【Can't Help Falling Love With You 5】

幕末ですが、本編捏造がはなはだしいです。












 「総司、つらいようなら、他のやつにかわってもらってもいいんだぞ」

 沖田はこちらに背を向け、襖にかけた手をそのままに、一瞬沈黙した。
ふりかえって土方を見たときには、もういつもの飄々とした仮面を貼り付けて微笑んでいる。
「仕事ですから、ちゃんと千鶴ちゃんを斬れと言われたら斬りますよ。千鶴ちゃんからのご指名もあるし。それに今更じゃないですか」
「まあ、そうだが……」
「じゃあ、お休みなさい」
そういい残して、沖田は出て行こうとする。
「待て、総司。広間で平助と新八達が酒飲んでるから、てめぇも飲んで来い」
「別に酒を飲みたい気分じゃないからいいです」
「そのいらいらをなんとかしろっつってんだよ。緊張を解いてゆっくり休むのも仕事のうちだぞ。あんまり寝てねぇようなツラしやがって。酒飲んで寝ちまえ」

 総司はため息をついて土方を見た。
「ほんとに、そんな気分じゃないんですがねぇ……」
「明日になってもそのいらいらがとれねぇようなら、てめぇを今回の件からはずすぞ」

 土方の言葉に、沖田は黙り込んだ。
「千鶴を斬るような事態にならなくても、薩長側と刃を交わす可能性は大きい。そんな時平常心が保てねぇ奴は邪魔なだけだ」

 少しの沈黙のあと、総司は顔をそむけて言った。
「じゃあ、広間に行ってきますよ」

 

 総司が出て行ってすぐ、土方は勝手場で、水を飲みにきた千鶴と偶然顔をあわせた。
「なんだ、まだ寝てねぇのか」
「は、はい。なんだかいろいろ考えちゃって」
「お前もか。平助達が広間で飲んでるから、一杯もらって飲んで寝ちまえ。早く寝ないと明日に響くぞ」
「はい。じゃあお言葉に甘えてちょっとお邪魔してきます」
千鶴はそう言うと、ととと……、と広間の方へ小走りに歩いていった。

 千鶴が広間の襖の外で、声を掛けようとしたとき、中から沖田の声が聞こえてきた。
「昨日の夜?ああ、確かに道場にいたけど?」

 沖田さん、いるんだ……。
あの夜の後ほとんど話してないし、なんか避けられてる感じだし……。
入っていくの気まずいな……。やっぱり部屋にもどろうかな……。
でもこのままどんどん気まずくなるのも嫌だし。せめて前みたいに普通に話せるようになれたら……。

 千鶴が廊下で逡巡しているうちに、中の話はどんどん進み、千鶴は盗み聞きをしているような気分になって、ますます入りづらくなってしまった。

 「なんで、あんな夜中に道場にいたんだよ、総司」
「一日、千鶴ちゃんについて特命をこなしてたからね。体を動かしたくて鍛錬してたんだよ」
「っか〜!ほんとにお前は剣術馬鹿だなぁ、総司。前から変わった奴だとは思ってたけどよぉ。仕事、剣術、餓鬼遊び…。わけわかんねぇよ。酒は飲むけど、島原にはいかねぇしよ」
「別に、変わってても気になりませんよ。僕からみれば新八さんだって十分変わってるし?なんでお金を払ってまで『色恋』を欲しがるのかわかんないですからね、僕には」
「ちょっ、それは総司がおかしいってば。男なら普通女に興味をもつのは当たり前っつーか…」
「そうだぜぇ。女とのアレコレこそが男を大きくしてくれんだよ。お前もちったぁ女にいれあげてみろってんだ」
「『色恋』は邪魔ですからねぇ。剣術の道を究めるにも、刃の前に立つにも。僕には女に心を残しながら刃の前にたつ、なんて器用な真似はできないんですよ。そんなことになったら、近藤さんのために働けなくなっちゃうし」
「またお前は変なところで生真面目なんだからよぉ。女も剣も、そんなにがっぷりよっつに組まなくてもいいんだよ!」
「でも、これが僕の性格ですからねぇ……」

 千鶴は、これ以上聞きたくなくて、そっと身を翻して自分の部屋へ戻って行った。

 馬鹿な千鶴。わかっていた筈なのに、沖田さんがいつも楽しそうに構ってくれるから、知らず知らずのうちに勘違いをしちゃってた……。あんな口付けをしてもらって、すこしでも私の居場所があるのかと思ってしまってた。沖田さんの心には、剣と近藤さんでいっぱいで、私の入る場所なんか無いにきまっているのに……。

 それどころか、『邪魔だ』と、はっきり言っているのを聞いてしまった。迷惑ですらあるであろう恋心を、千鶴は布団の中で涙をこらえながら胸に押し込めた。


 本当にそのとおりだ。
 沖田は酒を飲みながら、自分の言ったことにうなずいた。ずっとそうだと、『色恋』は、剣の道にも近藤のために生きるという道にも邪魔だと考え、実際それほど興味もなくすごしてきた。

 だって、色恋をしても特に得るものはないじゃない?

