【ねこのきもち 1】
ラブコレ2014inSummerの無配ペーパーです。
「ねこのきもち1」は同じものが「うとうと」というタイトルで過去拍手にもあります。
総司は見張り番を変わるために廊下を歩いていた。
少し前にこの新選組に掴まられて軟禁されている……いや保護されている少女の見張りだ。
今は八番組組長の平助が見張りをしているはずだが、次の巡回は八番組なのだ。そのため午後の見張りは総司がやることになっている。
正直な所見張りはいるのかと思わないでもない。例の少女は大人しく外の縁側に座っていても部屋の中からは物音ひとつ聞こえない。中で何をやっているのか、よからぬことでも企んでいるのではないかと最初の頃は彼女の部屋にある腰窓のあたりへ行き、部屋の物音に耳を澄ませたりもした。
人からも言われるし、自分でも気配に聡いとは思う。実際部屋の中には確かに彼女はいるはずなのだが、動いたような音はしないのだ。
見張りの時間は一刻から二刻。全く動かないでいるのはそれはそれでつらいと思うのだが、昼寝でもしているのだろうか……
そんなことを考えながら曲がり角を曲がると、かすかな笑い声と話し声が聞こえてきた。前の方を目を眇めて見てみると、
腰窓に腕をかけてもたれながら、平助が少女と何事か楽しそうに話している。
その光景をみて、総司は目を瞬いた。
平助は明るくよくしゃべる奴だから、彼が笑顔なのはまあいいとして。
その少女も笑顔だった。
恥しそうに俯きがちではあったが、ちゃんと平助と視線をあわせて、頬を少し染めて平助の話を聞いている。
何事かを平助が言って、それに応えて彼女は口元に手を当ててクスクスと楽しそうに笑う。
総司が今まで見た彼女の顔は、陰気なビクビクした感じのこわばった顔か、負けまいと思っているのか顎をかすかにふるわせながらも虚勢を張って背筋をピンと伸ばす青ざめた顔だけだ。
人斬り集団に囲まれて、自由もなく、まだ子供といってもいい年齢なのに……
普通ならすぐそう思いいたり彼女をいたわるのだろうが(事実局長の近藤は彼女にとても親切だし、副長の土方も表立っては表してはいないが同情的だ)、あいにく総司は今のところ自分のことと新選組の事で頭が一杯で、この少女が何を思っているかとかこの少女の立場などと言うことに思いをはせたのは、今が初めてだった。
平助が引き出した彼女の笑顔をみて初めて、あの子にも日常の普通の少女としての顔があるのだなと思い至った。
しかし、だからどうだというわけではない。
同情するほど彼女に思い入れは無いし、今後どうなるかはわからないが多分短いつきあいだろうし。
一見したところは、なんの力も脅威もなさそうだが、今後もそうだとは限らない。彼女から秘密がもれたりして、新選組が窮地に立たされることがあるかもしれないのだ。
そして多分自分には、人を思うとか慈しむとか、そういう気持ちが欠けている、と沖田は思う。
本当に心の底から彼女の存在はどうでもいいのだ。
ただ、面倒でつまらない見張りという仕事がやっかいなだけで。
逆に誰にでも興味を持ち、わけへだてなく接する平助の方が疲れないのか不思議だ。
「平助、かわるよ」
総司がそう声をかけると、平助は初めて気が付いたという風に沖田を見た。
先程の笑の名残で、まだ少し笑顔の彼は、「おお、ありがと」というと体を起こした。
「じゃ、俺巡察だから」
平助が明るくそう言い手をあげると、腰窓から顔をのぞかせていた彼女……雪村千鶴と言ったか……はにっこりとうなずいた。
「はい、行ってらっしゃい」
女の子の声での『行ってらっしゃい』は、この男ばかりの新選組にどっぷりとつかっていた総司には、妙に新鮮に聞こえる。平助もそう聞こえた様で、少し照れたように「へへ」と笑うと、「行ってきます」と言い、走って去って行った。
「何話してたの?」
走り去る平助の背中を見ながら、特に何も考えずに総司は聞いた。
千鶴は何故か少し驚いたように総司を見て、それから答える。
「特にたいしたことは話してません。ここのご飯の味はどうかとか、部屋で何をしてるのか、とか……」
「何してるの?」
そう言えばついさっき、何してるのかと思ったばかりだ。
