【僕と彼女たちの一年間  秋】
青藍シリーズ「something blue」、SS「とらいあんぐる」の後のSS…というより小ネタ集です。
かけているわけではありませんが子ネタです。苦手な方はブラウザバックでお願いします。
時系列的には、沖田さんの海外留学が終わって日本に帰ってきてからの一年間です。











 






 秋晴れの土曜日。保育園の園庭では運動会が開催されていた。
借り物競争、お母さんとダンス、ぴょんぴょんリレー……。小さい子でも参加できる生ぬるい種目が続く。
それでも目的はかわいいわが子の奮闘ぶりを見ることなので、参加している父兄たちは目を細めながら競技を眺めたり、ビデオを撮ったりしている。
沖田家も例外ではなく……。

「千鶴見てみて!千代、玉投げてるよ」
「ほんとですね!あ、上じゃなくて横に……!」
「ぶーーっ!!お友達の顔面にはいったね!!」
千代は小さいせいか、玉入れの玉を上に投げることが出来ず、投げた玉はすべて前のお友達に至近距離であたっていた。柔らかい玉だから痛くは無いのだろうが、その様子と千代の真剣な顔を見て、親バカの二人はかわいくてかわいくて、笑ってしまうのだった。
そんなこんなで、親心をくすぐる競技の数々が終了し、後は残すはお父さん方の真剣勝負、クラス対抗のリレーだけとなった。
一クラス5人のお父さんでバトンをつなぐ。総司も参加することになっていた。
「がんばってくださいね!」
「とーたん、あんばって!」
母と娘で、両手とぎゅっと顎の下に握りしめている同じポーズで応援されて、総司は思わず吹き出した。
「かわんないねぇ。千鶴のこのポーズ」
そう言って、総司も顎の下で両手を握りしめ、瞳に星を浮かべる表情をする。
「がんばってくるよ。応援よろしく」
『お父さんリレーに参加する方は、入場門まで……』
集合を促すアナウンスがながれ、総司は、じゃあ行ってくるね、と言って立ち上がる。
『優勝グループの商品は、今年はこの特大トトロぬいぐるみです!』

その声と同時に、大会本部席テントの机の上の布がさっとまくり上げられた。
中から出てきたのは、高さは千代より高いくらい、幅は千代の3倍はあろうかという特大トトロ5体だった。
わぁ!という歓声とともに、千代が興奮した声で叫ぶ。
「おとろー!!おとろよ!おとろーー!!」
総司と千鶴は顔を見合わせる。総司はかがみこんで千代に聞いた。
「何?千代、トトロ欲しいの?」
「ぽっちい!おとろ!」
「よし、じゃあお父さんがとってきてあげるよ」
総司の言葉に、千鶴はさらに握り締める両手に力を入れた。
「が、がんばってください!応援してます」

フレーフレー!という妻と娘の応援を背に、総司は集合場所の入場ゲートへ向かった。
集まった千代のクラスの5人の父親たちは、やはりそれぞれトトロをゲットしてくるように、という妻と子供の指示が下っており、真剣に作戦をたてる。
それぞれの100Mの自己ベストと、現在の年齢、運動履歴を話し、順番を決める。総司より若い父親もいたが、100mの記録も一番速かったし、ガタイがいいのと剣道全国大会優勝の看板とで、アンカーは総司に決まった。

「では、位置について……」
トトロの特大ぬいぐるみなんぞ買おうと思えばどこでも買える。けれども『競争』『一番』『賞品』となると、何故か闘争本能に火がついてしまうのが男の性で、いい年した男たちが真剣にスタートの合図を待っていた。
「用意……」
ゴク……、と唾を呑む音さえ聞こえそうな程静まり返った運動場の中で、男たちは戦いの火ぶたが切られるのを静かに待つ。


パァンッ!!

