【Can't Help Falling Love With You 2】
幕末ですが、本編捏造がはなはだしいです。
その夜、みんなが寝静まった頃ーーー。
千鶴が自分の部屋の前の縁側に座って満月を見ていると、後ろの方から人が近づいてくる気配がした。
「こんばんは、千鶴ちゃん」
「こんばんは、沖田さん」
「あれ、もしかして待ってた?」
「まぁ……。あのまま見逃してくれるとは思わなかったんで……」
さすが三年も一緒にいると、僕のことがわかってくるようになったね、とくすくす笑いながら沖田は千鶴の横に座った。
「満月だね」
「きれいですね」
そんな会話をかわすと、沈黙が二人の間におちる。
虫が鳴く声と、少しだけ秋めいた夜風がゆらす木々の葉ずれの音だけが、あたりを支配した。
ふと千鶴は隣に座る沖田の顔を見上げる。
沖田は月を見上げていた。
月の灯りに照らされて、整った横顔の輪郭が光をはじいてぼやける。
瞳の中までは長い睫が影になって見ることはできなかった。広い肩、たくましい腕、はだけた夜着のあわせから覗く筋肉質の胸板……。
間近で、体温さえ感じそうな距離で、目に入ってくるそれらに、千鶴は急に意識してどきどきしだしてしまった。
「それで?僕をじっくり観察したあとでいいから、さっきの話の続きをしようよ」
みっ、見ていたの、ばれてる……!
千鶴は自分の頬が、耳が、首まで真っ赤になるのを感じた。恥ずかしさをごまかすために、話をしようと思ったのだが、あの後考えた順序だてた説明のしかたが全てふっとんでしまった。
「えっと、えーっと、ですね……。私が悩んでたのは…、えっと私がもし、もし新選組に仇をなすようなことをしたら、どうなるのかなって……」
体中から汗をかきながら、あれ?こんなこと言いたかったんだっけ?と首をひねりつつも千鶴がそういうと、沖田は月に顔をむけたまま、目だけちらっと千鶴を見た。
「答えわかってて聞いてるでしょ。斬られるに決まってるよ」
「あ、そうなんですけど、誰が斬るのかな、って。た、例えば私が屯所から逃げだしたとして、当然すぐつかまって連れ戻されますよね、それでじゃあいざ殺そうかとなった場合、武士じゃないんで切腹…ってのもないかと思いますし、誰かが斬ると思うんですが、誰になるのかなって……」
支離滅裂に話し出した内容だったが、あんがい方向違いでもなかった気がして、千鶴はそのまま沖田に問いかけるように、頭を傾け、沖田を見て、そして沖田がまっすぐ自分を見ているのに驚いた。
しばらくの沈黙のあと、沖田は千鶴の顔を見たまま表情をかえずに聞いた。
「何でそんなこと聞くの」
「いえ、どうなのかな、と思って……」
もごもご…、と語尾をごまかして、沖田の真っ直ぐな視線から逃れようと、千鶴は俯いた。
沖田はそのまま、じっと千鶴を見つめていたが、ふと視線をまた月に戻した。
「別に、誰かはわからないけど、土方さんが決めるんじゃない?まあこれまでの例でいえば、僕か斉藤君か……。命令があれば誰でも、君を斬ると思うよ」
「沖田さんも斬れと命令があれば、斬ってくださるんですね?」
言質をとるように千鶴が再度尋ねると、沖田はまた、ちら、と千鶴を見て言った。
「斬って、くださる、って……。まあ、でも今となっては屯所を逃げ出したくらいでは、斬れとまではいかないと思うけど」
