【蜘蛛 2−1】





 

 

 

 恥ずかしくて、怖くて、それでも何か得体のしれない初めての感覚に戸惑い、千鶴の瞳からは自然と涙が零れ落ちた。
総司の指が制服のスカートの下を這い、下着をなぞるのを感じて、千鶴はいたたまれなさに目をぎゅっと閉じた。誰にも触られたことのない場所を執拗に触れられ、気持ちよさよりも恐怖がつのる。
顔を背けて耐えていると、涙が後から後からこぼれていくのを感じる。
何故こんなに悲しいのか……。
千鶴にはなんとなくわかっていた。

これは、失恋だから……。
少しずつ少しずつ育ててきた臆病な思い。総司への恋心。
それがすべて壊れてしまう。

「……助けて……」

 神様。助けて。沖田先輩と私を。
 もう元には戻れなくなってしまう。だって沖田先輩も泣いてる。悲しそうに。
 どうして……。どこで間違えたんだろう。先輩のことが大好きで、先輩も好きでいてくれて。

 なのにどうして今こんなことになっているの?


 総司の熱い唇が千鶴の眼尻に触れ、涙をキスでぬぐった。

「……泣かないで……」

総司の手も、唇も、言葉もすべてが優しかった。それが余計に哀しい。

総司にやさしく抱きかかえられ、千鶴は腕からブラウスの袖とブラをはずされた。ウエストのホックがはずれ、スカートも下着も靴下も脱がされる。生まれたままの姿を、煌々と光る電気の下でさらされて、千鶴は総司の顔が見れずに目を閉じた。まじまじと自分を見ている総司の視線を感じる。


総司の熱い溜息が聞こえて、続いて総司が制服を脱ぐ衣擦れの音がした。

「千鶴ちゃん」

僕を見て。

総司の声と共に灯りがさえぎられ暖かい空気を感じ、千鶴は彼がのしかかってきたのを感じた。
脚を割られ広げられる。
恐る恐る開けた瞳には、総司の切なげな緑の瞳が映っていた。千鶴がその深い深い緑色をのぞきこんでいると、総司がゆっくりと入ってくるのを感じた。どこかしびれたように麻痺していた頭を、鋭い痛みが刺激する。
「あっ…!」
「……力を抜いて……。力を入れると余計痛いと思うから……」
千鶴を傷つけているのは総司だが、今千鶴が縋り付くのも総司しかいなかった。千鶴は唇を噛み、必死で総司の肩につかまる。男性の裸の肩にしがみつくなんて初めてで、その固さ大きさ、力強さに、千鶴はドキリとした。
その瞬間お腹の奥にふっと火が灯り、千鶴は思わず甘い声をあげる。その声に総司が熱い吐息で応えた。総司のきれいな顎のラインをつたって、彼の汗がぽたぽたと千鶴の胸におちる。
「あっ……あ…」
断続的にあがる千鶴の鼻にかかった声を聞きながら、総司は少しずつ動き始めた。そうしながらも奥へ奥へと進む。
最後まで突き進むと、総司は感極まったように、震える吐息をつきながら千鶴の唇に唇を合わせた。彼の荒い息と鼓動を感じながら、千鶴は総司がからませてくる舌に夢中で応える。
体を動かすたびに鈍く鋭い痛みが襲うが、千鶴は不思議なことにこれまでないくらい満たされていた。その反面、大きな喪失感も感じる。総司のたくましい腕に隙間もない程抱きしめられ、うわ言のように名前を呼ばれ、好きだ、と繰り返されているのに、千鶴の胸の中はぼっかりと穴が開いていた。
総司に満たされれば満たされるほど、その穴は深く大きくなるような気がする。総司にしがみつきながら、彼を抱きしめながら、千鶴はまた、助けて……とつぶやく。

熱い滴が頬を伝うの感じた。

 

 