 剣の修行をすれば、結果は必ず自分にかえってきてくれる。それが今の自分の立場、新選組一番組組長を支えてくれている。酒は酔わせてくれるし、子ども達との無邪気な遊びは、日ごろの憂さを忘れさせてくれる。
でも色恋には何も無い。
沖田は何度か行った島原でのことを思い出す。気持ちいいのは一瞬で。そのすぐ後には、相手の汗や行為後のべとつきが気持ち悪い。白粉と香と、数々の行為の匂いを含んだ臭いが、たまらなく嫌悪感を催させる。
行為中の嬌声も、演技なのかと思うと一気に興ざめするので、聞かないようにしているし、いっそ無言にしてくれた方が嬉しい。妓から、行為中にすがりつかれるのも、たまらなく気持ちが悪い。妙にやわやわとして、腐りおちそうな、白粉にまみれた肌も、抱きしめたいと思うようなものではなかった。たいした話もせず、顔も見ないでさっさと帰りたいのに、まだ時間があるとひきとめられたり、常連客にしたいという思惑でもあるのか気のある素振りをされると、心底うっとおしくなる。この前行った時は、サービスとでも思っているのか、帰るときに呼び止められ、いきなり舌をつっこむ口付けをされた。

 ほんとうに沖田にとっては、色は面倒な処理でしかなかった。

 でも、あの満月の夜、彼女にした口付けは、とてつもなく甘かったな。

 思い出すだけで沖田は頭の芯がしびるような気がした。彼女の清潔な匂いも、沖田を酔わせた。そのかすかな匂いが、沖田の口付けのせいかすこしづつ強くなるのが、さらにそそられた。
白粉などつけていない、真っ白な肌も、椿油でぎとぎとになっていないさらさらの黒髪も、彼の興奮を煽った。
そして、沖田が、まるで行為そのもののような動きを彼女の口の中ですると、彼女の身体から力が抜け、鼻にかかった甘い声が口を通してつたわってくるのがわかった。まるで抵抗をせず、骨などないかのように柔らかく自分に沿った華奢な身体……。
本当の行為の時も、彼女はあんな切ない声をあげるんだろうか、あんなに溶けてしまいそうに柔らかくなるのだろうか……。彼女の身体のどこも、あんなに甘いのか……。

 あの夜のことを思い返していると、沖田の下腹が熱くなり興奮状態になるのがわかった。

はぁっ。

沖田は一つ、大きなため息をつくと、酒を煽った。

 土方に言われた睡眠不足の理由は、彼女のせいだった。寝付くまでも考えてしまうし、寝付いたら寝付いたで、彼女との夢を見てしまう。夢の中では、彼女は沖田にふわりと笑ってくれており、それを見て沖田は心が震えてしまう。そして高鳴る心臓の音を抑えて彼女の頬にふれると、彼女は何も言わず、頬を赤らめ、沖田を見上げてまぶたを閉じてくれるのだ。
 受け入れてくれるのかと、浮き足立つ心を抑えて、彼女に口付けをする。最初はやさしく。しかしだんだんと余裕がなくなり深く、むさぼるような口付けになってしまう。それでも彼女は沖田の背に、その細い腕をまわし、きゅっと抱きしめ、自分も同じ思いだと伝えてくれるのだ。彼女の夜着をはだけ、前に痣をつけた場所を同じところに口付け、袷の間から手をそっといれる、と彼女の身体が振るえ、甘い声が唇からもれるーーーー。

 夢からさめると、暗い室内でたった一人で、妙に興奮してしまっている自分がいて、沖田はそれから寝付けなくなってしまうのだ。

 島原に行けば治るかな。

 しかし特命中の今は、そんなことはできない。それに島原に行ったとしても、この欲望は満足しないし、消えてなくなりはしないことはなんとなく自分でもわかっていた。

 抱きたいのだ。彼女を。

 自分だけのものにして、他の誰にも見せず、自分だけに笑いかけて、自分の傍にずっといて欲しい。彼女を泣かすのも、笑わすのも、怒らすのも、喜ばせるのも、守るのも、斬ることでさえ、自分が、自分だけがしたい。他の奴にはして欲しくない。

 見知らぬ男達が、茶屋で囮になっている千鶴に話しかけ、微笑みかけてもらっていたことに、心の底からの腹立ちを感じ、ぶつけてしまったのもそのせいだ。

 自分でも知らなかった自分の貪欲さが、怖くもあった。この感情に流されるままに彼女を欲したら、どうなるんだろうか。剣の道を究めることも、近藤のために生きることも、全てを後回しにして彼女に溺れてしまいそうな恐怖があった。

 沖田の欲望の激しさに、彼女がおびえて受け入れてくれないのではないか、とも思う。彼女はわかりやすいので、自分に好意を持ってくれているのはなんとなく感じているが、沖田がこんなにどろどろとした感情を千鶴にむけているとは思っていないだろう。彼女に嫌われて、厭まれてしまうのではないか、と怯えている自分もあった。

 やっぱり『いろこい』はめんどくさい。


 こんな悩みがでてきて、隊務に支障をきたすのは、沖田の本意ではない。さっさと忘れて、先ほど自らが言ったように、色恋とはかかわらず、これまでどおりの生き方をする方が賢いはずだ。

 沖田は、言い聞かせながら、酒をあおった。


 

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