「でも命令があれば斬るんですよね?」
何度も確認するように尋ねる千鶴に、沖田はとうとう月から顔を背け、体ごと千鶴に向きなおった。
「何が言いたいの?何でそんなことを聞くのさ」
「沖田さんが返事をしてくだされば、話します」
「理由を聞かなければ、返事はしないよ」
「……!」
うーーー、っと二人でにらめっこをしながら我慢比べをする。
「僕は別にいいんだよ。理由を聞かなくても。このまま返事をしないで部屋に帰るだけだし」
それは困る。計画を早く実行するためにも、ぜひ沖田の協力が必要なのだ。
千鶴は、ふうっと大きなため息をついて、先ほど土方と話した内容を話し出した。
説明を進めるほど、沖田の機嫌が悪くなっていくのがわかった。
「それで、結局土方さんは了解したわけだ」
最後の説明が終わると、沖田は吐き出すように言った。
「あの人らしいね。新選組のためには全てを犠牲にする…。ほんとに鬼だよ」
軽蔑するように憎憎しげに言う沖田に、千鶴はあわてて言う。
「土方さんは乗り気じゃなかったんです!わ、私が無理をお願いして……」
「そもそもなんでそんなこと急に言いだしたわけ?君は。最近は別にそんなに大きな動きはなかったでしょ」
「あの…、前々から考えてはいたんです。ただ、自分に勇気がないのと、皆さんに甘えてしまっていたのとで、時期をどんどんずらしてしまっていて……」
「それで、あの…、どうでしょうか?沖田さんが了解していただければ、明日からでも実行したいんですが……」
「なんだか、罠にはめられた気分だな……」
沖田は顔をそむけ、ぼそっとつぶやいた。
「あの……」
確かに、土方の了解をとった上で沖田に同意を求めることは、逃げ道をふさいだ後に無理やり協力させるようなものだ。沖田が不愉快に思っているのかと、千鶴は戸惑い、謝った。
「すいません……」
「いいよ。命令があれば人を斬るのが仕事だし」
しばらくの沈黙の後、くるっとこちらを向いて、うっすらを笑みをうかべながら沖田はさらっと了解した。
「僕は本当に斬るよ。それでいいんだね?」
「はい、後味の悪い仕事をお願いしてしまってすいません。できるだけ、そんなことにはならないようにしたいと思ってます」
千鶴はほっとして、沖田を見てほほえんだ。
その千鶴の笑顔に沖田はむっとしたが、表情にはださず、顔をまた月にむけた。
いらいらする。
沖田は思った。
新選組のために、千鶴と自分をまるで道具のように利用する土方にも。
人の気持ちも知らないで、無邪気に、ふわりと笑う君にも。
そして、いざとなれば本当に千鶴を斬るであろう自分にも。
そんな気持ちを抑えようとしている沖田にまったく気づかず、千鶴はすっと立ち上がり、自室に入って小太刀を持って出てきた。
「沖田さん……」
千鶴は話そうとして、ためらった。
このことは父以外には誰も知らない。それに……、それよりも何よりも沖田には、一番知られたくない。
沖田の前では普通の女の子でいたかった。
だけど、この計画に協力してくれることになった今、話さなくてはいけない。話したことで沖田が自分を見る目がどのようにかわるか、それが怖かった。
せっかく勇気をだしたんだから。あと一歩がんばろう……!