 「今日は千鶴はこないのか?」
気持ちのいい青空の下、屋上での昼食時に一が平助に聞いた。
「うん。なんか今日休みなんだって。薫が言ってた」
平助が答える。家が隣の平助は、いつも朝自宅から学校の駅まで千鶴と一緒にくる。駅から学園までは総司も一緒だ。
「風邪でもひいたか?めずらしいな…」
そうつぶやいた一は、弁当箱の蓋をあけながら横目でちらりと総司を見た。
「何?」
視線に気づいて総司が一に聞く。

 「……昨日、千鶴がお前の家に行ったろう?何か言っていたか?」
「あ、そーじゃん!千鶴、総司と話に行くって言ってたぜ。ちゃんと話した?」
平助もおにぎりをほおばりながら総司を見た。

総司はパンの袋を開けながら軽く笑った。
「来た来た。思いつめた顔して。またなんかあさっての方向に誤解してたみたいでさ。ちゃんと話して誤解解いて……。すぐに帰ったよ」
「……そうか」
一はかすかに微笑むと、また弁当箱に視線を戻した。総司はふと思い出したように続ける。
「あ、それから今週僕部活休むから。それと平助、道場の方も行けない。悪いけど小学生の指導クラス、かわってもらえない?」
めったに休まない部活を休み、一度も休んだことがない道場のクラスも休む、と言う総司に、平助は目を瞬いた。
「いや、別にいーけど。なんで?」
「まぁいろいろね。悪いね。ありがと」
にっこり笑ってパンにかぶりつく総司は、いつもと全くかわらず、一と平助は少し不思議に思ったものの特にこだわらずにうなずいたのだった。

 

屋上から引き上げるときに、総司は、あ、僕ちょっとトイレ、と言って一人で抜けた。
総司はそのまま階段を降りて、人がめったにこない視聴覚室前の階段踊り場へと行く。誰もいないのを確認してから、総司はズボンのポケットからパールホワイトの携帯を取り出した。
ためらいもなく操作をし、メールや電話の着信をチェックする。
特に何もないのを確認すると、総司はメールの送信済みBOXを開けた。


 『薫。父様には詳しく伝えてあるけど、しばらく友達の家に泊まることになったの。学校にはちゃんと行くから。父様の了解ももらったし心配しないでね。』

宛先は千鶴の双子の兄、薫。送信時間は昨日の夜7時。
総司は何も言わず文面をもう一度チェックすると、次の送信済みメールを開けた。

 『父様。夜勤ご苦労様です。薫には詳しく説明してあるんだけど、事情があってしばらく友達の家に泊まることになりました。ちゃんと学校にも行くし、薫も大丈夫だって言ってくれたんで心配しないでください。また連絡するね。』

宛先は千鶴の父の綱道。送信時間は昨日の夜7時5分。

千鶴から聞きだしたところによれば、これからほぼ一週間、綱道と薫はすれ違いのスケジュールのようだった。息子と男親とがそんなに頻繁に連絡を取り合うとは思えないし、しばらくはこれでいけるだろう。
チャイムの音に、総司は千鶴のパールホワイトの携帯を閉じるとのんびりと教室へと歩き出したのだった。

 

ドラッグストアとコンビニでいろいろ買い込んだものを、とりあえず下駄箱の上に置いて、総司は急いで自分の部屋のドアを開けた。
中から、千鶴がはっとしてこちらを見る。

昨夜からの汗と涙で髪は乱れ、目は泣きはらして真っ赤になっている。着崩れた制服はあちこちが皺になってしまっていた。
「……沖田先輩……」
弱弱しい声でつぶやく彼女の声に、総司はしょうがないなぁ、という顔で溜息をついた。
「無駄だよって言ったのに、とろうとしたんだね?ほら……」
そう言って総司は千鶴の手首に食い込んだロープに触れた。それはベッドのヘッドボードの柵部分にきつく結ばれている。
「新聞とかしばるヤツだから縄目が荒いし、暴れると痛くなるよって言ったのに」

