【願い  1】

※大人向けの内容があります。苦手な方、18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
!!!ATTENTION!!! あまり幸せな終わり方ではありません。ハッピーエンドでなくても平気!という猛者のみお読みください。



 
「はい」その男の子はそう言ってにっこり笑うと色とりどりの千代紙の束を差し出した。
こんな田舎の生活ではあまり見ることのないその華やかな色に、私は思わず、わぁっ、歓声をあげる。
「母さんが、千鶴みたいな若い娘さんならこーゆーの好きだろうって」

 この男の子は山の中腹にあるお寺の子供さん。そのお寺の境内は里の子供たちの遊び場になっていて、散歩によく行く総司さんはすっかりその子たちと仲良くなってる。そのお寺の住職夫婦も気さくな方々で、ありがたいことにまったく知り合いや身寄りのいない私たちを何かと気遣ってくれた。茄子がたくさんとれたから、と言ってわけてくださったり、もう着なくなった自分の若い娘向きの着物をくださったり……。総司さんはそこの住職さんや奥様よりも子供たちとの方が仲がいいみたいだけど…。
「ありがとう。わざわざ持ってきてくれたのね。あ、柿があるのよ。食べて行かない?」
「うん!」

 私が柿を剥いている間、その男の子はきょろきょろとあたりを見回してる。土間のたたきに腰かけて足をぶらぶらさせている様子が、腕白な子供らしくて可愛い。
「ねぇ、総司はいないの?」
「半刻くらい前に、出て行っちゃったの。たぶん……しばらく帰らないんじゃないかな」
私の言葉に、男の子は、な〜んだぁ、とつまらなそうに言った。

 総司さんは何故か子供に人気がある。特に子どもの扱いがうまい、というわけでもないのに(総司さんが子供と遊んでいるのを屯所でもここでもよく見てたから)彼は子供から好かれてる。追いかけっこやちゃんばらごっこなんて、こっちがはらはらするくらい手加減無で、たいてい誰か泣いちゃうのに。しかも総司さんは泣いちゃった子供を慰めたりなんかしなくて、他の子供たちと一緒に冷やかしてる。そんな大人げない総司さんの態度から私が思うに、子どもたちもきっと総司さんがキラキラしているのがわかるんだと思う。何か楽しそうで、まぶしくて、きれいで、近くに行って自分を見て欲しいって思うんだと思う。私がそうみたいに。

 柿を口いっぱいに頬張っている男の子に笑いながらもそんなことを考えていると、その子がふいに言った。
「なんで総司達はこんなとこに住んでるの?」
「え?」
「母さんが言ってた。総司はこんな田舎で何もしないでいるのは似合わないって。もっと華やかで力を試せる町に居る方があってるんじゃないかって」
その子の言葉に、私は何も言えなくて立ち尽くした。

 ごちそうさまっと行って帰っていくその子を見送り、千代紙の束をどこにしまおうかと私は奥の部屋に行き箪笥を開ける。何気なく開けた引き出しには、たまたま手鏡が入っていて私の顔が引き出しの中から覗いていた。

 疫病神。

ふいに、誰かの声が聞こえた気がした。
それは本当にその通りで。
私がいつも思っていたことだったから、何も言えなかった。

 総司さんにとって私は本当に疫病神。
私のせいで彼は薫に狙われてしまったんだから。そしてそのせいで人としても、新選組一番組組長としても生きることも死ぬこともできなくなってしまったんだから……。
あのまま労咳で死んでしまうことが彼にとって良かったことだとは思わないけれど、こんな形で命を長らえているのも総司さんが望んだ生き方だなんてとても思えない。
それに、変若水の事以外にも、近藤さんをみすみす失うような事態にしてしまったのは、私なんかをかばって大けがをしてしまったから。私が一斉に銃で狙われたあんな場面になれば、本当は優しい総司さんは否応なく私を庇わざるをえなかったと思う。薫もそれを見越してあの罠をはってたんだし……。

 私は土方さんに後から聞いた近藤さんと別れたときの状況を思い出した。
もし、その場所に総司さんがいたとしたら、彼はきっと、絶対、必ず、近藤さんを死なせなかったと思う。近藤さんも総司さんがいれば、なんとか逃げ切れると感じて自ら投降なんてしなかったかもしれない。
総司さんは命の最後の最後まで近藤さんのために燃やし尽くしたかった筈なのに。私のせいなんかであの大事な場面にかけつけることができなかった。

 近藤さんが亡くなった後だって、こんなところにまで来てくれたのは、私のため。あの男の子のお母さんが言ったみたいに、総司さんはこんな所は似合わないんじゃないかと私も感じてる。私の傍で落ち着いた暮らしが出来て幸せだよ、って言ってくれるけど。確かに幸せは感じてくれているとは思うけれど。でも私がいなかったら、きっと近藤さんの遺志を継いで土方さんと一緒に蝦夷までも行って、そうして最後まで近藤さんを思って、近藤さんの思いを遂げることに幸せを感じながら剣をふるったと思う。
 屯所でいつも見ていた、彼の意思を秘めた強いまなざし。ゆるぎないいさぎよさ。総司さんにはそういう生き方があってる。近藤さんのもとで、そういう風に生きたかったはずなのに……。

