【Something Blue 4−2】
『青は藍より出でて藍より青し』『Blue Rose』の続編です。前作を読まないと話がわからないと思います(スイマセン……)。
内容については信用せずフィクションとしてお楽しみください。














   ------ボストン 秋。


 「千鶴、まだ食べるの?」
総司の呆れた声に、公園の道端でホットドックとアイスティを買っていた千鶴は、顔を真っ赤にして振り向いた。
「た、食べすぎですか!?太りました?」
焦った顔の千鶴に、総司はゆっくりと近づき、アイスティの紙コップを持ってやりながら言う。
「いや、純粋にまだ入るの?っていう意味。だってさっきアメリカンサイズのランチプレート食べたばっかでしょ」
「いい匂いで……。つい……。なんだか最近何を食べても本当においしくて……」
二人でベンチに向かって歩きながら、千鶴は恥ずかしそうに総司を見上げた。
長い脚を折り曲げてベンチに座りながら、総司は言う。
「もともと細かったし、つわりでほんとに痩せちゃったからね。ちょっと太ったくらい全然いいんじゃないの?それに……」
そう言いながら、悪戯っぽい笑顔で千鶴の胸のあたりをちらっと見た。

 「ふっくらしてきて僕も楽しいし」
総司の視線に気が付いて、千鶴はさらに赤くなった。
「クラスの奴にさ、妊婦はセクシーだろって言われてなんのことかと思ってたけど、ほんとにそうだね」
にやにやしながら総司が言う。

 安定期に入った千鶴は食欲が旺盛で、ほんのちょっぴりあちこちに肉がつきだした。特に胸は、これまでの悩みを吹き飛ばすような成長ぶりで千鶴は驚きとともにたいそう喜んだのだが、一番喜んでいるのは総司だった。手のひらにおさまるサイズの美乳もよかったけれど、手からこぼれるほどの大きさと弾力も捨てがたい。さらにホルモンの関係なのか、千鶴は妙に夜の生活(夜だけではないが)に積極的になっていた。昨夜も、ベッドに入った総司に自分から腕をからませて体を寄せて、恥ずかしそうに誘って来たのだ。なんだか総司さんに抱いてほしくて……なんて赤くなりながら言われたら、一気に理性のタガが外れるのは当然だろう。千鶴のお腹に気を付けながらも総司は大変楽しい夜を過ごしたのだった。

 「ゴムはいらないし、あちこち育ってるし……」
そう言いながら総司は、ちゅっと千鶴の唇にキスをした。
「こーゆーことを日本ですると千鶴に怖い顔で怒られるのに、ここだと特に何も言われないし」
千鶴は、少し赤くなりながら周りを見渡す。公園のベンチ近くには日曜日の昼ということもあり、かなりの人がくつろいだり歩いたりしているが、誰一人今二人がキスしたことを気にしていない。そもそも周りの人たちからして、キスをしまくっているのだ。軽いのから濃厚なものまで。
「……ここはみんなしてるから……。そんなに恥ずかしくはないです」
「でしょ?いいところだよね〜。僕って前世はアメリカ人だったんじゃないかなぁ」
そう言う総司に、総司さんの前世は新選組一番組組長です、とちょっと頬をふくらませながら千鶴は言い、ホットドッグを一口食べた。

 かなり肌寒くコートが必要なくらいの寒さだが、日の下は暖かく、公園には半袖の人もいるくらいだった。木々は赤や黄色に紅葉して、空気は澄んでいて、遠くにクラクションや救急車の音がかすかに聞こえて……。隣には愛しい人がいる。総司と千鶴はふと目があい、二人で幸せそうに微笑んだ。

 

 

 


 雪村の里で出会った後、二人で鈴鹿先生に診てもらいに行った。

超音波画像の中には、確かに小さな塊が映し出されていて、その小さな小さな心臓は、しっかりと動いていた。



 総司は今回は一週間しか滞在できなかっため、それからは大忙しだった。会社に留学先へ妻をつれていく許可をとり、千鶴の大学に休学届をだし、双方の両親に挨拶をし、両家で簡単な食事会をした。高校のころからつきあっていた二人は、既にお互いの両親(千鶴は父親だけだが)には会っており妊娠の報告と結婚の許可は、特になんの支障もなかった。………ただ一人を除いては。
『……順番が逆なんじゃないのか……!!!!』
ふるふるふる……。握りこぶしを震わせながら、怒り狂っている薫を千鶴は必死で宥めた。そんな千鶴の努力を無にするようなことを総司はサラッと言う。
『……ふーん?お義兄さんは僕たちの結婚には反対なんだ?』
『反対に決まってるだろう!!結婚前に妊娠させるようないい加減なやつに大事な妹を嫁がせるなんてはっきり言って悪夢だ!!』