総司はそう言いながら自分の学校カバンのなかからカッターをとると、ぶつんと縄を切った。

千鶴は、ほっと溜息をついて傷になっている自分の手首をなでる。
「とりあえずトイレ行きたいでしょ?あとは水分補給と食事と……着替えも買って来たし、あ、でもその前にお風呂にも入りたいよね」
総司はそう言いながら千鶴の手をとると優しく促した。
「ほら、トイレ行っておいで。お風呂は沸かしておくから。食事は……僕はあんまりつくれないからコンビニでいろいろ買ってきた。他のがいいならまた買いに行くし、宅配たのんでもいいし?」
「……」
千鶴は奇妙な顔をして総司をしばらく見ていたが、ふっと視線をそらすと何もいわないまま洗面所へと向かった。


「さっぱりした?」
風呂からあがり、女性用の新品の部屋着に着替えて、水を飲んでいる千鶴に、総司が満足気に声をかけた。
千鶴は小さくうなずくと総司を見る。
「……沖田先輩…あの……」
「あ、待って。まず手首の傷の手当をしよう。それからはれちゃってる瞼を冷やすから」
総司は優しく千鶴の手をとって、そっと消毒液がついた脱脂綿で小さな傷をなぞる。絆創膏は貼らない方がいいかな、と言って脱脂綿を捨てると、彼女をソファへと促し、総司の膝枕で寝かせた。とまどう千鶴の瞼に、ひんやりとしたものが乗せられる。
「……気持ちいい?」
「……」
千鶴はうなずいた。そしてそのまま目を冷やしてもらったまま、口を開く。
「……沖田先輩、もう…帰してください。家族が心配するし……。それにいつまでもこのままっていうわけにはいかないし……」
総司はその言葉に溜息をついた。
「昨日から何回も言ってるのになぁ……。帰さないって」
「……沖田先輩……」
「帰ったら、君は逃げちゃうでしょ?もういいんだ。君に泣かれても嫌われても君を逃がさないことに決めたから。……大事にするから、君はずっと僕の傍にいるんだよ」

「……沖田先輩……」
「あっ、また泣く…!せっかく冷やしてるのに、瞼、また腫れちゃうよ。ほら、泣き止んで?」

「……どうして…」
「また『どうして』?……でも、いいよ。千鶴ちゃんはわかんなくても。僕がわかってるから」
「……わかりません。どうしてこんなことを……?私、先輩のこと好きだったのに……?どうして……」
千鶴の言葉が過去形だったことに、総司の胸は痛んだ。目を冷やしていたジェルを取って、涙にぬれた千鶴の顔を覗き込む。
「……好きだよ、千鶴ちゃん」


千鶴は涙に霞む視界で、ぼんやりと見える総司の顔を見上げた。総司に膝枕をしてもらっているせいで、とても近くに彼の顔がある。
さらさらの茶色の髪はあいかわらずあちこちに跳ねて、きれいな顔のまわりを縁どっている。男性にしてはきれいな肌。少し大きめの瞳。若菜のような明るい緑色の瞳……。今はその瞳は悲しそうに揺らめいていた。

 私も好き……。

言葉にはしなかったが、千鶴には自分の気持ちはわかっていた。
昨日からの一連の出来事……。あまりにショックで、まだ思考回路の一部がマヒしたようになっているが、それでも千鶴は総司が好きだった。だからこそ、なぜ、と思ってしまう。
千鶴だって、まだ心の準備はできていないものの、いつかは総司と、と思っていた。
何故こんなカタチで……無理矢理?
つきあいだしてまだ二か月程度だ。極端に遅い、というわけではないだろう。もう少し、もう少しだけ仲良くなって、もう少しだけ総司の近くにいても緊張しないようになって、もう少しだけ彼のことを知ることができたら……。そうしたらきっと千鶴も同じ気持ちになっていたと思う。
それが待てなかったということなのだろうか?
確かに最初のデートのころから、総司はなにかおかしかった。普通の高校生のように笑っていたかと思うと、妙に寂しそうな目をしたり、妙に大人のような考え方をしていたり……。
これから少しずつ彼のそんなところを知って行きたかったのに……。