テテテ〜♪テテテ〜♪テテテテテッ♪
「天国と地獄」の軽快な音楽のなか、各者一斉に走り出した。総司達めろんチームの一番手は、男の子と女の子双子のお父さんで、日ごろの育児疲れのせいか、10人中6番目で2番手にバトンを渡した。その後は各者抜きつ抜かれつ、の展開になる。
昔と同じつもりで走り、久しぶりに運動したせいで足がいう事を聞かず転ぶものが続出した。また、バトンもぽろぽろとよく落とす。そういった番狂わせがまた面白く、運動場は異様な熱気につつまれ、子供たちとお母さんたちの応援の声が響き渡っていた。
総司達めろんチームは4番手で3位だった。2位はすぐ目の前を走っている。しかし……1位のいちごチームはダントツだった。学生のとき陸上をやっていた、というお父さんが2位以下を圧倒的にひきはなしているのだ。そしてそのいちごチームのアンカーは、大学時代マラソンの選手で、今も中学陸上部の顧問をしているという父親だった。マラソンと短距離走ではもちろん使う筋肉が違うが、それはトップアスリートたちの問題で、こんなレベルの低い運動会では、最近運動をしているかどうか、だけてかなり勝敗が左右される。どんなに運動神経がよくてもでぶでぶ太ったり、デスクワークばかりでなまっていたら話にならないからだ。そう言う意味では現在も陸上部の顧問をしているというお父さんは、圧倒的に有利だった。
しかし総司だって負けてはいない。
大学だって全国大会で優勝したし、ボストンで一に力で押し負け抑え込まれてからは真剣に体を鍛えだした。今も日本に帰ってきてからは近藤の道場で週3日は鍛えている。道場に行けない日はランニングや筋トレだってしているのだ。
それになにより愛がある。熱意がある。
なんとしてもトトロをゲットして、沖田家の女性たちを喜ばせたい。
いちごチームが一番でアンカーにバトンを渡した。アンカーは運動場2周だ。総司はいらいらしながらバトンを待つ。総司達めろんチームと2位のぶどうチームがだんごになって入ってきた。
総司はバトンを受け取ると、一気に2位のぶどうチームを抜き去った。
ぐんぐん加速をつけて半周ぐらい離されているいちごチームを追いかける。

きゃあ〜!!!

お母さん方の黄色い悲鳴が響き渡った。総司の速さは圧倒的で、みるみる内に距離が縮まって行くのだ。
「ちっ千代!!」
「たーたん!」
千代と千鶴は抱き合って目を見開いて総司を見つめる。

大きな歓声に気が付いた一位のいちごチームのマラソン選手が一周目を過ぎたところでチラリと後ろを振り向いた。と、もう手を伸ばせば届きそうな位置にまで総司が迫っているのに初めて気づいたようで、彼は真剣な表情になって加速をかけた。
総司はインコースから抜こうとするのだが、さすがプロ。コース取りがしっかりしているせいでとてもインコースからは抜けない。しかしアウトコースから抜いて勝てるほど遅くはない。

 最後の直線が勝負だな……。

総司はそう考えると、インコースギリギリでピタリと後ろについて、隙があればいつでも抜けるようにした。

大声援の中、二人が最後の直線コースに入る。
総司はコーナーを曲がり終わるや否や強引にインをとり、温存していた力でさらに加速をつけた。呼吸を止めてゴールに向かって思いっきり走る。総司のプレッシャーにさらされ続けていた1位のいちごチームのマラソン選手は、最後の最後で失速したようで思うように速度がでない。
総司はゴール前で鮮やかに彼を抜き去って、見事一番でゴールテープを切った。

 

 

 特大トトロを抱きかかえて凱旋した総司を、千代と千鶴が大喜びで迎えた。
「お疲れ様です!総司さん!すごかったです〜!!おめでとうございます」
「おとろ!おとろ!」
トトロに手を伸ばしている千代に、ぬいぐるみを渡してやる。千代はとても持てずにコロンとぬいぐるみごとレジャーシートの上に転がった。
総司がにっこりとほほ笑んで千鶴を見る。
「ありがと。どうだった?僕」
その、からかうような、意地悪な光を宿した瞳を見て、千鶴は、うっと言葉を飲んだ。