 薫の言葉に、総司は千鶴の方を向いて言った。
『……だってさ。ひどいお義兄さんだよね。感じやすくなっている妊娠初期の妹に大事な婚約者の悪口を言うなんて。反対されて一番つらいのは君なのにね。』
総司の言葉に、千鶴の父親の綱道も言う。
『そうだぞ、薫。妹がかわいいのはわかるが、そのかわいい妹が選んだ人だ。認めて、幸せを祝ってやるのが兄だろう。総司くんはいい男じゃないか。将来有望だし何より千鶴のことを本当に大事にしてくれている。いい加減に大人の態度をとりなさい。』
綱道の後ろで、千鶴を抱きしめながら自分を嘲笑するように笑って舌を出している総司を、薫は歯をくいしばりながら睨んでいた。

 一と平助と一緒に夕飯を食べて、『来なくていい』という総司にかまわず平助は産まれたらアメリカに見に行くという約束をしていた。平助と総司がしゃべっていると、千鶴が一を見る。
『……本当に、お久しぶりです。斎藤さん。ずっと気が付かなくてすいませんでした。』
そういう千鶴の瞳は、これまで知っていた無邪気な幼いものではなく、様々なつらいことを乗り越えてきた強く優しい大人の女性の瞳だった。
『……本当に久しぶりだな。また会えて……嬉しい。』
そう言う一の瞳も、これまで見たことがないくらい深い優しい藍色をしている。
『前に……、結局最後にごあいさつできなくてずっとそれが心残りだったんです。屯所では……本当にお世話になりました。ずっと感謝の気持ちを伝えたかったんです。』
『俺は特に何もしていない。任務を果たしていただけた。』
視線をそらして、うっすらと目元を赤らめる一を、千鶴はほほえみながら見つめた。
暖かい空気を醸し出している二人に、総司が割り込んだ。
『はい、そこまで!』
そう言って両手をくるくると回してから、びしっと一の顔を指差す。
『一君、警告!千鶴といいムードにならない!二回目の警告はないよ。』
本気で言っている総司に、一と千鶴は顔を見合わせて溜息をついた。

 近藤は自分の家の夕食に二人を招いてくれた。そこには土方と左之、新八も来ており、問題児だった後輩の結婚を心から祝ってくれた。総司が近藤と話しているときに、土方がそっと千鶴に言う。
『おい、これで総司のお守役はお前になったって訳だが、手に負えなさそうな時は言えよ。近藤さんの言うことならあいつは聞くからな。』
『お守りなんて……。私の方こそいつも総司さんに助けてもらって申し訳なく思ってるんです。きっと総司さんの方が助けを求めるんじゃないですか?』
恥ずかしそうに言う千鶴に、土方は溜息をついた。

 近藤さんの前でもそうだが、ほんとにあいつは猫かぶるのがうめぇ。猫かぶるっつーか……好きな人間とそれ以外に対する格差がひどすぎるんだな。夫婦になりゃあ総司の問題も千鶴の問題になるんだ。こりゃ、できるだけちょくちょく様子を見てやって助けてやんねぇとな……。

 どこまでも苦労性の土方であった。

 

 

 千鶴の体調や総司の留学のこともあり式は今は挙げずに、千鶴が無事出産して総司が日本に帰ってきてから挙げることにして。
二人は籍を入れるために市役所に行った。婚姻届に名前を記入して、漢字のハネが違う、と市役所の人に二度つきかえされて……。

 ようやく千鶴は、沖田千鶴になった。

 

 


 千鶴が安定期に入るのを待って、日本に迎えに来てくれた総司と一緒に彼女はボストンに行った。どこでも自然に、自由に振る舞う総司に引っ張られて、緊張していた千鶴もだんだんとアメリカの生活を楽しむ様になって来る。何よりも一緒に二人で暮らせるのが幸せで、楽しくて、前世での妊娠生活とはまるで違う毎日だった。土日は二人でボストン市内や近郊を観光したり、アメリカっぽい大規模ショッピングモールに行ってみたり。
全く親族も知り合いもいない異国の地は、普通ならホームシックになる原因なのだろうが、新婚の二人には邪魔の入らない二人だけの世界をつくる最適な環境だった。

