【Let's cooking!
2】
総司と一と平助は高校卒業、大学入学前の春休みで、千鶴は4月から高校三年生になる前の春休みです。「青は藍より……」「Blue
Rose」の延長線上の設定です。
!!ATTENTION!!斎藤さんのお話(沖千前提)です。興味のない方、オリキャラ苦手な方はブラウザバック!
家に帰る前に心を落ちつけたくて、一は道場の帰り道公園に寄った。
雪崩の様に数々の記憶が降りかかり、呑みこまれてしまいそうだ。それに殴られた後が頬にしっかり残っている。このまま帰れば両親は心配するに違いない。
恐怖の正体がわかって安心するような気持ちがあるのは確かだが、それ以外の…あまりにも極端な経験の記憶にとらわれて一の感情は混乱していた。
一は薄暗い公園のベンチにすわり、頭を抱え込む。
自分には前世があり、人を斬るのが仕事で……、そして強さとはなんなのか、いつも考えていた。そして武士として生き武士として死にたいと。自分の考えだけあってその思考についてはすんなりと受け入れることができた。現代でも剣道で強くなるために練習をしていると、何のために強くなりたいのか、強くなったらどのような世界が見えるのか、考えるようになっていたのだ。
頬の痣については……、試合中に面がはずれた、と言えばいいか……。
まだ胸がざわついてはいたが、一は立ち上がる。これ以上遅くなると夕飯に遅れ心配をかけてしまう。まだ心の整理は全然ついていないが、とりあえず夕飯の間程度の時間は心の隅に押しやっていつもどおりの自分を演じることができるだろう。
一がドアノブを押すと、鍵がかかっていた。
いつも持っている鍵でドアを開けると、部屋の中は物音ひとつせず暗いままだ。
両親や妹に遅くなったことの言い訳や頬の痣について説明するのが面倒だ、とは思っていたが、実は彼らに会っていつもとかわらない日常の世界を味わいたかったのだと一は気づいた。甘えるわけではないが、母親や父親と会話をし、妹の頭を撫でることで心が落ち着く気がしていたのだ。
暗闇でちかちか光っている留守電メッセージのボタンを押す。
『はじめ?おかえり。ごめんね、ふみの検査の値が悪くて……。精密検査をしなくちゃいけないみたいで、今日はお母さんたち帰れなくなっちゃったの。』
いつもどおり、冷蔵庫の中の物は好きに食べていいし、宅配頼んでもいいから……。
母親の申し訳なさそうな声を聞きながら、一は自分の頬に何か温かいものがつたっているのに気が付いた。
腕でそれをぐいっとぬぐうと、一は自分の部屋へ行き、道着のままベッドに伏して静かに泣き出した。
寂しくないわけではない。怖くないわけなどない。いつも土曜日の稽古の日に両親が見学に来ているほかの子たちがうらやましかった。夢で苦しんでいることも、言わなくても気づいてほしかった。頬の痣も、帰りが遅かったことも心配してほしかったのだ。前世でも同じだった。そんな自分が嫌で、強くなりたい、強くなるとはどういう事なのかいつも考えていた。
一は布団の上で丸くなりながら、記憶と感情の洪水に激しく揉まれながら静かに泣きつづけた。
妹はそのまま入院になった。両親は入れ替わりで病院にいるらしく、家に帰って着替えて仕事に行ったり、洗濯しに帰って来ているときなどに一とすれちがいはしたものの、同じ時間を過ごすことはなかった。一の頬の痣にももちろん気づかない。
一は相変わらず自分で食事をつくり、自分で洗濯機を回して、淡々と小学校に通う。
ふみが一に会いたがっている、と父親から病院に来るように言われたが、一はいろいろ言い訳をつけて行ってなかった。妹はかわいいが、正直なんで自分だけ、と思ってしまう今はあまり会いたくない。
妹は病気だが両親がいつもそばにいてくれる。自分は健康だが両親はいつもそばにいない。
