HAPPY ENDING
「千鶴ちゃんまだ〜?」
「あとこのメールを送ったら終わりです。ちょっと待っててくださいね」
「沖田さん邪魔なんですけど。千鶴ちゃん待ってるなら喫茶室とかで待ってたらどうですか?」
第二担当は今日は忙しいようで、残業している者が多い。
総司は珍しく今日は定時退社で、千鶴が終わるのを第二担当の空いている椅子に座ってまっているのだった。
迷惑そうに言う千に、総司はにっこりと笑って返す。
「僕は千鶴ちゃんと少しでも離れてると死んじゃうんだよね〜」
すっかり帰る用意をして椅子に浅く腰かけて脚を投げ出している総司を、第二担当のみんなは邪魔そうに見ている。
「すいません、すぐ終わりますので…」
何にも悪くない千鶴が担当の皆に謝って、一生懸命作業を続ける。そこへ左之と平助もやってきた。
「あれ?総司まだ帰ってなかったのか?今日は残業なしだろ?」
パーテーションに腕をかけて覗き込んでくる左之に、千が訴える。
「千鶴ちゃんと一緒に帰るんですって。仕事の邪魔なんで第一担当の方へひきとってくださいよ」
平助は面白そうに笑うと、総司の隣の空いている椅子に跨るように、反対向きに座って総司の顔を覗き込んだ。
「エラい変わりようじゃねぇ?前の仕事仕事の総司君はどうなったんだよ?」
総司は横目で平助を見て答えた。
「やっぱりね、人間はバランスが大切なんだよ。左之さんみたいにアムール一色もどうかと思うけど土方さんみたいに仕事一色なのも人生を誤るね。やりがいのある仕事とかわいい彼女。この二つをGETした僕こそが人生の勝ち組ってやつかな。平助も早く彼女作ったら?」
左之はパーテーションに賭けた腕に今度は顎をのせて、呆れたように総司を見た。
散々説教してけしかけて宥めてすかして……どんだけ手間かけさせたと思ってんだ。仕事仕事で女の子を放っておいたのは自分だろー?
ったく全部一人でGETしたような顔しやがって。
まぁ自覚してからは、さすがというかなんというか素早かったけどよ。
左之は苦笑いしながら総司の顔を見た。千鶴の方をみながらぶーたれている総司の表情は初めて見る。にこやかな笑顔の後ろにいつもあった、ピリピリした警戒心のような、壁のようなものは今の表情からはうかがえない。リラックスして千鶴に甘えているような態度も珍しい。近藤には甘えているところはあるが、やはり憧れという気持ちが強いのだろう。ここまでリラックスしていることは少ない。
総司は、仕事の方はあいかわらず真剣に取り組んでいるし、逆に笑顔が増えたせいで一緒に仕事をしやすくなったという噂もちらほら聞こえてくる。
いいことだらけだな。
仕事の邪魔をしてくる総司と、それを困ったような嬉しいような顔でいなしている千鶴の笑顔をを見て、左之はにっこりとほほ笑んだ。
「あれ?これ千鶴ちゃんが持ってきたの?」
総司が左之の横の背の低いロッカーの上に置いてある鉢植えに目を止めて聞いた。それは小さなツボのような鉢に入っているサクラソウだ。
「はい。もらったのを株分けして…。今の季節にちょうどいいかなって思って」
千が身を乗り出してかわいらしいピンクの花をつんとつついた。
「かわいいわよね〜!華奢なんだけどまだ寒い中ちゃんと咲いて、可憐で……これから楽しくなるよ〜!っていう象徴よね」
千の言葉から、千鶴をイメージしていた総司は、そのイメージ画像の横にずうずうしく彼女の家にまで来ていた花屋の男の顔を思い浮かべて、眉間に皺を寄せた。
「またあの花屋にもらったの?」
心底嫌そうに言う総司には気づかず、千鶴は無邪気に頷いた。
「先週末にいただいて、いっしょに他の鉢の植え替えと株分けをしたんです。沖田さんからいただいたスノーフレークは他のと一緒に大きい鉢に寄せ植えをしたんですよ。」
「一緒に……ね…」
先週末はもちろん一緒に過ごした。総司は金曜の夜から千鶴の家に行っていたのだが、日曜は近藤の家に行く用事があって朝早く帰ったのだ。
その隙に入り込んだのか……
「千鶴ちゃんさぁ…引っ越したら?」
唐突な総司の言葉に、左之や平助、千達も彼を見る。
「なんでですか?あの家はみなさん仲良くしてくださるし治安もいいし、便利だし……気に入ってるんですけど…」
仕事がようやく終わり片づけをしていた千鶴は、きょとんとして首をかしげた。
「治安、よくないでしょ、僕的に。野良犬がくんくん千鶴ちゃんちの周りの匂いを嗅いでるのが目に見えるよ」
「野良犬なんでいないですよ?」