 彼のすべての曲がり角で、私はまるで疫病神みたいに、悪い道へ悪い道へと手をひいた。
 手を振り払わないでいてくれたのは総司さんが優しい人だから。いつもからかったり意地悪したり、ひどいことを言ったりするけれど、こんな厄介者でしかない私にも最後の最後は何故かいつも優しくしてくれる。状況をよく見て、人より早く救いの手を差し伸べてくれる。それが嬉しくて私はいつも甘えてしまう。 
人を好きになることが罪になるとしたら、それは私たちの場合で、そして好きになってしまったのは私の方だった。

 薫に狙われているとき、実は何度も何度も離れようと思った。本隊に戻ってもいいし、そのまま市中に逃げてももうあの時は誰も私なんかを探したりしなかっただろう。だけどどうしても離れられなくて。『彼を看病しないと』なんて建前の陰に隠れて日々彼を見つめられること、傍にいてだんだんと仲良くなれること、彼の悪戯っぽい笑顔や、からかう時の顔が見られることを楽しんでた。そんな私の甘さがずるずると彼を深みに陥れてしまった。彼の傍にいたい、そんな私の我儘のせいで……。

 つらい思いにとらわれていた私は、家の入口の引き戸が勢いよくひかれる音ではっと我に返った。

総司さん?

剣の稽古と素振りに行ったのならもっと時間がかかるはずなのに……?
私はあわてて暗い気持ちを振り払って立ち上がる。
私がこんなことを思っているなんて知ったら彼はきっと苦しむだろう。だって、優しい彼はそうだ、とも、そうじゃない、ともいえないんだから。だから、今私が彼のためにできることは、彼の命がつきるまでの間、彼を幸せにすること。私のことなんかで思い悩んでほしくない。私の苦しみは私の中だけに閉じ込めて。彼の苦しみを受け取って、癒してあげたい。私なんかができることには限りがあるけど、でもできるかぎり彼を楽にしてあげたかった。

 私はそのまま気持ちを切り替えて、笑顔になって土間の方へと向う。


 帰ってきた総司さん様子は、どこかおかしかった。土間に立ち尽くして私を見ているけど、見ていないような……。私の後ろの何かを見ているような……。
どうしたんだろう……?と思って彼を見ると、総司さんの前髪に雨がきれいな滴をつくっているのに気づく。それを拭おうとして彼の前髪にそっと触れると、彼が私の背中に腕を回して、胸に顔をうずめるようにして抱きしめてきた。
まるで小さな子供のようなその仕草と、裏腹な腕の力の強さに、私はすこし戸惑ったけれど、特に抵抗もせずに受け止める。
あまり弱音をはかない人だけど、誰でも時には人のぬくもりが欲しくなる時があると思うから。
私のぬくもりを求めてくれるのなら、それはとっても嬉しい……。

 すると彼は私の手首を強く掴み、勢いよく口づけてきた。あっと思った瞬間手に握っていた千代紙の束を落としてしまう。
あ、いけない……!片付けないと…と思った直後、その中に押し倒されていた。
何事かとびっくりして、総司さんを見ると、濃い緑の目が光り私をじっと見てる。

「そ、総司さん!また……!駄目です!まだ昼間だし、さっき男の子が帰ったばかりで……!総司さん!」

ぬくもりを感じること以上のことを、総司さんは求めるつもりなのを察して私はあわてた。あの、濃い緑色の目はいつもそういう時にする瞳の色。きれいでドキドキして好きだけど、でも今はあの男の子がまた戻ってくるかもしれないし、まだ明るいし……。
総司さんはいつも欲しくなった時に私を求めるけれど、私はなんとなく恥ずかしくて困ってしまう。だって明るいと総司さんの表情とかいろんな……ことがよく見えて恥ずかしいし、きっと総司さんにも私の顔とか身体とかが丸見えになってしまうだろうし……。それに今は雨が降り出したみたいだし、洗濯物をとりこんで、ちらばった千代紙も片付けないと……。夕飯の準備もそろそろ…。
私がそんなことを考えて総司さんの肩を押してみるけれど総司さんはびくともしない。まるで私の反応を気にしないで、私の着物の裾をはだけ、強引に膝を割りいれ体を合わせようとしてきた。いつもはあまり感じないけど、総司さんの力の強さ、体の大きさが少し怖い……。いつにない性急なその行為に、私が思わず小さく悲鳴をあげると、総司さんの押し殺した声が聞こえてきた。

「抗わないで……!僕を、僕を受け入れて……!」

私は驚いて、動きを止めて総司さんを見た。

まるで、泣き出しそうな声……。
なぜそんなに苦しそうなんですか?何かあったんですか?