「沖田さん、見ててもらえますか」
沖田の隣に座り、勇気をだしてそう言ったものの、声が震えてしまうのはどうしようも無かった。
沖田は無表情でこちらを見つめている。
千鶴は地面に揃えておいてあった下駄につま先をいれ、立ち上がり、沖田の目の前にたち、自分の夜着の左腕の袖をまくりあげた。
千鶴は自分では意識していなかったが、普段袖の中に隠れているその部分は、月の光のなかで、まるで内側から静かに輝いているような透明な白さをもち、細く華奢だけれどもなだらかな曲線を描き、女性そのものを体現しているような美しさを持っていた。
沖田は目の前でそれをみせられ、思わず目を瞬いた。心臓が意思に反して、ドクンとはねあがるのを感じる。
眩しさに目を細めていると、千鶴がすっと小太刀を抜いて、その白い腕に刃をあて、一気にひいた。
「なにを……!」
沖田は思わず立ち上がったが、腕から流れる真っ赤な血と、肌の白さのコントラストに息をのみ、言葉を失った。
ぽたぽたと、鮮血が肘をつたい地面にたれていく。てらてらと艶かしく濡れる血は妖しく鮮やかで沖田はごくりと唾をのんだ。
「気でも狂ったの」
千鶴に向けた自分の声が、低くかすれていることに沖田は少し驚いた。自分の瞳には、今、隠し切れない情欲の炎がちらちらと浮かんでいる筈で、沖田はそれが千鶴に知られないように、滴り落ちる血をじっと見つめる。
「沖田さん、見てください」
千鶴は痛みに顔をしかめながら、血がつかないよう袂を押さえたまま傷をつけた腕を沖田の目の前に突き出した。
「何を……」
見ろって?と言おうとした言葉が途中で途切れる。
沖田が見つめる目の前で、千鶴の腕に深深とついた傷がすうっと、消えていった。
「これは……」
「生まれた時からこうなんです。父はこのことは決して人にさとられるなと、それは厳しくいつも言っていました。そのせいで、江戸にいる間はほとんど父以外の人と関係と言える様なものは持ったことがありませんでした。何故私がこんな風なのか、羅刹と関係があるのか、鬼とはどうなのか……。私はそれが知りたいんです」
「羅刹と……」
「似てますよね。今のところ血を欲することはありませんし、太陽がつらいこともないんですが、この先どうなるのかが不安で……」
沖田は、腑に落ちて、千鶴を見た。
「だから……、だから血に飢えたりするようなことになる前に白黒つけたいと思ったんだね?」
千鶴はこくりと頷いた。
「そうなったら……、血に飢えたり、新選組を裏切るようなことになったら、沖田さん、私を殺してもらえますか?」
「……」
「その場合、袈裟懸けに切っても、動脈を断ち切っても、私は死ねないんです。ここを……」
そういって千鶴は沖田の手をとり自分の胸の真ん中にそっとおいた。手の下からはやわらかい胸のふくらみと、温かい体温と、心臓の動く音がかすかに伝わってくる。
「ここを一息につらぬいてもらえますか?」
千鶴は真剣なまなざしで真っ直ぐに沖田を見上げた。
ここを……、この暖かく守りたくなるようなこの柔かな部分を……、つらぬく?
そう思った途端、沖田は自分の胸のなかから、苦い何かがこみあげてくるのを感じた。
沖田は、まるで熱いものにさわったかのように、千鶴の手を振り払う。
「沖田さん…?」
千鶴が不安気にささやいた。
沖田は顔をそむけると、千鶴の血に濡れていない方の手を乱暴にとって、裸足のままずんずんと歩き出した。
「沖田さん…?」
どうしたのか、と問いたげな千鶴の声が背中から聞こえてくるが無視をする。
沖田は、話の最初から感じていたいらだちが、どんどんつのっていき、自分で制御不能な段階まで行ってしまいそうな感覚がしていた。
腹が立つ…!
何にって、全てに腹が立つ。
何がなんだかわからないが、とにかく気に入らない。でもこの気持ちをどうしたらいいのかがわからない。
いっそ今この場で不逞浪士が10人程でてきてくれないかな。
そうしたら全員ぶった斬ってすっきりするのに。
沖田はそんなことを考えながら千鶴を引っ張って井戸までやってきた。
井戸から水をくみ、千鶴の腕の血をそっと洗い流し、井戸にかけてあった誰のものかわからない手ぬぐいで水と血をぬぐう。
痛くないよう気をつかって水をかけたが、水が血を洗い流した後には、もとどおりのまったく傷跡ののこっていない完璧な輝きをもつ肌が、冷たい月の光のもとであらわになっただけだった。
沖田はそれを食い入るように見つめた。
千鶴はそんな沖田を見て、自分の特異な体質を、気味悪がられているのではないかと不安に思ってつい俯いてしまった。
そのまま、沈黙があたりをつつむ。
静寂に耐え切れずに、千鶴が沖田を再度見上げると、沖田は千鶴の目は見ずに、つかんだままの千鶴の腕を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「なんで僕なの」