【願い 2】

※大人向けの内容があります。苦手な方、18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
!!!ATTENTION!!! あまり幸せな終わり方ではありません。ハッピーエンドでなくても平気!という猛者のみお読みください。




 
 急いで作った夕ご飯。いつも通り二人でお膳を囲む。屯所に居たころははそんなことなかったから、未だに妙に照れ臭くて、嬉しい。
総司さんはいつも好きなものから食べる。今日もお芋の煮っ転がしから食べて、青菜のお浸しは後回しにしてる。
私はそれを見て、くすっと心の中で笑った。二人きりで一緒に暮らすようになって、私は総司さんのいろんな仕草や癖を知った。

 色素の薄いさらさらの髪が、雨の日はどうやっても落ち着かなくていらいらしてること。結べばいいんだろうけど結ぶことができるような長さまで伸ばす間が我慢できなくて、いつも切ってしまう。何か困ったり怒ったりしてるときは、いつも髪をかきあげてる。
 片眉をあげる、っていうのもある。面白いと思った時や、からかうとき、総司さんは時々眉を片方だけあげることがある。その仕草が好きで、私がやってほしいと頼んだら自分では意識してはいなかったみたいで、できないよ、って言われてしまった。ちょっと残念だけど、でもだからたまにその仕草を見ると、宝物を発見したみたいにドキドキしてしまう。
 そして私を後ろから抱きしめて、首筋に鼻をうずめる癖。いい匂いがするんだよ、っていうけど、なにもつけていないのにいい匂いがするはずはないと思うんだけど……。
私の体に回すがっしりとした暖かい腕。もたれかかってもしっかりと支えてくれる広い胸。いい匂いがするのは総司さんの方だと思う。暖かい匂いがする。

 こうやって知ることができた総司さんを、一つ一つ宝物みたいに私は胸にしまっていた。もっともっといろんなことを知って私の胸を総司さんでいっぱいにしたい。そこを覗き込むだけで、まるで総司さんそのものを見ることができるくらい、完全に。

 私がそんなことを考えながら夕飯を食べていると、さっきから黙り込んでた総司さんがふいに言った。
「ねぇ、千鶴」
「なんですか?」
私はお膳を見ていた目をあげて総司さんの顔を見た。
「僕が死んだら、君はどうするの?」

 私は箸をとめて、そのまま総司さんを見つめた。思わず苦笑いをする。

今日はどこかおかしいと思ってたけど、そんなことを考えてたんですね……。

「私は大丈夫です。なんとかなります。総司さんはそんなことを考えるより、ご自分の体を大事にすることを考えてください」
「なんとか、ってなにか考えてるの?」
総司さんはめずらしく食い下がった。
「そうですね……。江戸に戻ってもいいし、お千ちゃんのところに行ってもいいし……。私のことなんて気にしなくていいんです」
私がそう言うと、総司さんは溜息をついて髪をかきあげた。
「江戸か、京……ね。どうやって行くの?一人で歩いていくの?もう男装はできないよ。一発でばれる」
「……」
「千鶴。一緒に考えて?具体的に、僕が死んだ次の日からどうやって生きていくか。何をするか」

 私はいつもどおり、笑顔で総司さんの言葉に返事を返そうと口を開けたけど、言葉が出てこなかった。
いつになく真剣で、逃げ道のない聞き方をしてくる総司さんの顔を見ることが出来なくて、私はお膳に視線を落とす。

 なんでこんな残酷なことを言うんだろう。
 考えたくないことを何故無理に考えなくてはいけないの?

「千鶴?」
総司さんの静かな声に、私は顔をあげて彼を見た。
彼はとても落ち着いた、深い緑の瞳をしていた。すっきりした頬、きれいにとおった鼻筋、華のある口元……。真面目な顔をした総司さんは、男の人だけどとてもきれいだった。この瞳を見ることが出来なくなる日のことなんて、考えたくない……。

私はまた、意識してほほえみながら言う。
「……大丈夫です。なんとか……」
「千鶴」
私の言葉は、総司さんの静かな声にさえぎられた。
「ちゃんと考えよう。僕も一緒に考えるから。君には幸せに暮らしてほしいんだよ」

『幸せに……』 
どうやって幸せにくらすのだろう……。
あなた無しでどうやって……?

私は途方に暮れた。

「……千鶴。まさかとは思うけど僕の後を追おうなんて……考えてないだろうね?」

 ……考えてません。そんなことを私がしたら、あなたが苦しむって知ってるから。

「……大丈夫です」
私はまた同じ言葉を繰り返して、止まっていた箸を動かしてお芋をつまんだ。
「千鶴!」
総司さんが怒ったように言い、箸を持つ私の手首をつかむ。

 「大丈夫です。だって……」
私は、あまり感情をこめずに淡々と続けた。

「自分で命を絶たなくても、総司さんが死んだらきっと私も生きていけなくなると思うんです」
私はお膳を見つめたまま続ける。
お芋は箸から落ちて転がった。
「総司さんがいなくなったら、きっと私はご飯を食べたいとは思わなくなると思います。水もきっと。立つことも座ることもできなくて、きっと何もしないまま時がすぎて……。一週間もすれば私も死んでると思います」

