新婚の心得〜その3 異性関係





「あー、ごめん。そいうのはちょっと……うん。…そうだね、うん、じゃあ」
服を選んで着替えて、買う物のリストを作って、日焼け止めを塗ってお化粧をして……と出かける準備をしている千鶴を後目に、ポロシャツにハーフパンツに着替えただけでもう準備が出来た総司はソファに座ってジャンプを読んでいた。そこに家の電話に総司宛てに電話がかかってきたのだ。
近くにいた千鶴が出ると、相手は女性だった。
総司に代わった後の総司の対応はあっさりしたもので、冒頭の台詞をつげると電話を切る。そして総司を見ている千鶴に気づきにっこりと微笑む。
千鶴はじとっとした視線をおくってしまった。これが初めてではないのだ。
「……よく総司君あてにいろんな女の子から電話がかかってくるんですけど…」
まだ結婚して二か月だ。結婚して二か月といったらどこのだれが聞いても新婚ほやほやだろう。それなのにもう女性問題が発生しているのだろうか。
千鶴の疑りオーラを総司は一笑に付した。
「何怒ってるのさ。別に浮気なんかしてないよ?」
「……じゃあなんであんなに女の子から電話がかかってくるんですか?」
「大学に入学したばっかりだからね、みんな浮かれてるんじゃない?みんなあっちこっちでみんな携帯の番号やメアドを交換したりコンパしたりしてるからね〜」
総司はそう言うとまたソファに戻りジャンプに手を伸ばした。千鶴はこの機会に今まで持っていた不信感を解消してしまおうと総司を追求した。
「で、でもなんで総司君にみんな電話をしてくるんですか?総司君、指輪はして行ってないんですか?」
「して行ってるよ?」
総司はソファにもたれると、左手の薬指にあるシンプルな指輪を千鶴に見せた。千鶴の薬指にも同じものがはまっている。
「指輪はして行ってるし、聞かれても僕の携帯の番号やメアドは誰にも教えてないよ。でもクラスやクラブの連絡網とかには登録しなくちゃいけなくて、それは家の電話を登録してる」
だから家にかかってくるのか、と千鶴は合点がいった。なんとかして総司と連絡をつけたい女の子が、連絡網とかを見て家に電話をしてきているのだろう。

そりゃあ、総司君はかっこいいからもてるよね……
高校生の時ももててたみたいだし

千鶴と付き合う前に、総司が女の子と一緒に帰っている所や総司の家の前でチョコやプレゼントを渡そうと待っている女の子を見たことがあった。もてるのはわかる。冷たいところはあるがそれがまたミステリアスな感じがするだろうし、運動神経もいいし頭もいいし、人当たりも上辺はいいし、なによりも背が高くていわゆるイケメンなのだ。
だが、結婚しているのに堂々とアプローチしてくるのはおかしいのではないか。総司が何か女の子たちに誤解をあたえるような言動をしているのではないかと千鶴は疑っていた。それを総司に言うと、総司は頭をかしげて考える。
「そうだなあ……。千鶴ちゃんくらいの年の人になれば『いいな』と思えばまず薬指を確かめるのが普通になるのかもしれないけど僕の年だとあまりそれはしないよね。むしろ薬指に指輪をはめてても彼女かな、とかよくわかっていないのかな、とか思うぐらいでまさか結婚しているとは思わないでしょう?別に隠してもいないしそういう話になれば結婚してるってちゃんと言ってるよ?」
一点の曇りもない笑顔でそう言われて、千鶴は疑った自分を恥じた。
確かに大学一年生で既婚者だと思う人は少ないだろう。多分家に電話をかけてきた女の子たちは総司のことを気に入って、指輪をしていたから多分彼女がいるだろうけどもしかして可能性があるのなら…と思ってかけてきているのだろう。
あっぱれな勇気ではあるが妻としては面白くない。しかし総司も悪くないから責められないのだ。事実総司はかかってきた電話すべてに同じようにキッパリと断っているのだから。