「あまり音を立てたりするとご迷惑になるかなと思って、座って考え事をしています」
「ずっと?」
「はい」
「変な子だね、君って」
「そ、そうでしょうか?」
逆に驚いている様子の千鶴に、総司は思わず吹き出した。それと同時に何か張りつめていたものがスルリと緩んだ気がする。
総司は腰窓の下に座り縁側廊下に刀を置くと、部屋の壁に背中をもたせかける。
「そうだよ。ここ、ほんとに日当たり良くてあったかくて気持ちいいんだから、考え事なんてしないで昼寝すればいいのに」
千鶴は腰窓の下に座り込んだ総司の茶色の髪の毛を、少し驚きながら見た。
外から平助に突然話しかけられたのにも驚いたが、今の総司にはもっと驚いた。彼の緑の瞳が自分を見るときは、いつも
冷たく千鶴の存在が新選組に及ぼす影響を計算しているような視線で、言葉も脅すようなものばかりだった。
いつも笑顔なのにもかかわらず、彼の存在は正直とても怖い。
ひどいことを言われたりするのが怖いのではなく、彼の中では自分がまったくの無価値なのだということがよくわかって怖いのだ。あんなふうに、自分に対する何の感情もない瞳で見られたことなどないから。
なのに今は、その冷たさがまったくない。
何故なのかはわからないが、普通に、人として接してくれている気がする。しかもこんな近くに座ってくれるなんて。
千鶴は、変なことをしゃべったり急に動いたりしたら、気まぐれな彼がまたどこかに言ってしまうのではないかと思いじっと固まる。
そしてどこかで昔同じような感覚を味わった気がする……と思いをはせて……
思い至って、千鶴は思わずぷっと吹き出した。
江戸にいたころ家によくくる野良猫を手なずけようとしたときの感覚だ。
ほとんど慣れてくれないその茶トラは、ある日突然千鶴から少し離れた土間に座り丸くなったのだ。千鶴の存在はもちろん気づいているはずなのに、微妙に千鶴の手が届きそうで届かない場所に。
たまたまそこが陽だまりで昼寝にちょうど良かったからなのかもしれないが、千鶴ははじめてそのネコが近くに来てくれてくつろいでくれていることが嬉しくて、ネコが昼寝から覚めるまでじっとそこに固まっていたのだった。
この恐ろしい青年と野良猫を同列に思うなんて…と千鶴は自分の思考に苦笑いをしながら、先ほど思わず吹き出してしまった声は彼に聞こえなかっただろうかと腰窓からそっと身を乗り出す。
…えっ?
驚いたことに総司はもう眠っていた。
あまりの速さに狸寝入りではないかと思ったが、しばらく耳を澄ませても定期的な寝息が聞こえてくるだけだ。
見た目の印象では、いつもピリピリしてどこでも昼寝をするような人には見えなかったのだが……
千鶴は腰窓の障子を閉めて中に入った方が良いのか迷った。しかし障子の音で目を覚まさせては悪いし……やっぱり野良猫の時と同じでなんだか惜しい気がする。傍で眠ってくれる特権を味わいたいと言うか……
よくわからないが、しばらくこのままこの人を見つめていようと千鶴は決めた。
日差しに照らされて気持ちよさそうに眠っている姿は、起きているときよりも幾分若く無邪気に見える。
色素の薄い髪の色に睫の色が、男性にしては綺麗な肌にあって華やかな雰囲気だ。大きな手は眠っているのに剣に添えられていて、いつでも掴めるようになっている。
……これもネコの爪みたい
眠っているからこそそんな風に勝手に想像して、くすりと笑える。ネコだと思うと、この新選組で一、二を争う剣の使い手だという彼が妙に可愛く思えてくるから不思議だ。
ゴロゴロ喉を鳴らすときはどんなふうなんだろう
悪ノリというわけではないが、千鶴も食事のあとの満腹と太陽のあたたかさで幾分働きの弱ってきた頭でぼんやりと考える。
いつか膝の上でゴロゴロしてくれるといいな……
次の見張り番は左之。
早めの夕飯を食べて千鶴の部屋までやってきた左之は、ぐっすり眠りこけている二人を見つけて頭をかいた。
「これじゃ、見張りになってねえよな。……いや、この子も寝ちまってるから最終的にはなってんのか?」
左之はそうぼやくと「おら、起きろ!」と足で総司を蹴とばしたのだった。
NEXT
戻る