【Can't Help Falling Love With You 4】
幕末ですが、本編捏造がはなはだしいです。
次の朝、土方に呼ばれた二人は今回の計画を実行することについての確認を再度とられた。本当にいいんだな、という土方の言葉に、二人がうなずくと、土方は計画の細かい説明を始めた。
千鶴は、土方の話しを聞きながら、隣に座っている沖田をそっと盗み見た。
あの後、妙に頭が冴えてしまい、昨夜はほとんど眠ることができなかった自分と違い、沖田は全くいつもどおりのように見える。
今朝は朝餉の時も、土方に呼ばれて部屋に向かう時も、千鶴と目をあわせず、そっけない挨拶しかかわしてくれなかった。
あんなことがあった後で、どんな顔をすればいいのかわからなかった千鶴は、何事もなかったような、いやそれよりも冷たい沖田の態度に、少し寂しく思いながらもほっとしていた。
あれは、本当にあったことなのかな……。
これまでも沖田は千鶴に触れてきたり、抱きついてきたりすることは何度もあったが、どれも子どもに対するようなからかうためのもので、男と女を感じさせるようなものは(少なくとも千鶴にそう感じさせるようなものは)なかった。
ぼうっとそんなことを考えていると、土方の言葉が耳に入ってくる。
急に現実にもどり、千鶴は顔を赤くした。大事な打ち合わせなのに、何を考えてるの!
「よし、じゃあ千鶴はこのまま醒ヶ井の幸のところに行って、女の格好にしてもらえ。総司は遠くから千鶴の監視。いいな」
醒ヶ井の幸、というのは近藤の別宅で、幸というのは近藤の妾の名だった。
屯所で話せないような話のときは、幹部がそこに集まり合議をすることもあった。
昨日、千鶴の話した計画を了承した後、土方は方々に連絡をとって、細かいところまでつめたのだろう。
いつもはふざけた素振りをしたり、冗談を言ってまぜっかえしたりする沖田が、今日は妙に静かで、表情も少ないのに土方は気づいていた。
そして千鶴の様子が、いつにもまして、顔を赤くしたり、おどおどしているのも。
「はい」
「わかりました」
千鶴と沖田は土方の言葉にそれぞれ返事をすると、立ち上がった。ついでに出した湯のみをさげようと土方の方を向いた千鶴と、そのまま部屋を出ようとする沖田とが向き合う形になり、二人の目があう。
千鶴は、思わず真っ赤になってしまったが、沖田は無表情に千鶴を見て、体をよけた。
と、ふと千鶴の首あたりに目をやった沖田が、ぎょっとした顔をして、あわてて顔をそむけて、千鶴の傍を通り抜け足早に部屋を出て行った。
土方は、特に何も言わず、横目でその様子をみていた。
千鶴は、沖田の表情をみて、自分の襟元に虫でもついているのかと払ってみたが、特に何もなく、???と首を傾けながら湯のみを片付け、土方に挨拶をした後、部屋を出た。
千鶴はいつもの男装のまま、屯所を一人で出て、醒ヶ井へ向かう。
沖田は見かけなかったが、きっと後ろからついてきているのだろう。
歩きながら、千鶴は今朝土方から聞いた詳細を心の中で復唱した。
女の格好をした後、一人で、角や、みつわや、ふくや、と一刻ごとに茶屋をかえる。それを毎日一週間続ける。
沖田は人目につかないところで千鶴と千鶴の周囲を監視し、何かあった場合、千鶴を斬ることまで含めて自己判断で対応する。
これが今回の特命だった。
「ああ、良くお似合いです」
近藤の妾の幸は、千鶴に薄紫の小袖を着せながら、にっこりと笑った。
土方が用意してくれていた女物の着物は、薄紫の地に秋の花である桔梗があしらわれた美しいものだった。その色は千鶴の透明感のある白い肌にとてもよく映えた。
小物や髪飾りもあったが、目立たないように、特に華美なものではなく、大人しめではあったが、そのシンプルさがかえって千鶴の魅力を引き立てていた。
襟元の部分を整えようと、手を伸ばし、千鶴の鎖骨の部分を覗き込んだ幸は、あっと小さい声をあげた。
「あの……、千鶴さん、ここ……」
そう言って幸は、少し頬を染めながら千鶴の首の付け根、着物のあわせすれすれを指さす。
「何か、ついてます?」
不思議そうに問い返す千鶴に、幸は少し考えて、身を翻すと手鏡を持ってきた。
千鶴が受け取って、自分の襟元を鏡に映すと、そこにはほとんど着物に隠れてしまうがよくみるとうっすらと桜の花びらのような小さい痣がついていた。
切り傷のようなものはすぐ治る千鶴の体も、このようなかすかな痣のようなものは治りにくい、が、その痣が何か問題なのか、千鶴にはよくわからなかった。
「虫にさされたんでしょうか?」
そういえば今朝沖田さんも同じような場所をみてぎょっとしてたな、あの時やはり虫がいたんだろうか…。
千鶴はそんなことを考えながら幸を見た。
幸は、そのいかにも初心そうな千鶴をみて、全くわかっていないことに気が付いた。