「いるいる。気づいてないだけ。僕んちからも遠いし、会社からも遠いし、もっと近くに引っ越してきなよ」
総司がそう言うと、平助が呆れたように言った。
「お前どんだけ自分中心なんだよ。引っ越しってったら金も時間もかかるしたいへんじゃん」
左之がニヤニヤしながらからかう。
「いっそ一緒に暮らしちまえば?」
左之の言葉を聞いて、総司は目を見開いた。
「あ、そうか。じゃあ結婚しようか」
…………
「「「「「「えっ!?」」」」」」
総司があっさり言った言葉に、残業していた第二担当全員と左之と平助、さらに通りかかっていた他の担当の数人が聞き返した。
左之が慌てたように総司に言う。
「おまっ…ちょっと待て!そういう言葉はだなーもっとムードのあるところで二人きりの時に、よく考えて……」
「はい」
左之の言葉の途中で聞こえてきた可愛らしい返事に、皆は一斉にそちらを見た。
そこには頬をそめて嬉しそうに微笑んでいる千鶴。
「はいって……はいって千鶴ちゃん…!あの、いいの?…え?そんなに簡単に即答?」
千の方が逆に慌てたように千鶴に聞き返す。平助もワタワタと二人の顔を見比べていた。
「え?え?何?今ので決まったの?え?マジ?結婚すんの?」
第二担当の様子に、他の担当の残業していた者たちも遠目に見たり傍まで寄って来たりする。そんな皆の注目の中、総司はよっこらしょと座っていた椅子から立ち上がった。そして片付けの終わった千鶴の手を取って立たせる。
「そう言うワケなんで。みなさん結婚式には来てくださいね」
にっこり微笑んでそう宣言した総司に、皆はワッと歓声をあげた。
「まじでー!?」
「おめでとう!千鶴ちゃん!」
「本当に結婚するの!?」
「おまえこんなところでプロポーズするなよ!」
「おめでとー!!」
口々に上がるお祝いの声。女子社員に抱きしめられる千鶴。頭をはたかれ背中をたたかれる総司。
その日は結局仕事にならなかったのだった。
おまけ
結婚式もおわり新婚旅行も済み、新居への引っ越しも終わったある日の日曜日……。
「へー、こんなところにスーパーがあったんだ。結構大きいし便利だね」
「ですよね!駐車場も大きいし、歩いてもこれなくもないし……。いろんなお店がはいってるみたいだから、今日は足りないものをいろいろ買わないと」
そう言って千鶴はメモを取り出す。総司は隣を歩きながらそれを覗き込んだ。
「もう結構そろってると思ってたけど。後は何が足りないの?」
「えーっと……ゴミ箱とお客様用のスリッパと……」
二人でどんなものを買うか話しながらショッピングモールに入っていく。入口の傍にはファーストフード店がいくつか立ち並び、クリーニング家にカジュアルな雑貨の店、そして花屋……
「………」
花屋の中で作業をしていた男と目があった総司は固まった。花屋の男も気が付いて驚いたように声を上げた。
「千鶴さん!」
「え?…あ!前のマンションのお花屋さん…!!え?どうして!?」
「俺、ここで店をやってたんだよ!住んでるところはあそこなんだけど!千鶴さん、結婚してこのあたりに引っ越してきたんだ!」
「すごい!すごい偶然ですねー!ここの近くなんです、新しいマンション」
「また売れ残った花とかあげあられるなぁ!嬉しいよ。業務時間終了近くに来てくれればまたあげるよ。家を教えてくれれば届けに行ってもいいし!」
「そんな…それは申し訳ないのでいいですけど、でもまた鉢植えの相談にのってくださいね」
「遠慮しなくていいよ!どうせ捨てるのだし。相談だっていつでもいいよ、いつでもおいで」
嬉しそうに話し込んでいる千鶴の腕を、総司は掴んで歩き出した。
「行くよ、千鶴ちゃん」
「あ、はい。すいません。じゃあまた」
花屋と手を振りあっている千鶴を見て、総司は不機嫌になった。
「また引っ越しだね。まったくあの野良犬はしつこいなぁ」
「ええ!?引っ越し?また?どうしてですか!?」
心底驚いている千鶴のおでこを、総司は人差し指でピンと弾いた。
「僕の心の平安のため」
「わかんないです。でももう引っ越しは嫌です〜」
「僕だって千鶴ちゃんのまわりを野良犬がうろついてるのは嫌です〜」
「もう!意味がわかんないです!」
「僕もです!」
笑いあいながら言い合いしている新婚二人を、周りの客たちはほほえましく見つめていた。
【終】
あとがき
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