総司の整った顔が近づいてきて、千鶴の涙をキスでそっと拭う。そしてそのまま彼の唇は瞼へ、頬へ、と移って行き、千鶴の唇まで行くとそこにとどまった。
柔らかい唇が、ついばむ様に千鶴の唇をもてあそぶ。溜息と共に千鶴は総司に持ち上げられて、ソファに座っている総司にもたれかかるように抱きしめられた。そのままの姿勢で深く唇を貪られる。
「ん……。あっ……、はぁっ……」
昨夜から散々されたキス……。千鶴は我知らず小さく声をあげた。


再び千鶴の胸の、大きな穴がぽっかりと口を開ける。そんな穴にはもちろん気づかずに、総司はゆっくりと千鶴のTシャツの下へと手のひらを這わせた。ウエストを掴む様に触り、少しずつ上へとずらしていく。
総司は千鶴に深く口づけながら背中に指をやり、簡単にブラジャーのホックをはずした。
「……あっ……」
総司の手が、柔らかく千鶴の胸を包む。
優しい彼の唇と手の肌触りに、千鶴の瞳からまた涙があふれた。

 

まるで命綱であるかのように、総司は千鶴を抱きしめた。そしてゆっくりと動き出す。総司にじっくりと解された千鶴の体は十分にうるおい、柔らかく総司を受け止めた。
千鶴は自分の口から零れ落ちそうになる甘い声を必死になってこらえる。

 こんな状況で、こんな風に感じでしまう自分はおかしいのだろうか?
千鶴は飛びそうになる意識を必死につないで、そう考えた。
一番警戒しなくてはいけない相手なのに、心も体もすっかり開けて彼を受け入れてしまっている。

総司の唇が、熱い吐息と共に千鶴の耳を甘く噛んだ。舌で優しくもてあそび、うなじへと下り、そしてまた耳へと戻って行く。
「……ああ……!」
千鶴はとうとう耐え切れずに、切ない悲鳴をあげた。総司の腰は同じリズムを刻み、手は千鶴の胸の先端を優しく揉んでいる。
「ああ……!……んん……っ。あっ……!」
総司が千鶴の腰を少し持ち上げて角度を変えた。ゆっくりゆっくりと波のような動きは変わらずに、少しずつ千鶴を追い詰めていく。
初めて感じる切羽詰まったような感覚に、千鶴はうろたえた。

 ……これは、何…?何か、この先にあるの……?

「あっ…沖田先……。ああっ…!」
とまどったような千鶴の声に、総司は彼女と瞳を合わせた。
「千鶴ちゃん……。そのまま何も考えないで……。体の感覚だけに集中して……」
苦しそうに眉根を寄せながら、動き方はかえないまま、総司も何かに集中しているように言った。

 僕の眼を見て……。

暗示にかかったように、千鶴はもう何も考えないまま総司の緑の瞳を見つめた。

 どうにかなるのなら……どうかなってしまうなら、それならこの人と一緒がいい……

総司が優しく千鶴の腰へと手をのばし、感じやすい蕾をそっとなでると、千鶴は甘い悲鳴のような甲高い声をあげて全身を硬直させた。
視界が白く染まり、体がふわりと宙にういたように感じる。
一瞬後に総司が強く自分を抱きしめるのを感じながら、千鶴は瞼をゆっくりと閉じた……。

 


 その甘い地獄は三日続いた。
 夜は二晩。

3日目の朝、薫が何とはなしに平助に話し、平助は千鶴が家にいないことを初めて知った。そして薫が、千鶴は学校には行っていると思っていることも。途端に平助は総司を思い出す。

いつもだったら総司は千鶴が休みと言うだけで大騒ぎをして見舞いに行くと言い出しそうなのに、ここのところまったく千鶴の話をしない。
部活も道場も休み、何の用があるのか毎日授業が終わると一人でさっさと帰って行く。そして、千鶴が学校に来なくなった前日、千鶴が行く、と言っていたのは総司のところで……。