「あの……。それは……。その……。見る人がみればわかると思うんですが、せ、接吻の……後じゃないかと……。千鶴さんが恥ずかしい思いをされるかもしれないので、できるだけ襟元を気にしててくださいね」
千鶴は、一瞬何を言われているのかわからなくて、キョトンとしたが、すぐに昨夜の沖田にされた行為を思い出し、全身真っ赤になり、汗が噴出してくるのを感じた。そして今朝の沖田の態度も、これを見たものだったのかと思い至る。
口付けでこんな痕がつくなんて……。知らなかった……///。
何を言ったらいいのかわからず、真っ赤になって黙り込んでしまった千鶴を、幸は姉のようなやさしい微笑みで包んだ。
「好きな人がいるんですね。今日の可愛らしい格好、見てもらえるといいですね」
千鶴は顔を真っ赤にしながらも、久しぶりにした女らしい格好を見下ろして、そっとうなずいた。
沖田の姿が見られないのは寂しいが、どこかで自分を見ていてくれてると思うと心が弾む。
まるで二人だけで逢引しているみたいだ、と考え、そんな自分が恥ずかしくてふふっと頬をそめて小さく笑う。
昨日の行為は、口付けでさえ初めてであった千鶴には衝撃的で怖かったが、とても…素敵だった。
胸が躍る、というのはこんなことをいうのかとも思ってしまった。
もっと何か、何か大きなものが欲しくて、もだえているところを、突然放りだされてしまったが、その先にまだ何かもっと素敵なことがあるのだろうということはなんとなく感じていた。
『色』というものがあんなふうなものならば、永倉さんたちが、島原に通い詰めるのも分かる気がする…。
永倉達が島原に求めているものとは少し違う、ということを、初心な千鶴は知らなかった。
なんで沖田さんはあんなことをしたのかな……?
私が急に自分から口付けをしたりしたから?
いつものからかいの延長、っていうかんじではない気がしたし……。
何か私が悪いことをして、いじめようと思ったんだろうか?
でも、強引ではあったけど、私に対する気遣いや優しさも感じた。
千鶴は、いろいろ可能性を考えてみたけれども、さっぱりわからなかった。
初日が終わり、千鶴は土方に今日の様子を報告していた。
一日目だけあって特に何の動きも無かったが、これは予想通りのことである。
綱道が、薩長側にとらわれているのなら、自分のことも薩長は知っており、様子を伺っていたはずだ。それにあの鬼たちも、薩摩に協力していると言っていた。
千鶴が今日、何をしていたかを知り、明日も同じ事をして、そうすると明後日も……、と千鶴の次の行動がよめるようになる。なんらかの動きがでてくるとしたら、三日目か四日目ごろだろうと思っていた。
何人かの男性に、一緒にお茶を飲まないかとか、どこかへ行かないかと声をかけられたが、そのたびに、連れを待っているので、と微笑みなんとか交わした。昼日中の茶屋であることもあり、男達もそれ以上は強引には迫ってはこなかった。
千鶴に声をかけた男達は、断られたけれども千鶴がにっこり微笑んでくれたことに気をよくしたまま茶屋をでて歩き出す。と、とある路地で、首ねっこをつかまれて裏にひきづりこまれ、二度と彼女に声をかけたら殺す、と恐ろしい殺気をまとった沖田に脅されてほうほうの態で逃げ出していたことは、千鶴は知らなかった。
女の格好のまま幸のところへ帰り、男装にもどり屯所へ戻る。土方に今日の様子を報告し、みんなと一緒に夕飯を食べる。
他の幹部隊士には、詳細は話さず、千鶴と沖田が一週間だけ特命で動いているということだけを伝えてあった。
千鶴が囮になっていることや、命の危険もあることを伝えてしまうと、千鶴に甘い左之や平助が大反対することは見えていた。そのため、千鶴から土方にお願いして、そのように伝えてもらったのである。
嘘を伝えていることは心苦しかったが、千鶴は覚悟の上のことであった。
沖田は夕飯の席にはいなかったが、多分千鶴より遅れて帰ってきて、土方に報告とその他打ち合わせをしているのだろう。
そんな一日が、二回、三回と繰り返された。
三日目の夜、沖田は土方の部屋で、全身から発する苛立ちを隠そうともせずに報告をしていた。
「と、こんな感じでした。今日は」
「ああ、ご苦労だったな。夕飯は食べたのか」
「勝手場で残ったものを適当にかきこんで来ましたよ」
「なんでそんなにいらいらしてんだ、てめぇは」
土方が呆れたように言う。
「別にいらいらなんてしていません。もう行っていいですか?」
沖田はこれでお終い、というように、返事も聞かないまま、立ち上がり背を向けて部屋を出て行こうとした。
あまりにもとげとげしたその態度に、土方は思わず声をかけた。
「総司、つらいようなら、他のやつにかわってもらってもいいんだぞ」
沖田はこちらに背を向け、襖にかけた手をそのままに、一瞬沈黙した。