【夜の虹 10】
新月の夜は真っ暗で、鳥も虫もあまりの暗さに息をひそめているようだった。
障子越しに漏れるろうそくの灯りと、千鶴の途切れるような細い声がなまめかしい。
「っ…!」
ぽたぽたと千鶴の胸の上に総司の汗がしたたりおちる。痛みで霞む目をあけて総司を見上げると、上気した頬と苦しそうに顔をゆがめた表情が見える。
少しずつ少しずつこじ開けるようにして入ってくる総司に、千鶴は息を細かく吐いて我慢することしかできなかった。どうしても閉じようとしてしまう千鶴の脚を優しく抑えて、それでも総司はやめなかった。
「……っもう…ちょっとだから……。がんばって……」
自分の方がつらそうな声で、総司が千鶴に言う。総司の様子に、千鶴も言葉もなくうなずく。鈍くて鋭い痛みと体が裂けてしまいそうなくらい何かを埋め込まれているような感覚がつらい。が、千鶴は幸せだった。布団を強く握りしめて痛みに耐える。と、総司の体から力が抜け、千鶴の上に覆いかぶさり抱きしめてきた。
溜息とともにそっと囁く。
「……全部、入ったよ……」
千鶴はよくわからなかったが、これで『夫婦が夜にすること』ができたのだとほっとして、涙で潤んだ瞳を開けた。終わったのだというのに、総司は相変わらず苦しそうな顔をしている。
「私……ちゃんとできなかったんですか……?何か……」
不安げに聞く千鶴に、総司はそれどころじゃないはずなのだが、思わず吹き出した。
「……千鶴ちゃん。残念なんだけど、まだ終わってないんだよ。っていうかこれからなんだけど」
「えっ?」
千鶴は目を見開いた。これ以上いったい何をするのだろう。そんな顔で総司を見上げる千鶴を見つめながら、総司は苦しそうにつぶやいた。
「……痛みは、どう?」
「あ…、だいぶ……弱くなったような……」
総司は苦しそうににっこりと千鶴に微笑みかける。
「……動くよ」
「あ……。総司さん……。総司さん……」
うわごとのように総司の名を呼ぶ千鶴の声が部屋に満ちる。
「……はぁっ。痛い……?」
総司は必死に我慢してゆっくりと優しく動く。千鶴は総司の問いに首をふった。
「…わから……ない…です……っ……」
体の奥から存在全体を揺さぶられるような動き。総司が動くたびに千鶴はこれまでの心が不安定になりどうにかなってしまいそうな恐怖があった。
「……総司さん……ああ……どうしよう…。怖い……」
千鶴の声に、総司は動きをとめて千鶴を見る。
「……何が…?」
「わからない……。どうなってしまうんですか……?私……どうなるんでしょうか…?」
総司が動かないでいてくれているのに、千鶴の奥深くはじんわりとしびれるような感覚が続いている。何かを、どうにかしてほしいような焦燥感が千鶴を包む。
不安げな千鶴の様子は、逆に総司を煽った。彼女のすべてを自分が手に入れているようなオスとしての支配欲を刺激される。乱暴に、残酷に奪いたくなる衝動を必死に抑えて、総司は優しく動いた。そんな小さな刺激にも、千鶴は背中をそらせて細くあえぐ。
布団にちらばる千鶴の艶やかな黒髪。ほんのりと全身が上気した千鶴の白い体、折れてしまいそうな細い腰に、柔らかく膨らんだ二つの胸……。そして頼りなげな甘い千鶴の表情。視覚、聴覚、皮膚の感覚……入ってくるすべての物に総司はどうしようもないくらい煽られた。まとまらない思考をなんとか言葉にして、総司は千鶴を安心させようと声をかけた。
「……大丈夫。全部僕と一緒だから。どこかにイくとしてもどうにかなるとしても、全部僕がそばにいるよ……」
総司は布団を掴んでいる千鶴の手をとり、自分の首へまわし、肩をつかませた。
「……しっかりつかまってて。いくよ」
ゆっくりとした動きがだんだんと早くなる。ゆっくりと慣らされ、十分になじんだ千鶴の体は総司の動きに素直に反応を示した。総司が深く深く動くたびに上ずった声が千鶴からあがる。初めての感覚に戸惑い、不安に想いながらも、それでも総司を信頼してしっかりとしがみついてきてくれる千鶴が、総司はたまらなく愛しかった。