どちらがいいのか……。
一はぼんやりとそんなことを考えていた。
週の半ば、父親にどうしても来るように、と言われて、一は学校が終わった後バスと電車を乗り継いで病院へとむかった。
薬の副作用で全く食事をしなくなってしまった妹が、一の作った目玉焼きなら食べたい、と言っているというのだ。
病院の廊下の端にあるコンロで、目玉焼きをつくり、一は病室へと入る。
ベッドにいる妹を久しぶりに見て一は驚いた。前に会った時とは顔色が全く違い、げっそりとやつれている。
そんな風なのに、彼女は一を見るとぱっと顔を輝かせた。
「ふみ……」
「お兄ちゃんの目玉焼き?わーい、作り立てだ」
いつもより元気のない声だが、妹は嬉しそうに起き上る。ベッドの脇にいた父親が、ふみがベッドの上で体を起こすのを助け、母親が肩にカーディガンをかけてやる。
一は箸と皿を妹に渡した。
よほど食欲がないのだろう、ちびちび、と口に運び、必死に目玉焼きを呑みこむ妹を、一は立ったまま見ていた。ベッドの脇には点滴があり、酸素吸入のための機械も置いてある。詳しい話は聞いていないが妹の事態が深刻なのは感じ取れた。
ふみが半分ほと目玉焼きを食べたとき、両親が担当医に呼ばれて部屋を出て行く。
何を話すのか気になり、一がそちらを見ていると、ふみがぽつん、とつぶやいた。
「……手術しなくちゃいけないんだって。ふみは別にいいんだけど、お母さんが心配して……。失敗したらそのまま死んじゃうみたいだから…」
妹の言葉に、一は驚いた。
こんな話を子供にするはずがない。盗み聞きでもしたのか…。
「お兄ちゃん、お母さんをよろしくね」
にっこり笑ってふみは一を見あげた。
そして不思議そうな顔になり、まだ幼さを残した小さな手を一の顔へ……、目の下へと伸ばす。そこにはすでに消えかかっているかすかな痣があった。
「どうしたの?けが、したの?」
ふみの小さな指先が痣の痕をなぞるのを感じ、一は胸にこみ上げる何かを呑みこんだ。
「……大丈夫だ。それより……手術、がんばれ」
つっかえつっかえ言う一に、ふみはにっこりと笑う。
「うん」
「退院したら、黄身が二つの目玉焼きをつくってやろう」
「ほんと!?」
「ほんとうだ。だから……」
「うん!頑張る!」
微笑んだ妹を、一もほほえみを浮かべて見つめた。
ふみが、かなり時間をかけて全部食べた目玉焼きのお皿と箸を洗おうと、一は病室をでた。
角を曲がった廊下で母親が看護婦と何か心配そうに話していた。父親の姿は見えない。どこに行ったのかと思いながらも洗い場へと向かうと、曲がり角の向こうから父親の声が聞こえてきた。父親の声しか聞こえないからどうやら携帯電話で何か話しているらしい。一がこのまま進もうかどうしようかと迷っていると、かなりはっきりと自分の名前が聞こえてきた。
「はじめが、ですか?それは申し訳ないことを…。それで怪我の程度は?」
はい、はい…。と相づちを打つ父親の言葉から、どうやら道場の先生からの電話らしく、先週末に一が返り討ちにした先輩たちの親が道場にクレームを入れ、道場から一の父に連絡が入ったようだった。
一は眉根を寄せた。
いろいろあってすっかり忘れていたが、記憶を取り戻した混乱もあり、手加減をあまりしないでぶちのめした記憶がある。
父からは弱い者いじめはするなといつも言われていたから、きっと厳しく叱られるだろう。
妹のことで大変な時にさらに迷惑をかけてしまったと、一は心苦しくつらかった。それに父親の言いつけを守れなかった自分も情けなく悔しく、一は下唇を噛みしめた。
父親の会話はまだ続いている。
「そうですか、それならよかったです。はい、はい。そうですね。ですが先方の親御さんに謝罪に行く前に少し確認したいのですが…。はじめはなんと言ってるんですか?はじめは理由もなくそんなことをする子じゃありません。何かあったんだと……」
