『じゃあ場所は盆屋にしよう』 今日がその当日。 そうだよね……こんな洟垂れこどもと夢の内容を確かめるんじゃなくて、島原のキレイな女の人との方が楽しいよね…… 宵五つ(夜8時)くらいには行けると思うと言っていた沖田が来なくて、千鶴の気持ちはさらに暗くなった。もう屯所に帰ろうかと思うけど、あと少しあと少しと結局五つ半(夜9時)まで待ってしまった。京の町は寝しずまり、神社も真っ暗で少し怖い。 盆屋は普通の家並みの中に普通にある一軒の家だった。 ◇◇◇◇暗転◇◇◇◇◇◇ 『というと?』 『では夢の方がよかったと』 『夢と現実ではどちらが良かったですか?』 『現実の方がよかったのですか?どんなところが?』 『朝の2回目はそこまでドタバタしなかったようですが』 『そうですか、ありがとうございました』 『それはわかりません。本人にご確認ください』 『他には?』 『ではもうこりごりという感じでしょうか』 『またしたいと?』 『夢とはどちらが気持ちよかったですか?』 『よかったところを具体的にお願いします』 『……どうしたんですか?暗い顔をなさってますけど』 『そうですか、それは寂しいですね』 『そこは、ご本人にご確認いただくのがいいかと』 盆屋をでた後は、二人でのんびり川べりを歩いて屯所へ向かった。まだ朝がはやいからかここが田舎だからか人はほとんどいない。 沖田は逆に、まあ聞かなくてもいいかと思っていた。
と沖田は言った。『盆屋ってなんですか?』と首をかしげる千鶴に、沖田は江戸でいう出会い茶屋だと教える。まあ現代のラブホテルだ。
当然屯所のどこか奥まった場所でこっそりするのかと思っていた千鶴は驚いた。一応最近は近所なら一人で出してもらえるが、基本千鶴は囚われの身のはずだ。千鶴がそういうと、沖田は首を横に振った。
『いつだれがくるか、声がきこえちゃわないかとヒヤヒヤしながらやるなんて嫌だよ。逆に夢中になっちゃったら誰か来るのに気づかないかもしれないし』
そんな現場を見られてしまったら、祝言は確定になってしまう。『でも、出かけるとなるとそんなに長い間屯所を空けるのは怪しまれないですか?』夜回りの隊もあるから人はいつも出入りしている。千鶴や沖田がいないことがばれてしまうと問題だろう。
『それについてはいい考えがある』
土方が言っていた、島原の妓楼の総揚げの夜。
お祝いだから隊士はほぼ全員島原に行く。残っている隊士もいるだろうが当番の平隊士が数人だろう。そして一晩中どんちゃんで、総揚げだから普段女を買えないような隊士もその夜は妓楼に泊まる。さんざん酒を飲んで女としっぽりした隊士が屯所に帰ってくるのは、当然次の日の朝遅く、昼近くになるに違いない。
『だから』
沖田は言った。
『だから僕は宴会でみんなを適当に酔っぱらわせたら一人で帰ってくるよ。神社の裏で待ってて』
千鶴はほとんどだれもいなくなった屯所で、井戸の水を部屋に持ち込み体を洗ってから神社へ向かった。本殿への長い階段を上りながら、千鶴は今日の昼に図らずも聞いてしまった原田と新八、平助の会話を思い出す。
『ああ〜今日島原楽しみだなあ!』
『なあ!久しぶりだな。遊ぶぞ〜!!』
平助と新八が言うと、原田がうなずいた。『そうだな、みんな久しぶりに羽目を外せるな』そして続ける。
『総司もちょうどいいんじゃないか?千鶴との祝言の前に最後のひと遊びってな』
新八もうんうんと同意した。
『そうだよな。なんての?あいつ……ほら、全然女遊びしないから欲求不満なとこあんじゃねえの。島原のきれーなお姉さんに優しく……ほら、なあ?』
『それはあるかもな。一度解消しといたほうがすっきりして、新婚の千鶴を抱きつぶさないで済むかもなあ』
『でも恋仲の千鶴がいるのに、島原で女なんて抱くかな?』と平助。新八は大きく首を横に振った。『あーんなきれいなお姉さんたちが何人も寄ってきてちやほやしてくれるんだぜ?転ばない男はいねえよ』
『まっそうだよな』原田も同意して、三人はそのまま話ながら去って行った。
おまけに慣れてるだろうから沖田さんを楽しませてくれるだろうし。私といったら夢で見た知識しかないし……
「沖田さん、来ないかもしれないな」
来るつもりだったとしても、宴会できれいな人にしなだれかかられて二人きりの部屋に誘われて、気が変わるかもしれない。というか気が変わるだろう、おそらく。
「沖田さんの私に対する態度が普通になったら、多分屯所の皆さんの誤解ははれるだろうし」
それはそれでいいのだろうが、千鶴は複雑な気持ちだった。
千鶴は悲しい気持ちを沖田へのいらだちに変えて、帰ろうと神社の階段を下りていると。
「千鶴ちゃん!」
と下から沖田が上ってきた。「よかった、土方さん酔わすのに時間がかかっちゃって……屯所の小姓部屋覗いたけどいなかったらまだこっちかと思って」