 ま、また……。恥ずかしいことを言わせようと……。

自然に赤くなる頬を抑えて、千鶴が観念して口を開くと……。
「とーたん、あっこよかった〜!」
千代の無邪気な声が聞こえてきた。総司の片方の眉があがり、千代を見て嬉しそうな笑顔になる。しゃがみこんで千代を抱き寄せて、総司は言った。
「そう?かっこよかった?」
「うん!とーたん、すっごくあっこよかった!」
「ありがと!千代にそう言ってもらえたら頑張ったかいがあったよ」
総司は千代をぎゅっと抱きしめてほっぺにすりすりした。

そんな二人を見ながら、千鶴は素直な娘に感謝しつつ、ほんの少しだけうらやましかったのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ




3年後……

なんだかそわそわとおちつきのない千代を捕まえて、総司はソファに座っている自分の膝の上に抱え上げた。5歳になった千代は、あいかわらずやせっぽっちで軽々と持ちあげられる。
「君は何をそんなにうろちょろしてるの?」
総司の膝の上でも千代は伸びあがって玄関の方を見る。
「だってもうすぐさいとーさんとへーすけくんが来るんでしょ?あっ!」

ピンポーン

聞こえてきたインターホンに、千代は膝の上で飛び上がった。膝から降りて玄関へ行こうとする千代を抱き留め、総司は聞く。
「そんなに焦らなくても、ホラ、今千鶴が迎えに行ったし、すぐリビングにも来るよ。……千代は一君とか平助が来るのが嬉しいの?」
「うん!だって大好きだも〜ん!」
玄関から聞こえてくる挨拶の声、千鶴の歓迎する声を聴きながら総司は、なんかおもしろくないなぁ、と思いながらちょっとした悪戯心で聞いた。
「一君と平助、どっちが好き?」
総司の質問に、千代は一瞬きょとんとして……、そして考え始めた。
黒いサラサラの肩までの髪、真白な肌、黒目がちの大きな瞳に長い睫……。お人形のようにかわいい千代は明らかに千鶴似だった。性格は……千鶴よりはもう少しあけっぴろげで元気がよく、そして素直だ(総司には似ていない)。
ピンク色の唇を噛みながら一生懸命考えている、そんな娘を眺めながら総司は楽しく返答を待つ。

「……さいとーさん」
どっちも好き、もしくは選べない、というような可愛らしい答えを予想していた総司は、なんだか妙に真剣に、そして少し恥ずかしそうに答えた千代に面食らった。
「一君?なんで?ぜんぜんしゃべんなくて楽しくないでしょ?」
「……でも……、大きくなったらお嫁さんにしてほしいから」

世界の時がまるで止まってしまったように、総司は感じた。

「……は?お嫁さん?」
固まったまま聞く総司の様子には構わず、千代はにっこり笑って頷いた。
「うん。お嫁さんにしてってお願いしたの。そしたらいいよ、って言ってくれたから」
なにも言えず固まっている総司の背後から、ポンと肩をたたく人物がいた。総司がギギ……っと固まったまま振り向くと、そこには一が無表情で立っている。
「さいとーさん!」
嬉しそうに総司の膝からぱっと降りて一に駆け寄る千代を、総司は茫然として見ていた。
一が静かに言う。
「……そういうことだから、よろしく頼む。お義父さん」
「いやいやいやいやいや……。ホントごめん。悪いけど無理。千代!そんな人の傍に行かないでお父さんの傍にいなさい」
「えー?」
バチバチバチッ

余裕の一に、脂汗を流している総司。睨み合う音が聞こえそうな二人の男性の間で、千代は困ったように立ち止まっていた。

 

 ダイニングでは平助が千鶴に手土産を渡していた。
「ほい、これ」
「あっ!あそこのパン屋さんのコロネ?わーい!!食べたかったんだ〜!!」
「そう思って買ってきた」
「お茶にしよっか〜!」
「すぐに食べたいんだろ〜。お前ほんとにそれ好きな」
「うん!大好き」
幼馴染ならではの気安い会話が続く。千鶴はちらりとダイニングテーブルの上にのった4つの大きな紙袋を見た。
「それで平助君、この紙袋は何?」
「あー……それ……。薫からの預かりもん。中身はしらね」
平助の言葉に千鶴はげんなりした。その表情を見て平助が聞く。
「何?なんか面倒なもんなの?」
「面倒っていうか……」
論より証拠と千鶴が一つの紙袋の口を留めているテープを取った。

