【Something Blue 2−2】
『青は藍より出でて藍より青し』『Blue Rose』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。















   朝7時に総司はボストンの空港についた。手荷物はカバン一つだけ。今回の日本滞在は会社の人事と大学に頼み込んで何とかもぎ取った一週間だけだし、日本の自宅には日用品はそろっているのでたいした荷物は必要なかった。
 チェックインを済ませた総司は、朝食にベーグルとホットコーヒーを食べながら搭乗口近くの椅子に座ってパソコンを開けた。現在の地図情報と東北の地形図とを画面に並べて見比べる。

 十中八九、千鶴が行ったのは雪村の里だ。あの時は新政府軍に追われ山の中の道を夜歩いたため、正直正確な場所はわからない。けれども周りに海は無く、里の近くの店にも海の魚は売っていなかった。ということは内陸部である可能性が高い。それに結構栄えていたあの少し遠くにあったふもとの村は、きっと今も町として残っているはずだ。
 土方と別れたあたりから徒歩で何日歩いたか……。雪村の里のまわりには何があったか……。記憶をたどっていくと、たぶんこの山だろうというあたりがついてくる。

 そこは仙台からローカル線で2時間ほど言った小規模な地方都市だった。
成田に着く日本時間から成田エクスプレスで東京へ、東京から新幹線で仙台へ、仙台からローカル線へ……。総司はすべての時刻表を調べ最短で行けるルートを調べた。
 調べ終わると今度は妊娠について情報を集める。読んでいるうちに総司の眉間のしわはどんどん深くなっていった。不安定な胎児……。そして不安定な妊婦の精神状態。つわりによる衰弱……。心配な要素ばかりで、総司はほんとに走り出したくらい不安だった。

 総司の乗る飛行機の搭乗が始まったアナウンスが流れてくる。
総司はパソコンを閉じるとさっとカバンを持ちあげて搭乗ゲートへと大股で歩き出した。

 ニューヨークでの乗り換えも済み、飛行機の狭いシートに落ち着いた総司は、日本に着いてから体力の続く限り千鶴を探し回れるように睡眠をとることにした。アルコールを頼みワインを何杯か飲む。もともと強い総司はなかなか酔えなかったが緊張が解けてきたのは感じた。散漫になった思考で、昨日の夜千と電話でした会話を思い出す。

 前世を思い出すのは、以前したのと同じような強い経験を現世でもした場合ではないか……。
 と、いうことは千鶴は以前妊娠したことがあるのではないか……。

 総司は我知らず拳を握りしめていた。
雪村の里で千鶴と過ごしたのは3年ほど…。当時は避妊に対する知識も必要もなかったため、全くなにもしていなかった。にもかかわらず、3年の間千鶴は一度も妊娠はしなかった。授かりものだとは思うものの、千鶴に月の物が来て布団を別にするたびに(総司は同じ布団でかまわない、と言ったのに千鶴が恥ずかしがって同じ布団を嫌がったのだ)、総司は複雑な気持ちになった。
子どもは、いない方がいいとは思う。ちゃんと成人になるまで羅刹となった自分はもちろん、千鶴ですら傍にいてあげられるとは限らない。おまけにそれほど裕福ではなく厳しい自然の中での暮らし……。
 しかし総司は子供が欲しかった。これは生物としての本能に根付くものなのか、愛する女性と自分との、確かに存在したという印が欲しいと日々過ごすたびに強く思うようになっていった。千鶴も言葉にはしないものの、できないことで鬼である自分を責めているようなそぶりがあった。人と鬼であるせいなのか、羅刹のせいなのか……。
 それとも生物として自分と千鶴は脈々と受け継がれる命の輪に、共に乗ることはできない運命なのだろうか……。

 そんなに切望していた子供を、千鶴に与えた男がいた。
今はまだその可能性がある、というだけだが、しかし総司が死んだあと千鶴にそういう展開があった方が普通だ、とも思う。
今まで考えないようにしていた可能性。総司が一番恐れていた可能性だった。

 総司と千鶴との時間は夫婦になってたった3年。初めて出会ったころから数えても8年弱。総司が死んだあと千鶴が当時の平均寿命まで生きたとして40歳……。17年近く添い遂げた男がいたとしたら、しかも二人で子供をいつくしみ育てたとしたら……。その絆は、たとえ生死の境を共に超えてきたとしても総司よりも、その男との方が深いのではないだろうか……。
今になってそれを思い出し、総司よりもその男との人生を千鶴が望むとしたら、自分はどうするんだろう、と総司は考える。