「……」
「待たせてごめんね?」
と首をかしげて沖田は下の段から千鶴の顔をのぞき込む。内心びっくりするくらいうれしかったのを隠して、千鶴は頬を赤くしてむくれた。
「……そんなに、待ってないです」
「そう?盆屋の方も予約してるんだけどこんなに遅くなっちゃったからやきもきしてるかな。早く行こう」
そうして二人で並んで歩きながら千鶴は聞いた。
「沖田さん、来ないかと思いました」
「なんで?約束したでしょ」
「島原にはきれいな女性がたくさんいますし……その、男の人はすっきりしたらこういうモヤモヤもなくなるもんだって原田さんが」
「あー……」それはそうだ。だからこそ今日沖田は千鶴とそういうことをしようとしているのだし。
「どうして島原で泊ってこなかったんですか?」
「え、だってそんなの……」
千鶴ちゃんの方がいいじゃない、と言いかけて沖田は口を閉じた。言われてみれば千鶴の言う通りだ。今夜は花魁でも太夫でもお前の好きにしていいぞと近藤から言われていたが、はいはいと聞き流し下戸の土方をどう酔わすのに悪戦苦闘していた。結局水だとだまして薄めの酒を飲ませ、前後不覚になった土方を妓楼の部屋に投げ込んで帰ってきたのだが。かといってじゃあ今から千鶴をおいて島原へ戻るかと言えばそんな気には全くなれない。だって島原の見知らぬ女より千鶴の方を抱きたいのだ。ものすごく。
「まあ……それは、うん、まあそういうこともあるよね」
答えになっていない答えをいってごまかす。
「……逆に千鶴ちゃんは僕が島原に泊まってきたほうがよかった?」夜の暗さで顔が見られないからこそ聞ける。
そう問われた千鶴は、「いえ、そんな……それは……約束ですし……」とこちらもごにょごにょと答えになっていない答えを言って黙り込む。
そうして二人で黙ったまま盆屋へと歩いたのだった。
足元に小さな灯りがおいてある所だけが、客を迎える家だとわかる。沖田が入口にいた老人と何事か話すと、老人は何事か返事をしてから出て行った。玄関や廊下にはろうそくがともされている。
「行こうか」
沖田に続いて千鶴が下駄を脱ぐと、沖田はそういって手を差し出した。千鶴はおずおずと自分の手を沖田の掌の上にのせる。これまでは接触すると襲ってしまうかもと言う恐怖で接触を必死に避けていたが、もう触ってもいいのだ。
沖田の手は温かくてさらさらしていて大きかった。あちこちにこぶがあったり固くなっているところがあって、剣を持つ男の人の手だなあと感じる。この手にこれからされることを思うと、千鶴は赤くなった。
平屋の奥は寝間だった。布団が二組敷かれていて、部屋の隅に行灯が一つともされている。
「あの、この家には他に……」
「今日は僕たちだけ。盆屋の人は隣の家にいるんだよ」
ああ、そういう仕組みなんですか……とまた赤くなる。沖田はもう我慢の限界で、千鶴の腰に手を回して引き寄せた。
「……いい?」
千鶴がコクンとうなずくのを確認して、体を傾けゆっくりと口づける。
二人の吐息が混ざり合い、夜は更けていった。
『さて、沖田総司さん。昨夜の出来事は夢と比べてどうでしたか?』
うーん、まあ……現実と夢とは違うよねってとこかな
千鶴ちゃんが初めてだったからね、全然入らなくて無理やりねじ込んだって感じだったからそんなに何回もなんてできなかったし、千鶴ちゃんも動くなとか言うし、ずーっと挿れたまま動いちゃいけないっていう拷問みたいなことをさせられたよ。僕もあたふたして千鶴ちゃんも痛いの我慢して、気まずいのとか恥ずかしいのとかそういう諸々で、夢で見たみたいにスムーズに快楽を追求って感じじゃなかった。
……それは……どうかな。
……そこはまあ……まあ、現実だね。
千鶴ちゃんの肌が触ると柔らかくてすべすべしてて気持ちよかったんだよね。抱きしめると、ほら、全身で味わえるし、あとは匂いとかもなんかすごく……甘いっていうか興奮するけどいい匂いだったし、声とか涙とか、なんかいろいろがね。現実の方がよかった。全然。僕が動くと千鶴ちゃんが反応してくれて、それでまた僕が興奮するみたな、なんかそういう相互作用みたいなのがさ。夢では現実と比べていまいちというか。まあ夢でもかわいかったし気持ちよかったんだけどね。でもやっぱり夕べの方が段違いによかったし、快感って言うよりは幸せって言う感じかな。
うん、まあね。あれは……よかったよね。千鶴ちゃんもイッたみたいだったし。そのあと一緒にお風呂入って洗いっこしたんだけどそれもよかったよ。いちゃいちゃするのって楽しいね。
うん、あ、そういえばさ。朝の時に、最後に千鶴ちゃんが僕のこと好きって言ってたんのが聞こえた気がするんだけど、あれってこう盛り上がったときに思っていなかったことをノリでつい言っちゃったみたいな感じなのかな。それとも本当にそう思ってたのかな。どっちだと思う?