「まあしばらくしてみんな相手が出来たりできなかったりで落ち着けば電話もかかってこなくなると思うよ。その頃になったら僕が結婚しているってことも広まるかもしれないし」
総司の言葉は現実的で、千鶴は不承不承うなずいたのだった。


郊外型の大きなショッピングモールで来週分の食料品の買い出しをして、千鶴が少し服を見たいと言うと総司は「じゃあ僕は買いたい本があるから」と言ってそこで一時別行動をとることにした。
千鶴が夏向けのブラウスを2枚買ってから本屋へ向かうと、そこには知らない女の子と仲良さそうに話している総司がいた。

……誰だろう……

見た感じ総司と同じくらいで笑顔も幼い。頬を染めて恥ずかしそうに総司と話している。
一方の総司の方はと言えば余所行きの猫被った爽やか笑顔だ。彼女の話をしばらく聞いた後、総司はしばらく考える様にしてから首を横に振った。
その女の子の顔が哀しそうにゆがむのが見える。
その時総司が千鶴に気がついた。片手をあげて千鶴に合図すると、総司は軽く会釈をしてその女の子の前から立ち去った。女の子は悲しそうな顔で総司の背中を見ている。
千鶴の傍に戻って来た総司はいつもの総司だった。
「ごめんね。待たせちゃった?」
「いえ……あの子、お友達ですか?」
「ん?ああ、あの子ね…いや友達ってほどでもないよ」
これで終りというような総司の言葉に千鶴はそれ以上聞きにくくなった。しかし気になる。
「いいんですか?何かまだお話したそうですけど……」
本屋に置いていかれた女の子の哀しそうな顔が可哀そうで千鶴はもう一度総司にそう聞いた。
総司は後ろの女の子を同情するような表情で見ている千鶴を、緑色の瞳で見つめる。
「ああ、なんか明日ちょっと一緒に出掛けてくれないかって誘われてね……気になる?」
「それは……はい。なんだか悲しそうで……なんだかあの子泣いちゃいそうですけど、総司君出かけるくらいなら……」
「……」

朝、総司にかかってきた女の子からの電話に千鶴がやきもちをやいていたのを見てニヤニヤしていた総司は、今の千鶴の言葉を聞いて内心面白くなかった。
あの女の子は誰なのかと嫉妬から追及するどころかあの子に同情しているかのような千鶴の態度。『一緒にでかけるぐらい行ってあげたらどうか』とは新婚の妻の言葉とは思えない。
あの女の子は実は、総司の友人である平助の事が好きでプレゼントを贈りたいと思うのだが何が欲しいのかわからない。だからプレゼントの買い物に一緒につきあってくれないかというものだった。たとえ総司の事を好きではないとしても女の子と二人きりで外出など千鶴に悪いし自分も時間の無駄だしと思い、総司は『悪いけど力になれないと思う』と断ったのだ。
しかし千鶴はそれを知らない。
もしかしたらあの女の子が総司の事を好きで千鶴のから略奪しようと思ってデートに誘っていたりしたら千鶴はどうするのか。それでもあの女の子が可哀そうと言うのだろうか。
そこまで考えて総司はふと思いつく。