 答えは決まっている。たとえ彼女が他の男との人生を望んだとしても、総司は彼女をあきらめることはできなかった。
 彼女の幸せを考えて身を引くような男なら、前世で江戸の療養していた家から新選組を追いかけるときに、既に千鶴を松本先生に預けていた。あの時自分は迷うことなく千鶴を連れて行くことを選んだ。彼女もそれを望んでくれていた、ということもあるが、その彼女の気持ちに付け込んだ面もある。
 なぜなら自分が彼女と一緒に居たかったから。
 彼女を守るのは自分でありたかったから。
 現世でも同じだ。

総司は握る拳に力を入れた。

幸いにもかすかなアドバンテージはある。現世の千鶴のお腹には総司との命がやどっている。彼か彼女かわからないが、その命が千鶴にとっての羽衣になるかもしれない。物語の天女は子供を置いて天に帰ってしまったが、千鶴はきっと子供がいたら地上にとどまるだろう。千は心音が確認できない、と言っていたが……。

総司は遠い空の下、千鶴のお腹の中で確かに息づきはじめているだろう小さな命に、心の中で語りかけた。

 僕の子供なら、お母さんをお父さんの傍にいてもらうために根性出して生き抜いてよ。生まれてきたらたっぷり褒めてあげるから。
 僕の遺伝子を受け継いでるんだから、欲しいもののためなら、とんでもない力を出すことができるはずだよ。
 ……そして、ゆっくり生まれておいで。
  待ってるから。
 君のお母さんと僕と一緒に美しいものを見て、おいしいものを食べて、いろんな所へ行って、楽しい時間を過ごそう。


まだ見ぬ小さな命に語りかけながら、総司は狭い飛行機のシートで眠りについた。

 

 

 17時間ほどのフライトが終わり、総司は凝り固まった体を思いっきり伸ばした。ストレッチもそこそこに、ほかの乗客たちを追い抜かして出口に向かう。手荷物しかない総司は一番で到着ゲートを出た。
日本は、総司がボストンを発った次の日の夕方だった。大きな窓から見える一か月ぶりの日本は、空気に湿気を大量に含み残暑で熱そうに景色が揺れていた。総司は景色などほとんど目もくれずまっすぐに成田エクスプレスに向かう。切符を買って、ちょうど出発直前の列車に飛び乗ることができた。
電車の中で、総司は一にメールを打った。
日本に着いたこと、これから千鶴を探しに仙台に向かうことを書く。

一からはすぐに返信があった。
力になれずに申し訳なかったこと、千鶴の無事を祈っている旨が書かれている。

総司はそれを読んで、パチンと携帯を閉じた。

前世で天霧という鬼が、総司が死んだあとの千鶴のことを一に託すよう勧めてきたことがあった。

 僕が認める数少ない男にも千鶴を渡さなかったのに、今になってどこの馬の骨とも知れないような奴に渡すつもりはないよ。

総司は勝手にライバル宣言をして、強い力を込めた緑の瞳でまっすぐ前を見つめた。

 

 東京駅で新幹線に乗り換えて、仙台まで行く。時刻はもう夜の8時過ぎ。仙台から本数少ないローカル線に飛び乗り、雪村の里の近くと思われる地方都市の駅で降りた時はもう時計は10時を回っていた。さすがに今から千鶴を探すのは無理だ。総司はとりあえず駅の近くにあるビジネスホテルに宿をとり、一応そこに『雪村千鶴』は泊まっていないことだけを確認した。
正確に言えば雪村の里に一番近いのはもう一つ隣の駅だった。しかしそちらは、今総司がいる町よりも小さくホテルがあるかどうかも怪しい。千鶴が泊まっているとしたらこちらの町ではないかと総司はあたりをつけた。

明日はまず駅の近くにあるホテルを全部探してみよう。

小さな地方都市だ。ホテルの数もたかが知れている。それでも見つからなければ、あの山に登って雪村の里を探してみるつもりだった。現在の地図でみてみると、あの山には今は集落はなくなってしまっているようだ。あの当時でさえさびれていた雪村の里を見つけられるかどうか怪しいが……。しかしそれしか千鶴の足取りをたどれる思いあたりはもうない。

もしも……。
もしも、悪い予感が本当にあたって、千鶴が他の男のもとに行っているとしたら……。総司は千鶴とその男との思い出の場所などわかるはずもない。千鶴は、自分といるときは雪村の里を離れたくないと言っていた。しかし男に連れられて他の地に移り住んだのかもしれない。
雪村の里で見つけることができなかったとしたら、千鶴を探すことは不可能だろう。そうしたら自分は千鶴のマンションに戻って、千鶴が自分で帰ってくるのを待つしかない。

総司はその可能性を考えて暗くなった。狭いホテルの、開かない窓から外を眺める。

多分この近くにいるだろう千鶴を思いながら……。

 






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