 私の言葉に、総司さんは息を呑んで黙り込んだ。手首をつかむ力が強くなる。
「そんなこと……」
「しないでくれって言われても、そうなってしまうものはしょうがないでしょう?」
私が、また意識したほほえみを浮かべて総司さんを見ると、総司さんは青ざめた顔をして唇をかんだ。

 ああ、つらい思いをさせてしまった。そうしたくないから、この話はしたくなかったのに。

二人ともすっかり食欲がなくなってしまって、冷えていくままのお膳を、私は片付け始めた。
「もう、やめましょう。お膳片付けてきますね。お茶でも飲みますか?」

お膳を持って私が立ち上がると、総司さんが手をひいた。
「……千鶴、座って。大事な話なんだからちゃんと聞いて」
握られた手を私は振り払う。
「聞きたくありません」
そのまま踵を返して土間を降りて台所へと向かう。お膳を重ねて洗い場に置いていると、総司さんが後から追いかけてきた。
「君がそんな風になるってわかってて、何もしないでいるなんて僕にはできないよ。どうせ僕は長くはないんだ。今からでもいいから一緒にここをでて、二人で江戸か京へ向かおう。そこで家を借りて、僕がいなくなっても生活できるように……」
総司さんの言葉に、私は思わず語気を荒げてしまった。
「いやです!ここを離れたくありません」
「千鶴、ここで一人で冬を越すのは無理だ。わがまま言わないで……」

「わがままを言っているのは総司さんです!」
勢いよく振り向いた拍子に、重ねてあったお膳が派手な音をたてて、土間に落ちた。
頬に暖かいものが伝うのをぼんやりと感じる。


 「私に死んで欲しくないのも、ここを出て江戸か京に行きたいのも、全部総司さんのわがままです!私は……、私は……」

一瞬言葉につまる。
決して言ってはいけない言葉。

でももう溢れ出して止まらなかった。


「私は死にたいんです……!総司さんがいないのに生きてなんかいたくない…!ここを離れたくない!ここは私と総司さんの思い出がつまってるんです。ここを離れて総司さんとの生活の記憶を捨ててまで生きていたくなんかないんです!」

 ずっとずっと、気づかれないように心の奥底にしまっていた本音。頭の片隅で、いけない、それ以上しゃべっちゃダメ!という声がするけど、止められない……!
叫ぶように私が言うと、総司さんは苦しげに顔をゆがめた。
「たとえ……たとえ僕の我儘でも、君が死ぬことは許さない…!江戸にいくのでも、里に降りるのでも、僕ができることはなんでもするから…だから君は生きて」

 どうしてわかってくれないの?
 どうしてこんなに私を苦しめるの?

 私は頭をかきむしってしゃがみこみたい気分だった。自分でも信じられなくらいの衝動が湧き上る。


「じゃあ、じゃあ、死なないでください!」

私はそう叫んで総司さんの両腕を掴んですがった。

 言っちゃだめ。
 これを言ったら総司さんが苦しむから。
 総司さんにもどうにもできないことなんだから。
 一番苦しんでるのは総司さんなんだから。


「なんでもしてくださるのなら……、死なないで!傍にいて!ずっと一緒に居てください……!」
最後はほとんど悲鳴だった。

 その言葉を聞いて総司さんは殴られたようにひるむ。

「もう離れないでください!ずっとずっと抱いていて……」
泣き出して言えなくなった私を、総司さんが掻き抱くようにして強く抱きしめてくれる。痛いくらいだったけど、今はその痛さでさえ彼が生きている証のように思える。

 「総司さん、抱いて。お願い。もう何も考えたくないんです。強く、思いっきり、抱いてください……」
総司さんの整った顔が苦しそうに歪められ目がギラッと光ると同時に、涙でぬれた私の口は、総司さんの熱い唇にふさがれた。


この、彼の熱以外、もう全部、全部、忘れてしまいたい……。

 

 

 私の肌を優しく滑る、総司さんの熱い手が好き。まるで我が物顔で体中を撫でまわす。
そう、全部総司さんのものだから。私の胸も、脚も、手も、髪の毛一筋でさえ全部あなただけのもの。好きにしてくれていいんです。
体だけじゃない。心も。将来も。
全部あなただけ。それ以外はいらない。

 私の耳元で聞こえる、総司さんの熱い吐息が好き。切なそうに、苦しそうに、愛おしそうに、総司さんは溜息をつく。
それを感じるたびに、私の胸の奥が震える。私の吐息もからめとって。一つになって。同じ旋律を奏でたい。あなたと一緒に。


 緑の瞳にかかる髪の毛をかき上げて、頬を伝う汗をぬぐって、苦しそうな表情をしている頬に手をやって。
 私だけを見つめているあなたを見つめる。

 初めての時は恥ずかしくて、怖くて。固くなっていた私に総司さんは苦笑いをした。なんだか無理やり襲ってるみたいだなぁって。
素肌を触られても、胸を愛撫されても緊張のあまり何も感じなくて、それでもあなたの熱だけは感じていた。人間ってこんなに熱くなるんだな、って頭の片隅で妙に冷静に思ったりして。
 その熱に呑みこまれるようになったのはいつからだろう?あなたの瞳の色が濃く変わると、胸がドキンとなってお腹の奥が熱くなる感じがするようになって。風邪をひいて布団を別にした時は、妙に心細くて眠れなかった。隣で眠る暖かな体に慣れてしまったのはいつからだっただろう。眠る時は必ず左を向いて眠るようになったのは、いったいいつから?