「千鶴……。千鶴……!」
千鶴の名を何度も呼びながら、千鶴の体を気遣いながら、総司はやさしく激しく動いた。
「あぁっ……!あっ!もう…もぅ……!」
細かく収縮を繰り返す千鶴の様子に、総司ももう千鶴が達しそうなのを感じた。さらに深く強く動く。
「っくっ…!力を抜いて……!感覚にまかせて……一緒にイこう…!」
さらに半オクターブ高い悲鳴のような声をあげて、千鶴の全身が一瞬強張った。そして何度か痙攣するように収縮をくりかえす。
「あっ…あぁっ……!はぁ……!」
啜り泣きとともに千鶴の手は力が抜けて、総司の肩からはずれパタリと布団の上に落ちた。それと同時に総司も千鶴の奥深くで最後の時を迎えた。
「わかった?」
自分の腕の中で放心したようにぼんやりしている千鶴に、総司は甘い声でささやく。
「……え?」
「『夫婦が、布団の上で夜にやること』」
悪戯っぽくいう総司に、千鶴は赤くなった。
「……挨拶じゃなかったんですね……」
「気に入った?」
総司の言葉に、千鶴は顔をさらに赤くして総司の胸に隠した。
「……気に入らなかった?」
わざと不安そうに聞く総司に、千鶴はそろそろと上目使いで総司を見る。からかうような顔をしていると思ったのに、意外に不安そうな顔をしている総司に、千鶴は顔をあげた。
「あの……よかった……です……。気に入りました」
生真面目な顔で言う千鶴に、総司は我慢できずに吹き出す。やっぱりからかわれてた!と気づいた千鶴は、頬を膨らませた。
「…でも、本当に知らなかったです。ほかの夫婦の人は、みんな……みんなこんなことをしてたんですね……」
しみじみという千鶴に、とうとう総司は笑い出した。そんな総司には構わず、千鶴は続ける。
「みんな……あんな風なんですか?あんな風になるのは普通のことなんですか?」
千鶴の突拍子もない質問に、総司は言葉に詰まった。
「……さぁ……。僕も夫婦になったことはないし、経験もそんなにないからわからないけど……。でも、千鶴」
総司は、ピンと指で軽く千鶴の額をはじく。
「言ったでしょ?これは僕と君の間のことなんだから、二人が気に入ってるんなら別に普通でも普通じゃなくてもいいんだよ」
総司の言葉に、千鶴の頬は嬉しそうにほころんだ。
「……はい、総司さん……」
寄り添ってくる千鶴の肩を、総司が抱き寄せる。
総司は千鶴の甘い匂いに包まれながら、千鶴は総司の暖かい心臓の音を聞きながら。
二人はひさしぶりに安らかな眠りについたのだった。
千鶴の男装用の服だけを総司が持って、次の日二人は近藤の妾宅へ向かった。そこで千鶴はもとの男装に戻り、千鶴は籠で、総司は歩いて屯所へと帰る。
屯所の入口に入った途端、平助が二人に気がついた。
「大丈夫かよ!千鶴。歩いたりして平気なのか?」
心配そうにかけよってくる。
「うん。ありがとう。すぐそこで籠からおりたの。いくらも歩いてないから」
三人に気が付いて左之もやってくる。
「もういいのか?顔色はいいみてぇだが……。部屋に早く行って横になれよ」
「原田さん。はい。ありがとうございます」
「千鶴!帰ってきたのか。隊務、ごくろうだったな」
斎藤も気が付いてやってきた。
「部屋に布団をしいてきた。歩けるか?」
斎藤が千鶴に差し出した手を、総司が払いのける。
「いいから。これから僕たちは近藤さんの部屋に行くんだよ」
総司の言葉に左之が眉をしかめた。
「報告か?総司だけでいいだろう。千鶴は部屋で寝かせとけよ」
「報告だけど、千鶴もいないとだめなんだよ。ちょうどいいからみんなも来てよ。これからいちいち手を振り払ったり『僕がやるから』って言わないといけないのはめんどくさいし」
どやどやと大人数でやってきた総司達に、近藤と打ち合わせをしていた土方が眉間にしわを寄せてにらみつけた。