まさかな……、と思いながらも平助は、とりあえず部活の時に一に相談した。

「……どういう意味だ」
一の言葉に平助は首をかしげた。
「……どういう……意味かなぁ。俺もわかんねぇ。だけど……なんか臭くないか?総司、変だよな?千鶴も変だし……」
一は平助を見ながら顎に手をやり考え込んだ。

 まさか、いくら総司と言ってもそこまでは……。しかし……。

一の脳裏に、ある情景が浮かぶ。

 夕闇の中、ぼんやりと空を見上げながらつぶやていた総司。

 『比べる、っていうか……。悲しくなるんだよね。心も体も全部僕に預けてくれて、僕のも受け入れてくれてた千鶴を知ってるからさ。今なかなか近づいてきてくれない千鶴ちゃんがもどかしくて寂しくて……。』


 「……帰りに寄ってみるか。総司の家に」
「……いいけどさ。でも何しに来たのって言われたらどうする?」
「……適当に言って家にあがりこむ。お前も何かおかしいと思っているんだろう?」
「……」

 


 「じゃあ、すぐ帰って来るからイイコにしてるんだよ」
総司の言葉に千鶴は従順にうなずいた。
千鶴にとって最初は抵抗があった手首の拘束も、総司が帰ってくればすぐに解いてもらえるのでなんとも思わなくなってきていた。
今も、夕飯をコンビニに買いに行く、という総司に、千鶴は自分が食べたいもの(イチゴヨーグルトとアイスティー)を告げ、あとは適当に買ってくるよ、という総司に自分から手首を差し出した。
総司は優しく、けれども決して一人ではほどけないように手首を縄で結び、それをベッドのヘッドボードの柵のところに結びつけると、にっこり笑って出て行った。

 いつまでもこんな日々が続くわけはない。
けれども千鶴は、もう帰してほしいのかどうかわからなくなってきていた。
総司は優しい。これまでも優しかったが、この家に閉じ込められてから、甘やかす、という言葉がびったりなほど優しい。身の回りの世話はもちろん他愛もない話をたくさんしてくれるし、いつも幸せそうだ。
そう、総司はこれまで見たことがないほど、幸せそうだった。視線でいつも千鶴を探し、目が合うとにっこりと嬉しそうに笑う。
その笑顔を見ると、千鶴はなんだかもう、これでいいのではないかと思うようになってきてしまっていた。
いつも……最初に会った時から、彼の瞳の奥には寂しそうな影が揺らめいていた。傍にいて楽しそうに笑ってくれるようになっても、その影はいつもちらちらとあらわれては消える。
しかし、この家で、この狭い楽園で二人で一緒に居るときは、その影はなりを潜めていた。

 千鶴は自分の手首の縄を見下ろす。

こんなこと、異常だ。
どこかおかしい。
早く家に帰らなくては。

そう思う一方で……。

総司と一緒にいることが本来のような気もする。こうして二人で、隔絶された場所で二人きりでいることが、正しいことのような……。


 千鶴の思考は、突然のガチャガチャ!という玄関のノブを回す音で途絶えた。
何事かと、見えないものの、総司の部屋のドアの向こう、玄関のある方へ眼をやる。

「なんだよ!家にあげるくらいいいだろ?」
「迷惑なんだよ!帰ってくれる?」
「!……おい、総司……!これは……!!」

千鶴ははっとして、閉じられたままの総司の部屋のドアを見た。
玄関の方から聞こえてきたのは、一と平助の声だった。総司が必死に追い返そうとしている声も聞こえる。

「…!千鶴の靴じゃねーか!!総司!!おまえっっ!!」
平助の怒鳴り声とともに、ドタドタッと廊下を走る音がして、勢いよく総司の部屋のドアが開けられた。
千鶴は目を見開いてそちらを見る。

そして、彼らの眼に映る自分の姿を想像した。


部屋着を着て、床に座り込んで、こちらを振り向いている自分……。手は縛られて……。

 

 

 

 

異常ながらも完結していて、幸せだった、天国のような地獄は、そうやって終わったのだった。

 

 


         

 

         後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、
         月も星もない空の中途に、短く垂れているばかり……

 

 


 



















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