように充血して赤くなっている。スーツはかろうじてきちんと着ているが、中のYシャツのボタンが一つづずれておりそれに気づいてもいないようだ。
態度はいつも通り横柄だが、かなり憔悴しているような……
「……何かあったのか?」
近藤が心配そうに聞くと、風間は相変わらず視線を合わせないままうなずいた。
「土方の性癖に我慢がならないと言って、千鶴が出て行ったのだ」
「はあ?」
風間は今度は土方に視線をあわせて言った。
「おまえがいつもは聖人君子のような顔をしてしゃあしゃあと正論を吐いているのに、その裏で実は女を屈服させて精神的満足を得るような凌辱調教が好きだと言うことがショックだったらしい」
「……」
土方の頭には様々な言葉がうずまき、返事に詰まった。
(っていうか何で人の性癖を夫婦で話し合ってんだ!俺の趣味は別に誰に迷惑をかけてるわけでもねぇだろうが!しかし何故風間が俺の趣味を知ってんだ?あれは総司にしかばれてなかったのに、総司がこの前のランチで皆にばらしやがったせいで……そうか!あの時千鶴のヤツも聞いてたから、千鶴がこいつに言ったんだろう。ったくあのやろう。……だが、待てよ?千鶴は俺の性癖のせいで家を出て行ったとか言ってたな……)
「なんで俺の性癖に我慢がならなくて家を出ていくんだ?それなら会社を辞めるのが普通だろう。家にいたら俺はいないから俺の性癖が気になることも無えだろうに。会社に『休む』と連絡が来たからやめるつもりはないみたいだが……。家を出たということは、家に会いたくない奴がいたとしか考えられねえな」
「ト、トシ……!夫婦のデリケートな話題だから…」
近藤が土方を止める様にそう言うと、土方はケッとバカにしたように笑った。
「近藤さん、これは俺の名誉の問題なんだ。……わかったぞ風間。千鶴はお前の触手好きに我慢できなくて出ていったんだろう?家を出るってことはそれしか考えられねえな」
「黙れ、野良犬!千鶴は凌辱やらソフトSMやら文学ヌキやら巨乳やら女優萌えやらそのあたりに嫌気がさし、男全般が嫌になったと出て行ったのだ!」
カッとまるで鬼のような迫力で風間はそう言った。そしてしばらく間をおいて、若干俯くようにして呟く。
「……その中には、触手も入っている……」
「……」
だいたいの経緯と風間がここに来た理由がわかり、近藤は立ち上がって風間の傍まで行った。
同じ男として他人事ではない事情に、近藤は風間の肩にポンと手を置く。
「気持ちはわからんでもない。男の性癖とは男自身でもどうにもならないものだからな。でもそれをあからさまに女性に言い、理解するように押し付けたのはまずかったかもしれんな」
「……どうすればいい」
意外に素直な風間の言葉に土方は目を剥いたが、あまり風間の事を知らない気のいい近藤は気にせず答えた。
「ふむ……まず雪村君の居場所だな。どこに行っているのかわかるか?」
近藤が聞くと、風間は考えるように目を泳がせた。
「実家には、俺と同じ性癖の薫がいることをあいつはもう知っている。だから帰らんだろう。実家に帰っていたら薫か綱道から連絡があるだろうしな。昨日仕事から帰って見つけた書置きには『しばらく留守にします』としか書かれていなかった」
土方も向かい側のソファに座ると話に加わる。
「じゃあまずそこからだな。千鶴を見つけて、会って……」
「会って、それからどうすればいいのだ。千鶴の要望としては、もうAVを見ないでひとりでもヌかず触手にも興味をなくせばいいのだろうが、それをしたら男として終りだろう」
土方と近藤はウンウンとうなずいた。
「千鶴が惚れたのは、そんな枯れたお前じゃないだろうしな」
土方が理解をしめす。近藤が考える様に腕を組んだ。
「しかしなあ、そうやって開き直って、全ては女の意識の問題だとやると解決せんのじゃないか?雪村君を妻として愛しているのなら譲るところも必要だろう」
「譲る……」
AVをやめるか、一人でヌくのをやめるか、触手をやめるか……
どれか一つをやめるというのは難しい。この三つは密接に絡み合っているのだ。
美しい切れ長の瞳で空を見つめながら、風間は考えた。
組んだスラリとした脚、長い指を顎に当てて彫りの深い顔で何事かを真剣に考えている風間の姿は美しかった。
傍から見ていたら、今風間の脳内でAVと一人エッチと触手がうずまいているとはとても思わないだろう。
近藤も考え考え続ける。
「いや、別に何かをやめろというわけじゃない。聞いたところによると、千鶴君はAVでの男の幻想とリアルの女性とをまずごっちゃにしているようだから、そこを丁寧に説明したらどうだろうか。理解はできないかもしれないが『男とはそういうものだ』という認識だけでも持ってもらえれば少しは情勢がかわるんじゃないか?そして彼女が日々の生活で不快になることがないように、君の方でも何か譲れるところがあればそれを提案してみるといいと思う」
「うむ、確かに。考えてみる価値はあるな」
風間がそう言うと、土方は立ち上がった。
「そうと決まればまず千鶴探しだな。総司達もよんで人海戦術でやらせるか!」
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