「なんだ、こんなに大勢で。そんなに暇なら仕事はたくさんあるんだぞ」
土方の言葉は無視して、総司は戸惑っている千鶴を促して近藤の前に座った。まっすぐ近藤の目をみて言う。
「近藤さん、僕たち夫婦になりたいんです。媒酌人になってもらえませんか」
総司の言葉に一拍おいて……。
「「「「ぇえぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」
絶叫とも言えるような叫び声が屯所に響き渡った。
驚いてないのは総司と千鶴と近藤だけ。総司は平然とした顔で相変わらず近藤から視線を外さず、千鶴は真っ赤になってうつむいて膝の上に置いてある自分の手を見ていた。近藤は優しいまなざしでそんな二人を見ている。
「お、おま……!気でも狂ったのか。あれはな、隊務でな、フリだけなんだぞフリだけ」
「っつーかもう隊務、終わってるし!何寝ぼけたこと言ってんだよ、総司!千鶴が可哀そうだろ!」
「おいおい、確かに最近幹部の妻帯は許されたけどよ……」
「……千鶴は了承しているのか。おまえが勝手に望んでいるだけなのではないか」
最後の斎藤の言葉に、みんな息を呑んで千鶴を見た。みんなの視線が自分に集まっていることに気が付いた千鶴は、さらに顔を赤くする。そして頼るような目を総司にむけた。総司はやさしく千鶴の視線をうけてとめて、ほほえみながらうなずく。
「……あ、あの……。わ、私からお嫁さんにしてほしいって……お願いした、んです……」
恥ずかしそうに俯いて小さな声で言う千鶴に、みなは衝撃を受けた。
「おいおい……!役得がすぎるんじゃねーか?夫婦のフリしてるうちにほんとにって訳かよ…?」
「なんだよー!!だから俺がやるって言ったのに!!あー!ほんとに俺がやりたかったのに!!」
「まさか、総司が女に好かれるとは……」
「ガキだガキだと思ってたんだが……」
口ぐちにわめいている幹部たちを気にせずに、近藤は優しい声で総司と千鶴に言った。
「喜んでうけさせてもらうよ。光栄だ」
そして総司を見る。
「総司、おめでとう。一緒に生きて行く女性をお前が見つけたのが、俺は本当にうれしいよ。これからは彼女をしっかり守って力になってやるんだぞ」
近藤の真剣なまなざしに、総司は背筋をのばした。
「はい。大事にして仲良く暮らしたいと思ってます」
「雪村君、総司はな……」
そう言って近藤は困ったように言葉をきって頭をかいた。
「総司は、まぁいろいろたいへんだと思うが……。運命だと思ってあきらめてくれ。どうしようもないときは私に言ってくれればなんとか言ってきかせるから」
「……近藤さん、なんですかその台詞。僕は彼女を困らせたりしませんよ」
総司が不満そうな顔で言うと近藤はごまかすように笑った。
「あっ、そうだな。まぁでも一応、な」
「……大丈夫です。そのたいへんさも、幸せだと思えます」
千鶴の言葉に、近藤は、そうかそうか、と嬉しそうに相好を崩し、総司は複雑な顔で千鶴を見る。
「おまたちの住むところや綱道さんのことは、まぁおいおい考えるとして……」
近藤はそう言って二人を見た。
「二人とも、本当におめでとう!」
「「ありがとうございます」」
幸せそうにお互いをみながら近藤に礼を言う総司と千鶴を、土方、左之、斎藤、平助は茫然と見ていた。
「嘘だろ……」
「これは悪い夢だ……。そうだ夢だ!」
「まじかよ…。なんだよ、それ……」
「……世も末だな」
そんな声は全く耳に入っていないかのように、総司はそっと千鶴の手をとる。指を絡めて愛おしそうに千鶴の眼を見て。
千鶴も頬を染めながら総司を優しく見つめる。
「……これからはずっと、一緒に見よう。夜の虹も、昼の月も、……朝の夢も」
総司の言葉に千鶴は幸せそうにゆっくり頷いた。
「信じないぞーー!!」
平助の声が虚しく屯所に響いたのだった。