 ねぇ、総司さん。私はあなたと会った時と比べて、あなたと一緒にいて、あなたに愛されて随分変わってしまったんです。もう前には戻れない。戻りたくない。あなたの形に添うように作り直された今のままの自分が好きなんです。あなたがいなくなってしまっても、もう私の形は変えられない。
こうやってあなたに揺らされて、空に漂って、あなたと一つに溶け合って。
このまま儚くなってしまいたい。
もう二度と離れなくてすむように。
やがてはじけてしまうのはわかっているけれど、でも、このままここで揺られていたい……。


 

 私は暖かな腕の中で目をさました。
辺りは真っ暗で、静かな雨の音だけが聞こえる。私はいつの間にか総司さんに抱かれて裸のまま布団の中で眠っていた。
寝起きのぼんやりとした頭で、総司さんの顔を眺めてると、先刻のことをゆっくりと思い出した。総司さんの傷ついた顔も。

……ああ、ほんとうに自分が嫌になる。

総司さんがいなくなってしまうという恐怖も、つらさも、寂しさも、全部私の感情だ。無理やり残りの人生を私につきあわせているのに、その上私の感情まで総司さんに背負わせるのだけは嫌だったのに。今までちゃんと隠し通せてきたのに。覚悟はできていると思っていたのに。私ができることは、総司さんのつらさを慰めることだけなのに……。
総司さんを慰めるどころか傷つけて。その上私の感情まで背負わせて。

 きっと総司さんは忘れないだろう。たぶんもうあの話は二度としないと思うけど。私が謝ってもうまく話をそらしてしまうと思うけど。でもずっと総司さんは覚えていると思う。そしてそのつらさを自分一人で耐えるんだと思う。そういう人だから。
理由は教えてくれなかったけど、今日ほんの少しだけ彼のつらさを見せてくれたことが、とても嬉しかった。もっともっと受け止められるように、私は強くなりたい。
総司さんは何度私が『好きです』と、言ってもたぶん心の底からは信じてくれていない。表面上は、千鶴は僕が好きだよねぇ、って呆れた感じで言ったりするけど。だから余計に傷ついていると思う。自分が死ぬことのつらさを、自分のことを好きではない私に背負わせてしまっていると感じて。

 でも総司さん。
私はほんとにあなたが好きなんです。
憧れて、まぶしくて、切なくて、こんな自分が不安で怖くなるくらい、愛してるんです。
だから、あなたがいなくなった後、あなたの思い出を日々取り出して、眺めて。
取り出して思い出すと消えてしまうそれが、無くなってしまったら私は生きている意味がなくなってしまうんです。
すぐに後を追ったりしたら、きっとあなたは怒るから。
だから今はあなたを見つめて、あなたの欠片を一つ一つ、宝箱にしまってるんです。
今日もらった千代紙みたいに色とりどりのあなたの欠片を。
たくさんしまえばしまうほど、万華鏡のようにきらめいて、きっとあなたがいなくなった後長く取り出して眺めることができるから。
笑った顔、意地悪な顔、癖、しぐさ、声、全てを。
 
 こんな私を、あなたは幸せじゃない、と言って嫌なんでしょう?だから京でも江戸でも一緒に行って、誰か頼れる人に頼んで、残りの人生を生きていけるようにしてから逝きたいんでしょう?私を心配してくださってるのはわかってるのに。なのにあんな言い方をしてしまってごめんなさい。

 でも、私は幸せなんです。
あなたがいる時もいなくなった後も、あなただけを見て、あなただけを感じて生きていく以上の幸せはないんです。
そうしてあなたの欠片がひとつも無くなったら、あなたが待っている所へ、私も行ってもいいですか?
あなたを感じさせない場所で、あなたを失くした痛みを時が少しずつ癒して、そうして時々あなたを懐かしく思い出す、なんていうのは嫌なんです。
ひと時でも忘れたくない。たとえどんなにつらくても、傷口から血を流し続けていても、あなたを近くに感じていたい。
そのつらさでさえ嬉しいんです。

 
だから。


私を傷つけて。
もう二度と治ることがないくらい深く。
傷の痛みを永遠に忘れることができないくらい……。

それが私の今のただ一つの願い。




私は、眠りながらも抱き寄せてくれる総司さんの腕の中で、鼓動の音がかすかに聞こえる胸にすりよった。




この腕の中の暖かさも愛しさも、宝箱に大事に、大事に、しまうために。

 




←BACK 【終】   あとがき   




                                                
戻る