千鶴ちゃんにももうちょっと危機感を持ってもらわないとね

「じゃあ、僕OKしてくるよ」
総司はにこにこの笑顔で千鶴にそう言った。
「え?OK?」
「そう。明日の午後一緒にって言われてたからさ」
総司はそう言うと千鶴を置いてその女の子のところに駆け寄り何事かを告げた。女の子の顔がぱあっと明るくなるのが千鶴からでも見て取れる。
少し複雑は複雑だが、朝の電話も今も総司自身はちゃんと断ってくれているのだから変な風に転ぶことはないし、あの女の子もいい思い出ができて、まあいいのだろう、と千鶴は頷いた。
総司はその女の子に手を振ると千鶴の元に戻ってくる。そしてカートを押しながら二人で歩きだした。
「じゃあ明日昼から僕でかけるから」
「はい。やさしくしてあげてくださいね」
「……」
にっこり微笑んで見上げてくる千鶴に総司は生暖かい気持ちになる。これは本当に全然危機感を持っていないらしい。ここまで安心されていると男として微妙な気持ちになるではないか。ちょっとつついてやらなくては。
「しかし千鶴ちゃんも寛大な奥さんだよねえ、他の女の子とデートOKなんて」
「それは……それはだって総司君の事を信頼しているからです」
「へえ。僕は千鶴ちゃんが他の男とデートなんかしたら相手の男を撲殺するけどね。ああでもその前にデート自体即却下かな」
「ぼ、撲殺ですか……。私はそんなにもてないですから大丈夫ですよ。総司君はお友達にちょっと冷たすぎるなーって前から思ってましたからああいうのぐらいならいいんじゃないでしょうか」
ああいうのぐらいって……と総司は千鶴をまじまじと見た。
意味をわかっているのだろうか?この年の女の子が男子を誘うとしたら友達なんてありえないのに。それともそこまで千鶴は余裕を持っているということなのか。総司が自分以外見向きもしないだろうと?(いや、事実しないのだが)
総司の顔に密かに黒い笑みが浮かぶ。
「そっか。じゃあどこからならダメなの?」
「え?」
「デートはいいんでしょ?キスは?キスはダメかな。手をつなぐのはどう?ご飯を二人きりで食べるのは?女の子の家に行くのはもちろんアウトだと思うけどさ」
「……」
千鶴は唖然として総司を見た。
「そ、そんなこと……総司君は……」
総司はしたいのだろうか。まだ結婚したばかりだと言うのに他の女の子とそういうことを?
「総司君はそういうことをしたいんですか?」
「いや、したいかしたくないかとかじゃなくてさ。千鶴ちゃんはどのあたりまでOKなのかなーって聞いてるだけ」
「どのあたりって……」
全部だめに決まってるではないか。しかしそんなことを聞いてくるということは、総司は実はそういうことを他の女の子にしたいのだろうか?もうすでに千鶴には飽きているのだろうか?
「……」
不機嫌になって黙り込んでしまった千鶴を、総司は楽しそうに眺めた。
「ま、その辺は僕の常識に任せますってとこかな?じゃあ明日は行ってくるね。いいんだよね?」
念を押すように聞かれて千鶴はムッとして答えた。
「どうぞ」
「なんで怒ってるのさ?千鶴ちゃんが行けって言ったんだよ?」
「怒ってません!」
「ほら怒ってる」
「怒ってないですってば!」
「こわいなあ」
からかう総司にむくれる千鶴。このケンカは次の日総司が問題の「デート」にでかけるまで続いたのだった。



ついてきてるついてきてる……
総司はガラスに映った千鶴の姿を見て内心ほくそ笑んでいた。
千鶴の様子から今日の「デート」の後をつけてくるかも…と思っていたら案の定。ビルのガラスには、総司のかなり遠い背後で隠れるようについてきている千鶴の姿があった。
変装しているつもりなのか帽子を目深にかぶり、いつもはあまりはかないパンツ姿だ。