その時強引に総司さんが入ってきた。
まだ準備ができていなかった私の体は、悲鳴をあげた。唇をかんで痛みをこらえるけれど、どうしても小さな声が私の喉から洩れてしまう。
総司さんは覆いかぶさるように唇をよせて、食べるように私の声を呑みこんだ。



 『僕を受け入れて』
初めての時も総司さんはそう言った。彼は私が拒むと思っているの?
そりゃ、明るいところは……、とか、台所でなんて……って嫌がることはあるけど、でも総司さん自身を拒むなんてあり得ないのに。
どうしていつも私は総司さんを不安にさせてしまうんだろう?

自分が情けなくてつらい。



 総司さんはしばらくそのまま動かなかった。何度も何度も濃厚な口づけをおとす。彼の口づけだけで私の息があがり、瞳が潤んでくるのがわかる。口づけの合間に吐く自分の息が、どんどん甘くなっていくのも。彼に口づけをされるといつもこうなってしまう。胸の奥が熱くなって、切なくなって、何か……どうにかして欲しくなってしまう。恥ずかしいけどどうにかしてくれるのは総司さんで。彼の大きな手で触って欲しい……。もっともっと……。総司さんは、私の手首を抑えていた手を離し、ぎゅっと強く抱きしめながら口づけを続けた。耳元に彼の吐息を感じる。繰り返し私の名前を祈るように、呟くように、囁くように呼ぶ。

 ああ、きっとあなたは不安なんですね……?
 何があったのかわからないけれど、何か不安で……。
 私を抱くことで安心できるんですか?
 
それなら嬉しい。心が震えるほど嬉しい。
あなたに必要とされること、求められることは私を私でいさせてくれる。存在していることのすべての理由なんです。

しばらくすると、私の体は柔らかく総司さんの体に添うようになってきた。下半身が、じん、として、総司さんの存在を感じる。
「ん……」
私が小さな声を漏らすと、総司さんはそれが合図だったみたいに、切なげな溜息とともにゆっくりと動き出した。
最初はあんなに抵抗していたのに、私は総司さんが与えてくれる快感にいつものようにすぐとらわれて、小さな声を漏らす以外何も考えられなくなってしまったのだった。

 


 私が口づけをして、「そのままの総司さんが、好きなんです」と言うと、彼は唖然とした。信じられない、というように目を見開いている。多分……、自分は剣でしかないと思い込んでいる総司さんは、自分が人から愛される価値のある人間だとは、どうしても思えないみたい。何度私が好きだと伝えても、心の底ではわかってくれていない。

 私がもっと大人で、もっと強くて、もっと器用なら……。きっと彼を心から安心させてあげることができるのに。未熟な自分が情けなくて悔しい。こんなにこんなに愛おしくて、大事に思ってるのに、自分の思いをうまく言葉にすることができなくて、それが総司さんを不安にさせていることがわかっているのに、好きだと伝えて傍にいる以外どうすればいいのか私にはわからないから。


総司さんが悪戯っぽくほほえみながら、私から口づけをしてほしいと言って目を閉じる。
その甘えた仕草が可愛くて、口づけするのが恥ずかしくて、私は赤くなった。
でも、その悪戯っぽい雰囲気とは別に、総司さんにとって今口づけを求めることはとても大事なことのように感じて。
私は勇気をだして行動で、総司さんのこをどう思ってるか伝えてみようと、唇をそっと寄せて行った。

自分から触れるとなると、本当にドキドキして。唇の感覚がいつもより鋭くなっているのがわかる。恥ずかしくて少し震えてしまうけど、そのまま彼の唇をついばむ様に触れていく。総司さんは絶対わざとで、意地悪をして全く応えてくれない。もうっと思いながらも、これまで彼がしてくれた口づけを思い出しながら私はそっと、何度も自分の唇を重ねていった。

大切だから。
私の全てなんです。
あなたが愛おしい……。

我知らず舌を彼の唇に這わせて、中に入っていく。もっとあなたと触れ合いたい……。あなたの真ん中にあるものに、私を触れさせてほしい。
座ってる彼の頬に両手を添えて、柔らかく彼の舌をからめる。すると彼が私の背中に手を回し引き寄せて、覆いかぶさるように口づけを深めてきた。手が私の背中をはいまわり、髪に差し入れられて乱す。突然雰囲気のかわった口づけに、わたしは、されるがままになって甘い吐息をもらした。

 しばらくそうして口づけをかわしていると、私のお腹がぐぅっと鳴ったのが聞こえた。合わせている総司さんの唇が、笑った形になったのがわかる。

は、恥ずかしい……!

総司さんは唇を離してくすくす笑いながら、きまりが悪くて赤くなった私の顔を見る。そして、ごはんにしよっか、と笑った。





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