中から出てきたのは……。
ピンク、ピンク、ピンク、レース、レース、レース、フリル、フリル、フリル……。

「うおっ!何これ?服?」
「うん……。千代の服。薫、なんか目覚めちゃったみたいで、月一くらいでいっつもこれくらいの量の千代の服を持ってくるの。それも全部こんな感じの……」
平助は目がちかちかしそうな、その超ラブリーな服たちを見る。
「月一って……」
「もう周りの人にも、趣味は姪の服選び、とか公言してるみたいで、女の子達の間ではやりのブランドとかすごくチエックして雑誌とかも買ってるみたいで……」
もう箪笥がいっぱいでとても入らないし、千代だって着きれなくて……。
困ったように言う千鶴に、平助は薫の顔を思い浮かべた。千鶴が困っていると薫に言っても、俺の趣味だから口を出すな、と言う声が既に聞こえてくるようだ。平助は溜息をついた。
「困ったおじさんだな…」
「ほんとに……」
平助と千鶴は、困ったように顔を見合わせた。

一方リビングではまだバトルが続いている。
「ほら、千代こちらにおいで。抱いてやろう」
一がそう言うと、千代は嬉しそうにぱっと顔を輝かせて一に走り寄る。
「ちょっと!一君、抱っこしてあげる、とか言ってよ!抱いてやる……って……!あっこら!千代!そのおじさんに近づくんじゃない!そのおじさんはそんな顔してムッツリスケベなんだから何をされるか……!」
総司の言葉に、一はムッとする。

「ムッツリスケベ……とは心外だな。スケベ、という言葉は俺よりお前の方にあっているだろう。そもそも俺は20歳そこそこの娘さんを妊娠させたうえ海外に逃げたこともないし、できちゃった結婚もしたことはない。それよりなによりお前の高校一年の時の行状は……」
「ワーワーワー!ピー!!ガガガガガガガガ!」
総司は、一の言葉が千代に聞こえないように、千代の耳を抑えさらに妨害音声を出した。
「お父さん?離して。さいとーさんに抱っこしてほしいの!」
「千代!そんな……!そんなこと言っちゃダメでしょ!」
「なぜ言ってはいかんのだ。いいじゃないか。ほらこっちにおいで千代」
わー!!総司が叫んだ時、キッチンから平助と千鶴がお茶を持ってリビングにやってきた。

「何を騒いでるんですか?とりあえずお茶にしませんか?」
不思議そうに、冷や汗をかいている総司を見て、千鶴はお茶をリビングのローテーブルに置きながら言った。総司は、味方が来た!と言わんばかりに千鶴に言う。
「ちっ千鶴!千代が……千代が……」
ぱくぱく、と口を動かして続きを言えない様子の総司に、一が助けるように言葉を添えた。
「大きくなったら俺の嫁になる、と千代が言っていることを、総司は今初めて知ったようだ」
「あ。そうなんですか。じゃあお茶にします?」
あっさりとスルーした千鶴に、総司は目を見開いた。
「千鶴……。知ってたの?」
驚愕した顔の総司を不思議そうに見て、千鶴はうなずいた。

「随分前から言ってましたよね」
一をにっこりと見上げながら千鶴は言った。

「ち、千鶴は……千鶴は、何も思わないの?だって…一君だよ?」
混乱している様子の総司に、千鶴は言う。
「ああ……、男性の趣味はいいんだなって安心しました」


 ショック………



千鶴が、遺伝でしょうか……と赤くなりながら小さく言った声は、ショックのあまり青ざめている総司の耳には届かず……。

 それからおとーさんはねんねのおへやからでてきませんでした。。

 

 

 


 

 

 

 

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