まあ、これで後もつけずに興味もなく放置されたらそれはそれで僕がへこむけどね

総司がちらりと進行方向を見ると、ちょうど渡ろうとしていた横断歩道の信号がチカチカしている。総司は心の中で5まで数えて、もう信号が赤にかわるかどうかという寸前にダッシュして横断歩道を渡った。後ろで千鶴が焦っているのが簡単に想像できる。
総司は吹き出したくなるをこらえて、すぐ先のビルを左に曲がるとそのままそこで壁にもたれて千鶴を待った。
はたして3分後。息せき切って千鶴が角を曲がってくる。総司に気づかずをのまま通り過ぎようとする千鶴に、総司は声をかけた。
「ちーづるちゃん」
ピタリと足を止めて目を真ん丸に見開いて総司を見る千鶴の顔は、最高におかしかった。総司はこらえきれずにぷーっと笑い出す。
「偶然だね、千鶴ちゃんも買い物?」
「そ、総司く…ん……」
帽子をとりながら茫然としている千鶴を、総司は余裕の笑顔で眺める。
「何を買いに来たの?」
「え、と……」
千鶴が大慌てでここにいる言い訳を考えているのが手に取るようにわかる。赤くなったり青くなったりしている顔を見ながら、総司はそろそろ許してあげようかと口を開いた。
「……あとつけてきたの?」
「……」
「千鶴ちゃん?」
俯いた千鶴の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。そしてコクンとうなずいた。
「……ごめんなさい……」
小さくなって萎れている千鶴に、総司は溜息をついた。
「千鶴ちゃんも一緒に行く?」
「え?」
「今日のあの女の子の待ち合わせ。千鶴ちゃんが気になるようなら一緒に行こうか」
総司の提案に千鶴は慌てて首を横に振った。
「いえ、それはあの女の子に悪いです。……もとはと言えば私が悪いんです。総司君はちゃんと最初に断ってくれてたのに私が余計なことを言っちゃって、しかも後からやっぱり不安になって後をつけるとか……」
しょんぼりしている千鶴に総司は苦笑いをしながら言った。
「あの子ね、別に僕の事は好きでもなんでもないんだよ。あの子が好きなのは平助。趣味悪いとは思うけどね」
千鶴はパッと顔を上げて総司を見た。
「え?平助君?」
「そ。平助にプレゼント贈りたいけど何がいいかわからないから一緒に選んで欲しいってたのまれたんだ。千鶴ちゃん平助のこと知ってるし女性目線でのアドバイスもできるだろうし、一緒に行ったらあの女の子よろこぶんじゃない?」
「……」

キスは?手をつなぐのはどう?

千鶴は昨日の総司の言葉を思い出していた。
「……総司君……わざと私にあんなこと……」
「ん?あんなんことって?」
「とぼけないでください!キ、キスとか、どこまでいいかとか……!平助君の事を好きな女の子ならそんなことになるわけないじゃないですか!?」
総司は伸びをしながら千鶴を促して歩き出した。待ち合わせの時間まであと少しなのだ。
「まーね。ちょっと千鶴ちゃんにもいろいろ考えて欲しくてね。うかつに他の女の子に塩を送る様な事をするとそういうことになるかもしれないよってね」
「塩を送るも何も、総司君は私と結婚してるんですからそもそもですね…!」
「千鶴ちゃんこそ結婚してるんだから、旦那が他の女の子と会う約束を断ったんなら喜んでくれないと。断ったら逆に相手の女の子が可哀そうです、なんて何それだよ全く」
拗ねるような総司の口調に、千鶴は隣を歩く彼を見上げる。彼の表情も口調と同じく拗ねていた。
「総司君……」
嫉妬深い女性は嫌われると千鶴は思っていたのだが、どうやら総司は嫉妬をしない女性も気に入らないらしい。
千鶴は、自分だったらどうだろうと考えてみた。
例えば会社の男性にデートに誘われて(まずそれはないだろうが)、自分は断ったのに総司が『行ってきたら?』と言ったら?

……信頼してくれてるんだな、と思うだけのような気がする……けど…

しかし総司はそれが嫌なのだろう。嫉妬や束縛を千鶴からされたいと思っているようだ。
千鶴は総司に嫉妬をさせてしまったとわかったら総司に可哀そうなことをしたと申し訳なく思うのだが、総司は逆に千鶴にそうされると嬉しいらしい。
まあ、しかし。
結局、そんなところも新婚の年上妻からしたらかわいらしいと思ってしまう。
総司のご機嫌を損ねないように次からはちゃんと嫉妬するふりをしなくてはと、千鶴は心の中の総司メモにそのことを書き加えたのだった。




千鶴ちゃんの嫉妬もおいしい!




【終】

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