 今日も、市内のデパートを冷やかしに行った後、近くの大きな公園に寄ったりしながら街をぶらぶらとしている。
ホットドッグを食べ終わった千鶴に、総司は、そろそろ行こっか、と手を差し出した。
千鶴はその手をぎゅっと握る。一瞬前世での結婚生活が頭をよぎる。

 あの時もまるでままごとのような幸せな毎日だったけど。

そう思って、千鶴は総司を見上げる。

 今は何の不安もなく総司さんにすっぽりと包まれて、今日も明日も、この先ずっと当然のように手をつなげる毎日が本当に幸せ……。


二人はゆっくりとボストンの街を歩き出した。

 

 


 街角にある大きな教会になんとなく入ってみると、中には誰もいなかった。高い天井からステンドグラスを通して様々な色の光が降り注いでいる。

 万華鏡みたい……。

千鶴がそう思っていると、総司が言った。
「万華鏡みたいだね」
同じことを考えていたことに少し驚いて、千鶴は総司を見上げた。総司はそのまま何も言わずに手をつないだまま中を歩いていく。たくさんある作り付けの木のベンチの一つに総司が座り、その隣に千鶴も座る。
 遠くで人のざわめきや車のエンジン音が聞こえるが、それが余計に静けさを際立たせている。空気もほとんど動かず、色とりどりの光が降り注いでいるのを二人は静かに見つめていた。

 「……僕は別に宗教とか信じていないんだけどさ……」
静かに、ぽつり、と話し出した総司に、千鶴は彼を見た。総司は祭壇を見つめながら静かに続ける。
「でも、こうやって君と出会えたことには何か……大きなものの意思を感じるんだ。だって時間軸でも地表軸でも、どちらも少しでもずれていたら会えなかったし、こうやって会えても君に好きになってもらえなかったかもしれない。それなのにこうやって出会えて、結ばれることが出来て、新しい命まで授かって……。こんなに奇跡が偶然で続いたとは思えないんだ」
総司の言いたいことは千鶴にはよくわかった。
千鶴も時々不思議に思うことがあった。前世での記憶があることも本当に不思議だ。誰かの……、総司が言うように何か大きなものの悪戯なのか善意なのかわからないが、それの気まぐれのおかげで今の幸せがあるように感じる。

 総司がふと千鶴を見た。その瞳は悪戯っぽくきらめいている。
「だからさ、籍は入れたけど式は挙げてないし……。来て」
総司はそう言って立ち上がり、千鶴の手をひきながら祭壇に向かって歩き出した。
「その『何か』に誓いたくなった」
祭壇の前に着いた総司はそう言うと、千鶴の手を離して彼女に向き直る。
その瞳はあいかわらず面白そうにきらめいていたけど、ドキリとするほど真剣だった。

 

 

「……僕、沖田総司は、病める時も健やかなる時も、死が二人を別つまで、妻、千鶴を愛し、慈しむことを、誓います」

 

 

ステンドグラス越しの光が二人を照らしている荘厳な空気の中で、妙に真剣な声で誓いの言葉を口にする総司を、千鶴はまるで夢の中にいるように見上げていた。
と、ふと総司の表情がいぶかしげなものに変わる。
ん〜?といいながら何かを考えて、総司は訂正した。

「違うね。キリスト教の教義とは違うけど……。言い直し」
にっこり笑って総司は続けた。


「僕、沖田総司は、病める時も健やかなる時も、……死が二人を別っても……」

そう言って、総司は千鶴の両手を優しくとった。

「妻、千鶴を愛し、慈しむことを、誓います」





 

 遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。教会の外で大きな声で会話している人達の声も。
しかし全ては、教会の中の万華鏡のような光の中に溶けて行った。


 千鶴は、にじんでいく総司の顔をぼんやりと見上げる。

 

 


    ……私……。


    ……私も、誓います。


    私は、あなたを、病める時も健やかなる時も、愛し慈しむことを誓います………

 

    例え、死が二人を別つとしても……

 

 

 

    永遠に愛することを……。











最後は涙で言えなくなってしまった千鶴に、総司は優しくキスをした。






ステンドグラスからの光が、まるでスポットライトのように二人を暖かく照らしていた。

 

 

 






 

 




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あとがき 




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