まあそうだよね。
『雪村千鶴さん、昨夜の出来事は夢と比べていかがでしたか?』
痛かったです。
痛くて、つらくて、……あ、あとは圧迫感がすごかったです。内臓押されてる感というか。
……それは……それは、そんなことはないです。
……まあ、はい。その、気持ちいいとかそういうのは、その、沖田さんが入ってるときはあまりなかったんですが、その前とかはびっくりするくらい気持ちよかったし、あと、朝の時はすごく気持ちよかったんで……
……うーん、快感だけで言うと夢かもしれないですけど、トータルでいうと現実の方がよかったです。
えーっと、まず沖田さんがすごく優しくて。全部私の希望を聞いてくれたし、触れ方とかがあー大事にされてるなあっていうのが伝わってくる感じでそれがすごくよかったです。沖田さん、子どもができないように最後に……その、最後は外に出すのを一番隊の人に聞いてきたみたいで、あと盆屋さんを選んで予約とかそういうところも優しいなあって思いました。あと朝目が覚めた時に後ろから抱きしめられて寝てて。それが私的にはとてもよかったです。安心するっていうのかな。幸せだなーって。お風呂の時もたくさん口づけして抱き合って……楽しかったです。お風呂でもう一回したいって沖田さんに言われたんですけど、さすがにちょっともう無理ですって断って。
いえ、もう沖田さんとはできないと思うんで、断らないほうがよかったかなって。
朝の最後の時、私思わず沖田さんに好きって言っちゃって……。そのあとぼんやりしてたんですけど沖田さんも好きだよって言ってくれたような気がするんですけど、私の夢でしょうか?
そうですよね。
なんとなく手をつなぐのが自然で、指でゆるっとつなぎながら、沖田が前を歩き千鶴がついていく。それぞれが考え込んでいて会話はなかったが、気まずくはない。
「千鶴ちゃんさあ……」
と沖田が沈黙をやぶった。
「千鶴ちゃん、最後の時……」
そう言いかけて沖田は黙った。「なんですか?」千鶴が聞き返すが、沖田はまあいいやと言って答えてくれない。
最後の時ってなんだろう?と千鶴が考えをめぐらすと、思い当たった。
もしかして、あの……あの最中の時、私が好きって言ったことかな?
千鶴はあせった。別に嘘を言ったわけではなくあの時は本当にそう思ったのだが、今蒸し返されるのは気まずい。
千鶴の表情や態度から、あの言葉は本当だろうとほぼ確信を持っていたし、わざわざ言葉で示すような野暮なこともしたくない。
沖田は、千鶴とつないでいないほうの手で自分の首の後ろ側をなでながら言った。
「……じゃあー……」
そう言って沖田は言葉を止めた。千鶴がこっちを見るのを視界の端で感じる。
「……夫婦になる?」
ぴくっと千鶴の指が揺れるのを感じた。千鶴はしばらく黙っていた。振り向こうかなと沖田が思ったとき、千鶴の声が聞こえる。
「……はい」
多分OKもらえるだろうと思っていたが、実際に聞くと顔がにやける。へらっとなった口元を反対の手で隠して、沖田はついついいつものからかい癖が出てしまった。
「僕のこと嫌いって言ってたのに、いいの?」
振り向いて千鶴の顔をのぞき込む。千鶴は真っ赤な顔でむうっと頬をふくらませた。
「沖田さんこそ、洟垂れのこどもを奥さんにしていいんですか」
沖田は、はははっと空を仰いで笑った。「僕、洟垂れの子どもって結構好きなんだよねー」
「私は、嫌いな人とでも夫婦になれるんで」
沖田はむっとした。好意を素直に表した自分と比べて千鶴の言葉は聞き捨てならない。これは好きだって言わさないと。
「嫌いならいいよ?別に。やめようか。僕は残念だけど、千鶴ちゃんがかわいそうだしね」
意地悪してそう聞くと、千鶴はさらに赤くなる。
「……らいじゃないです」
「え?何?」
「嫌いじゃないです……」
「普通ってこと?平助とか他の隊士とかと同じで?そんな奥さんは嫌だなあ」
「……好きです」
とうとう言った!と沖田の口はにんまりとした。
「え?何が好きなの?」
さらに重ねていじめると、千鶴はとうとう「もう言いません」と横を向いてしまった。沖田はあっはっはははと笑う。
そして幸せだなーとつぶやいて千鶴を見た。
千鶴も微笑んで沖田を見る。
「じゃあ、今日近藤さんに会うときは、このまま進めてくれて構わないですって言うね」
こくんと千鶴はうなづいた。
「……是句思惟、読まないとですね」
「そうだね。いろいろ忙しくなるなあ」
まさかこんなことになるとは思ってなかったけど、と二人は心の中で思いながらも、こんなことになってよかったと思っていた。
<おしまい>
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