父親の言葉に一は目を見開いた。
「はじめからは事情を聴いてないんですか?それはまたなぜ?……はい。はい。……そうですか……。ええ、一度はじめからも理由を聴いてみてもらえますか?ちゃんとした理由があると思うんで。ええ、ちゃんと正直に話すよう、息子には言っておきます」
父親は電話をしながら歩き出し、一と反対方向へとそのまま去って行ってしまった。
一は、そのまま自分の手の中にある空の皿をじっと見つめていた。
千鶴の大きな瞳には、いまにもこぼれそうに涙が一杯にたまっていた。
一は出来上がった目玉焼きを皿の上にそれぞれ載せていく。
「そして妹の手術は成功して、俺の返り討ちも5対1での正当防衛だと認められた。……剣道を続ける中で『強さ』とはなんなのだろう、と思うようになった。あまり話さない父が、俺をちゃんと見てくれていて信じてくれたということが、子供の俺には本当にうれしかった。無条件の信頼が、俺に『強さ』をくれたのだと思う。それ以来何がおこっても自分を抑えて律することができるようになったのだ。それに……これは妹と……お前を見ていても感じるのだが……」
一はそう言って涙を必死にこらえている千鶴を見た。
「妹も、そしてお前も強い。自分の方こそつらくてたいへんだろうに人の不安にちゃんと気づき心配する心の余裕がある。それに、おれは周囲からの圧力を跳ね返す力が『強さ』だと思っていたが、妹もお前も…たとえどんな環境になっても周囲を受け入れてそこでちゃんと自分の花を咲かす。そのような受け入れる『強さ』こそが、結局は一番強いのではないか、と思うようになった」
一の言葉に、千鶴の涙がこらえきれずにポロリと毀れた。
「そんな……!わっ私なんて……っうっ……っ……」
一はフライパンを流しに置いて、困ったように千鶴を見る。
そんなに泣くような話ではないと思ったのだが……。
前世の記憶を取り戻した部分は千鶴には話していないのに、なぜこんなに泣くのか……。
「……泣くな。泣かすためにこの話をしたわけではない。ふと思い出しただけだ」
「っすっすいませ…。こどものころの斎藤さんの気持ちを考えたら、なんだか……」
肩を震わせて泣いている千鶴を見て、一は自分の腰に手をあてて深く溜息をついた。
「……あいにく俺は泣いている女を泣き止ます方法など知らん」
一のその言葉と同時に、千鶴は一に優しく抱き寄せられるのを感じた。
シトラスの清潔な香りがして、細見だが筋肉質な腕に抱え込まれる。
一瞬驚いたものの、優しく宥めるように千鶴の背中をなでてくれる一の手が心地よく、千鶴はそのまま一の胸に頭を寄せて、子供のころの一のために涙を流した。
うっひ〜!なんかえらいもん目撃しちゃってるんですけど、俺!どーいうこと?どーいうこと?なんで千鶴と一君が、台所で隠れるみたいに抱き合ってんの!?
リビングのソファで目が覚めて、キッチンで水でも飲もうと寝ぼけ眼でやってきた平助は、何の気は無しにキッチンのドアの隙間をのぞき……そしてそのまま固まった。
一が千鶴を抱き寄せて、千鶴もあらがわずにおとなしく抱きしめられている。
すぐ離れるかと思いきや二人はずっとくっついたままだ。……まるで恋人同士のように。
おいおい…!どーすんの!どーすんの!こっこんなの総司に見られたら……!
「あれ?平助、そんなところで何やってるの?」
「そっ……!」
いつまでたっても千鶴が起こしにきてくれないので、しょうがなく起きてきた総司が廊下の向こうから歩いてくる。
あわあわあわ……
青ざめている平助を不思議そうに見ながら、総司は近くまで歩いてきた。
「…何見てるのさ?」
……世界の滅亡まであと5秒……
【終】